第三十六話 ウィンターファミリー海賊団
第三十六話 ウィンターファミリー海賊団
サイド なし
「船長!海賊船です!」
「なに!?この嵐の中でかっ」
ティターン号船長、ニックはブリッジの窓から自前の双眼鏡で部下が指さす方角を見る。
夜の上に嵐が起きているせいで見づらいが、雷光が荒れ狂う海を照らした事でその姿が視認できた。
「帆船!?ふざけているのか奴らは!」
ニックはそう叫び、操舵手に顔を向ける。
「あんなおんぼろ船など振り切ってしまえ!この船がいかに鈍足とは言え、嵐の中を進む帆船に負けるものか!」
「そ、それが船長。振り切るどころかどんどん距離を詰められています!」
「はぁ!?」
部下の声に驚きを隠せないまま、ニックはまた双眼鏡で海賊船を見た。
彼も海の男だ。一目で彼我の距離をおおよそ把握し、あの船がこちらに近づいている事に気づく。
「馬鹿な……幽霊船だとでも言うのか」
この世界に、確かに海を住処とする魔物は存在する。人と魚を混ぜた様な怪人『マーマン』。船さえ絡めとり海底に引きずり込む『クラーケン』。百メートルはあろう巨体を誇る海の王者『シー・サーペント』。
だが、マーマンは鋼鉄の船に無力。クラーケンはその生息域を出る事がないので回避は余裕であり、シー・サーペントに至っては目撃例が極めて少なく実在すら怪しまれている。
陸に比べて現代では魔物の被害が少ない海。そんな中で、幽霊船など娯楽小説でしか出てこない存在だ。
それでもなお、思わず存在を信じてしまいそうな程に現実離れした光景であった。
「っ!船長、あの海賊旗に見覚えがあります!」
「なに!?」
「『ウィンターファミリー』!『アイスハートのクロウド』と『山女のボニータ』が率いる海賊団です!賞金はそれぞれ百セルと百三十セル!凶悪な犯罪者集団です!」
その言葉にむしろニックは笑みを浮かべてみせた。
「なんだ、ただの屑どもか。どういう手品かはわからんが振り切れないのなら仕方がない。無駄飯ぐらいの用心棒共を叩き起こせ!戦闘配置につかせろ!屑は屑らしくライフル砲で海の藻屑にしてやるのだ!」
「アイアイキャプテン!」
船内に張り巡らされた伝声管と、あらかじめ決められている鐘の回数で戦闘用意を告げられた用心棒たち。
「くそ、よりにもよってこんな日に!」
「うっぷ!ちくしょうめぇ!雨が目に入りやがる!」
彼らは嵐の夜に攻めてきた海賊船に不満を言いながら、それぞれの得物を手に持ち場につく。
特に甲板に配属されている者達は悲惨だった。波がそこまで届く事はないが、大量の雨と強風にさらされているのである。船から落ちない様に必死だった。
しかし、そんな彼らの装備は船会社からの支給品。通常の冒険者が持つ者よりも高価なライフルに、金属薬莢に包まれた弾を込める。
更にはライフリングの施された大砲を引っ張り出し、狙いを海賊船へと定めた。
「発射用意完了との事です!」
ランタンの明かりで甲板の者と会話する部下に、ニックが深く頷く。
「うむ。だが慌てるなよ。この距離ではまず当たらん。もう少し近づいたら牽制で奴らの鼻先に撃ち込んでやれ。まあ、あんなオンボロでは衝撃で沈むかもしれんがな!」
高笑いをするニック。そんな彼をよそに、甲板と光でやり取りしていた部下が悲鳴をあげた。
「なぁ!?船長、甲板の奴らがどんどん倒れていきます!」
「ハーッハッハ……はぁ!?」
何の冗談だと目を剥くニックだが、部下の発言は事実だった。
甲板に並んだ者達が次々と胸部に風穴があき、赤い血飛沫を舞わせながら倒れていく。
仲間のその様子に逃げようとした用心棒も同じように死んでいき、あっという間に雨では流しきれない血の海が出来上がっていた。
「ば、馬鹿な!何が起きた!?」
「わかりません!船長、指示を!」
「ええい、他の箇所にもライフル砲はある!そちらに撃てと伝えろ!とにかく撃ちまくって奴らを近づけるな!!」
「は、はい!」
* * *
次々と放たれる砲弾。ライフル砲の命中精度は滑腔砲に比べてかなり高い。だがそれでも、荒れ狂う海上で嵐の中という条件では何発撃っても当たらないのは当然である。
しかし海賊船……ガレオン船と呼ばれる艦種に乗る『ウィンターファミリー』の者たちは悲鳴を上げていた。
「ぎゃー!撃ってきたぁ!!」
「おおぅ!?やべぇ、落ちるぅ!」
「どうしよう『パパ』ァ!マストがヤバい音出してるぅ!」
屈強な男達が船の上で必死の形相で奔走している。だが。第三者が見れば彼らの必死さも滑稽に見えるか、あるいは恐怖心を覚えるかもしれない。
なんせ全員が全員ピエロの様なメイクをしており、それが雨で中途半端に崩れているのだ。
「うるさい。気が散る」
そんな彼らの声に、淡々とした声が返ってきた。
マストの上。見張り台に一人の男がいる。子供の様な背丈でありながら、屈強な手足にでっぷりとした腹。雨を吸ってぐっしょりと濡れた豊かな髭とぼさぼさの髪が風で揺れる。
ドワーフ。本来喜び勇んで海には来ない種族の男が、四つある見張り台の一つにうつ伏せとなって柵の隙間からライフルの銃口を突きだしていた。
異様と言える点は二つ。一つは、男が持っているライフル。
ボルトアクション式のライフル銃だが、あまりにも大きい。湿気による変形を嫌ってか全てのパーツを金属にしたそれは、全長百七十センチ。口径も十三ミリはある。
とんでもない轟音を発し、また弾が吐き出された。それによりティターン号でライフル砲を撃っていた用心棒かまた一人体に風穴を開けて倒れる。
嵐の海で、スポッターすら無しに放たれる弾丸。それが現在、一発も外れる事なく命を奪い続けていた。
信じられない光景だが、それを更に『ありえない』ものへと変えているのがもう一つの威容な点。
ピエロの顔が刺繍された布が、両目を覆い隠す様に巻かれているのである。
この男は目が見えていない。全盲だ。
ドワーフの男には鍛冶の火にあてられて目を悪くした者は多い。たとえ失明しようが髭が健在なら日常生活に困る事はないし、それほどまでに槌を振るってきた職人だけあって目に頼らずとも名剣、名槍を打つ事ができる。
むしろドワーフの里で目を悪くした者は重用されるほどだ。だが、この男が失明した理由は異なる。
不気味な布から、僅かに覗く傷痕。彼が失明した理由は鍛冶ではないのだ。
現在地も姿も、やっている事も全てが通常のドワーフとは異なる。そんな男はまるで氷ついたように射撃体勢を崩すことなく、指先だけを動かした。
───ダァァアン!!
また一つ、血の華が咲く。
『アイスハートのクロウド。賞金百セル』
彼はボルトを引いて排莢し、また弾丸を込める。もしもこの銃を転生者が見れば、『対物ライフル』と称したかもしれない。
クロウドがネジ一つ、弾一つまで手作業で作り出した愛銃だ。
「あんたらぁ!海の男がガタガタ言ってんじゃないよ!!」
男達の悲鳴とクロウドの発する銃声が響く船の上に、大きなガラガラ声が轟いた。
「『ママ』ァ!!」
海賊の一人が声をあげる。
ママと呼ばれたその女性は、半泣きでローブを引っ張る男の頭を『上から』乱暴に撫でた。
「ベンジャミン、ラットを手伝ってやんな!マイケル、取り舵二十!」
「「「了解、ママ!!」」」
ガラガラ声に従い海賊たちが動けば、また船は加速してティターン号に接近した。
いつ転覆するともわからない嵐の中、しかしウィンターファミリーの船は見事に荒波を乗りこなし強風を味方につけている。
それを指揮する彼女こそ、この海賊団の船長。この世界では珍しい、女性でありながら戦闘員も含めて三十人の部下を率いる海賊だ。
二メートルを超える長身に、筋骨隆々の体つき。手足などは丸太の様に太く、一歩踏み出す度に甲板が軋む。
そんな彼女は酒場でビールでも運んでいそうなドイツ風の衣装を身に纏い、スカートから逞しい太ももを晒している。
巨躯と言って差し支えない体格の彼女は、手足に大小様々な傷痕を刻んでいる。だが、それらすらかすむほどの大きなものがある。
唇の左端から耳にかけて、引き裂かれた様な傷があるのだ。それも口の一部であるかのように口紅が塗られ、無傷の右頬も口端から耳にかけて同じように化粧がされている。
前髪ごと纏める様な短めのツインテールを揺らし、数多の皺と傷が刻まれた顔で彼女は狂笑を浮かべた。
「さあ野郎ども!戦闘準備だ!」
「「「おおおおおお!!!」」」
『山女のボニータ。賞金百三十セル』
「撃てぇー!!」
ボニータの号令に従い、船に備え付けられた大砲が火を噴く。
クロウドの様に百発百中とはいかずとも、大砲一門とってもドワーフである彼が鍛えた物だ。錨も降ろしていないのに至近弾がいくつも水柱をあげる。
「撃て撃てぇ!その間に『捕鯨銛』の準備!!」
「うん、ママ!!」
火薬の仕込まれた巨大な銛。それがティターン号に狙いを定める。
「港で聞いた情報が正しけりゃ、あの船に『例の三人組』がいるはずだぁ。他の乗客から金を奪うついでに、首を叩き落として持ち帰るよぉ!!」
ウィンターファミリーの狙いはティターン号への海賊行為。だがそれだけではなく、裏社会で出回っている手配書に書かれていた者達も標的としていた。
殺す、奪う、犯す。それしか頭にない悪党どもだが、名誉を気にする者もいる。無論それは通常の倫理から外れた、賊にとっての名誉。
悪名とも言えるそれを手にすれば、あるいは王国と敵対している帝国で『私掠船』として扱われる可能性もある。
金銭か、あるいは安全か。何を狙うにしても、彼女らにとってあの船は正に宝の山であった。
次々と放たれる砲弾。二隻の船が砲撃戦を繰り広げるも、あまりにも一方的な戦況を見せた。
十倍近く大きさに差のある両艦だが、ティターン号の砲手たちは次々とライフルの餌食となっているのである。発射される砲弾は散発的なものとなっていた。
対する海賊船の砲撃は旺盛であり、距離が縮まった事で命中弾も出始める。外壁に砲弾が突き刺さり、船首もいつの間にか吹き飛ばされた。
そして遂に、捕鯨銛の射程に入る。
「打ち込めぇ!!」
火薬が炸裂し、ティターン号に突き刺さる三本の銛。それぞれについた鉄線が二隻を繋いだ。
「引けぇ!!」
「へい!!」
密着する船。その状態で、船員たちがカギ縄のついたロープを振り回しティターン号の窓へと次々と投げ込んでいった。
「きゃあ!?」
「な、なんだぁ!」
豪華客船の乗客たちが悲鳴をあげる。嵐の中、安定しているとはお世辞には言えないロープを海賊たちが渡りだした。その先にいる乗客たちがどうなったかなど、言うまでもない。
そしてボニータもロープを取り出す。
「じゃあ、行ってくるとするよ。『ダーリン』!!」
「ああ、踊ってこい。『ハニー』」
海賊が乗り移るのを防ぐため銃を向けようとした用心棒達を撃ち殺しながら、クロウドは答えた。雨と風の音でかき消されそうなそれを、しかし聞こえているかの様にボニータは笑う。
「はっはぁ!そぉぉぉらあああああ!!」
獣人の血が混じる彼女の膂力は、人間のそれを超える。
とんでもない回転をした後、投じられたロープは甲板を囲う柵にまで届いた。
ボニータはロープの端を海賊船に括りつけるなり、恐ろしい速さで上っていく。何を隠そう、彼女の祖母は猿の獣人だ。
あっという間に柵にまでたどり着いた彼女が、どっしりと両足を甲板につける。
「さあ、楽しいダンスパーティーにしようじゃないか!!」
右手にカットラス。左手にボックスピストル。
狂ったピエロのメイクをした女は、嵐の中吠えた。
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