第三話 準備
第三話 準備
「五十セルで揃えられる範囲で一番いい装備をお願いします」
「ぶっこんだなこいつ……」
冒険者ギルドの裏手。そこにはいくつかの店が並んでいた。防具などの店に雑貨や携帯食料の店。そしてガンショップと思しき物。
最後のは今の自分に関係ないが、防具とそれ以外の道具は必要である。選ぶのを手伝ってくれるというので、店の前でアリサさんにそう言ったら軽くひかれた。
ふむ、なるほど。
「失礼しました。携帯食料等は依頼を受けてから考えるべきですね。十セルでどこまで購入できるでしょうか」
「お、おう。十セルで用意できる防具と道具ね?」
「いえ食料」
「四十も装備品に使う気かよ」
真顔で突っ込まれた。いやだって貴女が支度金として五十セルくれるって言うから。
「あー、うん。暫くこの街に暮らすんなら、宿とか食費とか私服用のお金とかも必要じゃない?」
「……?……!もしや、その辺の路地で寝るのは駄目なのですか?」
「当たり前だよぅ。いやそういう人もいるにはいるけど、流石に相棒にそんな暮らしはしてほしくないよ。下手したら保安官に捕まるからね?」
「なるほど」
というか、道中で見かけた保安官っぽい人はマジで保安官だったのか。
「たぶん十セルもあれば普通よりいい装備が手に入るから。というか、なんでそんな初手全プッパ?」
「死ぬ事が一番嫌な事なので」
この世界に転生し、『死ねば終わり』というのは嫌と言うほどに学んだ。
今生では今の所、この命より惜しい物はない。良い暮らしをする為に成り上りたいが、まず生きねば。
「……うん。常識知らずだけど考え無しではない様だね。お姉さんポイントを十あげよう」
「……そのポイントに何の意味が?」
「……さあ?」
「あ、はい」
考え無しだったらしい。
「ま、先に銀行でお金降ろさせてね。流石に五十セルも持ち歩いていないし」
そう言って彼女が背後を指差す。ギルドからすぐ近くにある大き目の建物。ガードマンと思しきライフルを担いだ男が二人入口に立っているそこが、銀行なのだろうか?
「たぶん初依頼を済ませたらシュミット君もライラさんに口座を作る様に言われると思うから、見るだけ見ておこっか。いや、なんなら今作っといた方がいいかな?」
そんなこんなで、銀行に行く事に。
中での事は割愛するが、ギルドと変わらないぐらい清潔な所であった。内装は前世日本の銀行と大差ない。また、アリサさん曰く銀行で口座からお金を出すには『銀行で発行した手帳』と『市民証、あるいは冒険者バッジ』が必要との事。冒険者バッジは市民証も兼ねているらしい。
どうにも、市民権を獲得する手段として冒険者バッジはかなりベターな手段だとか。国は冒険者制度にかなり力をいれているらしい。
なお、銀行の仕組みもほとんど自分の知る前世の物と大差はなかった。本当に文明レベルが村にいた頃想定していた物とはかけ離れている。十九世紀終盤か二十世紀始めぐらいか……?
ついでに自分も口座を作り、十五セルだけ引き出した。
「うん、だいたいこんな感じだね」
そう言って満足気に頷くアリサさんの前に、自分の服装を確認する。
フード付きの黒い厚手の服に革製の胴鎧。深緑色のズボンに鉄板入りブーツ。手首から先も手袋で覆われ、背には背嚢。そして背嚢の上部には灰色のブランケットが丸められて固定されており、背を挟んだ外側には飯盒と似た容器が取り付けられている。
ぶっちゃけると、背嚢とその付属品は前世で昔の軍人さんが担いでいた物そっくりだ。
そして、腰には剣帯……はなかったので、作業用のベルトに剣を括りつけ右腰には新しく購入したナイフが提げられている。
「本当はもっと派手なのにしたかったけど、シュミット君嫌がるんだもんなぁ」
「当たり前です。目立ったら死ぬじゃないですか」
「まあそれはそう」
ナチュラルに赤いマントを勧められた時は一瞬それがこの世界の常識なのかと騙されかけたわ。
ケラケラと笑っていたのと、指摘したらすぐに冗談だとゲロった事から本気ではなかった様だが、こっちとしては冷や汗ものである。
「さ、ギルドに行って依頼を受けてきますかー」
「あ、ちょっと待ってください」
「ん?流石に今日来たばっかりで仕事はきつい?大丈夫。ちゃんと明日か、もしくは明後日から始められるのを選ぶって」
「いえ。先にお聞きしたい事があります」
「なになにぃ?何でも聞きたまえよ相棒兼後輩くぅん」
自信満々にご立派な胸を張るアリサさん。くっ、視線がたゆんと少し揺れた巨乳に吸い寄せられる!
だがそれを気合で堪え彼女と目を合わせた。真面目な話なのだ。
「都会では子供にどうやって文字を覚えさせるのですか?あるいは、大人になってから文字を覚えさせるための本などはありますか?出来るだけ早く、この国の文字を覚えたいんです」
「ほーん……」
ニンマリと、アリサさんはチェシャ猫の様に笑った。
「子供に読み書きを覚えさせるのは、親が家にある絵本を使って寝る前に読み聞かせるのが一般的だね。お金持ちの家なら学校に通わせるってのもある。大人になってからのは、流石に知らないや」
「なるほど。では、この街に本屋などはありますか?可能なら、字を覚えるための本を選んでいただきたいのですが……」
「OK!アリサさんに任せなさーい」
サムズアップする彼女に小さく頭を下げる。
文字を覚えるのは急務である。最低でも『読む』だけは出来る様になりたい。
先ほど雑貨屋の店頭に新聞が置かれているのを見た。
ギルドの周りはあのケーキを食べた店と比べ、富裕層がいるとは思えない立地だ。それなのに新聞が売られているという事は、都会の識字率の高さが分かるというもの。
成り上がる為には読み書きは必須の可能性が高い。何より、生きていくには情報がいる。その手段はやはり文字からが一番効率的だ。
知らねばならない。この十五年間で身に着けてしまったこの世界の間違った常識を、どうにかアップデートする必要がある。
……『チート』でどうにかする手段はあるが、それは最後の手段にしたいし。
「私もお気に入りの小説の新刊が出ていないか見ていきたいし、早速行ってみようか」
「よろしくお願いします。すみません、何から何まで」
「いいってぇ事よぉ!相棒なんだからさ!」
太陽の様に笑う彼女に、自分は首を傾げるしかない。
はたしてどうしてこの人は『相棒』とやらにそこまで拘るのだろうか。事あるごとにその単語を出している気がする。
その理由を尋ねて良いのか悩みながら、スタスタと歩くアリサさんの後に続いた。
* * *
そんな驚愕ばかりの一日を終え、翌日。
驚くほどの快眠であった。木箱に薄い布団を乗せただけのベッドが、あんなにも寝心地の良いものだったなんて。
流石にアリサさんが泊っているという宿よりランクの落ちる所らしいが、それでも個室だ。今生では初である。
宿の中庭にある井戸も宿泊客は使い放題……ここは、もしや天国なのでは?
朝ごはんもパンだけではなく干し肉の入ったスープと果物までついている。これが都会のスタンダードなのか。
正直色々と怪しい人だが、アリサさんには足を向けて眠れないな。我ながら借りを作り過ぎている。雇われ相棒とは言え、恩は返さねば。
無論、死なない範囲で。
そんなこんなで朝の身支度を終え、彼女とギルドの前で合流した。
「おっはよー、待った~?」
「いえ。今来た所です、アリサさん」
「お、おう。なんか腰低くない?」
「いえ。特には」
「そう……?」
訝しがられたが、特に怪しい所はないと思う。
「時にシュミット君。昨晩はちゃんと眠れたかね?今日からの冒険に胸を躍らせて眠れなかったって事はないね?」
「いいえ。この世に生まれて一番心地よい眠りでした」
「え、そこまで?……んんっ!ならば良し!さあ行くぞ相棒!私達を冒険が待っているぅ!」
「はい!」
朝からかなりのハイテンションなアリサさんに続き、ギルドに入る。
彼女の五月蠅さも気にならないぐらいに街は既に動き出しており、そこら中で人々がそれぞれの一日を始めていた。
開拓村の朝も早かったが、ここは空気が違う。前世と比べれば人口密度はかなり薄いはずなのに、今は人でごった返している様に見えた。
こういう所での生活を、自分も当たり前にしてみせる。その為にも成り上がってやるのだ。
前世の暮らしを覚えている分、この世界での暮らしに涙しなかったのは昨晩が初めての事だった。それを、最低でも『日常』にする。
「おっはようございまーす!」
「おはようございます、ライラさん」
「はい、おはようございます。アリサさん、シュミットさん。あなた方向けの依頼をご用意しておきました」
ニッコリと笑みを浮かべて、ライラさんが依頼の紙を見せてくる。
……文字は、本当にどうにかして覚えなきゃなぁ。
この国の絵本を買って絵と文章を見比べていたが、やはり誰かに尋ねながらの方がいいのだろう。またアリサさんに頼み事をしなくてはいけなさそうだ。
次回、ようやく街の外へ。
読んで頂きありがとうございます。
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現在登場しているキャラクター
シュミット
主人公。黒髪赤目。中性的な顔立ち。ガタイはいい。転生者。
アリサ
貴族らしいけど放蕩娘。ハイテンション。金髪碧眼巨乳美少女。
ジャック
軍曹。元軍人。身長二メートル以上の筋肉モリモリマッチョマン。
ライラ
冒険者ギルドの受付嬢。ダークエルフ。褐色銀髪美女。