第三十四話 ティターン号
第三十四話 ティターン号
「凄く……大きいです」
「でっしょー?」
目の前にとんでもない大きさをした鉄の船があった。
全長は二百七十前後、幅は三十メートル近く。高さも五十メートル近くある。巨大な煙突が四つも並んでいた。
正直前世にある豪華客船の方が大きいかもしれない。だが、生憎とそもそもそう言った船には縁のない人生だったから比較のしようがないのだ。
何より直に目にするというのは迫力が違う。
「この船は『ティターン号』って言うらしくってね、先月処女航海を終えたばかりの若い船なんだって。その分乗せている蒸気機関も最新式だとか」
「ティターン?」
微妙に聞き覚えのある名前だ。
「そう。ティターンって言葉はセルエルセス王が自分の船に名付けた名前でね、当時としては凄く大きな船だったらしいよ。彼はよく『最強無敵の戦艦だ!』って周りに自慢していたらしくて、実際帝国との海戦でも大活躍だったとか。たぶん、この船もそれにあやかっているんじゃないかな。王家はその辺り緩くしているし」
「なるほど、そういう事ですか」
セルエルセス王関連というのなら納得だ。彼も自分と同じ世界から転生したのかもしれない。前にアリサさんが言っていた国や地域の名前も聞き覚えのあるものばかりだったし。
ティターン。たしか、ギリシャ神話に伝わる巨人だったか。詳しくは覚えていないが、ゲームとかでは割と強いキャラだったのを覚えている。
意外と、世界どころか生まれた国まで同じだったりするかもしれないな。
「……え、もしかして」
「ん?どうしたの?」
「何でもありません。ほら、乗船が始まっていますよ」
キョトンとした様子のリリーシャ様や察した様な顔をしているアリサさんから目を逸らし、視線を別の方へ。リリーシャ様にまで自分が転生者と露見するのは避けたい。
船の甲板に続く巨大な階段が港と繋がっている。どうやらアレを登って乗船するらしい。階段の上下に立つ制服を着た職員が乗船券を確認している様だ。
アリサさんとリリーシャ様はスカートなので、自分が彼女らの後ろを上る。特にリリーシャ様はローブの下超ミニだし。
「ふぅー……ふぅー……!」
やけに後ろの男性客の鼻息が荒い。美少女二人のスカートの中を覗きたかったのに邪魔されて怒っているのだろう。残念だが、彼女らの下着を視ようものなら後が怖いぞ。いや本当に。
面白みのない僕の尻でも眺めていてくれ。ご愁傷様とだけは心の中で言っておこう。
……なんか鼻息が増して怖いのだが。え、本当になに?
謎の恐怖を感じながら、ようやく船に乗り込む事ができた。チラリと振り返れば、そこにはいかにも紳士といった姿をした初老の男性がいる。
彼は頬を赤らめながら、自分の視線に気づくとすぐに目を逸らした。だがまたすぐにチラチラとこちらを見てくる。主に尻を。
……うん、長い階段を上って疲れているだけだな。そう言う事にしよう。そうであってください。
だっていくら僕の顔が中性的とは言え、後ろ姿は普通に男のはずだから。骨格とかもろに男だぞ。
……何と言うか、ライカンの時の村長やヘンリーの時の偽村長と違って微妙に生々しい反応な分メンタルがきつい。
「どうしたのシュミット君。汗凄いけど」
「疲れちゃった?荷物持ってくれているもんね」
アリサさんとリリーシャ様が心配そうにこちらを見てくる。
「いえ、木より高い所に上ったのは久々でしたので。それで緊張してしまっただけです。荷物については、自分から持つと言い出した事なのでお気になさらず」
「そ、そう?」
「ありがたいけど、無理はしないでね?」
「わかりました、きつくなったらお願いします」
思考を切り替えよう。そう、仕事だ。今自分は仕事中なのだ。
船の乗組員ではなく自分が三人分の荷物を持ったのは、暗殺対策である。荷物を職員に預けたら、運んでいる途中で刺客が毒を仕込んだなんてシーンが前世で見た映画にもあった。
船の外から来る襲撃に対応しなくていい可能性が高いからと言って、決して油断してはならない。常在戦場、それを心掛けるのだ。
だから暗殺者っぽくない男性客などスルーである。
「それより取ってあるという部屋に向かいましょう。甲板は風が強いですし」
「そうだねー、移動しようか」
そんなわけで、アリサさんの御実家が取ってくれたという部屋に。
護衛の為同じ部屋だが、そもそも部屋の中に更にいくつも部屋があるのだ。寝室が二つあり、自分と女性組でわかれる事が可能である。
荷物をそれぞれの寝室に置き、自分はリリーシャ様が補修してくれたアーマーを取り出した。
「これは……」
「どう?上手くできてる?」
フードを脱ぎながら不安そうに問いかけてくる彼女に、深く頷いた。
「ええ、完璧です。ありがとうございます」
一目見てどこに穴が開いていたのかわからない。指を這わせてみて、ようやく『もしかしたらこの辺りか』と思うほどだ。それも散弾を受けた張本人だから感じとれるだけで、そうと知らなければ気のせいで済ませるかもしれない。
軽く引っ張った感覚からしてもとても頑丈そうだ。剣士として言わせてもらえば、ただの糸だというのに鋼線の様にさえ思える。
「ふふん!エルフが魔力を籠めた糸は柔らかいのに頑丈で有名なんだよー。人間の国でも高値で取引されているぐらいなんだから」
「……その、お値段は」
「そういうのはいいって。守ってもらわないと困るからねー」
ニコニコと笑いながら手を振るリリーシャ様。
それでいいのかと思うも、ここは好意に甘えさせてもらおう。
「わかりました。今後も全力で護衛任務の完遂を目指します」
「真面目だねー、シュミットは。けど頼りにしてるよー」
「はっ」
答えながら早速ボディアーマーを装着。軽く胸を叩いて感覚を確かめ、問題ない事を改めて確認する。
まるで新品だ。中に仕込む鉄板は元々ハンナさんから予備を購入していたのもあって、万が一次の戦闘があっても問題ない。
そう思って顔を上げると、ちょうどリリーシャ様がローブを脱ぎ捨てている所だった。
「んー!やーっとこれが脱げるよー。本当は全部脱ぎたいけど、それは人間の国だと駄目なんだよねー?」
無垢な笑顔を向けてくるリリーシャ様だが、こちらとしては何と答えていいのかわからない。
華奢だが細すぎない白くしなやかな手足。袖のない絹のバスローブみたいな服に、今にも下着が見えてしまいそうなミニスカートはこの世界だとありえないぐらいの露出だ。
健康的な太ももや、小さいながらも存在を主張する胸が無防備に見えてしまっている。それこそ、覗き込めば乳房の頂点も目にする事ができてしまうのではないか。
すぅー……。
「ふん!!」
「シュミット!?」
全力で右の拳を己の額に叩き込んだ。
痛い。だが、これで良し。
「ちょ、どうしたのシュミット!?錯乱してるの!?敵の魔法攻撃!?」
「よくやった相棒。それでこそだよ」
「アリサちゃんもなに言ってるの!?」
アリサさんとお互いに親指を立て合う。僕は煩悩に屈してなんかいませんよ、相棒。
だが、かく言うアリサさんも凄いというか……肌が見えているのなんて指先と首から上だけなのに、服の上からでもわかる程にスタイルが半端ではない。
ハンナさんが『牛』と表現するだけあって豊かに育ったロケットおっぱい。そして適度なくびれの下にある大きなお尻のライン。ハッキリ言おう。存在がエロだ。
「すぅー……ふん!!!」
「二回目!?しかもさっきより勢い凄かったよ!?」
「いやごめん、今のは笑うわ」
「なんでアリサちゃんは笑ってるのぉ!?」
OK、落ち着け自分。リリーシャ様は護衛対象で他国のビップ。アリサさんは仕事仲間で自国のビップ。
彼女らに色欲に染まった目を向けるのは仕事に支障をきたす。ここ数日二人と共に行動しているせいで、その……まあ色々と自由時間が取りづらかったのもあって大変だが。とにかく駄目だ。
命を賭け金にして稼ぐ仕事をしている事を忘れてはならない。
「失礼しました。少々己自身と戦っていました。精神修行の一種です」
「そ、そうなの?剣士って大変なんだね……」
「ええ、剣士は皆こうです」
「いやそれはおかしい」
黙っていてくださいお馬鹿様。
「艦内を探索がてら、波風にあたって来ます。アリサさんとリリーシャ様はこの部屋でお待ちください。一応、隠し扉や罠の類はない事は確認してありますので」
「え、いつの間にチェックしたの」
「荷物を運びながら」
脳みそを完全にピンク色にしたつもりはない。
腰の剣も確かめ、頷く。
「では、失礼します」
「うん。後で三人一緒に回る時案内お願いねー」
「了解」
「いってらっしゃーい」
「行ってまいります」
彼女らに軽く手を振られながら廊下に出る。
ちょうどそのタイミングで船が出航したのか、一際大きな汽笛とラッパが聞こえた。
動き出す足元。蒸気機関の揺れを下の方から感じながら、少し歩きづらい艦内を進む。
窓から外へと視線を向けて、青い空と海に目を細めた。
さてはて、この船に乗った事が裏切り者とやらに知られていないといいが。
優雅な船旅が出来る事を祈るばかりである。
* * *
サイド なし
『ソードマン、剣士との斬り合いに敗れる』
その記事は事が起こった次の日の夜にはゲイロンド王国中に広がり、表と裏の社会両方でかなりの話題になった。
銃の時代になった今、剣でライフルにすら勝ってきた『堕ちた保安官』ことソードマン。そんな彼がまさか同じ剣士に討ち取られたのだから、その話題性は計り知れない。
しかもそれを成したのは男とも女ともつかない美しく若い剣士だと言うのだからなおの事。
新聞社が記事を売るためにでっちあげた与太話と信じない者もいれば、根も葉もない噂を付け足す者。あるいは便乗しようとする者も現れている表側。
だが裏では、この記事が真実であると複数の情報筋から確証が取られていた。
命を狙われる理由など両手の指では足りない犯罪者たちは、黒髪の剣士に強い関心と恐怖を抱く。そんな彼らの耳にとある話が流れてきた。
『ソードマンを殺した黒髪の剣士。そいつと連れの女二人を殺せば五百セルの賞金を出す』
駅のホームで撮られたのか、汽車から降りたボロボロのシュミットの姿が映った写真と共にそんな手配書が出回ったのだ。
犯罪者を討ち取った冒険者や保安官に裏社会で賞金が懸けられるのは珍しい話ではない。ギャングが偶に同じような事をやっている。
だが、金額が異常に高額だった。少年少女三人の首の価値としては破格としか言えない。
己自身が賞金首でありながら、悪党どもが彼の首に懸けられた賞金に目を輝かせる。金が生きていく上で必要なのは表も裏も変わらないのだから。
──―その手配書は、剣士同士の戦いが起きた汽車周辺の地域を中心にばら撒かれていた。
その範囲は広く、今もなお増している。
それこそ……とある港にまで手配書が届いたのも、ソードマンの死からそれ程時が経っていない程の速度で広がっていた。
読んで頂きありがとうございます。
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