第三十三話 次の足は
第三十三話 次の足は
列車強盗……そう、世間では認識されている『皆殺しのサム』と『ソードマン』の凶行から一夜明け、川沿いのとある街。
「ちょーっと予定を変更する必要があるねぇ」
昼下がりの優雅なカフェの、奥にある比較的人目につきづらい位置に三人で座っていた。
お洒落な店で他の客も見るからに紳士淑女と言った格好の者ばかりだ。正直、お嬢様モードのアリサさん以外は浮いている。というか、この人また服装変わっているな。今は黒と灰色を基調としたシャツとロングスカートにコート。そして髪はサイドテールにしてある。
それに対してるてる坊主と防具は外したが剣を腰に提げた自分だ。不審過ぎて誰だって二度見する。
最初は入店をやんわり拒否されたし、リリーシャ様はともかく僕は店の前で待つつもりだったのだが……アリサさんが例の短剣を見せた後お姫様と二人がかりで店に引きずりこんだのだ。
というかなんでリリーシャ様までそっち側なんですか?膂力はないけど貴女に手を引かれたら立場的に振りほどけないんですけど?
やはりお馬鹿様が二人になったのが現状なのでは?
「あの一件で用意していたルートは暫く使えない。その分色んなお客さんが他の鉄道会社に流れたから、今から『お嬢様』を乗せるのは難しい」
「ごめんねー……私は別にぎゅうぎゅうづめでも」
「駄目です。そんな事をしたらいざって時に護り辛いじゃないですか」
「ですね」
自分が暗殺者だった場合、人混みに紛れて通り過ぎざまにナイフで刺すぐらいはやるぞ。もしくは、不特定多数が入れる場所なら爆弾をしかけるとか。
「それで、シュミット君。昨日私達がいない間に捕まえた盗賊相手に拷問していたらしいけどぉ?」
「拷問はしていませんよ?ただの尋問です」
机に肘をついて胡乱気に見てくるアリサさんに、心外なと首を横に振る。
「誰かさんに爪先や指を吹き飛ばされた可哀想な盗賊達に、治療をしながら優しく問いかけただけですから」
「へー、シュミットは優しいね~」
「……うん。そうだね。もうそれでいいや」
純粋なリリーシャ様と何かを諦めた様なアリサさん。
確かに最低限の止血をした後に、彼女らを個室に下がらせて自分はアリサさんが捕らえたと言う盗賊に色々と質問をした。だが本当に拷問はしていない。止血の為に傷口を圧迫するのは治療行為である。
ただ、『うっかり』手が滑って傷口を抉ってしまったり、慌てるあまり『偶然』焼いて止血した方がいいかもと治療中の盗賊の耳元で言っちゃっただけで。
他にもいくつか『事故』はあったが、純然たる治療行為だ。あの場にいた他の冒険者や乗客もとっても良い笑顔だったので間違いない。皆さん『これは治療だから』と言っていた。ウソジャナイデス。
「善意による治療で彼らが快く話してくれたのですが、どうにも『裏の仲介人』とも呼べる輩があの汽車を襲う様に依頼してきたそうです」
「裏の仲介人?なにその胸躍るワードは」
躍らせないでください。けど乳揺れは好きです。
身を乗り出したアリサさんの巨乳に視線が吸い寄せられるのを、気合で堪える。
「そう格好の良いものではないそうですよ。汚職保安官や役人。あるいは商人。今回の場合は酒場の店主だそうです。一応、盗賊を引き渡す時に到着した保安官にはそれとなく伝えておきましたので、真面目に仕事をしているのなら今頃調査に踏み込んでいるでしょう」
「……あの、さ。仲介人にって事はその依頼自体は酒場の人が出したんじゃなくって」
不安そうなリリーシャ様に頷いて返す。
「大本がいるはずです。ただ、そこまでは知らないと涙ながらに言って舌まで噛もうと……いえ、真摯に訴えてきていたので本当に顔も名前も知らないようです」
「ソウナンダー」
なんですかアリサさん。その『馬脚を露したね』とばかりの視線は。
それにしても舌を噛み切ろうとした時は少し焦った。別にそれで簡単には死なないだろうが、まだ聞きたい事があったので喋れなくなられては困るから。
「……ま、生け捕りにしといて何だけど大した情報が出るとは思っていなかったよ」
軽く肩をすくめ、アリサさんが軽く肩をすくめる。
「私達があの汽車に乗ると知っていた人間は少ない。なのにピンポイントで奴らは襲ってきた。となれば、あの鉄道会社にも裏切り者が紛れ込んでいる可能性があるね」
「……今更ですがアリサさん」
「なんだい相棒」
「この話、こういうお店でしていいんですか……?」
お高い店なので机同士の距離はあるが、それでも聞き耳をたてれば内容が聞こえるはずだ。
そもそも護衛対象を連れて外出してお茶をするのは……一応、窓側には自分が座っているけども。
「ああ、それなら大丈夫。こういうお店は皆他人の話を聞かない様にしているし、聞こえても口外はしないよ。もしもそんな事をしたら、自分が『色んな事』をバラされるからね。そして襲撃に関しては、私達が急遽とった宿よりも安心さ」
……なるほど、お金持ち専用だけあって色々と『配慮』があるわけか。
チラリと彼女の視線を追えば、奥に続く扉がある。そちらに意識を集中すれば僅かに火薬の臭いがした。
敵意は感じられないし、この店お抱えの用心棒といった所だろう。
「話を戻すよ。私達はこれから港のある街に馬車で移動。その後船を使って海上を移動し、川の船に乗り換えて王都近辺に。そこから馬で王都の正門を目指す」
「海を?」
「うん。現在地が王国の南東だからね。海はだいぶ近い。それに陸路だと襲撃も多そうだからねー」
「しかし、海路ですと万一襲撃があった際の逃げ道が限定されるのでは?」
「残念だけど、あの汽車が駄目だった以上他のルートだと危険性が高すぎる。私達コンビは確かに最強だけど、払いのけられる火の粉には限度があるからね」
「了解しました」
アリサさんがそう言うのならそうなのだろう。少なくともこの世界の事について、自分とは比べ物にならないほど詳しい人だ。
そんな話をしていると、フードの下でリリーシャ様が悲し気な顔をしている事に気づく。
「ごめんねー……私のせいで、二人とも」
「いえ。これはお嬢様のせいじゃないので。本当に」
「むしろ王国側の不手際ですからね。国際問題クラスの」
「うん……たぶん、外務大臣は今頃胃薬片手に白魔法が使える神官を呼び寄せていると思う」
秘密裏に『会議するから来て』と呼びつけた外国の要人が、自国の裏切り者に命を狙われ実際に使っていた汽車が襲撃された。
……これ、前世の日本だったらまともな議員ほど胃痛で倒れているな。
もう、マジで王国としてはリリーシャ様にご機嫌を窺う必要があると思う。両国の力関係知らんけど。
ぶっちゃけ、自分は貴族でも何でもないので『がんばれー』程度にしか思えんが。
「そんなわけで、明日の朝にはこの街を出て馬車を借りて移動。それでいいかな、二人とも」
「私もそれで大丈夫だよー」
「僕も問題ありません」
「よし。じゃあそういう事で。今日は宿でのんびりしよっかー」
先ほどまでの真面目な雰囲気は消え去り、アリサさんがふにゃりとした顔で笑う。流石の彼女も昨日の激戦は疲れたらしい。
「いえ。自分は防具の修理が少しでもできないか、この街の冒険者ギルドに職人を紹介してもらえないかを頼みに行くつもりです」
「いやいや。無理しちゃだめだよ。いくら白魔法で治したとは言え、君なんで生きているのか不思議なぐらいだったんだよ?アーマーの下を見た時、私血の気が引いたからね?」
アリサさんが眉を八の字にしてこちらを見てきたので、軽く頬を掻きながらどう答えたものかと少しだけ考える。
指先に傷痕の感触など一切ない。本当に痕一つ残らないとは、魔法と言うのは凄まじいものだ。
いいや、これはアリサさんの腕が良いだけかもしれない。別ジャンルとは言え魔法が使える様になった身としては、彼女の魔力操作の技術には驚嘆するばかりである。
前に『大量の魔力を一度に扱えない』と言っていたが、それさえなければこの人はとんでもない魔法使いになっていたのではないだろうか。
「流石に散弾に正面から突っ込むのはまずかったですね」
「んな他人事みたいな……」
「傷についてはお陰様で痕一つありません。それより、今後の『仕事』の為にも備えは必要ですから防具は重要です」
幸い、『皆殺しのサム』と『ソードマン』の首はすぐに換金できた。二人合わせて三百八十セル。アリサさんと山分けしても百九十セルだ。
防具代を引いてもかなりの儲けである。嬉しい臨時収入だ。ついでに奴らを倒した経験値も非常に美味しいものであったのだから、達成感さえある。
ここは、最悪この身を盾にする必要がある以上防具は少しでも整えておきたかった。なんならリリーシャ様にも同じ物を装備していてほしいぐらいである。
実際にやったら彼女の体力では厳しい気もするが。この人強化の魔法は苦手らしいし。この世界に要人用の薄くて軽い防弾チョッキがない事が悔やまれる。
「んー……いや、でもあのアーマーってハンナさんが作ったんでしょ?なら人間の職人が下手に手を加えるのは無理だと思うなぁ」
「そうなんですか?」
「うん。それは私も同感」
アリサさんに続いてリリーシャ様も頷く。
「ドワーフは頑固で偏屈でせせこましいけど、腕だけは確かだからね」
……エルフとドワーフって仲悪いんだろうか。
「穴が開いた箇所を縫い合わせるだけなら、私がやろうか?」
「リ、お嬢様が?」
「うん!」
首を傾げれば、彼女はその華奢な胸を反らしてみせた。
「糸を使わせてエルフに勝てるのはアラクネだけだよ!まっかせなさい!」
「お嬢様ー、声。声をもうちょっと落としてー」
「あ、ごめん」
アリサさんの言葉にリリーシャ様がフードを深く被り直す。いかに『配慮』し合うとは言え、限度があるらしい。
「しかし、貴女ほどの方にその様な事をして頂くのは……」
「遠慮しないでよー。魔力を流しながら裁縫するのはエルフにとっては必須技能。腕が鈍らない為にもさ、やりたいんだ」
「……わかりました。よろしくお願いします」
「うん。お姉さん頑張っちゃうからねー」
前世では二十幾つで、今生では十五歳。そのどちらから見ても外見年齢は年下に見えるリリーシャ様が『お姉さん』と名乗るのは、どうにもむず痒いものがある。確かに実年齢は前世と今生を足しても相手が上なのだろうが。
それを誤魔化したくて、話題を変える。
「服を着る文化がないのに裁縫はするんですか……?」
「主に弓や罠、それと家屋の補修にね。たぶん、人間が想像する家とエルフの家はだいぶ違うと思うよ」
「そうなんですか……」
一度見てみたいものだな、エルフの森というやつを。
……いや下心とかではなく。それもちょっとはあるけども。でもエルフの男達も全裸なんだよな……それは正直嫌だな……。
「さ、そうと決まれば宿に戻ろうか。アーマーの補修も、たぶん簡単にはいかないし」
「おっと~?アリサちゃん。それはエルフがドワーフの『作品』に手を加えるのは難しいって言っているのかなぁ?」
「当然ですよ、お嬢様。私が相棒の装備を任せる職人の作った物ですよ?」
「……そうだった」
キョトンとした顔で返すアリサさんに、リリーシャ様が額に手を当てる。
「うん。今のは私が悪い。気合を入れて縫うとするよ」
「よろしくお願いします」
「おーけーおーけー。その分私の事を守ってね、剣士様」
揶揄う様に笑ってこちらの胸を叩いてくるリリーシャ様。その瞳に少し目を逸らす。
「最善はつくします」
「……ねえねえアリサちゃん」
「なんですかいお嬢様」
「やっぱシュミットって面白いね」
「ですよねー!」
「……速く帰りますよお嬢様とお馬鹿様」
「はーい」
「ねえなんで私だけお馬鹿扱い?ねえなんで?」
支払いを済ませ、店を出る。無論、領収書は貰った。経費……なんて良い響きなんだ。
「号外号外~!号外だよ~!」
宿に戻る途中、街中をそう叫びながら新聞を手に歩く青年を見かける。彼の周りには結構な数の人が集まっていた。
「あの凶悪犯、最強の剣士と言われた『ソードマン』が同じ剣士に負けたよ~!麗しい黒髪の剣士!はたして男なのか女なのか!同じく『皆殺しのサム』も討ち取られたって話だよ~!詳しくは記事に載ってるよ~!!」
明確に男ですが???
自分の顔が無表情になるのを自覚しながら、足早にその場を後にする。何やら周りからの注目が増した気がした。
「よ、有名人」
「……やはり顔の傷は残しておくべきでしたね」
「それは絶対に私がさせないよ。君の美貌を失うのは人類の損失だ」
「まだ言いますか」
「私もそう思う」
「リリーシャ様まで……」
頭が痛くなってきた。
この人の護衛が終わったら、どこかで新聞社の取材を受けるのもいいかもしれない。
前世日本なら絶対にやらないが、今生ならば『有名税』とやらよりも名が売れるメリットの方が大きいだろう。ついでに、そこで自分は男だと強く念押しするか。
ふっ……そうなれば自分は稀代の少年剣士として名をはせ、目標に一歩近づくに違いない。目指せ、大手商人の家に婿入り。そこから始まる左うちわの暮らし。
「時にアリサさん。海路で行くのは構いませんが、船はとってあるのですか?」
「うん。今朝、私の実家宛てに汽車の事を報告した時にね。港に着く頃には話がついているはずだよ」
「なるほど。ちなみに、どういう船なんですか?」
頭の位置はそのままに目を動かして、鼻と耳にも意識を回して周囲を警戒しながら問いかける。先の青年に人が群がっている分、この道には人っ子一人いない。
「ふふん。聞いて驚きたまえよ、シュミット君」
何やら自慢げにアリサさんが笑う。
「『ホワイト・ムーン・ライン社』が新造した豪華客船。それがちょうど望んでいるコースを通る予定でね。優雅な船旅ができるんだぜ!」
「そうですか……」
「うぉい、反応薄いなぁ」
「いえ、楽しむ余裕はないだろうなと。仕事中ですし」
「えー、少しぐらいは気を抜こうよー」
「そうだよー。のんびりしようよー」
「……はぁ」
呑気に子供みたいな事を言うお馬鹿様達に、思わずため息をつく。
何というか、凄く不安だ。
流石にソードマン級の強敵がぽんぽん出てくると思えないが、襲撃がある可能性はあるはず。
……だがまあ、豪華客船という事は乗り込んでいる護衛の数も凄いのだろう。汽車に詰めていた者達とは比べ物になるまい。
万が一敵が来たとしても、自分達が出張らなければならない事態などそうそうないか。
もしかしたら船内に暗殺者が紛れ込んでいないか程度の警戒だけでもいいかもしれない。
気を張り詰めすぎるのは返って毒か。無論、件の豪華客船とやらに乗り込む前から気を抜くのは論外であるが。
「船の中では色んな大道芸が見られるらしいですよお嬢様!」
「なにそれすっごく面白そう!アレやるかな、アレ。箱に入ったはずなのに他の場所に出てくるやつ!」
……この人達は気を抜き過ぎだとも思うが。
アリサさんの実家から応援の人員とか来ないかなー、来ないよなー。来る事ができるんだったら最初っからいるもんなー。
あ゛ー……まあ、王国のやらかしで他国の要人に迷惑をかけている以上、少しでも移動を楽しんでもらうのはアリかもしれない。知らんけど。
まさかとは思うが、あの高額な報酬には『引率代』も含まれていないだろうな。
見た事もないアリサさんのご家族が、無駄にいい笑顔でサムズアップした気がした。
読んで頂きありがとうございます。
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