第三十話 当たらなかった銃弾
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第三十話 当たらなかった銃弾
サイド なし
用心棒用の車両の一つが半ばから千切れた事で、あわや横転の危機に陥った汽車。
その中で、盗賊達はその辺の座席や車両間のドアにしがみ付きながらも必死の形相で銃を撃ち続けた。
剣一本で銃を持った集団に跳び込み、あまつさえ仲間を二人も殺した少年を近づけないために。
彼らは知っている。なんせ真横にいるのだ。同じような事をして、腕利き五人をあっさりと惨殺した怪物を。
そんな怪物と互角以上に戦っていた黒髪の剣士に、強い恐怖を抱くのも無理はない。結果、彼が飛び移る事も投擲で攻撃する間もない程に鉛弾を吐き続けたのである。
「やめろ」
「っ!?」
ソードマンの低い声で、ようやく彼らは引き金を引くのを止めた。
「皆殺しが『雇い主』からのオーダーだったはずだが?」
彼としては別に怒りも殺意も込めたつもりはなかったのだろうが、その猛禽類じみた眼光に盗賊達は『勝負の邪魔をされて怒っている』と勘違いをした。
恐怖で呂律が若干回っていない様子ながらも、彼らは必至に弁解をする。
「ま、待ってくれよ旦那!」
「た、確かに皆殺しが目的だが、ガキひと、一人ぐらいよくないか?それにあんたと斬り合ってもうボロボロだったしさ。森の中で勝手に死ぬって!」
そんな盗賊達に何かを言いかけるも、ソードマンは口を閉じて踵を返した。
「……だ、旦那?」
「私は本来お前らの仲間ではない。やり方にとやかく言うつもりはない。それより、敵がくるぞ」
「へ?」
銃声が響き、盗賊の一人を撃ち抜く。
あれだけの騒ぎが起きれば当然ながら、別の車両の用心棒達がやってくるのは自明の理だ。それが頭に浮かばない程に盗賊達は気が動転していた。
「ぎゃっ!」
「が、あ゛あ゛!?」
銃撃で悲鳴をあげながらも盗賊達が物陰に隠れて応戦をする。
「あいつらか、列車強盗は!」
「ダイナマイトを使ってくるぞ!気をつけろ!」
前の車両に乗客が逃げて空っぽになった高級車両の個室に跳び込んで、盗賊達と距離を詰めながら発砲する用心棒と冒険者達。
それらの視界にソードマンの姿はない。
「おい、さっき見えたサーベルを持った奴は───」
───キンッ
硬質な音が響き、個室の壁が倒れてきた。
「は?」
それに意味が分からないと口をあんぐりとあけた用心棒の喉に、白刃が突き刺さる。
一緒にいた冒険者がピストルで対応しようとするも、その右手首が切り飛ばされた。
「お、おおおお!」
それでも残った左腕で掴みかかろうとした彼の雄叫びは、しかし首を引き裂かれて途絶えさせられた。
よろよろと数歩進んで倒れた彼の横を通り過ぎ、ソードマンがまた壁を斬り裂いて別の個室へと移動を始める。
個室間の壁は薄い鉄板に木の板を張り付けただけの物だ。銃弾を防げるほどの強度はない。
故に、他の個室に跳び込んで盗賊達にじりじりと近づきながら発砲する用心棒達は銃撃で仲間が死んだのだと思った。撃ち合いで負けたのだと。
「おい、あそこの個室の奴らが死んでるぞ!」
「はぁ!?くそ、つっかえねぇな!」
悪態をつく彼らが、同僚の死因を知るのはそう遠くなかった。
* * *
「リリーシャ様、こちらに」
「う、うん」
前後から乗客が流れ込んだ中央の二両は、しかし後ろから逃げ込んだ客からすれば予想外に密度が少なかった。
代わりに、前から逃げてきた乗客はパニックになった様子で更に後ろへと逃げようとしている。そのせいで密度以上に混雑した有り様になっていた。
「おい、どけよ!後ろに、後ろに逃げなきゃ!」
「はぁ!?後ろにも盗賊がいるんだぞ!」
「黙れ!奴が、奴が来る!全員殺される!」
その二両を護る様に、前後の用心棒達用の車両では男達が銃撃戦を繰り広げていた。
「おらぁ、ガトリングガンのお出迎えだぁ!」
「ヒャッハー!ミンチにして豚小屋に餌として送りつけてやるぜぇ!」
用心棒用の車両では銃座からガトリングガンを取り外し、連結部近くに置いて盗賊達相手に大量の鉛玉をばら撒いていた。
「くっそ、あいつら調子に乗りやがって!」
「伏せたまま下がれ!死んじまっ」
「ジョニー!?畜生めぇ!」
流石に盗賊達も近づくどころかその数を段々と減らしていっていた。壁や座席は盾になる事はなく、視認されたら最後もろともにハチの巣にされるのだから。
突然の襲撃で多くの被害を出した用心棒達も、多少冷静になれば形勢は逆転する。
「お前ら逸るなよぉ。ガトリングガンに正面から突っ込んで生きていられる人間なんていないだからよぉ」
「そう言うんなら前に出ようとしないでくだせぇ兄貴ぃ!」
「んだってぇ~」
待ちきれないとばかりにショットガンを手に唇を尖らせるサムに、ピストルに弾を込め直しながら手下たちが怒鳴る。
「うーん……屋根伝いにいっちょ行ってみっかと思うんだが……」
銃座から顔を覗かせたサムの視線の先には、ガトリングガンの代わりにライフルを持って警戒する冒険者の姿があった。
逃げる事も隠れる事もできない屋根の上で走れば、あっという間に風穴を開けられる。サムは更に不機嫌そうにため息をついた。
「しゃーない。ガトリングガンはすぐに弾切れを起こす。マガジンをどれだけ持ち込んでいようが、次の駅に着くよりは先に空になるさ。それまで待とう」
「そう思うんなら尻を揺らさんでくださいよ尻を」
「ダンスしたいって出ちゃってますよ!」
「待つのって嫌いなんだよ~。血の臭いが俺を狂わせるんだよ~」
そんなサムの様子は知る由もないが、アリサも同じく『ガトリングガンの守りは長くない』という結論に至っていた。
座席の奥に押し込んだリリーシャに、片膝をついて彼女が喋りかける。
「リリーシャ様。私は用心棒達と一緒に戦ってきます。貴女はここを動かないでください。……いえ。ここまで敵が来たら、私の事は忘れてお逃げください」
「ちょ、駄目だよアリサちゃん!逃げるなら一緒に!」
「なりません。私はもういつ死んでもいい身ですが、貴女にはやるべき事がある。何より、ここで死なれては国自体が困りますので。……ああ、いえ。ついでにもう一つ」
そっとリリーシャの手を取り、アリサがその甲に唇をつける。
「貴女の騎士を名乗った事もあるのです。こうして命を懸けて戦うのも当然でありましょう」
おどけた様に言う、己より遥かに年下の少女。リリーシャは唇を噛み、頭の中でエルフの姫としての理性で感情を押しつぶす。
「……今、死んだら嫌いになるから。もっと、生きてよ……」
「ははっ!貴女よりは短い命ですが、ええ。全力はつくしますよ」
アリサはそれだけ言って立ち上がり、そのまま用心棒用の車両にライフルを携えて小走りに向かった。
その背中を、リリーシャが見つめる。
何か言おうとした言葉を、飲み込んで。
* * *
血だまりに沈んだ車両。個室から流れ出た血の川を踏みしめて、ソードマンは呆然とした様子で床を見つめていた。
空薬莢が、彼の爪先に転がってくる。
『パパー!』
『ふふっ。ジェニファーったら、貴方みたいな保安官になるって言ってきかないのよ?』
『はっはっは!そうかそうか!ようし、ならパパが銃の撃ち方を教えてやるからな!』
『もう。危ないからやめてってば!ジェニファーも、部屋のお片付けがまだでしょ!』
『見てくれアマンダ!狙撃大会の優勝を祝して子爵様から盾を頂いたんだ!』
『まあ、凄い!今夜はお祝いね!』
『パパー?そげきたいかいってなにー?』
『ライフルを誰が一番うまく扱えるかって大会さ。パパはね、この地域で一番狙撃が上手いのさ!』
『可哀想に……街中で撃ち殺されたんですって?』
『銀行強盗に巻き込まれたそうよ。指名手配もされている凶悪犯ですって』
『ママ……ママぁ……!』
『アマンダ……仇はとる。そして、ジェニファーも立派に育ててみせるよ……』
『すまない、ジェニファー。パパ、また仕事で……』
『ううん!パパはこの街を護る保安官だもん!でも……あのね?』
『ああ。来週のお前の誕生日には休みをとったんだ。その日は必ず一緒に過ごすよ』
『本当!?やったー!』
『根を詰め過ぎじゃないですか、保安官』
『すまない。だが、奴が……奴がまたこの地域で目撃されたんだ』
『明日は娘さんの誕生日じゃないですか。倒れたらまずいですよ』
『……そうだな。今日は、ゆっくり休むよ』
『銃を捨てな、保安官!』
『パパ!助けて、パパぁ!』
『ジェニファー!?くそ、お前は……!』
『俺だけに当てられるかぁ?えぇ、ご自慢のライフルでよぉ!』
───タァァン
「………」
眼の前を通り過ぎ、個室のドアにあたった弾丸。それにゆっくりと顔をあげたソードマンの視線の先には、ピストルを手に立っている冒険者の姿があった。
「く、くそ……!」
その男の姿は血まみれで、左腕はへし折れ頭と胴体には大きな裂傷がある。とてもすぐさま二発目が撃てる状態ではない。背中を壁につけ、やっと立っているあり様だ。
奇襲の一発もはずした彼は、絶望と焦りで顔を歪めた。
次の瞬間には斬られる。そう思い後ずさった冒険者だが、ソードマンが斬りかかる事はなかった。
それどころか、両手を左右に広げてさえみせる。
当ててみろ。そう言っているかの様に男には思えた。
「て、てめえええええええ!!」
激高した冒険者が親指でハンマーを上げ、発砲。だが、決死の一撃は汽車の揺れであらぬ方向に飛んでいく。
天井を穿っただけの弾丸。直後、冒険者の鳩尾を刃が貫いた。
「が、ぁぁ……!」
「当たってくれないんだよ。一番頼りにしたい時に、銃ってやつは」
ぐるりと刀身が捻られ、横薙ぎに引き裂かれる。
血をまき散らせながら倒れた男の首にサーベルを突き立て、ソードマンは深い……それは深いため息を吐いた。
暗く淀んだ目で、車両の中に転がる血まみれのライフルを見下ろしながら。
「だ、旦那!加勢を……って、そいつ、まだ生きていたんすか?」
「今死んだ。それで、どうした」
「へ、へえ。敵に妙な女がいるんです。えらい美人ですが、とんでもねぇ腕で次々とライフルで仲間を……」
「……そうか」
女相手に撃ち負けているという事実を言いづらそうにする盗賊に、ソードマンは今しがた仕留めた男から剣を引き抜く。
「ダイナマイトはまだあるか」
「へぇ!」
「貸せ。私がやる」
ソードマンが乱暴に窓ガラスを叩き割った。
その視界の端には、まだ血濡れのライフルが落ちている。
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