第二十九話 剣士との戦い
第二十九話 剣士との戦い
「……挟まれましたね」
戦闘音が前後から聞こえる。銃声と悲鳴で碌に状況がわからないが、少なくともどちらに逃げても敵がいるのは確実だ。
できるなら用心棒達に片付けてほしかったが……どうも、そう簡単にはいかないらしい。
昨今は列車強盗も減ってきていると聞くのに、このタイミングで行われた襲撃。どうにも嫌な予感がするな。
「アリサさん。リリーシャ様を連れて前の車両に退避してください」
「後ろの方が強敵?」
「わかりません。ですが後ろより前の方が車両数は多いので、逃げるならそちらでしょう。僕は後方の車両を見に行きます。そちらが無力化できたらお呼びしますが……」
「そこから先はなしだぜ、相棒」
自分が戻らなければ無視して逃げろと言おうとしたが、腰にガンベルトを巻いたアリサさんがボディアーマー越しに拳で胸を叩いてきた。
お嬢様の様な恰好をしているくせに、犬歯がチラリと見えるぐらいに彼女は笑みを浮かべる。
「信じてるからね?」
「……善処します」
「もぉ、そこは『必ず戻ってくる』って言ってくれなきゃ盛り上がらないじゃぁん」
「死亡フラグみたいだから嫌です」
「フラグ?旗?」
「なんでもありません。では、行きます」
馬鹿な話をしている時間も惜しい。腰の剣を抜いて出ようとすると、リリーシャ様に引き留められた。
「あ、あの!」
「はい、なんでしょうか」
「……気を付けてね?」
「かしこまりました」
迷う様に、あるいは絞り出すように告げられた言葉。
おおかた、『自分が狙われているのなら、この身を』とでも言おうとしたのだろう。エルフから見れば自分や他の乗客など子供も同然の年齢に思えるだろうから。
しかし、あいにくとこちらも仕事だ。もしもそんな事を彼女が言っていたのなら、無礼を承知で殴ってでも気絶させる必要があった。
彼女も自分が人間の国で、しかも人間に殺されればこの後何が起きるかを理解しているのだろう。そこは幸運だった。
ドアを開けて通路に出て後ろの車両に小走りで向かえば、他の乗客たちが個室の扉を少しだけ開けて何事だと不安そうにこちらの様子を見てくる。
さてはて。後ろの状況は……。
───ドォォォン!!
どうやら、良くはないらしい。
爆音が響いて汽車全体が揺れる。それに重心を少しだけ落として耐え、悲鳴が響く中を駆けた。
「『チャージ』『アクセル』『プロテクション』……!」
身体強化の呪文を唱えながら壊れかけの扉を蹴破れば、そこには煙が立ち込めている。
煙が窓から流れていく中銃声も響き、少しして車両内の状況が見えてきた。
死屍累々の有り様の冒険者達。その中央に剣を手にした鷹の様に鋭い目の男が立ち、彼の周囲には明らかにならず者と言った風貌の男達が銃を倒れている冒険者達に向けている。
剣を持っている男の顔には、見覚えがあった。
「ソードマン……!?」
「敵だ、撃てぇ!」
「死ねやぁ!」
驚愕し呟いている間にも、盗賊達は銃口をこちらに向けてきていた。それに対し自分も両目を全力で動かす。
引き金を引くタイミングはバラバラ。それらを一つたりとも見逃さず、体を跳ねさせた。
「ぶっ殺せぇ!」
放たれる弾丸。だがそれが通る場所に自分はいない。
弾丸を避けるのではなく、銃口を回避する。床を駆け、座席の背もたれを跳ね、天井を蹴って接近。一番近い位置にいた男の頭を叩き割る。
更に壊れかけの座席を蹴って、別の盗賊へと飛びかかりその側頭部を足裏と壁に挟む様に踏み砕いた。
その時、白銀の光が自分に迫るのを視界の端で捉える。
「くっ!」
咄嗟に左の籠手で首狙いの斬撃を受けながら、衝撃を利用して後退。床に着地しながら下手人を睨む。
「……驚いたな。伊達や酔狂で剣を使っているわけではないらしい」
ソードマン。彼が振り抜いたサーベルの太刀筋は、間違いなく一流のそれだった。
彼の台詞はこちらこそ言ってやりたいものである。まさか、盗賊達と手を組んでいる様な奴がこれほどの剣士だなどと。
「お前達、手を出すな。座席の下を潜って前の車両に向かえ」
「へ、へい!」
「行かせるとでも!」
「行かせられないとでも?」
「っ!?」
ずるりと、気が付いた時にはソードマンが目の前にいた。
はやっ、違う、こいつこちらの呼吸の合間に!
「このっ」
「ほぉ」
首に放たれた刺突を紙一重で避け、お返しとばかりに振るった逆袈裟の一撃は受け流された。
ナックルガード近くの刀身で受けられたかと思えば、曲線を使われて力を加える前に剣が『流れて』いく。
直後に放たれた縦一閃の斬撃を籠手で受け、剣を握る右手で奴に殴りかかった。
だが、それはソードマンが跳躍した事で回避される。剣を押し当てた籠手を下に押す様にして、自分の上を飛び越えたのだ。
奴の足が床につくよりも速くお互い振り向きざまに剣を振るい、それは小さな火花を散らして共に軌道を逸らす。相手の刃はこちらのボディアーマーを僅かに斬り裂き、自分の剣先は奴の左肩を浅く抉った。
身体能力は魔法分こちらが上!剣の性能は言わずもがな!だが……!
「凄まじい才能だが」
「がっ……!」
相手の外套で一瞬視界が塞がれた瞬間、蹴りがこちらに打ち込まれる。
咄嗟に左の籠手で受けるも、衝撃でよろめく。その機を逃さんと振るわれたサーベルにどうにか剣を合わせるのがやっとだった。
慣れている……!こいつは剣士と戦う事に慣れているのだ。
獣でも魔物でもない。人と『斬り合う』という訓練など、もはや騎士の家系ぐらいしかやっていないだろう。
そして、この男は最悪な事にそんな家の出だ。
「剣が直線的過ぎるな」
「このっ」
袈裟、逆袈裟、胴、突き、横薙ぎ。流れる様に繰り出される連撃を剣と籠手でガードしながら、徐々に押しやられる。
その間にも椅子の下を這いずって盗賊達は前に向かっていた。
「『ソードマン』と交戦!敵が八人そちらへ抜けます!警戒を!」
せめてもと、アリサさんに届くかどうかもわからない声を張り上げる。
その直後に喉を狙って放たれた剣に、ドワーフ製の刃をぶつけた。
「むっ」
「おお!」
このままサーベルごと叩き切る!
そう意気込んで踏み込んだ直後、ぐるりと相手の剣が回った。
刃どうしが噛み合っていた状態から一変、サーベルの腹をこちらの刀身が滑り落ちていく。更にはソードマンの切っ先がこちらの顎目掛けて下から振るわれているではないか。
しま、バインド!?
強引に体を傾ければ、右頬を相手の刃が裂いていく。肉の奥、歯と歯茎を削られる痛みを感じながら───あえて、こちらから踏み込んだ。
踏みしめた床が軋む程に、全身全霊の力を籠める。
「お、らぁ!」
「っ!?」
身体能力に任せたタックル。装備の重量分こちらのウェイトが勝っている事もあって、左肩で相手の体を吹き飛ばしたたらを踏ませる事ができた。
そこへ上段から剣を振り下ろすが受け流される。しかし、想定内。奴の爪先を踏み砕きに行き、息をつかせる間もなく猛攻をしかける。
全ての攻撃が受け流され、避けられ、カウンターの斬撃が身を斬り裂いた。だが、構うものか。
技量は互角。肉体と装備は優勢。経験は劣勢。
ならばこちらの強みを押し付ける!
防御も回避も最低限だけな分徐々に自分だけが傷ついていくが、どれもかすり傷だ。ひたすらに押し込みにかかる。
胴体は鎧が守ってくれる。それ以外の急所だけをガードし、一歩。また一歩と踏み込んだ。
「無茶苦茶な……!」
驚嘆と呆れの混じった笑みを浮かべるソードマンに、触れ合うほどの至近距離から柄頭の一撃を脇腹に叩き込む。
「ぐ、ぅぅ……!」
ようやくまともに入った。あばらをへし折る感覚を覚えながら、続けて腸を裂かんと刃を閃かせる。
だが、奴が放った柄への斬撃に咄嗟に左手を離した事で阻まれた。
僅かにできた距離。そこにソードマンが跳び込んできて刃を叩きつけてくる。
上段から押し込む様に力を加えられるが、膂力は自分が上。押し返そうとした時、ソードマンの瞳がこちらの眼をじっと覗き込んでいる事に気づく。
「お前も……」
暗く、淀んだ目。この世の全てに恨みを抱えて、何もかも滅んでしまえと呪う様な黒々とした殺意が至近距離で浴びせられる。
───それがどうした!
その程度で今更怯むものかと剣を弾き上げ、そのまま相手へと斬りかかった。たかが殺気一つで動けなくなるのなら、開拓村で自分はとうに死んでいる!
こちらの刃が袈裟懸けに奴の体を引き裂くが、浅い。骨や内臓を斬った感触がなかった。
しかし無視できるほど軽傷でもない。動きが鈍るはずだ。ならばこのまま───っ!
「お前も、銃を信じられなくなった口か……?」
傷を負った事もお構いなしに続けるソードマン。彼が剣を構えなおした直後、その背後から赤い筒状の物が投げ込まれた。
「伏せてくだせぇ!」
がなる盗賊。自分とソードマンの中間地点に、一本のダイナマイトが落ちてきた。
それも、導火線が燃え尽きる直前の状態で。
「んなっ!?」
正気かあいつら!?
咄嗟に座席の裏へと隠れるのと、爆音が轟くのがほぼ同時。強い揺れが汽車を襲う。
下手をすれば横転するぞ!?そうなれば奴らだって死ぬだろうに!
座席の裏から顔を覗かせれば、黒煙が凄まじい勢いで晴れていく。そして開けた視界で、幾分か離れた座席から出てくるソードマンの姿を捉えた。
だが、彼はどんどん遠のいていく。足は動かしていない。『足場』ごと離れているのだ。
「まさか……!?」
奴の足元を見れば、予想は的中。一回目の爆発と今の爆発で今いる車両に限界がきたのだ。元々重装甲ゆえに大きな負荷がかかっていた車体が、引き千切れていく。
装甲や木片を散らせながら置いていかれる後方の車両。このままではまずいと、すぐにあちらへ飛び移ろうと走り出す。
「こっち来んじゃねぇ!」
「あのガキを近づけるな!」
だが、それを弾丸が阻んだ。
咄嗟に直撃コースの一発は籠手で防ぐも、衝撃で勢いが殺された。二発目三発目を避け、座席の裏に隠れる。
そうしている間にもどんどん遠ざかっていく距離。あっという間に、汽車は走って行ってしまった。
逆にどんどん減速していくこちらの車両。銃撃が止んですぐに飛び出したが、踏みしめたのは線路だけ。いかに身体強化をしていようが追いつけない速度で汽車が走っていくのを見送るしかなかった。
「はぁ……はぁ……!くそっ……!」
そう吐き捨てながら走る足を止める。このまま徒歩で追っても無駄だ。
必死に叩き込んでおいたあの汽車が走る線路を思い出し、どうにか最短ルートを通って追いつけないかと模索する。
だが、駄目だ。やはり人間の足では不可能である。ここからあの汽車はどんどん加速するルートに入るはずだ。一応、もう一度減速する位置もあるはずだが……それに自分の足で間に合うとは思えない。
なんせ重い貨物車両がまるまる無くなったのである。バランスは多少悪くなったかもしれないが、軽くなった分速度は上がるはずだ。
そう、貨物が……。
取り残された車両を慌てて振り返る。耳を澄ませば、そこには確かに目当ての存在を感じられた。
脳内でスキルツリーを浮かべ、残存する『殺し』の経験値と見比べる。
「……『後出し』は、まだできるか」
剣を鞘に納めながら、一番後ろの車両に走る。
どうやらまだ、天は自分を見放していないらしい。
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