第二十八話 列車強盗
第二十八話 列車強盗
サイド なし
「なあ、列車強盗の定石って知ってるかい?」
煙をあげて走る列車を見下ろしながら、馬に乗った男が同じく馬に乗った隣の男に問いかける。
話しかけられた鷹の様な鋭い目をした男は無精ひげの生えたその口元を動かさなかったが、その男はお構いなしに話を続けた。
「列車ってのは走っていなけりゃただのでかい箱さ。レールを壊しちまえばいい。俺のダチが昔やっていたのは通りがかる橋を爆破して足を止めるってやり方さ」
その男は金髪の天然パーマに整えられた髭とどこか気品のある顔立ちをしており、服装も黒い燕尾服で街中に立っていれば大手商家の跡継ぎにでも見えていただろう。
だが、率いているのは商人達ではなく見るからに凶悪そうなごろつき達。そして手に持っているのは契約の書類一式ではなく銃身を短く切られたショットガンと馬の手綱。
「だが、運営会社も馬鹿じゃない。狙われやすい橋の周りには見張りをつけて、何かあれば列車内の用心棒たちと挟み撃ちを狙う様にしてあるのさ。それ以外にも、レール周りには普段から細工を施している。魔法ってやつさ。ま、俺には関係ないがね」
犬歯をむき出しにして笑い、男は赤みがかった瞳を輝かせる。
「俺は走っている列車が好きなんだ。止まった列車を襲っちゃ楽しみが減っちまう!」
『気狂いのサム───賞金百八十セル』
「あんたはどうだい?『ソードマン』卿?」
サムがそうおどけた様子で問いかければ、鋭い眼光が返ってくる。
「卿はつけるな。俺は、ただの『剣狂い』だ」
『剣狂いのジョセフ───賞金二百セル』
今にも腰に提げたサーベルで斬りかかりそうな気配を放つソードマンに、しかしサムは気にした様子もなくケラケラと笑った。
「おいおい。馬鹿正直に政府の決めたダッセェ二つ名なんて名乗るなよ」
「……ならばソードマンと呼べ。俺にはそれで十分だ」
「そうかい?まぁどっちでもいいさ。話を戻すがぁ、定石を使う気のない俺らがどうやって列車を襲うのか。それはこいつさ」
サムが自らの乗っている馬の鬣を撫でる。
優し気なその手つきに、しかし馬は怯えた様に鳴き声をあげた。それもそのはず。元々の乗り手を殺し、奪った馬なのだから。
「列車の強みは一度に大量の積み荷と人を運べる事。短い距離を走るなら馬の方が速い。もちろん全速力をだしゃぁあっちが上だが、あの巨体を思うままに走らせるには条件がある。本気で走れない場所を狙えばいいのさ」
彼らが小さな丘から見下ろす汽車は、森が伐採され開けた場所を走っている。そして、その近くには大きな川が流れていた。
「魔法使いを乗せようが、蒸気機関ってのは水とは切っても切り離せねぇ。川の流れに沿って作られた駅を経由する関係上、線路だって川のくねりは無視できねえのさ。つまりぃ、下手に速度を出しちまえば脱線するか下手すりゃ川に落っこちちまう場所を狙えばいい」
語りながら、サムは左手でリボルバーピストルをゆっくりと引き抜いた。
「さぁ!パーティーのお時間だ!殺して、殺して、殺してぇ!そんで奪ってずらかるぞ!」
「「「おおおおおおおお!!」」」
───タァァン!
サム率いる十人の盗賊たちが馬を走らせ始める。その最中、先頭を走るサムはピストルを空に向けて狂ったように発砲し続けた。
それを見送るソードマンと残り十人の盗賊たち。
「行くぞ……」
「へい」
サム達の騒がしさとは打って変わって、彼らは黙々と別のルートを走り始めた。
最初の一発目、二発目に気づいたのはとある少年だけだったが、三発目以降は汽車を守る用心棒たちの耳にも届いた。
「っ!敵襲!敵襲ー!!」
銃座から周囲を見回していた冒険者の叫びに、用心棒たちがすぐさまそれぞれの得物を手に戦闘態勢に入る。また、汽車の運営会社お抱えの者は運転席に盗賊の存在を伝えに行った。
「おい!加速しろ!相手は馬だ、振り切れ!」
「無理だ!今これ以上速度を出したら脱線しちまう!あんたらでどうにかしてくれ!」
「ちぃ!」
そんな会話の最中にもサム達はどんどん汽車に迫っている。
だが、そう簡単には近づけない。
「ひき肉にしてやるぜぇ!」
───ダダダダダダダダダダ!!!
連続して響く発砲音。ガトリングガンが鉛玉を一分間に百五十発のペースで吐き出していく。
一撃必殺と言っても過言ではない死の豪雨に、サム達は散開して凌いだ。
「はははは!下手くそぉ!」
「当ててみろよ、このチキン野郎!」
だが、そこに別の弾丸が襲いかかる。
用心棒たちが詰めている車両の窓が開かれ、そこから突き出されたライフルやピストルが盗賊たち目掛けて銃弾を放っているのだ。
当然盗賊たちも撃ち返すが、馬に乗りガトリングガンを避けながらとなれば当てるのは難しい。対する用心棒たちも汽車の揺れと煙でまともに狙いを定められずにいた。
「殺せ、殺せぇ!」
「おい、速く弾よこせよ!」
「下がれお前らぁ!次がくんぞぉ!」
ガトリングガンが弾切れを起こしては距離をつめ、マガジンが交換されてはまた離れる。サムの指揮の元、盗賊たちは異様に高い練度で死者を出さずにつかず離れずの距離を維持する。
その姿に用心棒の纏め役が冷や汗をたらすが、しかし時間は自分達に味方だと己に言い聞かせた。
今は馬の方が速いが、あちらは生物。体力にも限界がある。それに汽車はもう少し進めば速度を上げられる場所に出るはずだ。盗賊たちを引き離すなど容易い。
そう、時間は味方なのだと彼らは勘違いをしていた。
サムの狙いが用心棒達の注意を引き付ける事……つまり、『囮』だと気付いたのはしばらく経ってからとなる。
* * *
汽車の後方。前方で繰り広げられる銃撃戦に増援を送るか迷う専属の用心棒もいれば、野次を飛ばして我関せずと酒まで飲みだす冒険者もいた。
冒険者というのはどいつもこいつもろくでなしだ。だが、比較的マシな奴もいる。
彼らにとっての幸運は、そのマシな奴がちょうど銃座で周囲の警戒をしていた事だろう。
「っ!?お、おい!後ろからも馬が来てるぞ!」
「なにぃ!?撃ち殺せぇ!」
「無理だ!貨物の陰に隠れられた!」
ガトリングガンで狙いをつけようとするも時すでに遅く、後方から迫っていた盗賊の別動隊は汽車の後ろに張り付く。
その先頭に、剣を携えた男がいた。
「ちっ、お前ら仕事だ!前の車両の奴らにも伝えろ!」
「おう!」
ろくでなしばかりだが、彼らはこの汽車の護衛の中では最も腕がいい者達でもある。すぐさま意識を切り替え、各々がピストルやライフルを手に臨戦態勢に入った。
「この狭い車両内じゃ全員で戦えねぇ。五人俺についてこい、貨物車両で戦う」
「あいよぉ」
この汽車で最も高い存在は『乗客』だ。貨物にも金目の物があるが、会社から事前に乗客の命を最優先にしろと命じられている。
故に、後ろの貨物車両から荷を抱えられるだけ抱えて盗賊が逃げ出すのなら、彼らにとってはそれでもよかった。
五人の冒険者が貨物車両に入り、積まれた荷物の陰に隠れる様にして銃を構える。
当然その銃口の先は一つ後ろの貨物車両との扉。そこから姿を現すだろう敵が見えた瞬間、引き金を引くつもりだ。
窓もなく天井から吊るされたランタンだけが頼りの薄暗い車両内で、男達の硬い唾を飲み込む音が響く。
いったいどんな手を使って突入してくるのか。頭の中でいくつものパターンをシミュレートする彼らの予想は、あっさりと覆された。
ガラリと、普通に扉が開いて一人の男が立っている。
何の策もない。ただ、散歩でもしているかの様に無精ひげを生やした男が『サーベル』片手に入ってきたのだ。
「ふざ、っけやがってぇ!」
緊張の糸を切られたからか、あるいは馬鹿にされたと思ったのか。
一人の冒険者が男───ソードマンに発砲する。
だが、その弾丸は外れて壁を抉った。何てことはない。走行中で揺れる車内で、感情のままに引き金を引けば当たるわけがないのだ。
しかし、それが一つの銃口でないのならば話は変わる。
「ぶっ殺せぇ!」
「このクソ野郎が!」
次々と放たれる銃弾。それらを前に、ソードマンは既に動き出している。
身を低くして床を這うように一歩。続けての全身のバネを使って壁へと二歩。相手の視線が切れた瞬間に天井へと三歩。
そして、剣の間合いへと入る四歩。彼の身に、銃弾による傷など一つもない。
「なっ」
文字通りの瞬く間。先ほどまで床に立っていた男が斜め上から斬りかかってきた事に、咄嗟に冒険者は対応できなかった。
一刀で袈裟懸けに斬り捨てられ、続く二撃目が隣の者の首を引き裂く。
「てめっ」
そこでようやく他の冒険者達も応戦したが、二人目の犠牲者の体が盾にされてピストルの弾は届かなかった。
次の瞬間には死体の脇から突き出された切っ先が三人目の喉を貫き、二人目の体は残りの冒険者達に突き飛ばされる。
咄嗟にそれを避けながらもソードマンから視線を逸らさなかったのは、彼らの練度ゆえ。
だが、彼ら腕利きの冒険者でさえ続く一刀に反応する事さえできなかった。
横一閃。それだけで二人の首から鮮血が舞い、力を失った体がゆっくりと倒れていく。
転がった死体も、己にかかった返り血も気にした様子もなく。ソードマンは懐から筒状の物を取り出した。
「……なんだ。銃声が止んだぞ」
貨物車両の先、用心棒の車両。そこに残った五人が扉に銃を向け警戒を続けている。
結果的に戦力の逐次投入となったが、彼らに連携して戦えと言うのがどだい無理な話であった。なんせ彼らは雇われの冒険者が大半。言ってしまえば烏合の衆であり、全員が狭い車両内で戦えば敵の弾より味方の弾の方が己らに当たる。
「おい、屋根を伝って来ていないだろうな!」
「ああ!そもそも走っている車両の上を歩く馬鹿がいるかよ!」
銃座で外を警戒する冒険者に専属の用心棒が声をかけた、その時だった。
扉が乱暴に開かれ人影が飛び出す。
「撃て!」
それに反射的に引き金を引く冒険者達。入ってきた男はあっという間に血まみれに……いいや。『最初から』血まみれだった。
「待て、こいつさっき」
誰かがそう言って発砲を止めれば、銃声の代わりに何かが燃える音が聞こえてくる。
投げ込まれた冒険者の死体と一緒に転がる、ダイナマイトの導火線が燃える音が。
「ふせ───」
その声が発せられるより先に、ダイナマイトが炸裂。爆音と爆風が車両内を包み込む。
汽車自体が揺れるほどの衝撃。爆風で吹き飛ばされた冒険者達の体が壁や床に叩きつけられ、その意識を奪った。銃座にいた者にいたっては腰骨がへし折れている。
窓から煙が抜けていくなか、ゆっくりとサーベルを持った男とそれに率いられた盗賊たちが入ってきた。
「て、てめぇ……、手配書の……」
そう言いながら立ち上がろうとした冒険者の頭に、盗賊が銃弾を放つ。他の者達も動けない冒険者達の体を踏みつけ、容赦なく止めをさしていった。
悠然と歩くソードマンの歩みは、止まらない。
* * *
───ドォォン!
「な、なんだ!?」
爆音と揺れる車体。それに前方で戦っていた冒険者達が動揺する。
「突っ込めぇ!」
それを見逃す男なら、サムは百八十セルもの賞金をその首に掛けられていない。
彼の号令に従い盗賊たちが一斉に汽車へと距離を詰めた。特にサムは馬に全速力を出させ機関室まで直進していく。
「止めろ!張り付かせるな!」
専属の用心棒がそう叫び銃を放つ。それが盗賊の一人を馬上から撃ち落とし、それに続けとガトリングガンが火を噴いて更に二人をハチの巣にした。
だが、他の者達は止まらない。馬を乗り捨てて汽車にしがみつき、次々と中に入っていく。
「はいはいお邪魔しますよっと」
「ひ、ひぃぃ!?」
機関室にいた男達が悲鳴をあげる。それに爽やかな笑みを浮かべ、サムは被ってもいない帽子を軽くあげる仕草さえしてみせた。
「どうも。本日は勝手なご乗車を失礼!」
「ま、待て!撃つなよ!?」
その姿に話が通じると思ったのか、機関室にいるのにスーツを着た男が両手をつき出して喋りかけた。
「わ、私はこのジーヌ鉄道を経営する一族の者だ!魔法が使えるからここで働いている!ひ、人質にすれば金が貰えるはずだ。それに殺したら家だって黙っていない!だから、な?こ、殺さないでくれ!」
「お、おいあんた一人だけ」
「うるさい!黙れ、お前達なんかと私は違うんだ!」
「ぐあ!」
ギョッとした顔で魔法使いの肩を掴んだ職員が、その顔面に肘鉄を受ける。
その様子にサムは軽く顎を撫でた。
「あー、はいはい。経営者の一族ね。身なりもいいし、本当らしい。最近は列車強盗できなくって金にも困っていたんだよなぁ」
「そ、そうだろうそうだろう。だから」
「でも死ね」
「へ?」
銃声が響き、サムが持つソードオフショットガンが硝煙をあげる。
首から上を失った魔法使いの死体に隣の機関士が間の抜けた声をあげた直後、彼もまた同じ姿で床に転がる事になった。
「あ、あぁぁああ!?げぁ!」
肘鉄を受けて鼻から血を流していた機関士も慌てて逃げようとしたが、その背中をサムが引き抜いたピストルの弾が撃ち抜く。
倒れた彼に止めの二発目を叩き込みながら、サムはつまらなそうに喋りかけた。
「命乞いを聞くのは好きだが、今回ついた『スポンサー』が絶対に皆殺しにしろって言うんでな?巻きでいこうと思うんだ。まあ、おかげで武器を大量に仕入れられたし、何より」
ショットガンの弾を込め直しながら、返り血を浴びた彼は先ほどの表情とは一転して口角を上げる。
耳まで届くのではないかという程に。
「皆殺しは元々だいっっっ好きなんだ!ワクワクするぜぇ!」
気狂いのサム───またの名を、『皆殺しのサム』。
彼の賞金額が『早撃ちヘンリー』を優に超えているのはその実力ゆえではない。純粋な戦闘能力なら彼らは互角だ。
賞金が上の理由は、その残虐性。
列車強盗をしては乗客乗員を見境なく皆殺しにし、残された無人の汽車に死体を飾り付ける狂気。
通常の列車強盗が走行を止めるのに対し、彼とその手下達はあえて走らせ続ける。汽車そのものを、獲物を逃さぬ牢獄とするために。
「ちょ、兄貴ぃ!機関士はともかく今魔法使いまで殺したらこの列車長くは走らせられねぇですぜぇ!?」
「あぁ!?しまった!久々過ぎて忘れてた。どうしよう……」
後から乗ってきた手下に叱られ、サムは口元に手をやりながら顔を青ざめさせた。
「とりあえず運転手は確保済みなんで二人機関室を動かすために残しやしょう。まったくぅ、あんたって人はぁ」
「ごっめーん。皆、この埋め合わせはまた今度すっからな」
「へーい」
まるで飲み会の不手際とでもばかりに喋って、サムは燕尾服の蝶ネクタイを締め直す。
「さあて、楽しいパーティーの続きといこうか」
ショットガンを手に、彼は一号車に続く扉を蹴破る。
個室もなくただ座席が並んだだけの車両は既にパニックであり、後ろへ逃げようとする乗客と機関室に向かおうとしている用心棒達でごった返していた。
身動きの取れない彼らに、サムは笑顔のまま銃口を向ける。
「レッツ、ショータァイムッ!!」
散弾が、クラッカーの紙吹雪の様に血飛沫を舞わせた。
読んで頂きありがとうございます。
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