第二十七話 エルフのお姫様
第二十七話 エルフのお姫様
「いやー、まさかあそこまで慌てられるとは。私もまだ人間の国の事を不勉強だったねー……本当にごめんねー……」
走り始めた汽車の中。取ってある個室にて、エルフの少女がフードを脱いで座席に座っている。
その斜め前で扉近くに自分が座り、少女の横にアリサさんがいるのだが……。
露出が、多い。
白い肌を惜しげもなく晒し、肩から先や太ももを出した格好。袖の無いシルクのバスローブみたいな服にオレンジ色のミニスカって、この世界だと初めて見た気がする。
前世だったらこれ以上に露出の多い恰好の女性も街中にいたかもしれないが、今生の基準だと『そういうご職業』の人ぐらいではなかろうか。
歳は十三か十四といったぐらい。活発そうな美少女であり、前髪を斜め姫カットにしたおかっぱ頭。輝く様な金髪に翡翠色の瞳をしている。
「そうお気を落とさないでください、リリーシャ様。種族間の文化の差で双方が困惑するのは二百年前の同盟より続く事。今回の件もお互いに不備があった事を認め、大ごとにはならなかったのですから」
そして誰ですか貴女。
楚々とした様子で微笑み、エルフの少女……リリーシャ様に語り掛けるアリサさん。
いや本当にどっから出しているのだそのお嬢様みたいな声。普段のお馬鹿様はどこに行ってしまわれたのか……今の状態が正しいはずなのに、違和感が凄くてサブイボがたちそうだ。
そんな二人の会話を片耳で聞きながら、もう片方の耳で周囲の気配に集中する。汽車の音でわかりづらいが、とりあえず周囲に人はいない様だ。偶に人がドアの前を通り過ぎるが、武装した者の足音ではない。
「けどさー、私あの場の誰より年上だし一応エルフの代表の一人として来ているのにさー……ちゅらい」
悲し気に眉を八の字にしながら今にも『とほほ』とでも言いそうなリリーシャ様。こっちはこっちで、妙に親しみやすいというかなんというか。
「そうして認識の齟齬について考えてくださるだけでも、我々としては嬉しい限りです。今後とも我ら王国とエルフが友好的な関係を保ち、手を取り合っていく為にもわかり合う事は非常に重要ですから。リリーシャ様はご立派にございますよ」
「……悲しいのはさー、それだけじゃないんだよー?」
本当に誰だと言いたくなるお嬢様に、リリーシャ様が桜色の唇を尖らせる。
「アリサちゃん、ほんのちょっと……いや、そちらの基準では十年は一昔なのかもしれないけど。前は『リリーシャお姉ちゃん』って言ってくれていたのに。今はすっごく他人行儀だよー」
「いえ、私は現在『王家に店を構える商家の娘』という立場でここに座っております。御身に馴れ馴れしい態度など」
「その設定今はよしてよー。そこの黒髪の子だって王国の高位貴族なんでしょ?アリサちゃんの本当の肩書を知っているんだからー」
「ん?」
突然話題にあがり、思わず声が出る。
アリサさんがこちらを見て、顔を引き攣らせた。
「あー……勘違いしてしまうのも無理はないのですが、そこの彼は貴族ではありません」
「え、まさか私生児ってやつ?なんかごめんね……?」
何故か謝られた。
「いえ、別にそういうわけでも……」
「え?」
どう対応すればいいのかわからずぼそぼそと答えながら小さく頭を下げれば、リリーシャ様が不思議そうに首を傾げた。
「でもその魔力量は人間の国だと侯爵とか辺境伯とか、そういう家の次期当主じゃないの?それに顔立ちだって妙な気品があるし、冒険者みたいな恰好だけど身なりには平民より気を遣っているでしょ?」
……意外とこちらの事も見ていたのだな、この人。
というか、僕の魔力量ってそんなに多いのか?他人の魔力を感じ取るのには経験値をあまり振っていないので、よくわからん。
「そこのシュミットの生まれについては、あまり詮索しないで頂けるとありがたいのですが……腕の良さと裏切らない事は保証しますので」
「そっかー。人間の国は聞いちゃいけない事が多いもんね。ごめんね、シュミット?」
「いえ……」
下からのぞき込む様にこちらを見てくるリリーシャ様からそっと目を逸らす。
わからん。この距離感の推定『貴人』にどう対応すればいいのだ。
「それじゃあ話は戻るけど、いつまでそんな他人行儀なのー?アリサちゃーん」
「いえ、ですから」
「お姉ちゃん、あんまりアリサちゃんに冷たくされると泣いちゃう……昔は『私が貴女の騎士となりましょう!』って言ってくれていたのに……あのねシュミット。この子は六歳の頃にお父さんの懐剣を勝手に持ち出して──」
「ちょ、それは昔のことじゃん!?」
「はーい、元のアリサちゃん久しぶりー!やっぱこれだねー!」
楽しそうにアリサさんの腕に抱き着くリリーシャ様に、彼女は頭痛を堪える様に眉間を押さえた。
「この場はもうこれでいくけど、他の人の眼がある所ではエルフのお姫様として扱うからね?リリーシャ様」
「はーい。けどお姉ちゃんって呼んで?」
「ふっ、残念ながら私は成長したんだなーこれが。主に背と頭脳が!」
いや、過去の貴女は知らないが一番成長したのは乳だと思う。次点で尻。
まあエルフ耳隠して『どっちが姉に見える?』と聞かれたらひねくれ者以外アリサさんの方が年上と考えるだろうが。
「がーん!?人間の成長は早すぎるよー!もっとゆっくりしなよー!?」
「んな無茶な。それ王都で貴族の奥方たちに言っちゃだめだよ?戦争だよ?」
「そこまでなの!?人間ってどれだけ歳を気にしているのさ!」
いや、戦争は言い過ぎ……言い過ぎ?いやこの二人の立場を考えると言い過ぎ。
「さて。そろそろいい加減シュミット君にも説明しなきゃだね」
「え、まさかここまで私の事を説明せずにこの子を連れてきたのアリサちゃん」
「はい!その方が面白そうだったから!」
しばくぞこのお馬鹿様。
だがこちらから深く聞かなかったのも原因だろう。知ったら面倒な事になりそうだなと、あえて道中アリサさんに尋ねなかったのだ。
その辺の心情を無視して語りたそうにしているお馬鹿様が眼の前にいるがな!仕事に必要な情報じゃなければ僕もキレるぞ!?
「こちらリリーシャ・リラ・リーゼロッテ様。エルフの森を支配する御三家の一角、『リーゼロッテ家』の御息女だよ。今回は王城で開かれる秘密の会議に出席するため、極秘裏に入国なされたんだ」
「ふふーん、控えおろー!」
「は、ははー?」
何やら華奢な胸を張られたので、時代劇みたいに首を垂れてみた。
「……ね、ね、アリサちゃんアリサちゃん」
「なんだいリリーシャ様や」
「この子意外とノリいいね」
「でしょぉ?」
……もしや、お馬鹿様が二人に増えた?
「あ、ちなみにエルフの森はゲイロンド王国の南側にあるよ。そこを三つの家が統治しているんだって」
「つまり私はエルフの三分の一お姫様なんだよ!」
三分の一お姫様ってなんだよ。いや言いたい事はわかるけども。
「ちなみにそんなお姫様と私が親友な理由は秘密だぜシュミット君!」
「墓場まで持っていかなかったらめってするからねシュミット!」
「はい」
「というか本当に何も教えずにこの子連れてきたんだねアリサちゃん」
「駄目だった?」
「なんかちょっと面白いから良し!」
「「いえーい!」」
……僕、イチイバルに帰ったら今回の報酬で豪遊するんだ。なんなら夜のギルドにも行くんだ、絶対。
「でぇ、ここが一番重要」
するりと、先ほどまでのお茶らけた空気から一転。アリサさんが笑みを浮かべたまま目を細める。
「そんなお姫様がただのお忍びで出かけるお嬢様というていで国内にいて、私みたいな放蕩娘が護衛する状態になったのにも理由があるんだよ。相棒」
「……本来予定していた警備に何かあったのですか?」
「YES。王国の諜報部隊が、ローレシア帝国と接触している貴族がいるって情報を得てね。ただ、その貴族が王都に居を構える法衣貴族の一人って事までしかわかっていなんだ」
「つまり、帝国と繋がっている貴族からどんな情報が洩れているかわからないと」
「そ。けどここで急な予定変更をすればそれこそ帝国に付け入る隙を作りかねない。しかも君も知っての通り、最近は本来ではありえない魔物の被害が王国内で発生していてそちらに人員を裂かれている。信用のおける人材を動かすにも、裏切り者に気づかれたくない」
「そこで、裏切りの心配がない上にフリーの人員が選ばれたと」
「つまりこのスーパー美少女アリサちゃんに、エリート美人護衛をしてって事さ」
「わーわー!アリサちゃん可愛いー!」
「ふっ……もっと褒めて?」
パチパチと拍手するリリーシャ様にドヤ顔を決めるアリサさん。
うん、考えたら負けだな。
「それはわかりました。ですが……これは聞いても良い事なのかわかりませんが、何故エルフ側からの護衛やお付きの方がいらっしゃらないのですか?」
部屋の外にまで意識を張り巡らせながら、問いかける。
「答え辛い内容でしたら、どうか無知な平民が馬鹿な事を言ったと思って無視してください」
自分としては、護衛中の敵は人間と魔物だと思っていた。
だがそこに『エルフ』が加わる可能性の有無が気になる。裏切り者とやらが、エルフ達の中にもいるのなら警戒するものも色々と変わってくるのだ。
エルフの国も一枚岩ではない。リリーシャ様が御一人で来たという事はそういう事情なのだろう。
「いや、単純に来られるのが私だけって話だよ」
「シュミット君。エルフ側の暗躍を疑っているのならマジで気にする必要一切ないからね」
だが、二人して『それはない』とばかりに手を振ってきた。
「エルフからねー、人間の国に友好の使者として行ける人員なんて本当に限られているんだよー」
「そう、なんですか?」
「うん。エルフがここに来るには、いくつもの制約を守る必要があるの。ドルトレス王との大切な約束があるんだ」
「ドルトレス王の……!?」
ドルトレス・フォン・ゲイロンド。
百数十年前の国王であり、伝聞だけでも怪物じみた賢君だと言う。自分からしたらチート転生者のセルエルセス王よりも規格外の存在とさえ思えるほどだ。
そんな人物が定めた取り決め。いったい、どの様な……。
「まず、『服を着る事』!!」
「……なんて?」
思わずため口が出た。
「全裸で街中や王宮を歩いちゃいけません。紐一本巻いてもダメ。せめて最低限胸の先と秘部は隠してください。そう、ドルトレス王の血痰が端っこについた書状が今もエルフの森には残っているんだよ……」
何やら感慨深そうに頷くリリーシャ様。
事情がわからんがこれだけはわかった。お労しやドルトレス王。
「エルフって意識しなくても体の表面に防護魔法が張れるんだよ。並みの衣服より頑丈なのが四六時中。その上で大気中の魔力を利用するのが習慣化しているから、服という文化自体がないんだ」
苦笑を浮かべたアリサさんが捕捉してくれる。
「なんなら、服を着る事で魔力の流れを把握しづらくなるって袖を通すのを極端に嫌がるぐらい」
「正直今すぐ全裸になりたい!!!」
なんて良い笑顔で宣言してんだエルフのお姫様。
そんな事を思いながらもつい、視線が彼女の体を這ってしまう。
妖精の様に華奢な体つきだが、痩せすぎという感じはしない。しなやかな肉の乗った手足は柔らかそうで、薄い布地越しに存在する掌に納まってしまいそうな乳房も柔らかいのだろうかと連想してしまう。
ミニスカートから伸びた生足もまるでカモシカの様で、これぞ美脚といった両足。アリサさんの『ムチッ』としたストレートにエッチな足ではない、芸術めいた美しさまである。
そこまで考えて、首ごと視線を背けた。
いかん。護衛対象でもある他国の貴人になんて目を向けているのだ自分は。
心の内でゆっくりと数字を数える。平常心だ。森の中で獲物を待つように、あるいは外敵を探る様に意識を静かに外へと伸ばせ。
「他にも、『人を見た目で判断できる様にしましょう』とか」
「……逆では?」
「うん。人間の常識としては『内面で判断しましょう』だよね。けど、エルフの場合は相手を『魔力』で見ちゃうんだよ」
アリサさんがそっと足の位置を戻した。あ、これはあと一秒僕がリリーシャ様の体を見ていたら脛を蹴り飛ばしていたな。
今後ともそういう気遣いはぜひお願いしたい。自分が原因で国際問題が起きるよりは足の骨を折ってもらった方がマシだ。
「エルフは視力がいいんだけど、眼で見たものより魔力で感じ取ったものの方を信用するからね。その結果……」
「私は色々勉強したからいいけど、大半のエルフは騎士や男爵とその辺の農夫の区別がつかない事もあるから……」
「えぇ……」
それは大問題というレベルではないぞ。アリサさんの話では男爵が普通に王宮で仕事している場合もあるらしいんだから。
「流石に伯爵家とかの当主なら魔力量も普通のエルフと大差ないから、見分けはつくんだけどね?」
「ちなみにだけどリリーシャ様。一般的なエルフにシュミット君はどう見えると思う?」
「え?エルフの中でもそうは見ないかなりの美丈夫?」
「人を視る目がおありの様ですね」
「言っていて悲しくならないシュミット君」
お黙り下さいお馬鹿様。
僕だって……『美人』とか『美少女』ではなく『美男子』とか『美丈夫』と言われたい時ぐらいある。
「こんな感じで、エルフの中では美醜=魔力量なんだよ。だから魔力量の低い男爵とかいたら、見分けがつかない以前に下手したら……」
「……私はちゃんと表情を取り繕えるから」
「あ、はい」
そりゃ人間の国に来られる人員も限られるわ。
「他にも時間感覚が違ったり色々な壁が存在するんだよ。それこそエルフ基準のちょっとが一時間ぐらいだったなんて例もあるし」
「そしてその辺の差をみっちり叩き込まれてここにいる私は滅茶苦茶頑張ったんだよ!褒めて!」
「さ、流石でございます?」
「ありがとう!!駅でやらかした心の傷がちょっと癒えた!」
どうしよう。マジでこの人のテンションがわからん。
「ま、エルフ文化の話はその辺で。お仕事の話に戻ろうか」
「はい」
そんな自分の困惑を知ってか知らずか、アリサさんが小さく手を叩いて話題を戻す。
「脅す様な事は言ったけど、王国としては本当に襲撃があるとは思っていない。帝国もそんなリスクを負うはずがないから、せいぜい嫌がらせ程度だろうし。でも万一があったら困るから、信用のできる人間をエスコート役に派遣したのさ」
「他にも候補はいたけど、私の一存でアリサちゃんにしてもらったんだー……それに、エルフとしては『そちらの不手際』があった事で起きたトラブルだから、本気で信用できる人じゃないとちょっと怖かったんだよねー。精神的にも実力的にも」
試す様に笑いかけてくるリリーシャ様。それに対し、アリサさんがその豊かな胸を張る。
「ご安心ください姫様。この美少女エージェントアリサちゃんと、天才剣士シュミット君のコンビなら無事御身を王都まで届けてみせますとも!」
「……ふふっ。アリサちゃんは変わってないなー」
小さく噴き出して笑った後、リリーシャ様が少し悲しそうな目でアリサさんを見上げた。
「本当に、変わってない。そのまま変わらなければいいのに。貴女の時間が、止まってしまえばいいのに」
「……リリーシャ様?」
その雰囲気に疑問符を浮かべるが、まるでこちらの声を覆い隠す様にしてアリサさんが口を開く。
「この世に変わらないものはないのさ。強いて言うならこのアリサちゃんが天下一の美貌の持ち主な事ぐらいだね!不動不変なのは!」
どこから湧いてくるんだその自信。
「えー、私も顔には結構自信があるんだよー?エルフ基準だけじゃなくって人間基準でもー」
「ほほう。ではその辺りをシュミット君に決めてもらう?この場唯一の男性だし」
「いいねー。さあシュミット!私とアリサちゃん!どっちが美人さん!?」
なんだその飲み会で絡んでくる面倒くさいお局様みたいなノリ。
明らかに楽しんでいる様子の二人に無表情を保ちながら考える。はてさて、この状況をどうやってやり過ごし………。
剣の鞘に左手を添える。
「アリサさん」
「ええー!確かにアリサちゃんも可愛いけどそんなあっさり」
「戦闘準備を。リリーシャ様は身を低くしてください」
「え?」
「わかった。リリーシャ様、失礼します」
咄嗟に反応できていないリリーシャ様を優しく屈ませながら、アリサさんがこちらを見つめてきた。
自分も姿勢を低くさせながら、腰の剣を確認する。
「来ちゃった?」
「ええ」
チートのおかげで常人よりも遥かに優れた聴覚が、確かに捉えた。
────タァァン。
少しだけ間延びする炸裂音。
銃声が、この汽車に近づいてきている。
読んで頂きありがとうございます。
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