第二十六話 この世界の汽車
第二十六話 この世界の汽車
「これが、汽車……?」
イチイバルの中流層と上流層の住んでいるエリアの中間あたりにある駅。駅馬車ではない、自分の前世でも駅と言われて思い浮かべる方。
駅のホームに立ち、停車している汽車の姿に思わず呆然と呟いた。
「おや、想像していたのと違ったのかな?」
「はい、これは……随分と頑丈そうですね」
眼の前にある汽車の姿を一言で表すのなら『重装甲』が相応しいだろう。
先頭の蒸気機関車はあの横に倒れた円柱の様な部分が太くなっており、正面には傾斜した装甲が下部だけでなく一面覆う様に備え付けられている。
そこから続く全ての車両が分厚い鉄板に覆われ、銃座まで上に取り付けられている物もあった。
「そりゃぁそうだよ。むしろ、これだけやっておかないと道中で魔物の攻撃を受けた時に大変だからね」
「魔物の、ですか?」
「そ。列車強盗は減ったけど、魔物の中には走行中の車両に頭から突っ込んでくる奴もいるからね~」
なるほど。この世界では人間以外にも汽車を襲う存在はいたか。
であればこの重武装にも頷ける。だが、よくもまあこれだけ重そうなのに走れるな。
「それよりさぁ、シュミット君。君ぃ、私に何か言う事があるんじゃないかぁい?」
「………」
服の袖を引っ張られ、眉を八の字にしながら彼女の方へと体を向けた。
「ふふん。どうよ」
そこにいたアリサさんの服装は、いつもの物とは異なっていた。
純白のシャツに青いフリルタイ、エメラルドで彩られたブローチと前が開かれた紺のブレザー。ハイウエストの青いスカートは足首近くまで伸びており、その清楚さを表している。
だが、そこから覗く武骨なブーツが彼女の活発さを表している様にも思えた。黄金に輝く髪はいつものポニーテールは解かれうなじあたりで緩く一本に纏められており、リボンの飾られた白いベレー帽が頭の上に乗せられている。
ただ、まぁ……着る人が着る人なので、清楚とは程遠い豊かに育った胸元とかキュッと絞られたウエストで強調される大きなお尻がより印象深いというか……。
そんな体つきだというのに、彼女の顔は大人になりかけの少女特有の幼さを残して非常に整っているものだから何とも奇妙な感覚に襲われる。
さあ褒めろとばかりに海色の眼をキラキラと輝かせる彼女から、ぷいっと顔を逸らした。
「まあ、似合っていると思いますよ」
「へいへーい、照れるなよシュミットくぅ~ん。もっとお姉さんの魅力について熱弁してくれてもいいんだぜ☆?」
うっっっっぜ。
「お姉さんって……美人は何を着ても似合う、程度しか言えませんよ」
「おっほぉ、センキュー!でもそこはもっと服装や小物に注目してコメントしないとモテないぜぇ相棒」
「あいにくとファッションには詳しくありません。ただ……」
ちらりと、視線を彼女の手元に向ける。
そこにはこげ茶色の旅行鞄と、ワインレッドの細長いケースがあった。火薬の臭いと形状からしてあのケースの中にライフルが入っているのだろう。
「護衛任務なんですよね?武装が鞄やケースの中というのは大丈夫なのですか?」
「おいおい、私はちゃんと『エスコート』って言ったぜぇ?相手のお嬢さんに対応する私までいつもの『可憐で格好いい冒険者スタイル』じゃ怖がらせちゃうでしょぉ?」
「そういうものですか……自分も着替えた方がいいですか?」
「うんにゃ。シュミット君には『分かり易い護衛』でいてもらうよ。というか、何気に君も服装……というか装備変えたね」
「はい。この前の収入で色々と」
アリサさんがこちらの胸元を軽く叩けば、頑丈な感触が返ってきたに違いない。
前世の防弾チョッキをイメージしてハンナさんに仕立ててもらった革製のボディアーマーには、厚さ三ミリの鉄板が各所に仕込まれている。
これでは拳銃弾すら防げるか怪しいが、しかし威力は大幅に減退するはずだ。本当は『絹』で防弾性を上げたかったが……値段的にも技術的にも難しそうだったので断念。他にも特製の『ピック』を何本か作ってもらった。ナイフ以外に投擲できる物が手に入ったので、多少はリーチを稼げる。
ついでに。
「厚さ六ミリの籠手です。ピストルぐらいなら、多少は防げるはずかと」
「おおー」
左腕を軽く掲げ、手首から肘近くまでを覆う籠手を見せる。
「前に貴女から六ミリはライフルでないと貫通できないと聞いたので、ハンナさんに作ってもらいました」
「ほぉほぉ、けどこれ重くない?」
「はい。ですが、つける価値はあると思いました」
素の筋力でも腕を振り回すには問題ない。長期戦は厳しいが、いざとなれば強化魔法もある。流石に両手ではなく左手だけにしたが。
別に今回の依頼の為に用意したわけではなく、『早撃ちヘンリー』との決闘後にはこういう装備を考えていた。祝勝会の際に、彼女に頼んでおいたのである。
「随分と防具に力いれたじゃん。祝勝会はケチったくせに」
「それとこれとは別でしょう……」
「ええー」
自分の命の値段が客観的に見て高いとは思えないが、自分にとっては唯一無二だ。
全部合わせて五十セルを超えた時は流石に眩暈を覚えそうになったが、それでも防具に手は抜けない。剣の出来でハンナさんの腕前は知っているのなら尚の事。
元々武器より防具にこそ金をかけたいと思っていたので、この選択は間違っていないと思う。
「ま、なんにせよ頼りにしてるぜ、相棒!」
「ええ。こちらこそ」
アリサさんの旅行鞄を受け取りながら、汽車に向かう。
乗り込むのは前から七両目。彼女曰く、一両目が煤の影響で一番安く、そこから後ろに行くほど高くなるのだとか。一、二両目が最安。三両目が『用心棒』用で四、五が中くらい。六両目と九両目も用心棒で、七と八が高級だとか。八両目の予約は急で取れなかったとアリサさんがぼやいていた。
ちなみに、十両目以降は貨物だ。荷物や家畜が乗せられている……らしい。
家畜は牛や豚だけだと思っていたが、乗り込む際チラリとそちらを見れば馬も乗せられていた。前世の知識で繊細な生き物と聞いていたから汽車は使えないのかと思っていたが、そうでもないらしい。
車両内のアリサさんが買っておいてくれた個室につき、席につく。暫くして出発を告げる鐘と汽笛が聞こえてきた。
この汽車で二日ほど移動し、『エスコート』対象のいる街を目指すらしい。
動き出した景色をガラス窓越しに眺めながら、まだ見ぬ景色に胸を膨らませる。
この世界に転生して、まだ見ぬ物など山の様にあるのだ。仕事とは言え、自分の心は踊っていた。
───ポオッ、ポォォォ!
どんどん加速していき、駅を出た汽車。
さてはて、いったい何が自分を待ち受けているのやら。
「どうよ、汽車に乗った感想は」
訂正。自分達、か。
「意外と、良いものですね」
「でしょ~?」
小さく笑いながら返せば、満面の笑みで答える彼女。
あれこれと問いかけては説明を受けながら、ガタゴトと揺られていく。
* * *
目的の駅に到着し、軽く背筋を伸ばす。パキポキと心地よい音が聞こえ、慣れない汽車での移動での凝りもすぐに消えた。
二日もあれば飽きるかとも思っていたが、アリサさんが相変わらず博識であった事もあり延々と喋っていた気がする。眠るのも途中で止まる駅近くの宿だった事も幸いした。
「たしか、この駅で対象と合流でしたか」
「そうだよ~。駅長室に向かえばいいはず」
「そうですか……ふむ」
チラリと視線を巡らせれば、逸らされる目がいくつか。
「妙に注目されていますね。武装している人間なら、他にもいるのですが」
なんなら高級車両に乗る人の中には、自分の様な冒険者を護衛としてなのか侍らせている人もいる。僕だけ注目されるのは解せない。
「そりゃシュミット君。このアリサちゃんが美少女だからに決まってんじゃん!」
「はぁ……」
まあ、それは否定しないが。確かに二人とも顔や体を見られている感じはする。だが、どうにも自分に……特に腰の剣へと視線が集まっている気がするのだ。
珍しくはあるだろうけど、わざわざ足を止めるほどか?
「号外~!号外だよ~!この近くで『ソードマン』の犯行があったよ~!」
その時、駅のホームで新聞を売っている人がそんな声をあげていた。
ソードマン?
「すいません、一枚もらえますか」
「はいまいど~、ってうお!美人……」
「どうも」
呆然とこちらの顔を見てくる少年にお金を握らせ、一枚頂いていく。
「……これは」
「なになに?ソードマンって聞こえたけど」
新聞の一面に載っていた記事には、村々を回っていた隊商が襲撃されたという内容が。
生き残りはなし。だが遠目に犯行を目撃していた人がいた事と、亡骸の傷口から犯人グループの一人にその『ソードマン』とやらがいたらしい。
隣の手配書には『剣狂いのジョセフ』という名前と鷹の様に鋭い眼光をした男の手配書が印刷されていた。
「『剣男』……この辺に出たんだ」
「アリサさん、そのソードマンとやらはいったい……?」
剣狂いという二つ名に、その呼び名。まさかこの男。
「このご時世に銃じゃなく『サーベル』で人を殺す犯罪者だよ。ダイナマイトとかは使うらしいけど、頑なに銃は握らない事で有名だね」
「サーベルで。それはまた随分と酔狂な。ですが、ただの狂人にしては賞金額が高いですね」
書かれている金額は『二百セル』。『早撃ちヘンリー』の倍の金額だ。
戦闘能力がイコール賞金額とは思わないが、それにしても高額過ぎる。どういう事だ。
「それは彼の実家が関係しているよ。なんせ『元保安官』だからね、ソードマンは」
「保安官?と言う事は、実家は爵位を持っているという事ですか?」
この世界で、貴族の三男四男が真っ当な進める道は五つ。
一つ目は実家に残り兄の下で働く道。二つ目はどこか別の家に婿入りする道。三つ目に王家を始めとした別の家に士官する道。そして四つ目は教会に入る道で、五つ目が少ないけど商家に入るか立ち上げる道。
保安官はこれの一つ目の道に含まれる。この世界では軍隊だけでなく警察組織も上には貴族しかおらず、保安官となれば実家は騎士か男爵か。年齢によっては子爵もあり得る。
「そうだよ。犯罪者になる前の名前は『ジョセフ・フォン・イエーガー』。騎士の家系で、彼はそこの三男坊として産まれ育ったとか。けど、よく知らないけど何らかの理由で保安官を辞めて数年間放浪。かと思ったら突然犯罪者として名をあげ始めたのさ」
「なるほど。そのイエーガー家としては身内の恥と言うわけですか」
「そりゃあね。可能なら自分達でケジメをつけたいだろうけど、王国のどこにいるのかもわからないから賞金を増やして他家への示しにしているんだと思うよ」
貴族も色々あるのだな……。
何にせよ、これから護衛任務があるのだ。近隣に犯罪者が出たという情報は無視できない。頭の隅に留めておこう。
「そのソードマン、剣の達人らしいよ~?銃を持った冒険者を何人も斬り捨てているとか。噂では他の保安官さえ剣で殺しているって話も……」
「そうですか。遭遇したら剣の間合いに入らないうちに仕留めたいですね」
「ちょいちょいちょ~い!そこは『ふっ、天下一の美少女アリサちゃんの相棒。この大剣豪シュミットの敵ではないね』とか言うとこでしょぉ?」
「天下一のお馬鹿様。必要なら脳を教会で診てもらいますか?」
「辛辣!?」
お馬鹿様のたわ言を無視し、駅長室とやらを探す。たぶん、あっちか?
そう思って歩き出そうとした所で、こちらに近づいてくる人影に眉をひそめた。
スリの類には見えない。仕立ての良い白いローブをすっぽりと被り、てるてる坊主みたいな恰好で旅行鞄を手にしているのだ。
その人物は器用に人の波をすり抜けていき、あっという間にこちらまでやってくる。
「アリサちゃーん!」
「え゛っ」
アリサさんが珍しく、心底驚いたとばかりに顔を引き攣らせた。
ローブの人物、声からして女性と思われる人物は加速し、けっこうな勢いで突っ込んでくる。まさか……。
一瞬だけ迷うも、あの勢いで突進したら二人纏めて倒れかねない。アリサさんの前に出てローブの人物を受け止める。できるだけ優しく、両肩を掌でキャッチする形で。
「およ?」
衝撃はできるだけ殺したが、それでも完全に消えるわけではない。転倒は免れたものの、白いフードがふわりと浮いた。
「!?」
慌ててそのフードを掴みぐいっと下に引っ張るアリサさん。一瞬だけ、しかしこの肉体の優れた動体視力は謎の人物の顔と……『長い耳』を捉えた。
「わっと」
「ちょ、何でここにいるんですか!『リリーシャ様』!」
小声で怒鳴るという器用な事をするアリサさんに、ローブの人物……いいや、エルフの少女は、ニッコリと向日葵みたいな笑顔を浮かべた。
「アリサちゃんに会えると思って、待っていられなかったんだ!ごめんね!」
「謝るのはあそこで真っ青な顔をしている人達にしてあげてください……」
「あっ」
少女が間の抜けた声をあげて振り返れば、そこには今にも倒れてしまいそうな顔色の男性と女性達が。
一人は、恐らく駅長さんなのだろう。事情を知らなそうな駅員さんが心配そうに話しかけている。
「……てへ☆ごめんなさーい!」
誤魔化す様に舌を出しながら頭をさげて更にあちらの人達の顔を青くさせる少女から視線をはずし、そっとアリサさんを見れば彼女が苦笑しながら頷いて返してきた。
そうか、もしやと思ったがこの人が今回の護衛対象か……。
どうしよう。頭が痛くなってきた。
読んで頂きありがとうございます。
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この世界の汽車について本編にあんまり関係のない情報
●機関室にいる魔法使い
汽車を運営しているのは貴族か商家。基本的には後者。商家と言っても大きな所なので、魔法使いの血が入っている。
その商家の中で店を継げない三男四男だったり妾の子が『火炎魔法』や『水冷魔法』で蒸気機関を補助したり、『疾風魔法』で汽車の風の抵抗を弱くする事で史実の汽車よりもかなりの重量を誇る作中世界の物も運行できている。
●用心棒
機関車の運営会社の人間もいるが、大半は『冒険者』。一定以上の腕前や実績があれば雇われる事ができる。
一車両に五人から十人ほど。機関室からの距離は持っているコネや伝手で変わり、後ろの方ほど信用のある冒険者が配置される。
彼らは専属というわけではなく、『路銀がなくて別の街にいけない』という事で汽車に乗り込み比較的格安で護衛をする代わりに街から街へと移動する。
なお、用心棒の車両上部には銃座があり、駅構内以外ではそこから『ガトリングガン』が出て最低一人が見張りとして周囲を監視する。
……実は当初のプロットでは主人公が物語中盤から用心棒依頼で汽車を使い移動し世界観を広げていく予定だった。が、やりたい事を優先した結果その路線は没に。