第二章 プロローグ
第二章プロローグ
いつもの様に冒険者ギルドの前でアリサさんを待ちながら、新しく購入した懐中時計を眺める。
意味もなく蓋を開け閉めしては、ニヤケそうになる口元を堪える。
今生でようやく手に入った時計だ。これまでは太陽や夜の星々の位置で時間を計っていたのが、遂に文明の利器を手に入れたのである。
かなり高かったが、文明人としてやはり時間を見る道具は欠かせない。前世ではスマホで済ませていたが、今生にそんな便利な物はないのだ。
目指している『豊かな生活』に一歩近づいて、気分が高揚するのを抑えられない。
「よーっす相棒!待たせちゃってごめんよー!」
「いえ、それほどは待っていません」
懐中時計をしまい、アリサさんの方を見やる。
いつも通りの恰好だったが、その背には一丁のライフルが担がれていた。
「アリサさん、それは?」
「よくぞ聞いてくれたシュミット君!君と会う前にとある依頼で壊していた愛銃がようやく修理から戻ってきたのさ!」
そう言って彼女が突き出してきたのは『レバーアクションライフル』。
通常のそれと違い木製のストックから銃口まで純白に染め上げられ、金細工で模様まで描かれていた。要は装飾銃である。とても冒険者の仕事道具に思えない。
「……なんですか、この実用性が低そうな銃」
「ちっちっち。甘いねぇシュミット君。君と一緒に食べたケーキより甘い」
「あのケーキ美味しかったですよね……また食べたいものです」
「ちょぉい。そっこうで私の愛銃から興味を失わないでょぉ」
くねくねしながらストックを押し付けてくるアリサさん。うざい。
「レバーアクションのライフルは貴重なんだよぉ?機構が複雑だし使っている弾も今は金属薬莢が普通。そのうえ通常のライフルより値段もお高め」
「駄目な銃なんですね」
「そして一発撃つ事に銃身下部のスペースから弾丸が移動するから、重心も変わっていく」
「とても駄目な銃なんですね」
「どぅぁが私の『アリサちゃんスペシャル』はちがぁう!」
「とても残念なネーミングセンスですね。医者に診てもらいましょう」
「辛辣すぎない?」
正直これでもオブラートに包んで言ったと思う。
「部品の一つまでドワーフ製のこの銃は複雑な機構ながら滅多に故障する事はなく、なおかつ一発撃つごとの重心のズレが『一定』なんだよ!!」
「……ズレるのなら駄目なのでは?」
首を傾げるこちらに、アリサさんがやれやれと肩をすくめた。
相変わらず立派なお胸様が揺れる。いかん、意識を別の事に向けなければ。
「普通のレバーアクションライフルだとどうしても重心のズレにブレがあるんだよ。でもこの銃なら一発撃った後のズレを覚えておけば戦闘中でも続けて正確な狙撃ができるってわけ。しかも総弾数は十っ!四っ!発っ!」
「それは……貴女が使ったら強そうですね」
「でしょー?」
嬉しそうにニッコリと笑ってこちらを見上げてくるアリサさんに、少し視線を逸らす。この人、こんな性格のくせして顔が良いのはずるいと思う。
だが、先の言葉に嘘はない。ピストルでのこの人の腕は知っている。動いているコボルトの眼に正確に弾丸を撃ち込むのだ。そんな人が『正確な狙撃ができる』と言う意味は、銃に詳しくない自分でもわかる。
ただし、戦闘中に自分が撃った弾の数を正確に覚えておくのは大変そうだが。
「ですが、ドワーフ製となるとかなりお高いのでは?」
「……流石の私も壊した時は血の気が引いたなぁ」
珍しくアリサさんが遠い目をしてライフルを抱きしめた。
うん、値段に関しては聞かないし考えない事にしよう。代わりにライフルを抱きしめて変形したお胸様をチラリと見る。
いや見てどうするシュミット。煩悩退散。命を預ける仕事仲間を相手にそういう目線は己の寿命を縮めるだけだ。いくら『柔らかそうだなぁ』とか『すごく、大きいです』とか思ってもお胸様に意識を囚われてはいけない。
「そろそろ中に入りましょうか。もうすぐここも混んでくる時間です」
ようやくギルドの受付が開く頃合いなので、周囲の人通りは少ない。
冒険者やそれに類する職の者など、世間一般ではろくでなしばかり。街がとっくに動き出しているこの時間帯でも、二日酔いで頭を痛めている輩ばかりだ。あるいはどこかの酒場で迎え酒でもしているか。
しかし比較的真面目でお金を貯めたいという人や、ギャンブルで金をすって至急依頼をこなさないといけない人はこの時間帯にも来るはずである。
それ以外だと、目の前のこの人みたいに冒険者稼業自体が目的な変わり者とか。そういう人は滅多にいないだろうけど、登録したばかりの人ならありえる。
「それもそうだねぇ。さてさて、今日はどんな楽しい冒険があるかなっと」
「できれば楽で稼げる依頼であってほしいですが……」
そんな物はないとわかっていながらも、願うのは自由だ。
ぼそりと呟きながらアリサさんに続き冒険者ギルドに入る。まだ職員以外人の見えないギルド内で、何故か受付の人達の視線がこちらに集中する。
はて。いくら今日初めての冒険者だとしても、反応が過剰な気がするが。
「アリサさん、シュミットさん!」
少し慌てた様子でライラさんがカウンターを離れこちらに駆け脚でよってきた。
「おはようございます。どうしたんですかライラさん?」
「おはようございます。その、アリサさんに指名で依頼がありまして……」
歯切れの悪い様子でライラさんがそう言って、胸元の内ポケットから一枚の封筒を取り出した。
それをチラリと見て、何やら蝋印がされている事に気づく。
アリサさんは不思議そうに封筒を受け取り、小さいナイフを取り出して開いた。そんな彼女から顔を逸らし周囲に視線を巡らせる。僕が見てはならない内容の可能性もあるので。
ギルドの人達はライラさん以外全員露骨にこちらから視線を逸らしており、今回の依頼主とやらが平民としては関わり難い人物である事を察する事ができた。
……正直、宿に帰りたい。
「……これは、また」
そう言って、アリサさんが手紙を封筒に戻し懐にしまう。
「了承した旨を依頼主の方に伝えておいてくれますか、ライラさん」
「かしこまりました。依頼内容は私も詳しくは聞かされておりませんが、お気をつけて」
「はーい。ありがとう、ライラさん。けど心配ご無用!」
グッと親指をたてながらアリサさんが胸を張る。
「私とシュミット君の黄金コンビに不可能な依頼はないですからね!!」
あ、僕も依頼を受けるの確定なんですね。
まあ、受けないという選択肢もそれはそれで怖い。ギルドの人達がこんな反応をする相手の依頼を一も二もなく断ったら……その先は、あまり考えたくないな。
「というわけで行くぜ相棒っ!仕事の準備だ!」
「了解。ですが、仕事の内容と報酬だけ先に教えてください」
それはそれとして、報酬が依頼内容に相応しくない物ならバックレるが。
「報酬は一人十セル」
「ふむ……」
「日当でね。期間は順当に行けば二週間ぐらいだけど、トラブルで延びる場合も減額はなし。むしろ場合によっては増えるそうだよ」
「全力を尽くします」
あまりにも高額な報酬だ。それだけヤバい内容な気もするが、アリサさんに名指しできた依頼でもある。
この人が『国中の貴族が無視できない家柄』な事は確定なので、『死んでこい』といった内容の依頼ではないはずだ。
「そして肝心の依頼内容だけど……」
くるりと振り返り、チェシャ猫の様に彼女は笑った。
「とあるお嬢さんのエスコート、だね」
「……はい?」
言っている事の意味がわからず、首を傾げる。
そんな自分の何が面白いのか、アリサさんはますますその笑みを深めるのだった。
「汽車に乗った事はあるかな?シュミット君」
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……第一章の設定でちゃんと『嘘予告』と書いたのに誰もTSヒロインの登場を疑っていない不具合。もしや作者はTSヒロイン狂いの変態と思われている……?いやそんな馬鹿な。