第二話 冒険者ギルド
第二話 冒険者ギルド
アリサさんに連れられ、街中を歩く。
先ほどまでいた所と比べ段々とガラの悪そうな人や、身なりが良くない人が増えた気がするあたり、やはりあの店はお高い所だったらしい。
正直、こっちの方が自分の恰好でも浮かないから少し気が楽だ。
「ついたよ!ここが冒険者ギルド!無法者とろくでなしが集う夢と硝煙の詰まった場所さ」
テーマパークでも紹介するノリで言ってくるアリサさん。彼女が大仰に指し示す先にある建物は、西部劇で見る酒場そっくりな外観をしていた。
ただし、かなり大きい。周りの建物と比べて三倍以上だろうか?二階建てだが、幅がかなりある。
「さあいざゆかん、楽しい楽しい冒険へ!」
「はぁ」
本当になんでこの人こんなにハイテンションなんだろうか。
だが実は自分もあまり人の事が言えない。内心ではかなりソワソワしている。
なんせ前世ではまずお目にかかれなかった場所だ。それに今生では冒険者として成り上がるのだといつも夢想していたのである。冒険が楽しいかは別として、夢への第一歩ではあるのだ。
導かれるまま入った冒険者ギルドの中は、意外なほど清潔だった。
ゴミ一つ落ちていない板張りの床に、少し汚れているけど壊れていない丸い机。奥の方には右側にバーカウンター、左側に受付らしき物がある。
そして、当然だがまばらながら机の周りに屯して酒を飲んだり何かを話している男達。彼らが冒険者なのだろう。
その見た目は、自分の想像していた冒険者というよりカウボーイっぽくはあったけど。
じろりと幾つかの視線が自分達に向けられるが、視界にアリサさんが入った瞬間すごい勢いで目を逸らされた。
……もしや自分、早まった?
「んじゃ、早速冒険者登録を──」
「あ~ん?なんでギルドに女が二人もやってきてんだぁ?」
彼女の声を遮り、千鳥足で近づいてくる若い男が一人。
赤ら顔にアルコールの臭いを漂わせる男は、誰がどう見ても酔っていた。
……どうでもいいが、中性的な顔なのは認めるけどこのガタイで女性と間違われるって、この世界の平均身長はどうなっているのだろう。アリサさんや街で見かけた人達は普通だったが。
「ひっく。娼婦が来るにははぇえ時間だなぁ。待ちきれなかったのかぁ?そっちの背がたけぇ方は好みの顔してんなぁ!」
……なんというか、定番だな。
冒険者ギルドにやってきたら遭遇する、『因縁をつけてくる先輩冒険者』。
まさか自分が遭遇する事になるとは思わなかった。不快に思う以上に感動すらある。
あれだ。忍者村とかで悪代官に絡まれる的な。
「あ~ん?私達は娼婦じゃなくって冒険者じゃい!どこに目ぇつけてんだおぉん?」
チンピラかな?
腕まくりする仕草までしてガンをつけるアリサさん。この人本当にいいとこの生まれなのだろうか。ちょっと自信なくなってきた。
明らかにふざけている彼女に対し、酔っ払いは構わず近づいてくる。
「んだとぉ?生意気なぁ。ここはこの俺様が冒険者の厳しさってやつを体に教えてやるぜぇ!」
酔っ払いの手が腰の後ろに回される。得物を抜く気か?
一応アリサさんの前に出ながら腰の剣に手をかける。
彼女が持っていたのはリボルバータイプの拳銃。前世だとよく早打ちに使われていた気がする。この酔っ払いも同じ物を持っている可能性を考慮するべきだ。
これだけ酔っていてそんな芸当ができるかはわからないが、今日は予想外ばかりの一日。銃が視えた瞬間踏み込んで間合いを詰めなければ。
剣を抜くそぶりを見せてから、素手で組み付く。たぶんその方が速い。可能ならそのまま殺さずに制圧したいが、やばそうなら……。
そう警戒しながら彼の動きを見ていると、抜かれたのは小型のナイフだった。刃を見せびらかす様に構えているが、毒の類が塗ってある様にも思えない。かと言ってアレを囮に何かを仕掛けてくる様子もなし。
若干拍子抜けしたその時、いつの間にか酔っ払いの背後に大きな影がある事に気づく。
「ふんっ」
「がぺ」
そして、その大柄な人物は背後からフックの要領で酔っ払いの顎を殴り飛ばした。
ばたりと倒れる酔っ払いを跨いで、その人物が近付いてくる。
でかい。身長二メートルは越える筋骨隆々の大男がそこにいた。
側頭部と後頭部にだけ五分刈りぐらいで残した黒髪に、鷹の様に鋭い眼光。傷だらけの厳めしい顔に灰色のシャツと紺のズボンに包まれた筋肉の鎧。そして背にはライフル銃を担いでいる。
誰がどう見てもわかる。この人、めっちゃ強い。
「よお『アリサ嬢ちゃん』。災難だったな」
「軍曹お久しぶりでーす!」
いえーいと手を上げて挨拶するアリサさん。知り合いなのか?
「悪いな。この若造、田舎から出てきて昨晩初仕事を成功したばかりらしいんだ。で、気が大きくなってこの様だよ」
軍曹と呼ばれた人物が親指でさした酔っ払いは、同じようにライフルを背負った大柄な男達にギルドの隅の方へと運ばれている所だった。
「あー、なるほどね。演劇や小説に出てくるチンピラ役みたいだと思ったら、ガチのチンピラだったか」
「おう。余計なお世話だとは思ったが、ここでの荒事はご法度なんでな」
じろりと、自分の剣にかけた手を睨まれる。
「じょうちゃ……いや、坊主?でいいのか?」
「はい。男です」
「私の相棒のシュミット君!彼も田舎から出てきたルーキーですよ!」
「いや、嬢ちゃんも冒険者歴半年のルーキーだろうが」
「えっ」
思わずアリサさんを視たら、彼女はテヘペロで返してきた。
口ぶりからてっきりベテランとは言わずとも結構な期間冒険者をやっているのかと思ったら、ほぼ新米だったらしい。
「とにかくだ、坊主」
がっしりと肩を掴まれ、視線を合わせて軍曹がこちらを睨みつけてくる。
「このギルド内で荒事を起こした場合、その場にいる男ども全員が敵に回ると思え。喧嘩があった場合は両方ぶん殴る。それがここのルールだ」
「わかりました」
怖い人かと思ったら、意外といい人っぽいな。
そう思い肩の力を抜くと、彼は意外そうに目を瞬かせた。
「……普通、こういうのは反発するか怯えるかなんだがな」
「いえ。あらかじめ忠告して頂けるだけありがたいなと」
開拓村だったら、何も聞かされずに上の人が個々に決めたルールに反したら殴られるのが日常だったので、先に言ってくれる分この人は善人だ。
何より、瞳に強い知性を感じられる。少なくとも憂さ晴らしで突然人を殴ったり蹴ったりする人ではない。
「……アリサ嬢ちゃん。こいつ、お前さんと同じだったりする?」
「や。私も最初そうかと思ったけど違うっぽい。本当に開拓村から来たらしいですよ」
「マジか」
……なにやら、珍獣でも見る様な目を向けられている。
あれか。開拓村の出にしては落ち着き過ぎているとでも?まあ、否定はしない。あそこの人達なら、大抵が彼の言った通りの反応をすると思うので。
だが、わざわざそういう演技をしようとも思わない。開拓村の出というだけで何かあった時疑われるのは確実だ。だったらまだ『会話が可能な奴』と思われた方がいい。
「ま、いいや。行儀がいいのならそれに越した事はねぇ。俺はジャック。周りからは『軍曹』って呼ばれている」
「シュミットです。よろしくお願いします」
軽く会釈をして名乗る。
軍曹……軍人さんなのか?確かによく鍛えられた肉体をしているとは思うが。
「あの、その呼び名の由来をお聞きしても?」
「軍曹はねー、元軍人さんだったらしいよ」
「おう。十七で軍に入って、八年ぐらいしてやめたのさ。当時の仲間達を連れてな」
「なるほど」
「北の方でドンパチやっていたが、疲れちまってよぉ。そりの合わねえ上官もいたし、良い機会だから軍を抜けて冒険者に転向って感じだ」
北の方でドンパチ?この国は戦争中なのだろうか。それにしては街の雰囲気が荒れていない気がする。
わからない。わからない事が多すぎる。どうにかして情報を集めなければ。
「じゃ、俺らはそろそろ行くわ。嬢ちゃんも坊主も、無茶だけはすんなよ」
「はーい」
「わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
「……調子狂うぜ」
ボリボリと頭を掻きながら彼は四人の仲間たちとギルドを後にする。
それを見送った後、左奥にある受付らしき所へ歩き出した。そこで、受付嬢の姿を視て思わず目を見開く。
自分とそう変わらない身長なのも、かなりの美人さんなのも今は置いておく。
気になったのは、褐色の肌に長く尖った耳。前世の創作でよく見かけ、今生でも村の神父さんが時折語っていた存在。
『ダークエルフ』
白いワイシャツに黒のチョッキ。赤いタイをつけてニコニコとほほ笑んでいる女性は、間違いなくそう呼ばれる存在だった。
「いらっしゃいませ。アリサさん。依頼の受注ですか?それともそちらの彼の登録でしょうか?」
「先に彼の冒険者登録がしたいですけど、後で依頼も受けたいんですよねー」
「承りました」
アリサさんに綺麗な一礼をした後、ダークエルフの女性はこちらを向く。
「初めまして。当ギルドの受付をしております、ライラと申します」
「あ、はい。シュミットと申します。よろしくお願いします」
慌てて意識を現実に引き戻し、会釈をする。
「冒険者としての登録ですが、まずはこちらの紙を読んで頂き、必要事項に記入して頂く必要がございます」
そう言って出された紙には、やはりこの世界の文字が書かれていた。
「代筆が必要でしたら私が行いますが」
「……お願いします」
「はい。では、先に冒険者について説明をさせていただきます」
ライラさんの話を大雑把に纏めると。
『冒険者登録をするとバッジが交付される。失くした場合は有料で再発行』
『ランクはアイアン、カッパー、シルバー、ゴールドの四種』
『ギルド外でも依頼を受ける事はできるが、その場合ギルドは何があっても関与しない』
『ギルドからの依頼の最中に法的な問題が発生した場合、ギルドから弁護士が派遣される』
『ギルドは国が管理する公的な機関である。有事の際には国、あるいは領主からの依頼が発生するので、それを最優先にすべし』
という事だった。なんか、イメージしていた以上にしっかりとした組織の様である。
それと……。
「当ギルドは午後七時から零時までの間は『公認のカジノ兼娼館』となります。依頼を受けられるのは朝六時から午後の五時までですのでお気をつけください。依頼達成の報告もその時間帯のみ受付となっております」
賭場に、娼館。
つい、視線がライラさんの胸元にいってしまった。スラリとした体つきながら、出るとこは出て引っ込む所は引っ込んだ体つき。片手では絶対におさまらないだろう巨乳を意識してしまい、慌てて目を逸らす。
すると、突然彼女がカウンターから身を乗り出し耳元で囁いてきた。
「受付嬢も夜はキャストとして出る日がありますから、そちらにも来て頂けたら歓迎しますよ」
「っ!?」
耳を押さえ半歩ひく。ニッコリと笑うライラさんに、自分の顔が真っ赤になっているのが自覚できた。
「へいへーい。うちの相棒をあんまり揶揄わないでくださいよライラさーん」
「ふふっ。これは失礼しました」
「………代筆を、お願いします」
無駄に高鳴っている心臓を落ち着けながら、努めて冷静に振る舞う。
勘弁してほしい。前世も今生も異性との関わりが少ないのだ。開拓村では、次男以下は勝手に異性と話すのも基本的に禁止されていたし。
「わかりました。先ほどの説明で疑問等がありましたら、いつでもご質問ください。可能な限りお答えします。また、冒険者を辞める際にはバッジと共に受付へ来ていただければ手続きを行います」
「はい」
そんな感じで、ライラさんに代筆をしてもらう。
……やはりこの世界の文字はよくわからない。見た目的にはローマ字に似ているか?だがアルファベットとは思えない文字も混ざっている。
これは、やはり文字をどこかで覚える必要があるな。最優先だ。幸いこの世界でも十進法が使われている様なので計算は前世のおかげで多少はできる。読み書きができればかなり成り上がる為の選択肢も増えるだろう。
「では、これでシュミットさんの冒険者登録は終わります。今バッジをお持ちしますので、少々お待ちください」
「わかりました」
受付の奥の方へと下がっていくライラさん。よく見れば、他の受付嬢たちも何人かダークエルフが混じっていた。
「なぁんでギルドで喧嘩が起きたら男達が全員敵に回るかわかった?」
「はい。凄く」
ニマニマと笑うアリサさんに強く頷く。
もしも諍いを起こして彼女らが夜の店に出なくなったら、そりゃあ恨まれる。下手をしなくても血が流れる事になるな。
絶対にここでは剣を抜かない様にしよう。
「あ、『ダークエルフは好き者』で有名だけどかなりお高いからね?一夜のラブロマンスに興じたいならかなり稼がないと無理だよ~?」
「……ダークエルフは好き者、というのはいったい?」
そう質問すると、アリサさんはキョトンとした顔をした。
「……ごめん。私、君の常識がどこまであってどこから無いかがわかんないや」
「奇遇ですね。自分でもわかりません」
いや、本当に。
「んまぁ、端的に言うと他に就ける職がたくさんあるのに、わざわざ大変で誰も就きたがらない職業を選んでいる変人が多いって事かな」
「自己紹介ですか?」
「言うねぇこの野郎」
肘で突かれる。いや、だって貴女もなんで冒険者やってんですか案件だし。
「お待たせしました。こちらがシュミットさんの冒険者バッジになります」
そうして戻ってきたライラさんから受け取ったのは、一冊の手帳だった。
受けとって中を開くと、右側に何やら文章の書かれた紙があり左側には鉄製の六角形のバッジが縫い付けられている。
右側に貼られた紙、一部分だけ今しがた書かれた様な箇所があるな。これが僕の名前か?
なるほど。シュミットとはこう書くのか。
「ギルドの裏手には仕事に役立つ道具が多数売られていますので、是非ご利用してくださいね」
「よぉし早速行くぞシュミット君!冒険が私達を待っている!」
「ちょ、まっ」
「ライラさーん!後で依頼受けに来るから、いい感じの用意しといてー!」
「はーい」
アリサさんに腕を掴まれ、ズリズリと引きずられていく。この人、本当に力強いな!?
ニコニコと笑みを浮かべて手を振るライラさんに小さく頭をさげ、冒険者ギルドを後にした。
読んで頂きありがとうございます。
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※前作の話になってしまいますが、遅ればせながら最終章の設定を投稿させて頂きました。興味のある方は見て頂ければ幸いです。