第一章 エピローグ
第一章エピローグ
「……お前、今回は何を切った」
「その、石のゴーレム数体とアイアンゴーレムを十体ぐらい……」
「…………斬り方は相変わらず上手いらしいな」
ハンナさんが刀身を眺めてため息をついた後、柄頭を眺める。
「……おい。なんか変なへこみができているが」
「あ、それは銃弾を柄頭で防ぎまして」
「あ゛?」
じろりと三白眼気味な眼がこちらに向けられた後、彼女はまたジッと柄頭を観察し指を這わせた。
怒っている……感じではない。どうしたのだろうか。
「……勝ったのか」
「ええ、まあ。無事に相手の賞金首を倒す事ができました」
「……有名な奴か」
「知名度は知りませんが、『早撃ちヘンリー』という百セルの首です」
「そうか」
剣を鞘に納めた後、ハンナさんが椅子を降りる。
その際に『どたぷん』と揺れた胸に視線が吸い寄せられるも、気合で彼女の顔に目を戻した。
だが、その顔もすぐに逸らされてしまい表情がわからない。
「……今回はタダで整備してやる」
「え、ですが」
「文句あんのか」
じろりと睨みつけられ、どういう事かと首を傾げる。
すると、隣からアリサさんがニマニマと笑いながらこちらの脇を肘でついてきた。
「察しなよシュミットくぅん。自分の剣が銃に勝った事が嬉しいのさ。しかも相手は百セルの賞金首だしね!」
「黙れデカ牛」
「で、デカ牛ぃ!?」
アリサさんがギョッと目を剥いて仰け反る。
なるほど。その際に揺れたお胸様は確かに牛と呼ばれるだけはある。いや口には出さないけども。
「誰がデカ牛じゃい!それを言ったら君はチビ牛だろぉ!」
「あ゛あ゛?」
ビキリと血管を浮かべながら睨み上げるハンナさん。
上から見下ろす彼女の大渓谷もまた、素晴らしいものであると心の中だけで呟く。
「ガキが、調子にのるんじゃねぇぞ……」
「はぁん!ガキと言っても十六ですぅ!人間の社会では十分成人じゃい!」
「アタシの四分の一しか生きてねぇ癖に粋がるなよ、メス牛」
「誰が雌牛じゃい!というか私の四倍ってそれドワーフ基準でも行き遅れじゃん!やーい、非モテ牛ぃ!」
「……店の裏に来い。その身長半分にしてやる」
「上等じゃわれぇ!そっちこそ元々低い身長を縮めてやっからなぁ!」
……これはキャットファイトならぬカウファイトと呼ぶべきなのだろうか。
いやよそう。それを言ったが最後両方から殴られる。とりあえず、今は真顔で青筋を浮かべている鍛冶師殿と犬歯をむき出しにして唸っているお馬鹿様をどうにかして止めなければ。
……どうにかって、どうすれば良いのだろうか。
「フー……!フー……!!」
「ウウウウウ!!ガウ、ガウ!!」
せめて、人語を喋ってくださいお二人とも。
何故自分は街に来たはずなのに獣の喧嘩を見なければならんのか。これがわからない。
* * *
「……お前ら、呪われてんじゃね?」
「縁起でもない事を言わないでください」
ハンナさんに剣を預けた後、冒険者ギルドに行ったら軍曹に遭遇した。
彼に軽い世間話的なノリでアリサさんが今回の一件を話したら、彼はそんな事を言ってきたわけだ。しかも真顔で。
「いや、だってお前らまともに依頼受けられた事あったか?特にシュミット坊主」
「……そ、そんな日もあるかと」
「お前のは日どころか月だよ」
「いやぁ、照れますなぁ!」
「嬢ちゃんは逆になんで上機嫌なんだよ」
「トラブルは起きた方が面白いから!!書類仕事以外で!!!」
「ああ、うん。そういう奴だったな」
眉間に指をあてて頭痛を堪える軍曹。わかってくださいますか。
「ま、生きて帰れたんだ。悪運はあるんだろう」
「ちっ、ちっ、ちっ。運も大事だけどそれだけじゃぁないんですよ軍曹。実力?ってやつですかねぇ。私とシュミット君の黄金コンビの」
「すみません軍曹。お馬鹿様が」
「気にすんな、坊主。今度なんか奢ってやる」
「ありがとうございます」
「ちょっとぉ?なんか私への対応雑じゃない?美少女ぞ?天下一の美少女様ぞ???」
黙っていれば本当にそうだと思う。
「ほれ、ライラさんがそろそろ待っている頃だろうから受付に行きな」
「あ、わかりました」
「待ちたまえよ君達ぃ。私様の素晴らしさについてまだ語り終わっていないんだが?」
「では軍曹、失礼します」
「おう、じゃあな」
「まったねー、ぐんそーう!」
「切り替えはぇーな……。おう、またな」
のしのしと歩く彼の背中に軽く一礼し、ライラさんの所へ。
「こんにちはライラさん!査定終わりました?」
「はい。お二人ともお疲れさまでした」
ぺこりと頭を下げた後、ライラさんが封筒を二つ差し出してくる。
「こちら、『そうろ……』んん!『早撃ちヘンリー』の賞金百セルと彼らが所持していた銃器代となります。二等分した額を小切手にしてありますので、銀行にてお受け取りください」
「ありがとうございます」
「センキュー、ライラさん!それはそうと、あの村ってどうなりそうです?」
大事に封筒を受け取り、小さく首を傾げるアリサさんを横目で見る。
いつも通りの笑みを浮かべた彼女だが、その瞳は若干真剣みを帯びていた。
「現在、イチイバル男爵の配下の方々が事実確認及びお二人が捕らえたという村長の地位を奪った男性の確保に向かっています。まあ、村長を名乗っていた男性がそれまでの間に『事故死』する可能性がありますが」
「まあ、そこは本人の徳が足りなかったって事でいいんじゃないかな」
アリサさんの言葉に深く頷く。
どうもあの村長……いいや、『偽村長』は本来の村長をヘンリー一味と共謀して殺害し、村を乗っ取ったらしい。
その見返りとしてヘンリー一味は雇われ鉱夫用の長屋に住みつき、そこを拠点に周辺の村や行商人に強盗行為をしていたとか。更には彼らの手によって偽村長に反対する村の者は『粛清』されている。
そういった話をあの偽村長から聞いた。どうやって聞き出したか?誠心誠意頭を下げただけだ。偽村長が。
自分はただアリサさんに氷と水桶を用意して貰って、偽村長の『お辞儀』を手伝っただけである。
何やらアリサさんがドン引きしていたが、周囲の村人たちはいい笑顔だったし開拓村で盗賊を生け捕りにした時はもっと酷かったから自分はかなり人道的な方だと思う。
「……お二人とも、本当にお疲れ様でした。ギルドとしましてもその働きに感謝と敬意を抱いております」
「はぁ、まあ成り行きでしたが」
「私としては今回みたいなのならいつでもウェルカムだよライラさぁん!あ、けどぉ」
自然な動作でカウンターに肘を突き、掌にその形のいい顎を乗せながらアリサさんがライラさんを見上げる。
「最近、ちょーっとギルドの仕事選びに問題でてません?」
「……誠に申し訳ございません。ギルドとしてもせめてものお詫びとしてお二人に渡した賞金には色を」
「もしかして、何かきな臭い事が起きていたりする?」
ライラさんが褐色の肌にたらりと汗を掻く。
それをニコニコと見ていたかと思えば、アリサさんがスッと体を引いた。
「ま、ただの放蕩娘の私には関係ないけどね!こう言うと失礼かもしれないけど、ライラさんが詳しく知っているとも思えないし」
「まったくです。いくら『副ギルドマスター』とは言え、所詮は雇われですから」
「……え、ライラさん副ギルドマスターだったんですか?」
何やら不穏な会話がなされていたが、詳しく知りたくなかったので話題を変える。
するとライラさん側もそれに乗っかってきて、ニッコリと笑みを浮かべた。
「ええ。若輩の身ではありますが、そういった役職を頂いております」
「そうだったんですか……しかし、何故副ギルドマスターが受付を?」
「趣味です」
「あ、はい」
そうだった。ダークエルフもまた、アリサさん同様『他にもっと良い職があるのに変な事をしている人達』だった。
「ちょっと野性味が溢れていたり、初々しい様子の駆けだしの冒険者に関わるのが好きなんです、私。そして年上として導くのが好きでして。特に性行為に慣れた顔をしている殿方や、逆にまだ初めての子を───」
頬に手を当てて嬉しそうに語るライラさん。何故だろう、凄く美人だしいい人なのに、『ライカンの村長』や『偽村長』と似た気配を感じる。
つまり変態の気配だ。……変態の気配ってなんだよ。
「ダークエルフは他の長命種からは『ロリコンショタコン種族』と呼ばれている常識を君に教えよう、シュミット君」
「ろ……ああ、はい」
何やら妄想を語りだしたライラさんを見ながら頷く。というか『ロリコン』や『ショタコン』の概念あるんだ。
よく考えたらダークエルフと同じ寿命のドワーフであるハンナさんが、二十前後の見た目で還暦を過ぎているのだ。つまり見た目二十中盤のライラさんは……。
……まあ自分にとっては『エッチで美人な受付嬢』だし別にいいか。
「おっと、失礼しました。さて、どこまでお話ししたでしょうか」
「あはは、もう本題は済みましたよ!じゃ、そゆことでー!」
「失礼します」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
先ほどまでの変態発言が嘘の様に丁寧なお辞儀をしてくれるライラさんに見送られ、ギルドを出る。
手の中にある封筒を見下ろし、少しニヤケそうになった口元をもう片方の手で隠した。
事前にヘンリー一味の銃の状態をアリサさんに見てもらって、予測してもらった買い取り金額。それと合わせれば、二人で山分けしても『九十セル』以上。色をつけたという話もあったし、百を超えるかもしれない。
とんでもない大金が転がり込んできたものだ。本来の依頼の報酬も、偽村長の家の金庫からこっそり貰ったので問題ない。持ち歩いている手帳に暗証番号を書くのは防犯上よくないと思う。
……手帳の中身を見たら、やたら上手い僕の後ろ姿やうなじの絵があったのは驚いたが。
「んー!さて、どうするシュミット君。このお金でぱーっと祝勝会でもやる?」
「こんな大金でやる祝勝会とか、どこでする気ですか。常識的に考えてください」
軽く伸びをしてからアホな事を言ってくるお馬鹿様に、少し呆れた目を向ける。
「僕はとりあえず貯金するつもりです。そこからハンナさんと相談して装備について色々と考えようかと」
「真面目だねー。冒険者ってもんは宵越しの金は残さないもんだぜぇ?」
「冒険者で終わるつもりはないので、当然でしょう」
「おん?冒険者で終わるつもりはないとは?」
チラリと、周囲に人が少ない事を確認する。
「……僕は剣の腕で成り上がるつもりでこの街に来ました。冒険者はその過程です」
「ほほう。じゃあ君のゴールはどこなのかな?」
「そうですね……国有数とは言わずとも大きな商家の家に婿入りするか、のれん分けして貰える立場に行きたいなと思います。ですが何をするにも元手と伝手が必要ですので、冒険者家業で金を稼いで何かをする……そんな感じですね」
金は今回でかなり手に入ったが、取りたい技能も多い。今後も冒険者稼業を続ける必要があるから、何割かは装備代に消えるだろう。その辺りはこの場では言えないが。
「おおう。思ったより具体的だね。はっ!?待って。まさか商家に婿入りって私!?シュミット君のエッチ!!」
「はぁ?……ああ。貴女商家の放蕩娘って設定でしたね」
「設定じゃないですー。王都でそこそこ儲けている商家の放蕩娘ですー」
「はいはい。そういう事でいいので、移動しますよ」
「うわー、おざなりー。で、どこ行くの?」
「貯金すると言ったじゃないですか。銀行です。その後、必要な分だけ持って店を探しましょう」
「店?」
疑問符を浮かべるアリサさんに、何を言っているんだこの人と眉をひそめた。
「祝勝会をするんでしょう?僕はまだ街に詳しくないですし、アリサさんは金銭感覚がずれているので歩いて良さそうな店を探さないと」
いっそ、軍曹かライラさんに聞くのもありか。
「………!やるの、祝勝会!!??」
「ええ、まあ。そういうの、興味はありましたし」
なんせ今生でそういう催しに出た事がない。前世では飲み会にいい思い出がないが、せっかくの機会だ。
それに……この人といるのは嫌いではない。
「っっしゃああ!いいお店紹介してあげるからねシュミット君!!」
ガッツポーズをして喜ぶアリサさんに、小さく肩をすくめる。
「あまり高級すぎる店はやめてください。五セル以内で飲み食いできる店でお願いします」
「……よし、じゃあいっそ色々買って君か私の宿の部屋で飲もう!!」
「最初どこに行く気だったんですか。というか、いいんですか宿の部屋って」
「じゃあハンナさんのとこ行って飲むかぁ!」
「迷惑でしょう。どう考えても」
「いいじゃーん、お酒持って行けば断らないって、絶対!君気に入られているし!」
「何を勝手に」
「ほぉら行くぜ相棒っ!」
「ちょ」
乱暴に手を取られ、駆けだした彼女に引っ張られる。
文句を言おうとしたが、子供の様に無邪気な笑顔を浮かべる彼女に口をつぐんだ。
「……せめて事前に許可を得てからにしましょう。それが礼儀です」
「じゃあハンナさんの店に直行だぁ!」
掌に感じる温もりを感じながら、通り過ぎていく街の様子に視線を巡らせた。
前世からしたら古びたその光景。だが、開拓村と違って人が人として暮らせる場所。
生まれの差に少しだけ思う所はある。自分もここで二度目の生を受けていたら、『人間』でいられたのだろうか。
ちらりと、開拓村での日々が脳裏をよぎった。人らしい生活に戻って、今まで気にも留めなかった事が問いかけてくる。
薄皮一枚剝がしてしまえば人と獣は変わらない。はたして自分は、どちらなのだろう。
……いいや。僕は人間だ。何をこれまでしてこようが、人間なのだ。
「どうしたのシュミット君?どこか痛む?」
こちらを振り返って少し心配そうにしながらペースを落とす彼女に、少しだけ笑ってみせた。
「いいえ。ハンナさんの拳骨が来ないか心配なだけです」
「ふっはっは!そこはこの天才美少女様の右ストレートを返してやるとも!」
「こちらが頼みに行く立場なんだからやめてください」
「じょーだん、冗談だってー!」
せっかくの祝勝会に水をさす様な考えは投げ捨てる。冒険者の飲み会に、そんなものはいらないのだから。
何よりも、自分を人の世界に戻してくれた人に心配されるのは、少しだけ嫌だから。
「今日は飲むぜぇ!」
「ほどほどにしてくださいよ、本当に」
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