第二十五話 早撃ちヘンリーとの決闘 後
第二十五話 早撃ちヘンリーとの決闘 後
「受けてくれるよなぁ?受けないならそれでも俺はいいぜ。あの村の奴を一人も道連れにできなくても、決闘から逃げた臆病者の顔を目に焼き付けて死ぬだけさ!あんたほどの剣士が大恥かいた所を見ながら死ぬなら悪くねぇ!」
「全身恥みたいな犯罪者がよく言う」
「ははっ!親父にもよく言われたよ!お前は頭のてっぺんから爪先まで恥だってな!」
決闘文化がこの世界にあるとは知らなかった。いや、そう言えばアリサさんが偶に語る娯楽小説にそんな話があった気がする。
別に、無駄なリスクを負ってまで付き合う理由はない。プライドの捨て時は選ぶ主義だが、この場ではどうでもいい事だ。
どうでもいい、のだが……。
「ヒヒ……ありがとよ、剣士様」
自分は、剣を鞘に納めた。
乗る価値のない挑発だ。どれだけ侮辱されようが、開拓村で浴びていた罵倒や侮蔑と比べれば気にもならない。
だが……だがしかし。
自分は、『恩』を受けてこの場に立っている。
街を歩いても恥ずかしくない服を着て、持ちうる力を出し切れる剣を佩き、温かい寝床で寝て目を覚ませば人間の食い物を口にできる生活を貰った。
きっと、あのお嬢様からしたら大した物ではないのだろう。しかしそれでも、彼女があの時声をかけてくれなかったら、自分は街の路地裏で鼠でも食べていたのかもしれない。
その恩を受けた身として、彼女ならどうするかを考えた結果がこれだ。
これは忠義ではない。ケジメの問題である。それさえ放り捨ててしまえば、きっと自分は目の前の男同様に獣と成り下がるだろう。
人間など薄皮一枚剥がせば獣と同じ。されど、その一枚を大事にするのが人間だ。なんせその一枚は、誰かから貰った贈り物なのだから。
「こい」
「ああ……」
木々を剥ぎ取られむき出しとなった地面。そこに二人の男が相対し、得物に触れるか触れないかの位置で指を彷徨わせる。
合図となる物など何もない。己で相手を殺すためのアクションを起こすタイミングを決めるのだ。
例えばそう。相手に先に抜かせてから、等。
「ッ───!!」
ギラギラとした目で、ヘンリーがピストルを抜く。
今度はしかとその動きを捉える事ができた。やはり速い。死にかけでありながら、その腕が鈍る事はなし。握り込む様にしてハンマーをあげ、銃口がこちらを向くのと引き金が引かれるのがほぼ同時。
ホルスターから銃身が出る直前でこちらも動き出したが、あいにくとこの剣で『抜刀術』の類は不可能である。
駆け抜け様に奴へと斬りかかる事もできないし、ましてや弾丸を切るなどという真似もできない。
自分の知る抜刀術と呼べる物は、日本刀の様な形状だからこそできるもの。刃渡り九十の西洋剣では、再現できない。
で、あれば。
「しぃ!!」
この、飾りも何もない武骨な金属の柄頭を合わせればいい。
鈍器として敵の頭蓋を叩き割る事も想定されたそれを、全身の捻りも加えて突き出した。
右手で柄を握り、鈍痛のする左腕で支えた鞘から剣を抜く。されど切っ先までは抜き切ろうとせず、ただ柄頭だけを前へ。
衝撃と、金属音。衝突は一瞬であったが、腕に響く音速で飛んできた鉛玉の感触に骨まで震える。
柄頭に衝突した弾丸は先を潰しながら、その武骨な曲線に合わせてあらぬ方向に跳んでいった。残るのは、左肩の傷が少し広がっただけの自分のみ。
「ハッ!」
そのまま剣を抜いて駆ける自分に、奴が笑う。
親指を動かしてハンマーを上げるも、それは先の早撃ちと比べれば欠伸が出る程に遅かった。
一閃。
二発目が放たれるよりも先に、百セルの賞金首は袈裟がけに斬り伏せられた。
「いいねぇ……地獄にもってく思い出話としちゃ、上等なもんが最期に見れたよ……」
血だまりに倒れながら、ヘンリーはそう呟く。
ゴトリとピストルが奴の手から離れ、ギラギラと輝いていた瞳も何も映さなくなった。
だが念のため心臓に剣を突き立ててから、一息つく。
「……遅かったですね」
「おぉう。背中に目でもついてるのかな?」
振り返らずに呼びかければ、彼女の明るい声が返ってくる。
「耳が他の人より良いだけですよ。まあ、今は少し痛みますが」
強化魔法で鼓膜の強度まで上がっていなかったらダイナマイトで聴力を失っていたかもしれない。
未だ少し痛む耳を押さえながら、アリサさんへと振り返った。
「そっちは無傷な様で」
「あったぼうよぉ!なんせ天下一の美貌だけでなく、二物も三物も与えられた天才だからね、私は!!」
大きな胸をたゆんと張ってドヤ顔を浮かべる彼女に、苦笑を浮かべながら剣を引き抜く。
「それで。仕留めたのかな、『早撃ちヘンリー』を」
「ええ。最後は決闘で」
「え゛、マジで!?その辺の話詳しく!!あ、待って君左肩怪我してんじゃん!?大丈夫なのかよ相棒ぅ!!??」
「うるさ……今大声は勘弁してくださいよ」
「うざがるなよシュミットくぅん!?いいから傷みせて傷!あと治療中決闘の話を聞かせて!!」
「いやそこは静かに治してくださいよ……」
がっしりとこちらの腕を掴み、白魔法で治してくれるアリサさん。すぐに傷口も塞がり、中にあった弾まで摘出された。
やっぱ白魔法欲しいな……他に回したい経験値もあるが、どうするか。
「さあ他に怪我はないね?じゃあ語ろうかシュミット君!賞金首との決闘について!!」
「その辺は研究施設に戻りながらでいいでしょう。回収しないといけない物もありますし」
「うん?ヘンリー一味の持ち物とか?あ、倒れていた村長なら足を折っておいたよ」
「それもありますが、この施設で研究されていた物ですよ」
この人にしては珍しいと思いながら、首を傾げる。
二百年前の研究施設に眠る『何か』など、アリサさんなら食いつきそうなものだが。
「あれだけの警備がされていたんです。きっとかなりのお宝が眠っているに違いありません」
「あー……」
彼女が何かを察したように、そっと視線を逸らした。
「シュミット君」
「はい」
「ああいう施設に、そういった貴重品はないという常識を君に教えよう」
「……はい?」
何を言っているのかわからず、思わず聞き返す。
「今、なんと?」
「あのね。冷静に考えてほしいんだけど……大事な研究をする場所にゴーレムはともかくあんな沢山罠をしかけるわけないじゃん。学者さん死んじゃうよ」
「!?」
「この依頼を受ける時にも言ったけど、千二百以上の研究施設の中には他国のスパイ用のダミーもあって……そういう所ほど内部まで罠ぎっしりなんだ」
「!!??」
「あとついでに言うと、研究施設で見つけた貴重な物品を勝手に持ち帰るのは重罪だからね?その地の領主の物だからね?」
「!!!???」
なん……だと……?
ぐらりと体がふらつき、剣を杖にしてなんとか倒れるのは堪える。
「ま、待ってください。その割にはアリサさん、凄く楽しそうに施設を回っていませんでしたか?それに『これだけの警備がされているなんて』と、笑って……」
「え?いやだって罠が沢山あったら面白いじゃん」
思考回路がお馬鹿様……!!
疲れがどっと押し寄せてきて、その場に座り込みたくなる。だが眉間に深い皺をよせながら、布切れで刀身を拭いてから鞘に納めた。
まだ休むには早い。やる事が残っている。
「……とりあえず、村に奴らの残党がいないか確認してから休みましょう。その後、ヘンリー一味の死体を漁ります」
「だねぇ。村の方は私だけで行こうか?君、かなり疲れた顔してるよ?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、これは肉体よりも精神の疲労なので」
「そ、そう?ごめんねシュミット君。まさか君がそんなに大昔のお宝に期待していたとは……」
「いえ。自分が浅はかでした。お構いなく」
「それはそうと決闘の話を詳しく、ね?どんなんだった?ねえどんなんだった!?」
「訂正します。気遣ってください。お願いですから」
「えー、いいじゃーん。ちょっとだけ!ちょっとだけでいいから!!」
子供の様に話をせがんでくるアリサさんを無視して、村に歩き出そうとする。
だが立ち止まり、一応ヘンリーの瞳を閉じさせておいた。
……これも、いらない感傷だな。例え決闘なんて事をしても、こいつは肥溜め以下の犯罪者である。
そう思いつつ、奴の銃を倒れた体の上に置いてから改めて村に向かって歩き出した。
「決闘って私やった事ないんだよぉ!演劇や娯楽小説ではよく見るけど、リアルのは見た事もないんだってばぁ!」
いや、やっぱ少しは感傷に浸りたいかもしれない。
治ったばかりの傷口を掴んで体をゆすってくるお馬鹿様にしょうがないと端的にあった事を伝えれば、抑揚がないだの描写が少ないだの駄目だしされながら歩く。
まったくもって、面倒くさい『相棒』だ。
読んで頂きありがとうございます。
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