第二十二話 無法者
第二十二話 無法者
「そこ、横から槍が突き出てきます」
「ふおおおおおお!?」
「吊り天井です、下がってください」
「ふんぬぬぬぬぬぬぬ!」
「その先、炎が壁から出ます」
「あちちちちちちちち!?」
* * *
「なんで罠があると伝えた場所に突っ込むんですか?」
「そこに罠があるからさ……」
前世リアクション芸人なのかこの人。
その辺の瓦礫に片足をのせ船乗りみたいなポーズでドヤ顔をするアリサさん。コートの端っこ焦げていますよ。
人がせっかく罠を受けた事でロック解除された技能を習得したと言うのに。経験値かつかつなんだぞ。
まあ、流石に即死級の物や僕まで巻き込まれる罠は避けてくれているが。
「実にお馬鹿様ですね……」
「なんだよぅ。罠を考えて設置した人の事も考えなよぉ。あの大岩が転がってくるのとか物凄く大変だったはずなんだぞう」
「アレは設置した側も馬鹿だとは思います」
どう考えてももっと他にあっただろうと言いたい。いや、殺意に全振りされても困るが。
「じゃあ逆にシュミット君はどんな罠が強いと思うのさ!」
「毒と爆弾。あと呪いを付与した針」
「やだ、この子恐い……」
最後のは色々と難しいから別として、前二つはわりとメジャーだと思う。
ガチの人はもっとえげつないのをポコジャカ思いつくので、自分など実に人道的な発想をする常人だ。後浮かぶのは転移魔法を発動させて『岩の中にいる』をやらせるとか程度。
「そう言えば、転移魔法って存在するんですか?」
「待って。この話の流れ的に凄く物騒な事に使おうとしていない?」
「いえ。単純にそういう魔法があったら脱出が楽だなと」
現在、取りあえずしらみつぶしに研究施設内を動き回っている。マッピングはアリサさんがやってくれているし、彼女の書く地図は意外なほど正確だ。
しかし、そういう便利な魔法とかはないものかと思ってしまうのが人の性とも言える。
「んー、昔は研究されていたけど、今は禁術指定されて詳しくはわかんない」
「禁術、ですか?」
「そ。けどその理由も『暗殺に多用されるから』とか『予期せぬ事故を起こしかねないから』とかで、微妙に誤魔化されている気もするんだよねぇ」
「……そうですか」
確かに怪しい。
別にそれらの理由におかしな所はない。だが、アリサさんが不自然だと言うのなら何かあるのかもしれない。何だかんだ言って、この人は信用できる人だ。
物は試しと、スキルツリーを眺めてみる。さて、転移魔法の類はどの辺りに……。
「うわぁ」
「え、どうしたのシュミット君」
「……転移魔法って、黒魔法と関連がありそうなんですが」
「よし、この話はやめよう!」
「そうですね今は脱出と依頼の達成を優先して考えましょう」
自分達は何も知らない。それでヨシ。
「さぁ、探索を続けようか!」
「あ、そこを踏むと落とし穴です」
「……そぉい!」
一度こちらを振り返り、無駄に不敵な笑みを浮かべるアリサさん。
ジャンプして落とし穴を踏み抜くアリサさん。
パカリと空いた地面に一瞬だけ浮遊感を味わうアリサさん。
そのまま落下していくアリサさん。
「うおおおお!?思ったよりでかい!?」
「お馬鹿様。ほにゃららは死ななきゃ治らないという言葉ありまして」
「台詞の頭についている言葉でほにゃららが機能していないよシュミット君!?そして助けて!?」
穴を覗き込んだら無数の鋭い棘が突き立てられていた。ああ、うん。これは落ちたら死ぬな。
落とし穴の淵を掴んで足をバタバタとアリサさんがしているが、いい加減そういう光景も慣れた。この人、たぶん自力でも上ってこられるだろう。
それより気になる事がある。
「アリサさん、下を見てください」
「いや先に引き上げようよシュミット君。けど見ちゃう。そんな複雑な乙女心……」
見えやすい様にマッチに火をつけてから穴に放れば、彼女の眼でも視認できるはずだ。
「わぁお……先客がいたようで」
骨が腐肉と衣服の合間から見えている死体。腐臭を漂わせてくるそれは、落とし穴に仕込まれた棘に串刺しにされて息絶えていた。
「死後どれ程かはわかりませんが、そこまで古くなさそうですね」
「だねぇ。お、サンキュー」
差し出したこちらの手を取り落とし穴から這い上がるアリサさんが、中を見下ろしてカウボーイハットを被り直す。
「……そう言えば、最初に会ったアイアンゴーレムにはかなりの数弾痕があったね」
「ええ。誰かと戦闘になったという事でしょうか」
「誰か、というには沢山いそうだけどね。その中の一人が彼なのかな」
死体を見下ろすが、当然何も答えは返ってこない。
時間経過で勝手に閉まるタイプなのか、ギシギシと擦れる音をたてて落とし穴の蓋がしまっていく。
それを見送り、手の中にある剣の柄を握り直した。
「……複数の足音が聞こえます」
「今の人のお仲間さん?」
「いいえ、恐らく違いますね。硬くて重い音です。十中八九、アイアンゴーレム達かと」
「OK。最初は逃げの一手だったけど、やれそう?」
「ええ」
この辺りの罠と地形はおおよそ把握した。
横槍、増援、罠による不慮の事故の可能性は低い。であれば、打ち合える。
金属音をたてて走ってくるアイアンゴーレムの集団。それと相対し、剣を正眼に構えた。
先頭を走る個体が上段から大ぶりな一撃を振るってくる。それを半歩だけズレて避けながら、額に刃を走らせた。
一文字目を削り、次の獲物へ。
先の個体の斜め後ろで盾を構えていたアイアンゴーレムの額に、袈裟がけに剣を振るう。盾から僅かに覗く隙間に切っ先を滑り込ませ、刻まれた単語の最初だけを破壊した。
まだ動きは止まらない。自分も、アイアンゴーレム達も。
前にいた二体が一呼吸の内に撃滅された事に対し、他の個体が自分に向かって攻撃を仕掛けてくる。
伸ばされた腕、振りかぶられる警棒。それらを掻い潜り、先頭から見てもう片方の斜め後ろの個体に狙いをつける。
盾は反対側の手。警棒を持つ手がこちらに横薙ぎで振るわれるのに対し、足を前後に開いて腰を落とす事で回避。同時に剣を下から上へと振るいカウンターを入れる。
刃は狙い違わず額の文字を斬り裂いて、ゴーレムに宿った仮初の命を奪い取った。
計三体が機能停止しバラバラとなって崩れる中、それらの部品が地面につく前に勢いそのまま壁に向かって突進する。
自分の体が壁にぶつかる様にしてくっついた直後、開けた射線を鉛玉が通り過ぎて行った。
銃声はほぼ一発分だったのに対し、砕かれた文字は三つ。頭文字を割られたゴーレム達が揃って機能を停止した。
これで前列六体のゴーレムが沈黙。残るは四体。
獣の類なら撤退をする状況だが、しかしそこは無機物。構わず突っ込んできた。
雄叫びもなく警棒を手に踏み込んできた個体の一撃を横に回避すれば、空ぶった警棒が壁に打ち付けられる。
コンクリの壁が砕き破片を飛び散らせる威力は、人間が受ければただでは済まないだろう。しかし、当たらなければ何の問題もない。
そのゴーレムにこちらから踏み込んで柄頭を一文字目に叩き込み破壊。直後、その個体を避ける様に脇から殴りかかろうとしていたゴーレムの警棒が鉛玉でへし折られた。
出来上がったその隙を逃さず後退。剣の間合いに戻し、相手がガードをする前に頭文字に一閃。
残り一体となったアイアンゴーレムには、一発の銃声が浴びせられた。
全ての個体がバラバラになって転がる通路で、小さく息を吐く。
「ひとまずは終わりましたね」
「うい、お疲れー」
「……この残骸、売れたりしませんか?鋼の様ですが」
「んー、わりと良い値段がつくかもね。運ぶの大変そうだけど」
「ですよねー」
可能なら持って帰りたいが、腕一本でもかなりの重量になりそうだ。『色々』と終わってからでなければゆっくり運んでなどいられない。
さて。
「追加の足音です。こいつらの後をつけていたのかと」
「やだー、趣味わるーい。で、そのチキンな人達はどんな感じ?」
「数は十数人。二十には届いていませんね。ですが別方向からの足音は聞こえません」
「なるほど。残りは別の所か、もしくは落とし穴君と一緒にお寝んねかな」
坑道の入口で見つけた足跡より少ないという事は、恐らくそういう事なのだろう。
念のためそこらの曲がり角に隠れた所で、その者達の姿が顕わになった。
「おーおー、マジでアイアンゴーレムを全滅させてらぁ。聞いてた見た目に反して凄腕じゃねぇの」
酒やけした声を出す男。その姿が部下らしき男の持つランタンで照らされる。
「だがぁ、その分盛大に弾を使ったんじゃねぇのぉ?」
茶色い髪に垂れ目気味の瞳。無精ひげを生やした三十後半ほどのそいつは、いかにもカウボーイと言った格好をしていた。
「たしか黒髪のスレンダー美女と金髪ボインの嬢ちゃんだっけ?」
「ええ、そうです」
そんな男の斜め後ろに、今にもゴマでもすり始めそうな低姿勢でいる見覚えのある初老の男性。村長がいた。
それはそうと男ですが?そう訂正したはずだが、脳に何か病気でもあるのかあの人。可哀想に。
「出てこいよー。大人しくしていたら痛い目に合わずに済むぜー。なんなら気持ちいい目を見せてやるかもな」
「お、親分。黒髪の方は是非私に最初をやらせてください。ああいうすまし顔の奴を押さえつけてうなじを舐めまわしながら背中にですね」
「おう、わかったから先走るんじゃねぇ馬鹿野郎」
……はて。そう言えばあの無精ひげの男の顔、どこかで見た事があるような。
それはさておきどうしようかと問おうとしてアリサさんに目を向ければ、彼女はチェシャ猫の様な笑みを浮かべ目を煌めかせていた。
「『早撃ちヘンリー』……!百セルの賞金首だよ、シュミット君!」
ああ、この人が前にバラバラめくっていた手配書の束か。見覚えがあった理由。
「十数えてやる。手足へし折られたくなきゃ武器を捨てて出てきなぁ」
「ついでにゆっくりと服を脱ぎながら出てこい!特に黒髪の方!ただし上半身を脱いだら背中をこっちに向けて尻を突き出しながら下を」
「黙ってろ」
「がぺっ」
村長の頬をビンタしながら、もう片方の手はショットガンの銃口を油断なくこちらに向けているヘンリー。
凶悪な賞金首の姿に怯えるどころか笑みを深めるお馬鹿様の様子に、小さくため息をついて剣を構えた。
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