第二十一話 過剰な警備
第二十一話 過剰な警備
坑道の中は薄暗く、腰に提げたランタンの明かりだけでは生身だと数メートル先すらもよく見えない。夜目が効く自分ですら十メートル先を一応把握できるぐらいだ。
そんな道を片や剣を、片やピストルを手に進んで行く。
どれほど進んだだろうか。こうも暗く、代わり映えのしないトロッコの線路と坑道を補強する木の柱だけが見える空間というのは時間感覚を狂わすものだ。
自分の体内時計では二十分ほど歩いたはずだが、どこまで合っているか自信がない。そろそろアリサさんに確認を……。
「んっ」
微かに聞こえた物音に反応し立ち止まり、斜め後ろを行くアリサさんを手で制す。
無言でお互い得物を構えるが周囲に遮蔽物は見当たらない。やってくる『何者か』とは正面からぶつかる必要があるだろう。
───カタン
線路沿いに聞こえてきた硬質な音。前情報と合わせるならば、この先にいるのは間違いなく……。
ようやく、相手の姿が見えてきた。
岩から切り出した様な体は一メートル七十センチほど。ずんぐりとした体つきに、ザラザラとした装甲は一目でその頑強さを伝えてきた。
『ゴーレム』
魔法で作られた自立人形。現代ではほとんど見かけなくなった岩でできた守衛が、ミトンの様な指で握った鉄製の警棒を武器にこちらへと走ってくる。
「自分が」
「OK」
それを前に剣を構え相対する。
関節まで岩で作られたゴーレムを斬り伏せるのは難しい。このドワーフの技術で作られた刃なら可能ではあるが、刀身へのダメージは大きな物になるだろう。
しかし、現代の戦場からゴーレムの姿が消えた理由の一つ。それを突けば大した相手ではない。
「しっ」
鈍重な動きで警棒を振り上げるゴーレムの額に刻まれた単語の一文字目を、あっさりと切っ先が引き裂く。
たったそれだけ。それだけの事で、岩でできた守衛は動きを止めた。そして数秒と経たずにその身をただの石くれと化し地面に転がるのである。
ゴーレムの有名な弱点。それは額の文字だ。この世界の古い言葉で『真実』を表す単語が刻まれているのだが、その頭文字を削ると『死』という意味になる。不要になったゴーレムはそうして処分されるのだ。
どうして文字が削られると壊れるのかはわからない。それこそ、王都の魔法学校とやらでもだ。
なんでも二百年ほど前にゴーレムの作成方法は失伝されてしまったらしい。現存するゴーレムをどれだけ調べても仕組みはわからないのだとか。
「それにしても、話より随分と動きが鈍かったですね」
事前にライラさんからゴーレムは大の男二人分の膂力と、人間の兵士なみの脚力を持った恐ろしい存在だと聞いていた。
その割には欠伸が出てしまいそうなほど今のゴーレムは鈍い。
「そりゃそうだよ。二百年も経てばどんな物だって劣化するもの」
「それもそうですね」
まあ、理由は単純に経年劣化。形あるのであれば時の流れには大なり小なり抗いきれん。それこそ神話の存在でもない限り。
「状態のいいゴーレムならかなり機敏に動くらしいよ。鉄製の個体も何度か見つかったとか」
「なるほど。そう言うのとは会いたくないですね」
「えー!?なんでよー、アイアンゴーレムとか絶対かっこいいじゃーん」
「見る分にはいいですが、戦うのはごめんですよ」
また、ゴーレムは製造方法だけでなく制御方法もわかっていない。その為、鹵獲して再利用というのも不可能なのだとか。つまり相対したら十中八九敵である。
一応、アリサさんの話ではかつての資料や施設を調べてどうにかゴーレム魔法を復活させようという貴族の動きがあるらしい。実際それで部分的にだがゴーレム魔法の再現に成功しているのだとか。
「ともかく、先に進みましょう」
「ほいほーい」
何にせよこれでは得られる経験値も微々たるものだ。一応無機物の破壊でも経験となるが、殺しと同じく仕留める相手にもよるのだ。
更に進んでいくと、別れ道に到着する。村長の言っていた通り、ひび割れて火の灯っていないランタンが無造作に吊るされている道があった。
そちらに行くのがいいのだろうが……。
「シュミット君、何かわかる?」
「……一応、ランタンのある方に新しい足跡がありますね。詳しくはわかりませんが」
「それだけでも十分だよ。そっちに行こうか」
自分達の仕事はゴーレムの排除とその他の危険の確認。ゴーレムの足跡を追うのは自然の事である。この分かれ道では村長の言う通りだったが、状況によっては独自に判断するだけだ。
その先に『ゴーレム以外の危険』があったのなら、その始末もサービスで行っても問題ないはずだ。
「さぁて、何が出るかな何が出るかなっと」
鼻歌まで歌いだしそうなアリサさんと共に進んで行けば、またゴーレムに出くわした。
ただし今度は二体。一体は警棒とボロボロの盾を。もう一体は隻腕で警棒だけを握っている。
「じゃあ片方が私が」
「いえ。両方僕がやります」
ゆらりと近づき、ドタドタとこちらに向かってくるゴーレム達に斬りかかる。
特に語る事もない。剣を二回振って、相手がそれ以上何かをする前に額の文字を破壊しただけだ。
バラバラと崩れるゴーレム達に、アリサさんが頬を膨らませる。
「なんでさー。私だって憂さ晴らしでぶっ放したいのに」
「銃を使えば『誰か』にも聞こえるかもしれないじゃないですか。既に知られているかもしれませんが、それでも用心に越した事はないでしょう」
「ぐぅ、正論……」
頬を膨らませた次は唇を突き出して不機嫌そうな彼女に、小さく肩をすくめる。
「『想定外の危険』が出たら貴女のピストルに頼る場面もありますから、いじけないでくださいよ」
「いじけてませんー。あとそこは私の銃じゃなくって『腕』って言ってほしいなぁ、相棒」
「はいはい。貴女の腕前もあてにしていますよ」
「うわー、なんかおざなりー」
実際適当に言ったのだが、機嫌は直ったらしい。アリサさんが足取り軽く自分の後に続く。
更に進む事およそ三十分。何度も分かれ道に遭遇する事になったが、途中から足跡を追ってランタンのない方を進む様に。
そうして段々とはっきりしてきた足跡を追跡すれば、遂に今までの坑道とは明らかに違う場所に到達した。
セメントで固めたと思しき壁。腐りはて地面とほぼ一体化した木の床。天井のコンクリは剥がれ落ちかけ、その破片が転がっている。
何ともまあ、時代の分かりづらい場所に遭遇したものだ。街でも水路等にセメントやコンクリが使われているのは見たが、こうして壁や床にというのは見かけなかった。
こういう物なのかとアリサさんに視線を向ければ、彼女は舌なめずりさえして通路を爛々とした目で見ている。
「さあ、遂に研究施設だよシュミット君。準備はいい?」
「ええ、まあ、恐らく」
「じゃあ出発だ!前進だ!突撃だぁ!」
ピストルを手に小走りで進みだした彼女を、少し慌てて追いかける。
「アリサさん、そんな無警戒な」
「大丈夫だって!そうそう即死級のトラップなんて研究施設にあるわけ──」
───ガコン
「ひょ?」
「なっ」
そんな音と共に、背後の壁が動いた。
そこからのっそりと姿を現した影を視認したと同時に間合いを詰め、間髪入れずに剣を振るう。
閃く剣閃。それは正確にその『ゴーレム』の額に向かった。だが。
「っぅ……!」
硬質な音が響く。切っ先は鋼鉄の腕に阻まれたのだ。
『アイアンゴーレム』
錆びと『弾痕』まみれのそのゴーレムは、しかし滑らかな動きで右手に持った警棒をこちらの頭蓋目掛けて振るってきた。
「シュミット君!」
だが、その警棒に銃弾が直撃。半ばからへし折る。
銃声が反響する中、更に一歩ゴーレムへと踏み込んだ。盾の様に掲げられた左腕を避ける様にして剣を捩じりながら、刺突。
耳障りな金属音をたてて額の一文字目が砕かれて、ギシリと鋼の体が止まった。
ゴトリゴトリと四肢を落として崩れていくアイアンゴーレム。それを見て、小さく息を吐く。
「まさか、言った傍から遭遇するとは。随分と動きが滑らかな」
「シュミット君、まだだ!」
「っ!」
アリサさんの声と、重い足音がしたのがほぼ同時。
咄嗟にその場を飛び退けば新たな影が先のゴーレムと同じ場所から現れる。
二体目のアイアンゴーレム。その姿に剣を構えなおすも、更にもう一体がそいつの背後から現れて顔が引きつった。
三体目、四体目。十体近いアイアンゴーレムが狭い通路にひしめいている。
その目も鼻もない顔が、一斉にこちらへと向けられた。
「一端逃げよう!!」
「了解っ」
アリサさんが先頭の二体の額に銃弾を撃ち込みながら叫び、自分も彼女の元へと走る。片方は腕で弾丸をガードするも、もう一体が額の文字を砕かれ機能を停止した。
崩れたその個体が奴らの足を邪魔している間に、ひたすら走る。あの数は流石にやってられないし、倒し切れたとしても第二陣や『他の危険な存在』が来るかもしれない。戦う事は避けたかった。
だが、その為に走った先は研究施設……そう聞かされている場所。
背後から聞こえる重々しい足音から逃れるため、奥へ奥へと向かっていく。
* * *
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫かな」
「……足音はしませんね」
壁に耳を押し当てるも、それらしい音は聞こえない。どうやら撒けた様だ。
「ごっめーん。まさかここまで予想外な物が待っているとは考えてなかったや」
「それは今いいのですが、二百年前の研究施設ってどこもこんな感じなんですか?」
「いんや。私が知る限り普通の所はこんなんじゃない」
こんな状況だと言うのに、アリサさんがニンマリと笑う。
「いいねぇ。普通じゃない研究施設。これは面白くなってきたなぁ、相棒!」
「……楽しそうな所恐縮ですが、いいですか?」
「んん、なにかねシュミット君」
「帰り道、わかります?」
「……ほえ?」
気の抜けた声を出すアリサさん。
ランタンの頼りない明かりだけが照らす廃墟めいた通路に、その声が小さく響く。
「……もしかして、やばい?」
「かなり、まずいかと」
数秒の沈黙の後、アリサさんがグッとサムズアップしてきた。
「とりあえず進んで行けば何とかなるさ、相棒!」
「立ち止まったままよりは、その方が良さそうですね」
頷いて返しながら、刀身を軽く眺める。アイアンゴーレムを切りつけた割に刃こぼれが見て取れない。
なるほど。最初は高い買い物だと思ったが、値段分かそれ以上の名剣である様だ。これは帰ったらハンナさんに感謝の言葉を送るべきだろう。
ついでに、この技術が失われない様今後も客として利用していきたいものだ。
「じゃあ、探索再開だー!」
「お待ちを」
「ぐぇ!?」
呑気に歩き出したお馬鹿様の襟首を掴んで引き留める。
なにやら『ごきゃ』と音がした気がするが、たぶん問題ないだろう。
「しゅ、シュミット君……首、首は駄目だよ……」
「失礼しました。ですが、無警戒に進むのはやめてください。この施設だけでなく、元々の怪しい部分もあるんです。ここは自分が先行します」
この通路はセメントでしっかり舗装されていて足跡の類はわからないが、それでも聴覚や嗅覚には自信がある。
先ほどの様なゴーレムの襲撃であれば、もう見逃す事はない。
「では、行きましょう。ついて来てください」
「ほーい」
さて、鬼が出るか蛇が出るか。何にせよ斬れる存在ならば、斬って進むまでの事。
警戒心を最大にしながら、一歩踏み込んだ。
───カチリ。
「えっ」
足元から聞こえた不自然な音。それに疑問符をあげた直後、ガタンと重い物が倒れる様な大きな音がした。
アリサさんと二人して振り返ると、どうやら壁の一部が倒れたらしい。そしてその奥。
直径二メートル半ほどの巨大な岩が鎮座していた。
綺麗な球体に仕上げられたそれが、ゴロリと重々しく動き出す。重力に従い坂道を下る為、徐々に加速をしながら。
なお、自分達はあの大岩より下の位置にいる。
「ダァアアアアッシュ!!」
「なんですかアレぇ!?」
いつの間にか猛烈な加速を得てゴロゴロと転がってくる岩でできた球体。それから逃れるため、ひたすらに足を動かす。
「おおおおおおお!?これ娯楽小説で見たやつだあああああ!」
「言っている場合ですかぁ!!」
一直線で横道のない通路を走りながら必死に視線を動かす。
なにか、何かないか……!
「アリサさん、あの岩の塊を受け止められませんか!」
「無理無理無理無理!君こそ真っ二つにできないの!?」
「あれは無理です!」
くっ、あの大岩が綺麗に転がれる様に周辺には何も見当たらない。暗くてどれだけ進めば曲がり角に突き当たるかもわからない以上、いつ追いつかれるかの勝負に……。
いや待てよ?
「ふんっ!」
走りながら力任せに床を切りつけ、続けて壁を連続で砕くように剣を叩きつけていく。
「どうしたのシュミット君!?狂った!?」
「いいからその辺の壁や床を壊してください!もしくはあの大岩!」
「っ、なるほどぉ!」
連続して響く銃声。そうして砕かれた壁や床の破片が散らばった通路を、邪魔する物を踏み砕きながら大岩が進む。
だが、それも長くは続かない。踏み砕くにつれ傷ついた球体の表面と、散らばった破片がかみ合った。
騒音をまき散らしながら回転を止め大幅に減速する球体。それを背に全力疾走をしていけば、ようやく曲がり角に到着した。
そこに跳び込む様に逃げ込み、どうにか圧殺の危機から逃れる。
「死ぬかと思いました……」
「ふぅ~!楽しかったぁ!」
狂ってんのかこのお馬鹿様。
大量に流れた汗を手の甲で拭う自分を横で、アリサさんがいい汗掻いたとばかりに額を拭う仕草をする。だが、彼女はほんの僅かな汗しか掻いていない様に見えた。
……強化魔法を習得して改めて思ったのだが、やはりこの人の身体能力はおかしい。いったいどういうカラクリなのやら。
「さて、どうしよっかシュミット君。ああいう罠は個人的に面白いからアリだけど、流石にこんな所で死にたくはないからね。どうにか察知して回避する術はないかな?」
答えが分かっているだろうに笑いながら言ってくる彼女に、呼吸も整え終わったので頷いて返す。
「仕方がありませんので、罠を探知できる技能を取りますよ」
「さっすが相棒!頼りになるぜぇ!」
後出しなら大得意だ。チートのおかげで。
だが残り少ない殺しや破壊の経験値まで飛ぶ事に思わずため息をつく。
こんな苦労に見合う何かがこの施設にあるのやら。これで何もありませんとなったら、僕は泣くぞ。もしくはキレる。
そんな事を考えながら、脳内に浮かび上がらせたスキルツリーを弄り始めた。
読んで頂きありがとうございます。
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