第二十話 怪しい依頼主
第二十話 怪しい依頼主
きょろきょろと、到着したばかりの村を見回す。
畑らしい畑も見つからず、家畜の類も鶏がチラホラ飼われているぐらい。それでいて街ほどの賑わいもありはしない。
代わりに長屋の様な物が村の入口から少し遠くにあり、更にその奥には山が見えていた。
側面や上の方はまだ木々が残っているが、こちらから見て正面の山肌は薄茶色の地面が露出している。左右に曲がりくねった道の先に、ぽっかりと口の様に空いた出入り口らしき物が見て取れた。
なるほど、これが鉱山の村か。前世を含めても実際に訪れたのは初めてである。
村の入口で見張りをしていた若者に冒険者バッジを提示し、村長との取次ぎを頼めばすぐに一人の老人がやってきた。
黒い眼帯をつけた身なりの良い初老の男は、残った片目でぎょろりと自分達を睨みつける。
「これがイチイバルから来た冒険者だと?顔はいいが男みたいな体つきの女に、体にばかり栄養がいって頭は空っぽそうな小娘ではないか。娼婦を呼んだ覚えはないぞ」
「いえ、僕は男です」
「誰が脳みそ空っぽだおっさん」
真顔で否定する自分と笑顔のまま青筋を浮かべるアリサさん。そんな自分達を前に、初老の男性……推定村長が鼻を鳴らす。
「ふんっ、そんな事はどうでもいい。それより、冒険者だと言うのならとっとと鉱山にある大昔の遺物をどうにかしろ。そうでなければその辺の男に腰でも振っているんだな」
「……見た目で私らを侮るのはしょうがないから今回は許すけど、そういう態度は良くないですよ村長さん。これ、善意からの忠告です」
とうとう笑みさえ消えて無表情となったアリサさん。そんな彼女の眼にどこか怯えた様に村長が後退りする。
「な、なんだその眼は!こっちは依頼主だぞ!ギルドに苦情をいれてやろうか!?」
「別にどうでもいいですよ。ただ、こちらから余程の非礼をしたのならともかく最初から喧嘩腰は良くないって話です。特に武器を持った相手には」
アリサさんが銃を引き抜く。銃口の先は、村長の眉間。
ピストルを向けられて一瞬遅れて、ようやく村長は彼女が武器を抜いた事に気づいたらしい。悲鳴をあげて後ろに下がろうとし尻もちをついた。
その時、視界の端で何かが動いた事に気づく。
咄嗟にそちらへ目を向ければ、人相の悪い男が数人ほど物陰からこちらを睨みつけていた。鉱山の労働者……だろうか。
鉱夫だとしたら納得だ。荒事に慣れた『目』をしている。この村長と違ってピストルへの警戒はあっても怯えがない。水夫や鉱夫は喧嘩慣れしていなければ務まらないと聞く。逆に、逃げる事すらできていない村長が例外に思える。
ただ、その辺の鉱夫達がピストルにまで慣れた目を向けるのは少し意外だったが。
「な、なんのつもりだ!?」
「安心して下さいよ。ハンマーは上げていないから」
クルリとピストルを回した後、アリサさんがホルスターに納める。
彼女はニッコリと笑みを浮かべ、未だ地べたに座り込んだままの村長に手を差し伸べた。
「血の気の多い冒険者は『うっかり』引き金を引いちゃうかもしれないから、突然暴言を吐くのはやめておいた方がいいですよ?」
「っ……!」
差し伸ばされた手を憎々し気に睨みつけた後、村長はその手を無視して立ち上がる。
「後で必ずギルドに苦情をいれるからな!この村で何かしてみろ、その瞬間男衆がお前らを生まれてきた事すら後悔する様な目に合わせるからな!」
「そーですか。ま、私達もここに長居する気ないからその忠告も不要ですけどねー」
無視された手をぶらぶらさせた後、アリサさんが鉱山と思しき山を見る。
「あの見えているのが依頼にあった鉱山ですかー?」
「……そうだ。あそこから入ってしばらく進めばゴーレム共が出てくる。奥に進む道には火が消えたランタンが吊るしてあるからそれを辿れ」
「はいはーい。じゃ、行こうかシュミット君」
「はい」
ずんずんと進むアリサさんの後ろを、一応村長に軽く会釈してから進む。
「おい」
そして、数歩ほど進んだ所で村長が呼び止めてきた。
「まだなにかー?」
「研究施設の奥深くまでは進むなよ。それと、ランタンを吊るしてある道以外は近づくな」
「依頼には研究施設の安全確認も含まれていたはずですが」
そう問いかけると、村長はニタリと黄色い歯をむき出しにして嗤う。
「なに。善意からの忠告だとも」
何やら笑いながら己の家へと向かっていく村長。去り際に、彼の視線が自分の首筋から背中をねっとりと這った様な気がした。
* * *
「むっかつくなぁあのクソおやじ!!」
鉱山を登りながらアリサさんが悪態をつく。
「荒れていますね」
「そりゃそうだよ!あのおっさん娼婦呼ばわりしたあげくその辺の男に腰を振れって言ったんだよ!?」
「まあ、不愉快ではありましたが」
「でしょ!?私は美人過ぎるから下世話な想像をしちゃうのはしょうがないけどさー、シュミット君にまでそういう風な事を言うのは本っっ当にむかつく!!」
「……ん?」
彼女の言葉に小さく首を傾げる。
「ご自分が言われた事ではなく、僕が娼婦呼ばわりされた事を怒っているんですか?」
「はん?当たり前じゃん。トロールと戦った村から帰る時、君を女扱いする奴にはガツンと言ってやるって言わなかったっけ?」
目を瞬かせ、思わず立ち止まる。
そう言えばそんな会話があった気がする。しかし、まさかそんな軽口を守るために銃まで抜いたのか。
「……随分と、律儀ですね」
「何言ってんのさ。相棒が嫌がっている事なら私だって気にして当然じゃん」
訝し気にこちらを見てくるアリサさん。
相変わらず、その顔立ちは整っている。女性らしさと少女らしさを両方持った、天下一を自称するだけはある美貌。
そんな顔でこちらをジッと見られ、咄嗟に自分は視線を逸らしてしまった。
「……その割には、貴女自身は僕の事を女性扱いしたり揶揄いますよね」
「そぉれはスキンシップ!私を筆頭に君と親しい人ならいいんだよ!」
「良くありませんが?その辺りの判断は僕がするものですが?」
「まぁまぁまぁ。私の超絶美麗なプリティフェイスに免じて許してヨ☆」
「うざっ……」
「シンプルな罵倒が辛い!?」
少し赤くなった顔を誤魔化す様に、坑道の入口に顔を向けて大股で進む。
「早くこの仕事を終わらせて帰りましょう。僕もあの村長は嫌いです」
「だよねだよね!あの村長は流石にないよね!なぁんであんな偉そうにできるのかねまったく!」
「……?偉そうも何も、村長は偉いものでは?」
「んん?いやそりゃあ真面目に働いている村長は『人として偉い』とは思うけど、偉ぶるのは違くない?」
はてと、二人して首を傾げる。
「だって、国規模で見たら村長とか村人と変わらないし。あんな横柄な態度とるのはおかしくない?私達を侮るならまだしも、なんにも悪い事していないのにアレだよ?」
「……ああ」
そう言われればそうか。
村長という肩書に対して、自分とアリサさんで大きな隔たりがあったのだ。そして、都会の人からするとアリサさんの価値観の方が正しい。というか前世の価値観もそちら側だ。
「すみません。村の外というものを十五年間ほど知らずに生活していたので」
「村での常識と力関係が身に染みていると」
「はい」
村長は一番偉い人。その人が雪は黒いと言ったら黒くなる。
開拓村ではそんな感じだったので、村長がこちらを罵倒してくる事そのものには特になにも思わなかった。内容は、不愉快だったが。これがただ『のろま』とか『グズ』と言われるだけなら、自分はただ首を垂れるだけだったと思う。
そうか……村は、『小さい』のか。村の社会を蔑ろにするのは間違っているが、その基準を外にまで広げるのはおかしい。村の外と内は分けて考えるのが当然である。
そんな事を考えていたら、坑道の入口にたどり着いた。木の柵が申し訳程度に作られただけのそこは、端っこの隙間を余裕で通れそうである。
「これが坑道ですか。生では初めて見ました」
「私もそんなには経験ないなー。転炉の見学の時にチラッと見たぐらい」
「転炉?」
聞いた事がある様な無い様な。たぶん前世で聞いたのだと思う。
首を傾げる自分にアリサさんがウインクをしてきた。
「後でまた教えてあげよう。今はこの鉱山の安全を……そう言えば、この村ってもうだいぶ鉄の採掘ができていないはずなんだよね」
笑顔から一転、彼女は不思議そうに坑道に視線を向けた。
「そうなんですか?」
「うん。これでも勤勉な質でね。冒険者活動する地域の事は調べているんだ。この村は表面は粗方掘り尽くしちゃって、鉄の売買はほとんどなかったはずだよ。というか、沢山鉄が採れる鉱山がある村で何かあったらイチイバル男爵がもっと何かしているんじゃないかな」
それは確かに。
鉄は経済でも軍事でも非常に重要な物である。その供給に異常がでる事態となれば、冒険者ではなく軍を動かすはずだ。いかに冒険者ギルドが公的機関とは言え、冒険者自体はただの犯罪者予備軍である。
「……ダイナマイトで掘り進めても、鉱脈は見つかっていないと?」
「その代わりに二百年前の研究施設は見つかった。でもそれは金にならないはずなのに、あの村長。やけに身なりが良くなかった?ついでに依頼料もちゃんとしてる」
「たしかに」
言われてみれば違和感のある事ばかり。村自体は自給できるかも怪しい畑事情で、なおかつメインの収入源である鉱山も低迷中。それなのに村長は身なりの良い恰好をし、鉱夫達は荒事に慣れた目つきをしていた。
そっと、足元を見やる。
「……関係あるかはわかりませんが、十数人から二十人の人間がこの鉱山に出入りした足跡があります。それも、直近。昨日の晩や今朝と言ってもいいぐらいの時間に」
一昨日雨が降り、以降の天気は快晴。強い風もなかったおかげか、その足跡が判別できた。
しゃがんでよく確認すれば、靴跡も少しだけ見えてくる。これは、ブーツ?
「へー。村民は今この鉱山に出入りしていないはずなんだけどなー」
「ええ。不思議ですね」
数秒ほど無言で坑道の入口を眺める。
「帰りません?」
「やだ!!」
腰に手を当てて無駄に良い声で否定してくるお馬鹿様。
「どう考えてもこの村、『いけない事』をしていると思いますが」
「ここで帰ったら馬鹿にしてきそうだし、何よりつまんない!ただ嫌な思いしただけで終わりじゃん!ついでに襲ってきたら合法的にぶっ放せる!!」
「では、依頼を真面目に続けると」
「……そうだねー。依頼通り、研究施設をくまなく見て回ってゴーレムとか危険な物がないかチェックしなきゃ」
ニンマリと、チェシャ猫の様に彼女は笑みを浮かべた。
いつものその表情に、げんなりとため息を吐く。
「真面目にやると言うのなら、依頼主は深く調べるなと言っていましたが?」
「やだなぁシュミット君。依頼書に書いていない事を、突然現場についてから一方的にぬかしてくる依頼主の意見を聞く必要があるのかぁい?ないんじゃないのくぅぁぁい?」
ウリウリと肘を押し付けてくるアリサさんの髪の香りが少しだけ鼻をくすぐる。
頬が少しだけ赤くなるのを自覚しながらも、態度には出さずうっとおしいと肩を軽く押しやって小さく頷いた。
「依頼内容の変更理由が不明ならば、聞き入れるのは個人の自由かと」
「ならけってーい!楽しい楽しい探索の始まりだー!!」
ルンルン気分で進みだした彼女の後ろを、ランタンを取り出しすぐに火をつけてから追いかける。
「あまり先に行きすぎないでください。奇襲されたらどうするんですか」
「その時は頼りにしてるぜ相棒ぅ!」
「そう思うなら単独行動しないでください」
「なになにぃ?寂しいのぉ?」
「……一回後ろから殴ろうかな」
「今なんか不穏な事言わなかったぁ!?」
読んで頂きありがとうございます。
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……だんだんとシュミット君が攻略される側に思えてきました。