第一話 契約
第一話 契約
前世が終わる瞬間を、よく覚えている。
と言っても劇的な最期というわけではない。雨の日の帰り道、歩道橋で足を滑らせて頭から落ちただけだ。
そうして死んだはずが、女神様とやらに会って転生する事となった。
あまりにも存在感が違い過ぎて、本能的に土下座していたからどういう姿だったかは覚えていないけど。
その女神様曰く、『世界に免疫をつけるため異物をいれる』というのが転生させる理由だとか。
管理している世界に突然別の世界から影響があった時の被害を抑えるため、神々は親交のある他の神が管理する世界から魂を送ってもらって転生させるらしい。要はワクチン接種の様なものである。
偶然にもそれに選ばれた自分は、特に使命などもなくこの世界に産まれた。
女神様からは、異物の動きを制御したら免疫をつける役に立たないから好きに生きろと。ただし、すぐに死なれたらそれはそれで意味がないから特典もつけると言われた。
そうして、自分は所謂『チート転生』とやらをしたわけである。
……どうせチートを貰えるのなら、無敵と呼べる様なものが欲しかったと少しだけ思うが。
* * *
何やら高そうな店に連れてこられた。
前世で言ったらお洒落な喫茶店と言った場所の、窓際の席。正直浮浪者同然の恰好をした自分がよく入れたと思う。
実際入店する際に店員に止められそうになったが、例の金髪の少女が二言三言喋ったらあっさりと通された。何者なんだ、この子。
「好きな物を頼んでいいよ。私の奢りだから」
「……その前に、色々と聞きたい事があります」
ただより高い物はない。得体の知れない相手ならなおの事。
警戒心をむき出しにするこちらに、少女は軽く肩をすくめる。
「あちゃぁ、そりゃ警戒もするよね。ごめんごめん。じゃあ、まずは自己紹介から」
カウボーイハットを脱いだ彼女は綺麗な金髪をさらりと流し、その豊満な胸に手をあてる。
「アリサ。姓はまあ、ないって事で。冒険者をしているよ」
「冒険者……」
よかった、流石に冒険者という職業はあるのか。
村の大人達が言っていたのを聞いただけで直に見た事がないので、これまで『自分の思い違いでした』となったら本気で頭を抱えていた所である。
ただ、『姓はないって事で』というのが気になった。
開拓村に苗字を持つ人はいなかったし、一番偉い村長もなかったはず。
自分の知る中世とかなら苗字があるのは貴族や武士とかだけだが……。
「姓はないというのは?」
「別に普通の事でしょ~?平民は姓を持たないんだから」
なるほど。つまりこの人は平民ではないと。
ニコニコ笑いながら言っている事といい、この店の事といい、『隠す気はないが暗黙の了解扱いはしろ』と言う事か。
「わかりました。聞きません」
「うん。やっぱりいいね、君」
何やら腕を組んで力強く頷いている。
……あまり、胸を強調する様な事はしないでほしい。
アリサと名乗ったこの少女、随分と発育がいいのだ。こう……古い言い方をすると『ボンッキュボン』な体つきをしている。
群青色のコートに黒いチョッキ。その下に白いワイシャツと黒いリボンタイという服装で決して薄着ではないのだが、内側から持ち上がる胸がすごい。
腰から下もジーパンっぽいズボンで、安産型のお尻とそこから伸びた柔らかそうなのにスラリとした美脚。
正直、開拓村で過ごしていた身としてはあまりにも目に毒だ。
「さて、私は自己紹介したんだし、君にもお願いできるかな?」
指抜きグローブに包まれた白くて綺麗な手でこちらを指差される。
「……シュミットと言います。開拓村の農家の三男です。冒険者になるため、この街に来ました」
「ほほう、冒険者に」
なんだろう。この人の笑い方ってチェシャ猫っぽい。
「いいねいいね。だったらやっぱり私の相棒にならない?」
「そもそも、その相棒というのは?」
「おっと。その前に注文しようか。いい席に居座っているのに、いつまでも喋っているだけっていうのはお店の人に失礼だからね」
「………」
ごもっともではある。だが、だったらこっちとしては店を出たっていいのだが。
「別に『食べたなぁ?じゃあその分体で払ってもらおうかぁ。ぐっへっへっへ』とか言わないって」
「いえ、そこまでは想像していませんが」
なんだその漫画の三下が言いそうなセリフ。美少女がしちゃいけない感じの顔までして再現せんでも。
「ささ、何にする?ここのケーキはどれも美味しいよ?」
「……すみません。字は読めないので」
メニューと思しき物を差し出されるが、さっぱりだ。幸いなのは数字だけ自分が知るものと同じな事だが……見た目が似ているだけで、実は違う物でしたってのが怖い。
「え、そうなの?なんかごめん」
「いえ」
「じゃ、じゃあ私と同じのにしよっか!店員さーん」
少しだけ気まずそうなアリサさんが呼んだ声にすぐさま反応し、年配の店員さんが慌ててやってくる。
さっと注文を終えた後、彼女はこちらに向き直った。
「さて、どこまで話したかな。そうそう、相棒になってて話ね」
「はい」
「冒険者って職業は危険がいっぱいでね。ソロで活動するのは一部の猛者か自殺志願者か、って言われているのさ。だから基本的にパーティーを組む。ここまではOK?」
「はい」
「で、私みたいなか弱ぁい女の子は頼れる男の子に……ごめん、一応聞いていい?」
「なにか?」
彼女は顎に指をあてて神妙な顔でこちらの顔をジロジロと見てくる。
「君、男の子でいいんだよね?」
「見ての通り男ですが」
今生の体は背が180センチ以上あるのだ。森でこっそり獲物を狩りその肉を食べていたおかげか、体つきもがっしりしている。
前世でもこんな体つきをしている女性は一部のアスリートぐらいだろう。
「いや、顔があんまりにも綺麗というか。声も低めの女の子の声で通じるし」
「……まあ、中性的なのは否定しませんが」
ホルモンバランスの乱れか、あるいは転生する際にあの女神様の趣味でも入ったのか。
なんにせよ、今生の顔は前世と違って随分と整っている。代わりにどうにも中性的だ。
「まあ、とにかく!か弱く儚くそれでいて美しすぎる私は頼れる仲間を募集しているのだよ!」
「……それはわかりましたが、何故僕なのですか」
この人が仲間を必要としているのはわかった。だが、何故自分なのか。
間違いなく初対面である。一度でも喋っていたのならまず忘れないぐらい、この人のインパクトは強い。
「実はさぁ、駅馬車の近くで聞いたんだよ。剣一本で狼の群れを追い払った子供がいるって」
「……はあ」
「この銃と大砲の時代にだよ?そんな面白い子がいるんだったら是非会ってみたいじゃん!!」
……あー、うん。
つまり、悪く言えば『金持ちの道楽』だな?
仲間なり護衛なりいくらでも用意出来る所を、面白いという理由でこの田舎者を選んだと。
その考えを否定する気はないが、正直関わりたくない。これでアリサさんに何かあって、彼女の御実家が僕を睨む事態になるのはごめんである。
「おーっと、今『容姿も家柄も優れた天に二物も三物も与えられた超絶美少女が思いつきでやっているただの道楽だな?』って思ったでしょ」
「いいえ、そこまでは」
「わかる。わかるよー。私だって同じ事を言われたらとりあえず前歯全部折ってやろうかって思うもん」
「そちらも、そこまでは考えていません」
「しかぁし!これは君にとっても良い話なんだよぉ?」
ねっとりと言うアリサさん。彼女はワキワキと怪しげに指を動かしながら言葉を続けた。
「こう言うと失礼だけど、シュミット君はかなぁり世間知らずな上にお金もないんじゃないかにゃぁ?」
「……否定はしません」
「素直でよろしい!」
そんな事は見てわかるというか、隠す術もないのが現状なので認めるしかない。
自分が持っているお金はコインが数枚だけ。それの価値もよくわからないが、道中その辺の店で同じ物が普通に使われていた事から大した物ではないのだろう。
そして、世間知らずという点については自分が一番痛感している。
開拓村では銃を見た事がなかったし、蒸気機関については聞いた事もなかった。まあ、『三男だから』というのもあるけど。
ともかく、自分はこの世界の事も、国の事も全くと言っていいほど知らない。それを調べる術がこれまでなかった。下手に調べれば村の大人達に殴られる。
「怪しい女の子にホイホイついて来ちゃったのも、少しでも情報が欲しかったからでしょ~?お上りさんって言うには随分真剣に街の様子を見ていたし~?」
「………」
それもまた、否定できない。
開拓村での暮らしは、ここが中世ヨーロッパに近い異世界だと誤認させるには十分なものだった。年に一回だけ村に立ち寄る商人も、村長一家とその取り巻き以外は近づく事もできなかったし。
藁にも縋る思いでアリサさんに誘われるままついてきてしまったのだ。奴隷商の類かもと思ったが、それにしてもここまで手の込んだ事をすると思えないし。
「悪い話じゃないんじゃなぁい?どうせ冒険者になるつもりで来たのならさ、なろうぜ!私の相棒に!」
バチコーン!とウインクしてくる彼女に、迷う。
そうしていると店員さんがケーキと紅茶のセットを運んできた。彼にチップと思しき物を渡して、アリサさんはニンマリと笑う。
「さ、食べながら話そうか。マナー違反ってのは今だけなしさ」
瑞々しいイチゴをフォークに刺した彼女を他所に、ごくりと唾を飲み込んだ。
視線が、目の前のショートケーキに固定されてしまう。
十五年ぶりだ。こんな美味しそうな物を目にしたのは。
この世界で食べた物と言えば鈍器一歩手前の硬いパンか、妙に酸っぱい臭いのする豆。あとは森でこっそり獲ってきた小動物の肉とほんの少しの山菜ぐらい。
思わず皿の上のケーキにすんすんと鼻を鳴らした所で、気合で視線を引きはがす。
落ち着け、自分。一時の食欲で人生を左右するのはいくら何でもまずい。
「……条件はなんですか?ただ相棒にする、だけでは曖昧過ぎます」
「うんうん。やっぱり、『予想通り』だね」
予想通り?どういう意味だ。
胡乱気な視線を向けるも、アリサさんは笑顔を浮かべたままこちらを見ている。
「条件は単純。冒険の初期費用として『五十セル』払おう。ああ、セルって言うのはお金の単位で、確か牛一頭で二十五セルだったかな?後は大工さんとかの日当が一セル」
セル……それがこの国の貨幣なのか。彼女の言葉が真実なら、五十セルとやらはかなりの大金である。
「そして、君には『銃を使わないでほしい』」
「銃を?」
「そそ」
紅茶を飲み、彼女はどこか試す様な視線を向けてくる。
「今まで銃を見た事も触った事もないのに、突然使えって言うのも無理な話でしょ?君、ずっとコレを興味深そうに見ていたし」
そう言って、彼女が腰のホルスターからゴトリと『リボルバーピストル』を机の上に置く。
「私だって味方の誤射は恐いからね。これは君が思っている以上に扱いが面倒な武器だよ」
まあ、そこは否定しない。前世でも銃なんて画面の向こう側の存在だったし。
「というのは建前!どうせだから剣士と旅をしてみたい!」
「そんな気はしていました」
そもそも声をかけた理由が物珍しさだったわけだし。
「条件はたったこれだけ。何も私が死ぬまで相棒を続けろとは言わない。お互いに飽きたら解消で構わないけど?」
「……契約書の類は?」
「いらない。君が逃げたなら、私も興味を失うだけさ」
……これは、本当に困った。
銃が普通にある世界で剣のみで戦うリスクが、どれほどのものかわからない。
前世の自分であったのなら間違いなく『無理。死ぬ』と断言するが、今は猪を硬い枝で殴り殺せる身だ。
それに、『チートの事もある』。簡単に銃使いへ転向はできない。
「もう一つ、質問をしても?」
「一つと言わず幾らでもいいよ?答えるかはわかんないけど」
「御実家とは仲が悪いのですか?」
この質問に、何故か彼女は更に笑みを深めた。
「いいや。私が冒険者をしているのは親公認だよ。ついでに、これだけ羽振りがいいのはお父さ……んからお小遣いを貰っているから。ああ、実家はただの商人だよ?」
不仲ではない、と。この世界の常識をまだ把握していないが、十五、六の女性が銃をぶら下げ大金を好きに使えるあたり嘘とも思えない。
つまり、突然この人が実家に連れ帰られ、邪魔だとばかりに自分が物理的な意味で斬り捨てられる事もないと。
「……わかりました。お受けしましょう」
「よっしゃぁ!面白い相棒ゲットぉ!」
両手をあげて喜ぶアリサさんに、また疑惑の目を向ける。
本当にこの人はわからない。根掘り葉掘り彼女の背景について聞きたいが、どうせ答えてはもらえないだろう。
まあ、怪しい事以外はこちらにデメリットはない。失うものも少ない身だ。やばいと思ったら逃げよう。
……まずいな。我ながら、思考が開拓村に染まり過ぎている気がする。少し短絡的になっているかもしれない。
「じゃ、はい」
「はい?」
アリサさんが右手を差し出してきた。
「握手!お互い手を握って上下に振るのが、契約成立の合図さ」
あ、それこっちの世界にもあるんだ。
机にあったお手拭きで軽く掌を拭った後、彼女の手を握る。いつの間にか手袋の外された白い手は、自分が触れていいものなのかと少し迷うほど綺麗だった。
だが、こっちの気などお構いなしでアリサさんはガッチリと手を握ると、ブンブンと振ってきた。
いや力強いな!?クマか!?
「これから背中は頼むぜ、相棒!」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
ニッカリと笑う彼女に、小さく頭をさげる。
我ながら、運がいいのか悪いのか。この人との冒険者生活でその是非は決まりそうである。
それはそれとして。
「これ、食べていいのでしょうか……」
「うむ!たくさん食べなさい。奢ってあげようではないか」
むん、と胸を張る彼女に確認をとってからケーキを頬張る。
……少なくとも、今日の自分は運がいい。そう思える味だった。
はたして主人公のチートとは……?
読んで頂きありがとうございます。
まだプロローグしか投稿していないのに、たくさんの感想、評価、ブックマーク。誠にありがとうございます。創作の励みになりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。