第十六話 街に帰って
第十六話 街に帰って
「疲れた……」
「ねー」
やたらでかい教会を出て、アリサさんと二人してため息を吐く。
帰りは行きほどの強行軍ではなく一週間かけて移動し、その足でギルドへ。ライラさんに最低限の報告をした後、騒がしくなった冒険者ギルドを『黒魔法案件だったので』というアリサさんの一言で振り切り教会に。
そして彼女が顔を出して対応してくれたシスターに家紋付きの短刀を見せながら『黒魔法使いと戦闘した』と報告したとたん奥の部屋に通されて慌てた様子の神父さんから一時間ほど事情聴取をされたわけである。
くっっっそ疲れた。
「けどまあ、治療費免除券貰えてよかったじゃん」
「いやそんな俗物的な名前ではなかったはずですが」
教会で貰った羊皮紙。そこには『特別功労者』の文字と細かい説明が書かれている。
そう、文字が読めるのである。帰りの馬車でとうとう経験値を割り振っておいた。無論、例の日記帳は読んでいない。黒魔法のロックが外れるかも微妙なのに、リスクだけ負うのはごめんだ。
日記帳は教会に渡し、ギルドに置いてきたトロールの指も後で神父さんが回収に向かうとか。
それにしても、事前に絵本を読み込んでいたおかげで収得に必要な経験値が減るとは……嬉しい誤算である。もしかしたら残りの経験値で魔法も初歩の初歩なら覚えられるかもしれない。
「それにしても、治療費免除ですか……どれぐらいなんですか、治療費って」
「滅茶苦茶高いぞ」
自分の問いに答えたのはアリサさんではなく、少しだけ聞き覚えのある野太い声だった。
慌てて振り返ると、そこには二メートル越えの筋骨隆々な巨漢。軍曹が立っていた。
「軍曹!?どうしてこんな所にいるんですか?」
「仕事で予想外の敵に遭遇しちまってな、仲間が負傷しちまったのさ。あと嬢ちゃん。教会の真ん前で『こんな所』呼びはやめとけ。神の家だぞ」
「はーい」
予想外の敵?
「軍曹。よければどんな敵に遭遇したのか教えてもらってもいいでしょうか」
「お前さんらがわざわざ教会に来た理由を教えてくれるのならいいぜ。情報は武器だ。ウィンウィンで行こうや」
「黒魔法を使うトロールと戦ったので、その報告に来ました」
「……聞くんじゃなかった」
そっと頭を抱える軍曹。だって聞かれたし。
「黒ま……いや。うん。俺は何も聞かなかった。聞いていないったら、聞いていない」
「シュミット君。黒魔法は本来関わっただけで今後の人生が大変な事になるものだから、無差別に言わない様にね。軍曹みたいに巻き込んでも良さそうな人だけにしよう」
「わかりました」
「ぶん殴っぞガキども」
それはそれとして、この人ギルドでライラさんにわりと大声で『黒魔法案件だったので!』と言って去って行ったよな。
そう視線で問いかけると、ふいっと目を逸らされた。無駄に上手い口笛まで吹いている。さてはその場のノリで言って特に考えていなかったな?
「たく……俺らは元々ゴブリン退治に行っていたんだよ」
「ゴブリンですか」
『ゴブリン』
たぶん前世日本でネットを使った事のある人間は必ずと言っていい程その名前を見かけている事だろう。
この世界のそれも前世の漫画やアニメで描かれていた物に酷似しており、緑色の肌に捻じれた鼻をした小鬼の姿をしていた。
性格は残忍で狡猾。子供や老人を優先して狙い、集団で襲ってくる。また、人間の体内に『卵』を植え付ける習性もあるとか。
そう、卵である。開拓村の大人達がそう言っていた時は耳を疑った。奴ら、見た目は哺乳類なのに卵を別の生き物に寄生させるタイプの怪物だったらしい。
開拓村が襲われた事もあったが無事に返り討ちできたものの、村人の青年が一人巣に連れていかれたのである。彼はその後……いや、これ以上は思い出したくない。
「村から盗んだ農具だけで銃の類は装備していなかったから簡単に終わったんだが、その後に『ケンタウロス』の群れに遭遇してな。仲間が二人大怪我しちまったのさ」
「ケンタウロス?それは、上半身が人で下半身が馬の?」
「あん?ありゃ人というか猿だろう。いや猿と言うには少しごついが」
「個人的には昔サーカスで見た『オラウータン』に似ていると思う」
この世界にもいるのかオラウータン。いやそれはさておき。
「あいつら、猿なみには知性があるからな。馬の加速で木の棒を振り回すし石を投げてくるから厄介なんだよ」
眉間に皺を寄せて吐き捨てる様に言う軍曹。
「ま、仲間も命の別状はねえしケンタウロスも無事全滅させた。問題は治療費と入院費で報酬以上の出費になっちまった事さ」
「……ちなみに、どれぐらいですか?」
「治療で約二十セル。入院費で八セルだ。一人につきな。体が資本の職業だし、ケチるわけにもいかん」
それは……かなり大きな出費だ。
治療費免除の羊皮紙を丁寧に木製のケースへと戻す。大事にしよ。
それにしても、口ぶりからして痛い出費ではあるが払えないわけではないらしい。冒険者がそれだけ儲かる職業……というわけではなく、軍曹達のパーティーがかなり稼いでいるのだろう。流石は元軍人で構成されているだけはあると言った所か。
「うーん、私が治しましょうか?」
「やめとけ嬢ちゃん。好意はありがたいが、そういうのはお互いの為にならん。ついでに教会の運営費的にもな」
「それもそうですねー」
そんな感じの会話をして、ギルドに向かう。軍曹は仲間の荷物を取りに行くとかで別方向に向かっていった。
で、ギルドに戻ったのだが。
「「「………」」」
全力で目を逸らす他の冒険者達。黒魔法への警戒心が凄いらしい。
まあ自分でも同じ反応をすると思うのでとやかく言うつもりはないが、こうして他の冒険者から避けられ過ぎるのも良くない気がする。
気づかぬうちに村八分……みたいな事になれば、後で困るかもしれない。機会があったら交流を試みるか。
……はて。そういう場合の声の掛け方ってどうすればいいのだろうか。
冷や汗が出て来た。まずい。どうやら自分の対人スキルは思った以上に低下していたらしい。ここ十五年間、イチイバルに来るまでどれだけまともな会話をしていたかを思い出すのも難しい。
……その時は、軍曹に仲介を頼もう。お酒を奢るとかすれば何となる気もするし。痛い出費になりそうだが。
「アリサさん、シュミットさん!」
そんな事を考えていると、ライラさんがこちらに手を振りながら歩いてくる。その左手は、例の少女と繋がれていた。
「ライラさん。さっきは失礼しました」
「いえいえ。それより、ジェシカちゃん」
そう言って彼女が少女の背中を優しく押す。あの少女の名はジェシカというのか。
「あ、あの!おねーさん達、私の村を助けてくれて、ありがとうございました!」
かなり体調も回復したらしく、緊張しながらも元気な声でそう言って勢いよく頭をさげるジェシカ。
その姿に、なんとも言えないむず痒いものを感じる。
義憤が全くなかったとは言わないが、自分は経験値目当てであの村に行ったのだ。こうして幼子の真っすぐとした感謝を前にして、どんな顔をしていいのかわからない。
視線を泳がせて固まる自分をよそに、アリサさんが片膝をついてジェシカに視線を合わせる。
「感謝の言葉、しかと受け取りましたよ。レディ。しかし、私達も無償で働いているわけではございません」
「あ、あう……そ、その。私、一生懸命働きますから、それで」
頑張って言葉を選んでいた少女の唇に、白く綺麗な指が添えられる。
「困った時はお互い様。私達の戦いに価値を見出すのであれば、それに見合った『助け』を他の誰かにしてあげてください。別に一回でというわけではなく、ゆっくりと小分けにしてでも。そうして回り回って、その『助け』はいつかは私達の元に帰ってくるでしょう」
「そう、なの……?」
「ええ。人の世は、その様にできていますから」
カウボーイハットを胸にあて、さながら騎士の様にほほ笑むアリサさん。彼女に頬を染めながら、ジェシカは深く頷いた。
「うん!わかりました!」
「良いお返事です」
「本当にありがとうございました!おねーさん達!!」
伊達と酔狂で冒険者をやっているだけあって、口が回る。まあ、この場合ならそれが良いと思うが。
自分とてこんな子供から謝礼を貰おうと思っていないし、あの村に請求したら命まで捧げてきそうで逆に言い出せない。
故に、他の所で礼をしてもらおう。
「ジェシカさん」
「はい、剣士のおねーさん!」
「僕は男です。お兄さん。あるいはおじさんと呼んでください」
「!!??」
本気で驚愕した様子のジェシカ。うん、子供って時に残酷だね。
膝を曲げ彼女に目線を合わせながら、丁寧に言葉を重ねる。
「そして僕はとても困っています。貴女のお父さんやお母さん。そして村の人々が僕の性別を勘違いしたままなのです。どうか僕が男であるとしっかり伝えておいてください」
「……?……!?わかりました!!」
「ええ、よろしくお願いします」
ふっ、村人たちの狂気もきっと一時的なもの。この子が村に戻る頃には冷静になっているだろうし、その時に助けを呼びに行った勇敢な幼子から言われれば信じないはずがない。
完璧だな。別に女扱いされて腹立たしいとまで言わないが、間違いをずっと連呼されるのも愉快ではない。
何よりあまりにも女扱いされるせいで段々と不安になり、自分の股間を見て『あなたはそこにいますか……?』と問いかける必要もなくなるのだ。
その度にアリサさんやライラさん、そしてハンナさんの御立派な御胸様を思い浮かべマイサンが『視りゃわかんだろう!』と返事をしてくれているから、まだ正気を保っていられている。
そんな日々は終わり、ちゃんと性自認を明確にできるのだ。
この子からの報酬は、それで十分。
「では、もうすぐ駅馬車が出る時間ですので」
「ばいばい、ライラおねーさん!アリサおねーさん!シュミットおね……おにーさん!」
ライラさんとは別のダークエルフの職員さんに連れられ、ギルドを去るジェシカ。彼女を小さく手を振って見送ると、ライラさんが真剣な面持ちでこちらに振り返った。
「お二人ともお疲れの所申し訳ありませんが、教会から戻り次第会いたいと言伝を預かっておりまして……」
「言伝?ああ」
「はい。お察しの通り、『イチイバル男爵』様の騎士の方が」
「えっ」
それはつまり、お貴族様という事では。
アリサさんも貴族ではあるが、この人の場合そんな気配まったくないので自然体で接する事ができている。しかし……よもや街に来て早々そんな身分の人とお話する事なろうとは。
正直、面倒くさいしちょっと怖い。無礼打ちで斬られたら嫌だし。
「アリサさん。僕はマナーその他の部分で高貴なる身分の方々とお話するには適切ではありません。ここは教養がありなおかつ血筋も明確な貴女が『お一人で』直接ご説明をすべきかと」
「所々言葉遣いが怪しいけど咄嗟にそんな風に喋れる段階で君も教養がある側だという都会の常識を教えてあげよう」
「滅相もございません。自分は開拓村で生まれ育ったどこの馬の骨とも知らぬ男。騎士様と直接顔を合わせるなど恐れ多くて……」
「HAHAHA!逃がさないぜ相棒!正直もう帰ってベッドで寝たいのは私も同じなんだよ、君だけ行かせるなんてしない」
「僕の事はいいので貴女だけ行ってください!お貴族様のもとに!」
「水臭い事言うなよあいぼぉぉう!!」
くっ、パワーで負けている!首根っこを掴まれて引きずられるも、抵抗しきれない!
ずるずるとギルドの奥へとアリサさんに連れていかれながら、咄嗟にライラさんへと助けを求める視線を向けた。
そっと目を逸らされた。
「騎士様はギルドの応接室にてお待ちです」
「はーい。場所はわかっているので、案内は大丈夫でーす。たぶん、聞きたい内容的にも耳は少ない方がいいでしょうし」
投げやりなアリサさんの言葉に一礼するライラさん。ふっ、そんな気はしていた。
当然他の冒険者達も助け舟を出してくれるわけもなく、自分は彼女に連行されていく。
はて。『困った時はお互い様』で人の社会は回っているのでは……?
* * *
抵抗むなしく連れてこられた、小奇麗な廊下の先にあるしっかりとした扉。
「そう言えば、イチイバル男爵家の騎士様達はどういう方々なのでしょうか。やはり無礼な輩は剣で首を刎ねたり……」
「いや、よっぽどの事をしなければそこまではしないから。ただねぇ……皆さん悪い人ではないんだけど、凄く堅苦しいというか……」
額を軽く押さえた後、アリサさんが扉をノックをする。
「どーもー、アリサとシュミットです。入ってもいいですかー」
『今、お開けします』
ガチャリとドアが開けられて視界に飛び込んで来たのは、落ち着いた様子ながらも高級な椅子や机が揃えられた室内。
そして、何故か片膝をついて首を垂れている礼服を来た初老の男性。
「お久しぶりです。アリサ様。突然の訪問、誠に申し訳ございません」
全力で畏まった態度をする騎士様に、アリサさんが天井を仰いだ。
……やっぱ貴女相当なお嬢様だな?
読んで頂きありがとうございます。
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今更ですが、作中世界が異世界なのにリアル世界の諺や用語が出てきても『なろうフィルター』でわかる様になっているとかそんな感じで流して頂けたら幸いです。
例えば『四面楚歌』とかを作中世界の諺の『ノースマン砦の反乱軍』とか書いてもわかりませんし。
けどその場のノリでシュミット君に『それなんて意味ですか』と聞かせるかもしれませんが、その時は温かい目で見て下さい。お願い致します。