第十五話 後 救われた村
第十五話 後 救われた村
森の中を走り村に向かいながら、アリサさんは無事かと考える。
たぶん、大丈夫だとは思うのだ。あの人、あれでかなり強いし。
華奢な体躯でありながらクマを連想させるほどの剛力に、十メートル以内なら外さないと豪語するピストルの腕。正直、自分も戦えば勝てるかわからない。
そして僕でもやり方次第ではトロールを三体同時に相手どれると思う。だから彼女もそうそう死なないと思うが……不安なのは、村人を庇って無茶をし過ぎないかどうか。
気持ち足を速め、村に向かう。すると、何やら複数の人間の声が聞こえ始めた。
なんだ?いったい何が────。
「天才!!」
「「「天才!!!」」」
「最強!!」
「「「最強!!!」」」
「スーパー!!」
「「「スーパー!!!」」」
「美少女!!」
「「「美少女!!!」」」
「ア・リ・サ・ちゃ・んんん!!」
「「「FOOOOOOOO!!!」」」
───どうやら全員黒魔法で頭をやられたらしい。僕だけでも逃げよう。
何やら燃えているトロールの死体。その周りに集まっている村人たち。そして民家の屋根に上ってショットガンを掲げている残念美少女。
自分にはカルトか何かにしか見えなかった。とっても恐い。
「はっ!?待てよ。トロールはまだもう一体いたはず……!」
「そうだ、あの魔法を使うトロールがいた!はしゃいでいる場合じゃねぇ!」
ほんの僅かだが正気に戻ったらしい村人たち。だが精神汚染を振りまくお馬鹿様と自分の眼が合ってしまった。
「安心したまえ諸君!あれを視よ!!」
「「「っ!!??」」」
「おぅ」
数十人の集団が一糸乱れぬ動きでこっちを見てくる。なんか本能的な恐怖が刺激される光景だった。
「あそこにいるのは私の相棒にして天才剣士のシュミット君!!そしてその背に担ぐのはトロールの指!後は、聡明な君達ならわかるだろう!!」
「そうか!金髪のトロールも倒されたんだ!」
「万歳!天才剣士万歳!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
どうしよう。カルトに巻き込まれた。
「「「天才美少女アリサ様!!」」」
「「「天才美少女剣士様!!」」」
「「「天才美少女コンビ!!天才美少女コンビ最強!!!」」」
男ですけど???
* * *
狂信者と化した村人たちを『一番テンションの高かった神父さん』が統率し、壊れた家屋から使える物の回収や怪我人の治療が行われる中。教会の一室をお借りしてアリサさんと二人きりに。
「さて、軽く情報交換といこうか」
「はい。まずは『シュミット』と男性名を名乗っているのに未だ女扱いをされる件についてご説明を」
「君の顔と平民の男としては異常な清潔感。以上」
「……いっそモヒカンかスキンヘッドにでもしましょうか」
冒険者的に悪くない髪型な気がする。
「モヒカンは君に似合わないから相棒としてやだ。そしてスキンヘッドはそういう宗派のシスターにしか思えないよ」
「そういう宗派があるんですか?」
「たくさんあるよ。教会って、少し面倒な所だからねぇ」
軽く肩をすくめるアリサさん。その動作で少しだけ揺れる巨乳。
うん。そこに視線がいくあたりやはり自分は男である。なんかあまりにも行く先々で女剣士扱いされるせいで段々と自信がなくなってきた。
これが『男子校の姫』現象か……いやたぶん違うわ。
「……では、何やら村人たちが狂信者になっている事については」
「なんかトロール燃やしてテンション上がって叫んでたら集まってきた!!」
「わかりました。関わらない様にします」
たぶん心身ともに限界だった所に恐怖の対象であるトロール達をたった一人で撃滅した彼女という劇薬に、酔っぱらっている様なものだろう。一過性のものかどうかは知らん。
なんにせよ関わらない様にしよう。目が怖いし。
「で、シュミット君の方は?」
「金髪のトロールがやはり黒魔法を使い、スケルトンも従えていました。無事仕留める事はできましたが、すぐに運べる討伐の証拠は家の前に置いてある小指だけです」
「トロールは全体的にでかいし、鼻とか舌は持ち運びたくないしねぇ。耳が一応一般的だから村の三体は回収したけど」
「すみません。こっちのトロールの耳は焼けてしまったので」
「OKOK。別に殺せたのが確認できるのなら何でもいいよ」
問題は『黒魔法を使う』という事の証明だな。ギルドへの説明が面倒そうだ。
「戦利品と呼べるかどうかはわかりませんが……これを」
背嚢から一冊の本を取り出す。金髪のトロールが首から提げていた物だ。
「それは?」
「わかりません。ただあのトロールが大事そうに首から提げていました。黒魔法の魔導書か、あるいは研究ノートかと」
魔法使いと言えば本と杖を持っているイメージがある。戦闘時にまで持ってきたあたり、そういう物なのだろうと当たりをつけた。
だが、アリサさんは本を見て首を傾げる。
「……それ、表紙に『ダイアリー』って書いてあるけど」
「え゛っ」
日記?
思わず本を二度見する。
「……触れた時、黒魔法の反応があったのですが」
「たぶん防衛用の使い切り結界が張ってあったのかな?魔力の残滓は感じるけど、どんどん薄れているっぽいし」
「そうですか……教会に恩でも売れるかと思ったのですが。ついでに黒魔法のロックを外せるかと」
教会が黒魔法に対して強い敵対心を持っているらしいので、そこにギルドかアリサさん経由で持ち込めば自分の覚えも目出度くなるかと思ったのだが。
神父さんやシスターに媚びを売ってなんになると?この世界では医療行為と言えば医者か教会なので、そういう機関には切った張ったの職業としては縁を作っておきたいのだ。
ついでにロックが外せれば経験値さえ流せばすぐに習得ができる。使う気は今の所ないが、『できない』と『やらない』では精神的な安心度が違う。
だが、日記というのならそれはそれでいい。元々、何か有益な情報があればと思い持ってきたのだから。
「日記という事は、何か面白い事が書いてあるかもしれませんね。あのトロールについて何か───」
「待った」
そっと、日記を持つ手に白い指が重ねられる。
「アリサさん?」
「黒魔法使いの所持品を安易に読まない方がいいよ」
いつになく真剣な顔の彼女に、こちらも警戒心を一段階あげて日記に視線をやる。
「まさか、読んだら別の呪いが?」
「いいや。この日記帳からはもう何の力も感じない。だけど、問題は教会の方」
「教会、ですか?」
「うん」
アリサさんがハッキリと頷く。
「黒魔法の伝授や研究はタブー中のタブーだ。それこそ、黒魔法とアンデッドに関しては教会のお偉方も利権や国境さえ無視して殺しに来る。それぐらいの話なんだよ」
「そ、そこまでですか」
「そこまでするのさ。正直、色々とおかしいあのトロール達の事は私だって気になる。けど、黒魔法が関わっている段階で詳しく知るのはまずい」
「なるほど、わかりました。ご忠告ありがとうございます」
日記を机の上に置き、自分は手を離す。
「では、こういった物を発見した場合の対処は?関わった段階で危ないのなら、証拠隠滅に燃やしますが」
「いや、流石にそこまで教会も厳しくはないよ。多少話を聴かれるだろうけど、それだけさ。日記はイチイバルの教会に持って行こう。例のトロールの所持品とか、他に持っていないよね?」
「いいえ。荷物が多すぎてはいけないと思ったので。……家捜しもしない方が良さそうですね。金目の物があったら持っていきたかったのですが」
「もちろん駄目だよ。そんな黒魔法使いの研究資料があるかもしれない場所を漁って何かを持ち出したなんてなったら、賞金首になっちゃうからね。そして国中どころか大陸中に名前が広がって日陰の中でしか生きられないアウトローな生活が始まっちゃうよなんか面白そうに思えてきた!!」
「トロールのねぐらに案内しませんし行こうとしたら殴りますね」
「HAHAHA!冗談だよ冗談!!流石にそんな多方面に迷惑かかる事この天才美少女がするわけないじゃないくぅわぁ、シュミットくぅん!!」
眼がとても泳いでいるが、そこに追及すると面倒なのでやめておいた。
「それにしても、賞金首とかあるんですね」
「もちろんあるよー!」
ハイテンションでアリサさんが背嚢から冊子を取り出す。
「列車強盗や銀行強盗を繰り返すギャング団のエースにして、切り込み隊長!『鞭使いのジョン』!取り扱うのは馬や牛だけじゃない極悪人、人身売買にまで手を出す裏世界の商売人『闇の牧場主オールデン』!女だてらに賞金首!獣人たちとだって睨み合う平原の猛者!『疾風のルーシー』!」
アリサさんが次々と手配書らしき物を見せてくる。が、やはり字がよめん。これは本格的にチートで習得すべきだな。
「はぁ……やけに楽しそうですね」
「そりゃあね!賞金首を追いかけて銃撃戦ってのは浪漫溢れるじゃぁないか!!これでテンション上がらない奴は冒険者じゃないね!!」
「そういうものですか……。ちなみに、その二つ名は誰がつけているんです?」
素朴な疑問として口にしたのだが、そっとアリサさんは目を逸らした。
「いや……うん。有志というか、賞金稼ぎ専門の冒険者達が元の二つ名じゃ追う側としても箔がつかないって事で……」
「元の二つ名があるんですか?正式には異なると?」
「その……軍とかが手配書を発行するんだけど、そう言う場合『無法者に若者が憧れない様に』って事で凄くアレな名前が付けられるんだよね。例えば『鞭使いのジョン』なら本来の手配書には『被虐願望のジョン』とか。オールデンとかだともう乙女の口からは出せない二つ名が……」
「あ、はい。わかりました」
まあ統治する側や秩序を守る側からしたら、犯罪者が格好いい名前で呼ばれるのは感情的にも業務的にも面白くないだろうな。
だからドMとかそういうあだ名をつけて手配書を出すと。悪くないと思うが、確かにそれは追いかける側も困る。
『へっ!俺はドMのジョンを捕まえた男だぜ!』
『なんの!俺は『とっても卑猥な単語』なオールデンをお縄にしたぜ!』
……うん。これは、締まらない。
「ただ、流石に賞金首とばったり出くわすなんて早々ないけどねぇ。撃ち合ってみたいのになぁ」
「僕は嫌ですが。出来れば遭遇したくありません」
「えー、なんでさー」
「賞金首という事は、それだけ修羅場を潜り抜けたという事。強敵なうえに手勢もいるとなれば、こちらの命が危うい」
強敵は経験値的に美味しいが、だからと言って死ぬのはごめんだ。銃を持った凄腕の悪漢が手下を引き連れて歩いていたら自分は回れ右をして逃げるぞ。
トロールは剣士として相性が悪くなかったが、鉄砲をたくさん揃えた集団は厳しい。
と言っても、賞金首だって己の首に大金がかかっている事は百も承知のはず。ひっそりと活動しているだろうから、自分がうっかり遭遇してしまうなんて事故そう簡単に起きるわけがない。
「むー、浪漫の塊みたいな武器を使う癖に浪漫がないなぁシュミット君」
「子供みたいにぶー垂れないでくださいよ……とにかく、帰りましょうか。イチイバルに」
意味はないかもしれないが、日記帳を縄で縛ってから背嚢にしまう。
アリサさんも手配書の束を手に荷物を背負った。
「そうだね。あの子供に最強コンビが悪い怪物を倒してあげた事を早く教えて上げなくちゃ!」
「……くれぐれも僕は男だという事も言い聞かせておいてください」
「えー、そんなに嫌?美少女剣士呼び」
「そこまでは気にしませんが、愉快ではありませんので」
「ほーい。じゃあ今後は君を美少女扱いする奴には私もガツンと言ってやろう」
「ええ、お願いします」
そんな会話をしながら、教会を出る。
「おお、天才美少女アリサ様!天才美少女剣士シュミット様!我らが救世主!」
なんかヤバい目でこっちに駆けてくる神父さん。
更に彼に続く正気とは思えない目をした村人たち。
黒魔法に操られてとかではない、心からの崇拝。正直凄く恐い。これなら黒魔法に操られている方がマシだった。
「……ガツンとお願いします」
「ごめん、ちょっと無理」
馬車に向かって全力疾走した自分達は悪くないと思う。
「ああ、どうかお待ちを!銅像を!この村に貴女たちの銅像を建てる許可を!!」
「我らをお導き下さい天才美少女様!!」
「美少女剣士様!どうか我らを切ってください!!そして天国へ!!」
「アリサさん、責任もって彼らをどうにかしてください!」
「これ私のせいかなぁ!?」
トロールに挑む行きの道より、自分達に最大級の敬意を抱く村人たちに送られる帰り道の方が酷く疲れたのはいったい何の冗談なのか。
きっとこれも黒魔法使いのトロール達がわるい。そう自分達の中で結論付ける事にした。
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