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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
最終章 龍殺し
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第百四十四話 帝国の終わり

第百四十四話 帝国の終わり




『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!』


 砲弾の様に迫る皇帝。その口からは耳をつんざく程の雄叫びが放たれ、意識していなければ体がすくんでしまいそうになる。


 だが、進める。動ける。この程度の雄叫びで、この身は止まらない。


 伝聞でしか知らぬこいつとは違い───自分は、聖女の刃を見たのだから。


「しぃ……!!」


 勢いそのままに繰り出された爪を潜り抜け、石柱へと跳ぶ。


 空中で身を捻りこちらの背へ再度爪を振るってきた皇帝の一撃を、柱を駆けあがる事で回避。重力が体を引きずり下ろす寸前で、石柱に施された金の装飾を蹴る事で宙を舞った。


 下に来た黒い頭に剣を振りかぶれば、相手は首を動かし山羊の様に捻じれた角を突きだしてくる。


 咄嗟に斬撃を中断し、角を足場に再び跳躍。無理な動きに足が痛むも、今だけは無視する。


 爪が衝突し先ほど駆け上がった柱が崩れるのを見ながら、体を翻して足裏から別の柱に。


 そして、小さく詠唱を行う。


 広いとは言え屋内。それも柱が立ち並んだ空間でこの魔法を行使するのは、自殺行為なのかもしれない。


 だが、試すだけの価値はある!


「『ウイング・ブーツ』」


 足首から生える魔力の翼。外側に大きく広がるそれが超常の揚力を生み出す。


 柱を蹴りだし、飛翔。前回と違い重しがないせいか、想定以上の加速に早速別の柱に衝突しかけた。


 ぎりぎりで回避し、皇帝を視界に捉える。


『なん……!?貴様、その魔法は!』


 驚愕したように紅い瞳を見開く亜竜の問いを無視し、飛行に集中した。


 事前に割り振った経験値の分、技量は問題ない。後は、慣れだ。


 本来なら慣らし飛行をもっとしたかったが……なに。ぶっつけ本番など、今生ではそれこそ慣れている。


 皇帝目掛けて急降下をしかけ、頭蓋目掛けて剣を振り下ろす。


 流石に大ぶり過ぎたか回避されるも、かすめた切っ先は奴の鱗に小さい傷をつけた。


 やはり、飛行魔法の加速も刃にのせれば……斬れる!


 急速に迫る地面に対し足を下に向け、翼を最大展開。急停止に内臓を揺さぶられながら、振り下ろされる敵の前脚をホバー走行の様に移動して回避する。


『小賢しい!!』


 自分を追って繰り出される、前脚二本による連撃。それらを『S字』を描く様な軌道に横回転を混ぜ、避け続ける。


 飛び散る瓦礫の中、床を蹴って上へ。


「おおっ……!」


 急加速の負荷に耐えながら天井すれすれまで上昇し、続いて斜め下へ弧を描く様に飛ぶ。


 この部屋の高さはおよそ七メートル。皇帝の頭の位置は三メートル前後な為、上をとれた。


 だが、その事が気に入らないとばかりに巨大な口が開かれる。


『調子にのるなよ、小僧ッ!!』


 後ろ脚で立ち上がったかと思えば、黒い鱗の幾つかに蒼い瞳が形成された。


 それは最初に柱から放たれたのと同じ、物理的な破壊力を持たされた呪詛。黒魔法で作られた、疑似的な『魔眼』。それに籠められた魔力がハリネズミの様に放たれる。


 身を翻し避けながら石柱で射線を切り、あっという間に蜂の巣になった柱の陰から飛び出して直撃コースのものを剣で斬り払っていく。


 刀身を覆う光の余波だけでは、流石に直接体表に作り出された魔眼までもは消せない。


 しかし、


 ───バギッ……!!


 何かが壊れる音がした。柱や天井が砕かれる破砕音に紛れて、微かに。しかし間違いなく。


 その音の出どころは、皇帝の肉体に他ならない。


 ほんの半瞬、弾幕が弱まる。


「おおおおおおおお!!」


 雄叫びをあげ、吶喊。向けられる呪詛は音速に至っていない。ならば、躱せる。


 数十の瞳から放たれる蒼の熱線。それらを紙一重で避けきり、その隙間へと体を滑り込ませた。


 一閃。逆鱗を狙うも、皇帝が体を仰け反らせた事でその僅か下を斬り裂くに留まる。


『が、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』


 皇帝が絶叫をあげ、後ろ脚で立った状態で後ろへ跳躍した。


 その際に丸められた背から向けられた魔眼の攻撃を、こちらも距離をとって回避。射角が広がった事で密度の落ちたそれを、潜り抜ける。


『きさ、まぁ……!!』


 ばっくり、と、逆鱗の真下にできた傷から、バケツをひっくり返した様に血を流す皇帝。


 深紅の瞳でこちらを睨みつけながら、牙の並んだ大口の端から奴は唾液を流して唸り声をあげた。


 その姿を、乱れた呼吸を整えながら見やる。


「どうした、自称『人を超えた人』」


『っ………!』


 ただ滞空しているだけの自分を睨みながら、皇帝は歯を食いしばる。


 攻撃は、こない。


「言っただろう。『弱くなるつもりはない』と。今のお前の姿は、はたして強くなったと言えるのか?」


『黙れ……!』


「元の肉体よりは強いかもしれないが───やはり、願い下げだと言っておこう。あまりにも『割に合わない』」


『黙れぇい!!』


 皇帝の咆哮が響き、同時に再度魔眼が多数展開。一斉射でこちらを狙ってくる。


 それらを回避しながら接近しつつ、揺さぶりをかけた。


「何故ブレスを使わない!この空間で使えば、確実に僕を殺せただろうに!!」


 返答はない。ただひたすらに放たれる呪詛を、石柱を時折盾にしながら潜り抜ける。


「それとも、『使えない』か!この場所では!」


 懐に飛び込めば、皇帝は魔眼を消し後ろ脚で立ち上がって両の前脚を交差させた。


 腕の様に掲げられたそれらと、刀身が衝突する。


「随分と無理をしているんだろう!その、図体は!」


『ぐぅ……!!』


 弾かれ、奴が胸部周辺に展開した魔眼の弾幕を回避。


 幾つかを剣で斬り払い、天井へ。避けた呪詛が石材を砕き破片と粉塵をまき散らす中、飛び続ける。


「黒魔法使いは悪魔からの魔力供給で無限に近い力を得る……だが、お前の体はその供給に追いついていない!!」


 思い出せば、ダミアンは本拠地にいながら直接的な攻撃系の罠を使っていなかった。純粋な魔力の出力なら、目の前の皇帝と変わらないというのに。


 その理由は、使う必要がなかったから。外部に供給先をわざわざ作っても、自分が初手でやった様に蹴散らされる可能性がある。ならば自分の強化にのみ使った方が良い。


 だが、この皇帝は違う。


「その姿を『人を超えたもの』と言うのなら、僕を殺してみせろ!ブレスの効果範囲に己を含めれば、先に崩れてしまうその姿で!!」


『だぁまれぇぇええ!!』


 勢いを増す弾幕の中、足の側面に挿したピックに意識を向ける。


 これもまた、ぶっつけ本番。だがあえてもう一度言おう。そんなものは、もう慣れた!


「羽は一枚に非ず。鳥は一羽に非ず。飛翔し、群れとなって、獲物を食い破れ……!」


 詠唱中、石柱を盾にするも貫通した呪詛が右肩をかすめる。


 布はその部分だけが一息に腐敗し、露になった皮膚は火傷を負う。呪いへの耐性でこの身が右肩の衣服の様に崩壊する事はないが、無傷ではすまない。


 神経に直接針を刺されたような痛みを感じながら、しかし、魔力は乱さない。


 石柱を三つ、皇帝から見て遮蔽として使いながら横移動をし、最後に急制動をかける。目の前を魔眼の輝きが通り過ぎて行った。


「飛べ、『フロート・ファング』!」


 ホルダーに挿されていた四つのピックが独りでに浮遊。それぞれが別種の生き物の様に皇帝目掛けて飛んでいく。


 飛行魔法の応用。自分自身だけでなく、無機物にまで作用させる。生憎とこれ以上の重量は飛ばせないが……!


『なにっ!?』


「ふぅぅ……!」


 操作は全て自分のマニュアル。脳が焦げ付く様な感覚を覚えながら、自分以外の物の動きにまで空間を意識しなければならない。


 厳しいが、効果はあった。明らかに自分を狙う魔眼の数が減る。


「ぶち抜け……!」


 それぞれに緩急をもたせ、更に鋭角な軌道と緩やかな軌道をとらせる。


 同時に自分自身も接近。剣を構え、奴を斬り裂く機会を探る。


『ぐ、ぅぉぉおお!!』


 弾幕を張りながら、四足歩行の状態で皇帝は後退。強引に視野を広く取ろうとする。


 だが、遅い。


 弾幕を掻い潜った二本が振るわれた尾に纏めて打ち砕かれるも、遅れてきた三本目が眼球を狙う。それも角で弾かれるが、四本目が弓なりの軌道で左目を穿った。


『が、ぁああああ!?』


 あいにくと白魔法まで付与する時間はなかったが、平原の亜竜と近い能力ならば再生するまで視力は半分以下となる……!


 死角となった左目側に飛ぶようフェイントを入れ、右目側から懐へ飛び込んだ。


『きさっ……!』


 ぎょろり、と、紅い右目がこちらを捉える。そして逆鱗を庇うように左前脚が掲げられた。


 自分はそれを───無視する。


 狙うは、右前脚の付け根。


「おおおおお!」


 魔力で伸ばした刀身による、全力の振り下ろし。


 白く輝く剣が、黒い鱗をかち割れば後はバターを切る様に肉も骨も断ち切れた。


 絶叫が響く。がむしゃらに暴れる皇帝の尾と残り三本の脚に、ここまで戦闘の舞台とされたこの部屋はついに限界を迎えた。


 柱が何本も砕けた影響で天井の一部が崩落し、更には尾の先端がぶつかって壁が吹き飛ぶ。


 開けられた大穴。そこから雪が降る帝都の空が見える。


 暴れる皇帝の動きに巻き込まれまいと、自分はその大穴を背にする様にして距離をとった。


 すると、視線が合う。


 血走った紅い瞳が、一際強く輝いた。


『オ、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛───ッ!!』


「っ!」


 傷口が広がる事を厭わず放たれた咆哮。ただの音と言うにはあまりにも力をもったそれに、人の身は押し出される。


 穴から外へ追いやられた自分を二度と城の中に入れまいと、皇帝の首が突き出された。


 残った左前脚を穴の淵にかけ、血まみれの竜はその顎を開く。そして、膨大な魔力がそこへ集束されていった。


「ブレス……!」


 そう、奴がブレスを放たなかったのは、あの部屋で使えばこちらが焼き尽くされる前に、放った己まで燃やしてしまうから。


 開けた空間があるのなら───自分だけを、焼き殺せる。


『ォォォォオオオ……───ッ!!』


 咆哮にも似た魔力の集束音。それを前に、自分は。


『オオオォォォォォォォォ!!』


 放たれる熱線。余波だけで周囲の雪は蒸発し、白煙が舞う。


 ───待っていた。この、一撃を……!


 亜竜のブレス。それは、物理的な炎ではない。魔力で生み出された、超常の炎。本来ありえざる現象を起こした、奇跡の一端。


 ならばこそ。


「っ………ぅぉおおお!!」


 正面から、受け止める。


 制御しきれなかったブレスの熱が、両手を焦がした。肉の焼ける嫌な臭い。それもすぐに感じられなくなり、五感にも異常が出始めたのだと自覚する。


 気道が、肺までもが熱で炙られ、眼もかすみよく見えない。


 だが。



 ───他者の魔力を使う感覚を、自分は知っている。


 ───圧倒的強者の力を利用する術を、自分は知っている。


 ───この黒蜥蜴を上回る怪物を、自分は殺さなければならない。



 この程度の無茶無謀!ねじ伏せられずに龍殺しなど成し得られるものか!!


 刀身に纏わせた魔力に、ブレスとして開放された魔力を吸着。拡散も、突破もさせない。ひたすらに重ねさせる。


『………!?』


 皇帝の右目が見開かれる。ブレスが途切れ、奴の体に刻まれた傷口全てから、内から漏れ出た黒煙があがった。


 それを前に、膨れ上がった『剣』を振りかぶる。


『なんだ……』


 所詮人の身など脆弱であるという言葉自体は、何も否定できない。


 特別製の肉体をもつ聖女ならば、何の気なしに振るえた刃を、自分は死力を尽くしてなお独力では再現できないのだから。


『なんなんだ……!』


 それでも。


『なんなんだ、お前はぁ!!』


「『サンライト・クロス───」


 吶喊。


 この刃を一人で作り出す事はできずとも、竜の力を上乗せすれば……!!



『やめっ……!』


「───オリジン』!!」



 たった一撃。それだけは、あの天地を裂いた彼女の剣を完全に再現する!!


 体当たりする様な一突き。それが、防御しようとした左前脚もろとも逆鱗を貫き、その先にある心臓を完全に破壊する。


『ぁ、かぁぁ……!?』


 断末魔を奏でる首。予定より、随分と太くなったそれを一瞬だけ見上げる。


 そして、剣を翻し斜めに斬り払いながら、体を回転させて刃を振り上げた。心臓を穿った上で狙う先は、ただ一つ。


「言っただろう……」


 かすれ、耳も喉もおかしくなったせいでちゃんと喋れているかはわからない己の声。


 それでも、死人には届くかもしれない。


「お前の首は、城門に吊るされるのが似合うと」


 斬り飛ばされた皇帝の首。それが宙を舞い、落ちていく。


 その先にあった城門の上部に落下し、ただでさえ風通りのよくなったそこを更に破壊した。


 剣に纏わせていた魔力も四散し、自分もまた意識が途切れかける。


 流石に……無理をし過ぎたか……。


 魔力切れ寸前でゆっくりと降下しながら、どうにか治癒の呪文を行使するだけの力を捻出する。


「『ヒール』……!」


 初級の白魔法一つで、がくん、と、降下速度が上がった。


 それでも五感は多少マシになる。瞳を動かし、城の様子を探った。どうにか着陸できる場所を見つけなくては。


 自分が今しがた首を落とした城門では、パルチザンと思われる集団と帝国軍が戦闘をしている。竜の首に多少の動揺はあれど、それどころではないと目の前の敵を殺す事に集中している様子だ。


 何人かこちらを見て指差しているが、距離もあって顔は見られていないと思いたい。


 城内の各地で、秘密警察らしき者達の死体が転がっている。外傷がある者もいるが、ない者まで倒れていた。恐らく、グールだったのが皇帝の死により元の死体に戻ったのだろう。


 幸い、人気のない場所はある。そこに……。


「……ん?」


 何やら、こちらにぴょんぴょんと体を跳ねさせながら両手を振るメイドさんがいた。


 カフェオレ色の髪に、推定Dカップの胸。クラシカルなメイド服を着ているが、どこか気障な笑みを浮かべたその人は……。


「なん、で……あな、たが……」


 かすれた声で、どうにかそう口にして着陸する。城の裏庭で、クリスさんが前髪を軽く指で弾きながら流し目を送ってきた。


「無論、金目の物を探しに」


「……そのうちつまらない死に方しますよ、貴方」


「HAHAHA!残念だったな、ブラザー!むしろオレみたいな奴こそ生き残るのが世の常さ!!」


 微妙に否定しきれないのが腹立つ。


 そう思いながら、迷惑記者の足元にようやく気付いた。


「軍曹……?」


「……おう」


 気配からして、たぶんそうだと思う。


 ミイラか何かにしか見えない人物が、包帯の下で口を動かした……らしい。


 もごもご、と、口元を動かす軍曹は、包帯にかなりの量血を滲ませていた。どうやらかなりの重傷らしく、ソリの上に括りつけられている。


「ああ。そこのゴリラミイラは『お宝と言えば地下金庫だろう』と思って地下に行ったら拾ったんだ」


「……それはお手柄ですね」


「個人的には美少女の窮地を救ってワンナイトラブとかしたかったんだけどなぁ。こんな筋肉モリモリなゴリラじゃなくって」


「………」


 ああ、なんとなくわかる。軍曹、今すぐ怒鳴りたいけど傷と助けてもらったのは事実だから怒るに怒れないのだろうな。


 そう思っていると、一人、誰かが近付いてきた。


「シュミット卿!」


「ジョナサン神父……」


 剣を杖にして立っている自分に、ジョナサン神父が駆け寄ってくる。


 こっちはこっちで傷だらけだ。正直、何故この人が二本の脚で歩けているのかわからない。


「ご無事で……とは言えませんが、成し遂げたのですね」


「ええ。証拠の品を持ち帰る事ができないのが残念ですが」


 まあ、流石にそこまでの余裕が今作戦にあるとは最初から思っていない。


 ついでに、奴の首など持っていたくないので、パルチザンにくれてやるとしよう。


「では、参りましょう。長居はできません」


 そう言って、おんぶする姿勢になる神父さん。


 彼も重傷だろうに。申し訳なく思いながら、しかしこれ以上は動けそうにないので剣を鞘に納め、厚意に甘える事にした。


 広い背中に担がれながら、ソリをジョナサン神父と共にひくクリスさんに視線をやる。


「……クリスさん」


「うん?なんだねブラザー」


「……貴方、この城に何をしたんですか?」


「おや」


 ニンマリと、迷惑記者が笑う。


「察しがいいね、本当に。なに、パルチザンの皆さんは味方さ。巻き込んだりしないよ」


 そうして倒れている秘密警察の横を通り抜け、裏門の近くに止めてあった馬車に乗り込む。


「だが詳しく説明している時間はないんでね!ハイヨー!シルバー!!」


 クリスさんが手綱を振るい、駆けだした馬車。二十メートルほど城から離れた所で、突如爆音が響いた。


 馬車の窓から後ろを振り返れば、そこでは下の階から順に爆炎をあげる帝城グレムリンが。


 自然に燃え移ったとは思えない速度で炎は広がっていき、あっという間に城が爆発と炎で包まれる。


「……やりやがりましたね、この迷惑記者」


「HAHAHA!!派手でいいじゃないか!こうした方が逃げやすい!オレ達の顔は、可能な範囲見られたくないわけだしね!」


 確かに一理ある。だが、正直やり過ぎだと思うのだが。


 火薬とか油の量とか、過剰だろう。本気で全てを灰にする勢いだぞ。流石に、街までは炎が燃え移らないと思いたいが……。


「すまねぇな……」


 消え入りそうな声で、軍曹がクリスさんの背中に声をかける。それに対しメイド服姿の迷惑記者は、ニヒルな笑みで肩をすくめるだけだった。


 ……まあ、深くは聞くまい。この二人があの城で何を見たのか知らないし、知りたくもない。


 この降りしきる雪が、燃え盛る炎を街にまで届かせないでくれる事を祈ろう。


 それはそうと。


「あの、床に置かれた金貨とか宝石が入った袋が邪魔なんですが」


「何を言っているんだいブラザー!それはオレの正当な戦利品だよ!?」


「これらは、この地の人々に置いていった方が良いと思うのですが……」


「そりゃないよ神父!?」


「……馬車の加速が足りていません。このままだと雪に嵌ります。これらは落としましょう」


「そうですね」


「ちょ、待って!?ねえ待って!?軍曹、あんたからも言ってやってよぉ!オレは命の恩人だぜ!?」


「いや……こっちはそれどころじゃねぇんだよ……心身ともに休ませてくれ……」


「つっかえねぇなぁゴリラ!あ、待って二人とも!ドア開けないで?ね?帰ったらそのお宝で綺麗なお姉さんのお店へ一緒に、ア゛───ッ!!??」


 神父さんに勢いよく蹴り出された金貨や宝石の詰まった袋。軽くなったおかげか、加速した馬車が雪に足をとられる事なく走っていく。


 この国が、これからどうなるのかは知らない。パルチザンがやり過ぎるのか、はたまた諸外国が危険視して介入するのか。それとも切り分けられるパイ扱いをされるのか。


 何にせよ、今は。


「疲れましたね……」


「ええ、本当に」


「俺はしばらく寝るぞ……」


「たっくもー。くたびれ損だよー」


 ほざくな迷惑記者。スカートのポケットから帝国の紙幣やら宝石がはみ出ているぞ。アーサーさんの報酬もあるだろうから、それで我慢しろ。


 背もたれに体を預け、最低限の止血を行って目を閉じた。


 帰ったら『本番』がある。今だけでも、ゆっくり休むとしよう。



*    *     *



サイド なし



 ───この日、帝都はパルチザンの手により完全に陥落。


 皇帝は敗北を悟り城と共に自決したとされ、帝位は完全に空白となった。


 第一皇子もパルチザンの手で討ちとられたとされ、各地で後継者を名乗る貴族や、征服された国々が立ち上がる事となる。それらと親族関係だという外国の貴族達が手をあげるのも、時間の問題だった。


 そこから起こる騒乱がどの様な結末に至るかは、この場の誰にもわからない。


 ただ、二つだけ。



 城門に掲げられた竜の首は、誰が討ち取ったものなのか。それが解明される事は、なかったという事。


 そして、帝都の地下で行われていた魔法実験の資料も実験体も、全て灰となったという事。



 この二つだけは、はっきりとしていた。









読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 皇帝は臣民のみならず他国の人間の命まで利用して偉大な事業を行っているつもりだったけど、結局は自分の魂を二束三文で悪魔に売り払っていた大馬鹿者だったということですね
[良い点] ブレスとかの大技が来なかったのはそういうわけね。 人を超えたとかいうわりに許容量は己の限界を越えられなかったか。 対して自らが人間の限界点と呼んだシュミットは戦いの最中、次々とその限界を塗…
[一言] なんとー! 軍曹生きてたぁ、よかったー、よかったよー(泣
感想一覧
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