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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
最終章 龍殺し
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第百四十三話 か弱き生物

第百四十三話 か弱き生物




 爪と剣が衝突する。


 ───亜竜と化した皇帝の全高は約三メートル。


 そこから竜の膂力で繰り出された爪となれば、力負けする事は明白であった。


 故に、流す。刃が爪と噛み合った瞬間、圧力が来る前に刀身を翻す。剣腹を僅かに滑らせる様にして、相手の一撃を後ろへ逸らした。


 同時に、前へ。一足で奴の右後ろ脚へと接近する。


 爪が振り下ろされ石畳が礫を散らせるのを背後で感じながら、横回転を加えて遠心力をのせた斬撃を放った。


 が、


『遅い』


 空を斬る。


 自分を覆う影。皇帝が後ろ脚のバネだけで跳躍し、宙で身を捻ってこちらの上をとったのだと理解する。


 内心で舌打ちしながら横に転がり、振り下ろされた前脚を回避。跳ね起きながらピックを紅い瞳へ投擲する。


 だが、白魔法も銀も付与されていない鉄杭は角膜一つ貫けず弾かれた。


 膂力は、サイズの問題かかつて平原で戦った亜竜よりも弱い。だが、速さと頑強さでは皇帝が上回る。


 軽い攻撃では刃が通らず、重い攻撃は避けられる。なんとも厄介な。


『その程度で我が道に立ち塞がるか!剣爛!!』


 大きく振りかぶられた、人間だったのなら『テレフォンパンチ』と表現されるだろう前脚の振り下ろし。


 だが、体重数トンの怪物が高速で放つそれは凄まじい脅威である。


 後ろに跳べば先ほどまでいた場所にクレーターが出来上がり、皇帝は続けてこちらを追う様にもう片方の前脚も使った三連撃を放ってきた。


 それら全てを避けきるも、背に石柱がぶつかる。


 好機と見たか、皇帝が叩きつけた右足を軸に横回転。細長い尾を振るってきた。


 細いと言っても奴の体躯で見ればの話。丸太の様な尾を上体が床と水平になるほどに身を低くして潜り抜ければ、空ぶった一撃は容易く石柱を打ち砕いた。


 ぐるり、と。横回転した皇帝の巨体。逆立ちするような体勢から、あろうことか縦回転までしてくる。


 縦に振る上げられる尾。それに対し避けきれないと判断し、剣で受けた。


 後ろに跳びながら受け流そうとするも、衝撃が強すぎる。刀身と鱗で激しい火花が散り、自分の体が数メートル後方に吹き飛ばされた。


 足裏で石畳を擦りながら踏みとどまるが、巻き上げられた粉塵と衝撃で一瞬奴を見失う。


 薄暗い室内。魔力で追おうにも、充満する禍々しい魔力で索敵できない。


 ───ガラッ。


「っ!」


 聴覚が捉えた石の割れる音にすぐさま前転。落下してきた皇帝の踏みつけが床を砕く。


 人の頭ほどもある瓦礫が飛び散り、それらを避けながら剣を構える。


 砕けた石畳が巻き上げる粉塵の中からのそり、のそり、と姿を現す、赤い瞳をした黒の魔獣。


「ふぅぅ……」


 息を吐きながら、頬に流れた冷や汗を自覚する。


 強い。遺憾ながら、皇帝が『成り果てた』亜竜は強力だ。


 想定以上に素早く、強靭。特にバネが、『腱』が異常と言える。あの巨体や魔力による強化を考えても、説明できない程に優れた腱を有している。


 動く要塞でありながら、その速度が燕なみとは。自分が言えた事ではないが、反則だろうに。


 さて……どうしたものか。


『我を未だ倒せる……そう、思っておるのか?』


 皇帝がゆっくりと語り掛けてくる。


『不可能だぁ、剣爛よ。貴様では、異界の者であろうと人の身に留まっているようではなっ!』


 ずらり、と、牙の並んだ口が嘲る様に歪んだ。いいや、事実嘲笑なのだろう。


 重く響く声には隠すつもりもない侮蔑が混じり、紅い瞳はじっとりとこちらを見据えていた。


『人という肉の器に拘り、それを超える術を知りながら踏み出す事を恐怖して止まっている愚か者よ。だぁから貴様は女神の人形なのだ』


 ……たしかに、目の前の化け物と対等の身体能力を得る術はある。


 だが、それは『黒魔法』だ。悪魔に身を委ね、世界を食い殺す手伝いを強制される。本当の、操り人形に成り果てる。


「あいにくと、『弱くなる』つもりはないので」


『はっ!人である事が強みだとでもぉ……?片腹痛いわっ!!』


 皇帝が、人の形をやめた人形が嗤う。


『そんなものは幻想だ!こと自然界において、人ほどか弱く醜い生き物がどぉこにいる!!毛皮もなく、爪は割れ、牙も短い、その様な生物が!!』


「人間至上主義国家の、代表の言葉とは思えないな」


『だぁからこそっ!!人は、人の身を超えなければならない!人間のみが我が友と交信できる!!それこそが人間が他の生き物を超える力!彼の者の助けを得て、人はこの世界で最も優れた種となるのだ!!』


「………」


 そっと、半身になりながら左手でピックを抜く。


 無詠唱で白魔法の付与。難しいが、数秒あればできなくはない。聖水をあるだけ軍曹に渡したのは、流石に早計だったか。


『人が武器を作り、文明を進めようと、それは亜人や魔物でさえ模倣する。今は制約があろうとも、いつかはエルフが銃を握り、ドワーフが空を飛ぶ時代がやってくるっ!!その時、人が人であったのなら、必ずや再び人間は亜人共の奴隷にされるだろう!!』


 皇帝が吠える。それだけで鼓膜に痛みが走るが、破れるほどではない。


『なあ、剣爛よ。……貴様が例え、我に打ち勝ったとしよう。その刃でこの心臓を抉りだしたとしよう』


 一転、優し気な声音で皇帝は語り掛けてきた。


 ゆっくりと、更に歩を進めてくる。


『その後は、どうする?ドラゴンを討つのか?討てるのか?いいや、不可能だ……。勝てるわけがない。死にたくはなかろう?ならば、我の家臣となれ。さすれば、我が友も世界を統べた後に小さな村程度は貸し与えてくれるだろうて。そこで静かに暮らすがいい……』


 まるで、駄々をこねる子供を諭す様な声。


 なるほど。腐っても為政者だけあって、そういった演技はできるらしい。こんなのでも、実務経験と血筋を考えれば自分よりも余程貴族らしい貴族であるのだから、当然か。


『さあ、剣爛。貴様は───』


 返答は、攻撃でもって返す。


 放たれたピックが皇帝の右目を狙い、今回は白の魔力を察知してか回避行動をとってきた。


 首を傾けるだけの動き。されど、意識は半瞬ピックに向く。


 目のすぐ下で鱗に弾かれた鉄杭の音と、自分が床を踏みしめた音が重なる。


 全速力で駆けるこちらを捉えようと動く、紅い瞳。その驚異的な反射神経は、すぐにこちらの動きを目で追い始める。


 だが、相手の身体能力がこちらを上回っているのは今更だ。視線が合うと同時に、刀身の魔力を強め目くらましを行う。


『っ!』


 たった一瞬、皇帝の視界が白く染まったはず。


 懐に飛び込みながら、両目を動かして剣の光によって照らされた逆鱗を探した。


 ───あった。場所は、平原の亜竜と同じ……!


 勢いそのまま魔力で刃を伸ばし、逆鱗を突こうとする。


『な、めるなぁ!!』


 だが、それは振るわれた前脚で中断させられる。


 急停止しながら、片足を軸に体を横回転。それでもって薙ぎ払われる爪を受けながし、軽く横へ跳ぶ。


 重い一撃では間に合わないのなら、逆鱗を貫く必要がある。しかしそれでも、相手が速い。


 そう思考している間に、『バキリ』、と。何かが割れる様な音がした。


 そして、突如巨大さを増した皇帝の姿に目を見開く。


 ───違う。大きくなったのではない。


 後ろ脚で、立ち上がったのだ!!


『選択を誤ったな、剣爛……!!』


 人に近い前脚が拳を握り、折りたたまれた逆関節の後ろ脚が解き放たれた。


 瞬間、目の前が黒で染め上げられる。


「ぐぅ!?」


 真横へ体を投げだす様に倒れ込むも、避けきれない。左肩を鱗がかすめたかと思えば、まるでトラックにでも撥ねられた様に自分は宙を舞っていた。


「ぉ、ぉぉおお……!!」


 どうにか空中で姿勢を立て直し、石柱に両足をつける。そのまま衝撃を膝で弱めながら、別の石柱に跳ねた。


 自分がいた石柱が轟音をたてる。見れば、そこには床からジャンプして石柱にしがみついた皇帝の姿があった。


 奴が振り返る。そして、まるで自分の真似をする様に柱を足場にして跳んできた。


「このっ」


 一足先についた石柱を蹴って回避。すれすれの位置を通過した皇帝の前脚に遅れて、長い尾が襲い掛かる。


 踏ん張りは効かないうえ、飛行魔法を使う暇もない。咄嗟に剣で受け流すも、やはり膂力と体格が違い過ぎる。


 刀身と鱗で火花が散り、両腕が千切れそうな衝撃を受けながら床に叩き落とされた。


「ぐ、ぅぅ……!」


 受け身を取り、剣を構えなおす。


 目の前に落ちてくる、四つん這いになった皇帝。その尾がサソリの様に先端をあげたかと思えば、連続で突きを放ってきた。


 ステップと斬撃で凌ぐも、かすめただけで服は破れ皮膚に裂傷ができ、散った石礫がこの身に抉り込む。


 ボディアーマーに一際大きな瓦礫が直撃し、呼吸が半瞬止まった。その隙に、掬い上げる様な爪が迫ってくる。


 痛みで視界が揺れる中、一歩前へ。繰り出される爪の内側に入り、掌を足蹴にして少しでもダメージを減らそうとする。


 だが、それも苦し紛れだと言うかのように。この身はあっさりと吹き飛ばされた。


 背中から石柱に叩きつけられ、一部を砕きながら床に転がる。


「がっ、ごふっ……!」


 嫌な咳が出る。だが構っている余裕はない。


 跳ねる様に起き上がり、後退。そこへ皇帝が跳躍して襲ってきた。


 四つ脚でもって、尋常ならざる速度で迫る黒の巨体。砲弾以上の破壊力で飛んでくるそれに、カウンターを叩き込む暇はない。どうにかその下をすれ違うようにスライディングをする。


 背後で強烈な破砕音がし、振り返りながら剣を向けた。


 舞い上がった土煙の中が吹き飛ばされる。今度は這う程に身を低くした皇帝が、左の爪を振るってきたのだ。


 これも、避けきれない……!!


 寸での所で刀身を合わせ、受け流す。だが、爪の一本が左足の脛を捉えた。



 ずぐり、と。皮膚ごと肉が抉り取られる。



「───っ!!」


 激痛と衝撃。白いものを露出させた傷口から大量の血を流して、石畳の床を転がっていく。


 回転する視界に、何より全身を襲う激痛に吐き気さえするも、どうにか立ち上がった。


 左手で自分の体を押しやる様に跳ね、右足で着地。柱の一本を盾にして、荒い呼吸を整えようとする。


 だが、石柱一つなどなんの時間稼ぎにもならない。対策を……!


『なあ、剣爛よ』


 ……?


 押して、こない?


 ゆっくりと、再び歩み寄りながら皇帝が話しかけてきた。石柱を挟み、弧を描く様に四つ脚を動かしている。


『貴様にもわかったであろう。その身がいかに脆いか。そして……我の肉体が、どれほど強力か』


 自分も左足を引きずりながら石柱を挟んで動き、距離を縮ませない。


 それでも相手は歩を速めるでもなく、話を続ける。


『欲しくはないか?強い肉体が。貴様の技量は、人間の限界点に到達している。もはや、その身体は足かせにすらなっているのではないか?』


 猛烈な違和感。それを覚えながら、今は傷口に意識を向ける。


 絶え間なく訴えてくる激痛にあぶら汗を流しながら、魔力操作で止血。これのせいで、頭がうまく回らない。


 痛みの許容限界は引き上げてあるが、限度はある。脛の皮膚と肉をごっそりもっていかれ、骨にもヒビがはいった状態は今にもへたり込みたくなる激痛と喪失感があった。


 止血はしたものの、それまでに流した血がまだ足についているせいで、石柱の周りに紅い円が描かれ始める。


『それに、貴様は美しい。その美貌も、いずれは陰りが出てくるだろう。二十年先か、三十年先か……その頃、肉体はどれだけ衰えているだろうな?』


 そう語り掛けてくる皇帝の目は、自分を見ている様で見ていない。


 これは……この視線の動きは……。


『剣爛。そう意固地になるな。受け入れろ。ただそれだけでいい。そうすれば、貴様は人を超え我が家臣となる』


 ざわり、と。


 室内に未だ充満している禍々しい気配がこちらに迫ってきた。


 まるで意思を持っているかの様に纏わりつき、傷口から内側へと入ってこようとする。


 不思議と痛みはないものの、鉛の様に体が重くなっていった。


「ふぅ……!!」


 刀身に纏わせた光を、強める。


 纏わりつく魔力を追い散らし、傷口から遠ざけた。


 ついで、大きく一歩後退して石柱を壁にしながら片膝をつく様にしゃがんだ。


 すると、皇帝の脚も止まる。


『……もし。もしもだ、剣爛。万が一、貴様がドラゴンに勝ったとしよう』


 しゃがんだ体勢で、左手を傷口にかざす。


「……『ヒール』」


 瞬く間に千切れ飛んだ肉は再生し、皮膚までもが元通りとなる。


 流石に少し突っ張る様な違和感はあるものの、脚の怪我は完治した。


『その後は、どうする。王国の者どもは、お前を称えるだろう。だが、それも一時だけだ。手柄を上げ過ぎた平民が、無事で済むと思うか?』


 両手で剣の柄を握り直し、立ち上がる。


『名誉騎士にして終わる話ではない。男爵でお茶を濁す事もできん。間違いなく、領地を持つ貴族にする必要がある。だが、平民の男が?そう思う貴族が、おらぬわけがない』


 深呼吸を一回。深く吸って、長く吐く。


『我は違う。無論、思う所がないわけではない。しかし……我からすれば、人間などもはや大差のない生物だ。人のままの人など、なんの価値がある。貴様が人を超え』


「しぃ……!!」


 傷の塞がった足で強く踏み込みながら、魔力で伸ばした刃を振るう。


 目の前の石柱を両断し、その先の皇帝の首を落とそうと斬撃が放たれた。


 しかし、流石に避けられる。鼻先を僅かにかすめるだけで、皇帝は巨体に反した俊敏さで後退した。


『……つくづく、礼儀のなっていない男だ』


「さっきから、好き放題にべらべらと。礼儀がなっていないのはどちらだ」


 足以外の傷はそのまま。流石にそちらまで治している余裕はない。今の斬撃一つで、四肢のあちらこちらから血が噴き出た。


 だが、


「殺してやるから、黙っていろ」


 糸口は、見えた。


『口の減らん小僧だ。貴様に何ができる。この我を殺せると、本気で』


「行くぞ」


 全力で踏み込む。


 すぐさま飛び退いて回避する皇帝。しかし、伸びた光の切っ先が僅かに左後ろ脚に引っかかる。


 爪で掻いた様な、小さな傷。


 しかし、確かに竜となった皇帝の鱗に傷ができる。


『っ……小癪な』


「そもそも、人を超えた肉体と言うがな……その身体のどこか人間以上の生物だ」


 剣を八双に近い形で構え、皇帝を睨みつける。


「寝言は永眠して、あの世で好きなだけほざいていろ。『欠陥生物』」


『……寝言をほざいているのは貴様だ、剣爛。それとも女神に脳を侵されたか』


 後ろ足を折りたたみ、クラウチングスタートの様な姿勢をとる皇帝。


 それに対する様に、正面からこちらも進む。


 一歩目は歩く様な軽やかさで、二歩目は駆けだす為に力強く、三歩目で、トップスピードに。


 砲弾の様に放たれる、皇帝の巨体。


 奴が砕いた石畳の音が、第二ラウンドを告げるゴングとなった。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] デカいとか速いとか堅いとかシンプルなのはやはり強い。 レベルを上げて物理で殴って滅ぼせたらどんなに楽か。 [気になる点] 状況は劣勢。やはり攻撃が通らないのが特に痛い。 ・・・のだけど、手…
[良い点] 皇帝、意外とおしゃべりが好き? それとも時間稼ぎか。 亜竜形態になることがないから使いこなせない? シュミット君にもう一手何かほしい。 [一言] にゃ~ん♪  ∧∧ (・∀・) c( ∪…
[一言] 皇帝はドラゴンを絶対視しているけれど感想返しですでに飛行機が出来たら雑魚だって判明しているんですよね…… そしてエルフが銃を持とうがドワーフが空を飛ぼうが兵器の攻撃力が一定を超えたら数が物を…
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