第十五話 前 トロール退治
第十五話 前 トロール退治
木々の隙間から洞窟の入口を見つめる。
足跡と猛烈な悪臭。間違いない、あそこがトロール共のねぐらだ。
息をひそめ、足跡をじっと観察する。新しい足跡は……『四種類』。判別は難しいのでどれがどの方向に行ったのかはわからないが、少なくとも一体は洞窟の内側にいるはずだ。
金髪のトロールも他のトロールと住処を同じにしていたらしい。それが少し妙に思えた。
この森でトロールより強い生物はいないはず。なのにわざわざ寝床を固めるのは、何かを警戒している様だった。
……きな臭い。金髪のトロールは異様に知能が高い事もあり、自然発生の突然変異種という線も薄いだろう。なんせ魔法まで使うのだ。
金髪のトロールも誰かの使い魔?いいや、その可能性も低い。使い魔にできるのは小動物まで。アリサさんからそう聞いている。王都の学院とやらでも犬猫以上の大きさをした使い魔製造に成功したと言う論文は出た事がないそうだ。
剣をゆっくりと抜き、深呼吸を一回。
うだうだ考えるのは後でいい。殺してから調べればいいだけだ。ランタンを背嚢から取り出し火をつけ、洞窟の入口に一歩踏み入る。
先の見えない暗がり。ランタンを腰にぶら下げ、警戒しながらさらに進んだ。
すると、十メートルも進まないうちに敵の姿が見えてくる。
ランタンの光に照らされるのは、所々泥や腐肉で汚れた白骨。骨格標本の様なそれらは棍棒や槍を持って、筋肉も皮もないのに自立して武器をこちらに向けていた。
『スケルトン』
前世の創作物では非常にメジャーな怪物。開拓村でも滅びた近隣の村から、放置された死体がスケルトンになって流れて来た事がある。それらと違ってこいつらは人為的に作られた物だが、今更驚くものでもない。
剣を腰だめに構え、前進。当然スケルトンたちも武器を振りかぶる。
この洞窟は広い。武器を振り回しても問題ないほどに。だが、複数体並んで戦えるほどでもない。一体ずつとやり合えるこの状況はむしろ自分に有利である。
袈裟、胴、逆袈裟。一呼吸の内に三連。一刀一殺で斬り伏せる。いや、既に死んでいたか。
四体目が、仲間が何も出来ずに倒された事に驚く事無く槍を突きだしてきた。流石はアンデッドだが、骨の身ゆえの弱点がある。
体を捻っただけで槍の穂先を回避し、更に踏み込んで柄頭をスケルトンの顔面に打ち込んだ。たったそれだけで、頭蓋は砕け頭部を失った体がバラバラと落ちていく。
単純な話、こいつらは脆い。当たり前だ、肉も皮も動物にとっては重要な防具である。農民の投石だけであっさりと二度目の死を迎えるのがこいつらだ。
五体目、六体目も順当に斬り伏せ、砕き、前進。掘り進めて拡張したらしい洞窟でそうして進んで行けば、分かれ道にぶつかった。
さて、どちらに────。
「とっ」
斜め後ろから放たれた投石を回避する。なるほど、分かれ道の近くに横穴を掘っていたのか。
そこから現れた三体のスケルトンも叩き割り、改めて地面を見やる。
……足跡は乱雑だが、片方の足跡が少しだけ深い。二度踏みしめたのだ。最初につけた足跡の上を歩く事で自分が進んだ方向を誤魔化したかったのだろう。トロールの足はでかいし体重もかなりあるから、その差がハッキリわかってしまったが。
今の横穴といい、足跡といい、やはり人間並みの知能がある。頭のいい獲物は厄介だ。通常のトロールより手強いだろう。
スケルトンの弱さに緩みかけていた気を引き締め、剣を握り直した。この先には黒魔法を使うトロールがいるのだ。油断すればこちらが獲物となる。
可能な限り五感を鋭くしながら、乾燥した木の実を少しずつ落としながら進む。道しるべ兼、背後からの奇襲対策だ。
更に進む事、三分ほど。ようやくここの主と顔を合わせる事ができた。
『ヨグコソ……時代オグレノ、剣士ヨ……』
しわがれ、発音のややおかしい言葉。しかし金髪のトロールは明確に人語を口にし、こちらに見下した様な瞳を向けて来ていた。
首に何かの本をぶら下げ、右手には捻じれた大きな杖。腰に黒い布を巻きつけ、金色の眼をギョロギョロとさせながらくすんだ金髪のトロールが嗤う。
周囲に七体のスケルトンを侍らせて、洞窟の中でも一際大きな空間で自分を待ち構えていた。
* * *
サイド なし
「のぉ!?」
悲鳴と咆哮、そして銃声が響く村。そこで、二体のトロールと金髪の少女の戦いは続いていた。
振り下ろされた剛腕を飛び退いて避け、お返しとばかりに発砲。ショットガンの銃弾で耳を吹き飛ばされ、トロールが怒りの声をあげた。
『ブボオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛───ッ!!』
「ああ、もう!動くと当たらないでしょうが!」
二発目を放とうとしたアリサだが、もう一体が投げて来たその辺の民家の柱に顔を引き攣らせ慌てて地面に転がって回避。
そこから跳ね起きてストンピングから逃れ、走る。
「うおおおおお!?やっべ、死ぬぅ!?」
叫びながらも反撃に発砲して排莢と装填を繰り返す彼女。それに対し、トロール達の苛立ちは頂点に達していた。
彼らの知能は、頭部の大きさに反してかなり低い。代わりに頑強で分厚い頭蓋骨をもつ。
なんせトロールに知恵など必要『なかった』のだ。千切れた手足もくっつく再生力。並みの剣も槍も内臓まで届かない皮膚と肉。そして大木だろうとへし折る剛力。
一部の更に強力な魔物以外に彼らを殺せる存在はおらず、そしてそういう存在は基本的に繁殖力が低く数が少ないのでそうそう遭遇しない。
だというのに、あの人間は自分達の手を幾度も逃れ体の各所に傷をつけて激痛を与えている。その事がトロール達には許せなかった。
村人たちの悲鳴も気にならず、ひたすらにアリサを狙う。それは、ある意味で彼女の計画通りであった。
「君ら私か村人を狙うかもう少し迷おうよぉ!?」
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
「わきゃぁぁぁ!?」
いいや、計画以上に命を狙われていた。
その大きな歩幅で走り、トロールが蹴りを放つ。背後からの攻撃を前転する様に回避するもカウボーイハットが飛んでいき、しかしアリサは余裕がないとそれに目もくれず手近な民家に跳び込んだ。
前後からその民家を挟む形になったトロール達。そして、お互いの巨体が目に入った。それは偶然か、あるいは『その様な位置に誘導された』か。
『ガァァ!』
『ブオ、ブオ!』
そして、あの獲物を食らうのは自分だと立ち止まって威嚇し合う。自然界における強者であり、群れを作って狩りをしない弊害。それでも怪物達の足が止まったのはほんの数秒だった。
しかし、その数秒だけで彼女には十分だったらしい。
大きな音をたてて民家から何かが飛び出した。ボロボロのドアを突き破って出て来た物体を、咄嗟にトロール達は視線で追う。
それは───ただの、椅子。
僅かに間をあけて木製の窓から飛び出す人影。その人物は右手にショットガン、そして左手には薪割り用の古びた斧を持っていた。
「せぇの!」
反応の遅れたトロールの膝裏、そこへと駆け抜けた直後に体を回転させて斧を叩き込む。
その人物の、アリサの細腕で振るわれた斧など本来ならトロール皮を断つ事すら難しい。大の男でも槍を突きたてる事すら難しいのだから。
だから、これは例外中の例外。
『グオ゛オ゛ッ!?』
深々と錆びた刃が食い込み、肉を割って骨の隙間に挟まれた。
彼女の細腕から出されたとは思えない膂力。人を超えたそれが怪物の護りを打ち破ったのだ。
斧を振り抜いた直後に手放し、両手で構えたショットガンが二発続けて放たれる。
一発は斧の刃を更に押し込み、二発目は裏腿の肉を弾き飛ばした。結果。
『ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?』
トロールの十トン近い体重を支えていた足が、その負荷に耐えきれずに膝から千切れた。
転倒するトロールをよそに、彼女は止まらない。走りながら次の弾を装填しようとショットガンを折る。
だが止まらなかったのはアリサだけではない。同胞の悲鳴など意に介さず、もう一体のトロールが彼女の横から拳を叩き落とそうとしていた。
ショットガンの装填は間に合わない。緑色の巨腕が少女の体を粉砕せんと伸びた時、彼女の左手が動く。
腰のホルスターに伸ばされた手が、グリップに。握り込む動作で同時に撃鉄を上げ、引き抜きざまにノールックでトロールに弾丸を撃ち込んだ。
『ギィ!?』
視線すら向けずに行われた早撃ちは、見事怪物の右目を撃ち抜いた。それが当然とばかりに、親指で再度撃鉄をあげてアリサは淀みなく二発目をトロールの左目に叩き込む。
一時的に視界を塞がれた怪物だが、それも一瞬の事。内側から鉛玉を押し出し、再生した眼球をギョロギョロと動かす。
少女の姿を探すトロールの耳に、鉄が出す重々しくもよく響く音が届いた。
肌に触れる程の至近距離から。
「専用の子守歌だよ」
いつの間にか民家の屋根へと飛び乗っていたアリサが、そこからトロールの肩へと跳躍。勢いそのまま怪物の巨大な耳の穴にショットガンの銃口を突き込んだ。
「ねんね時間だぁ!」
引き絞られるトリガー。放たれた弾丸が耳の穴からトロールの脳を襲う。
頑強な頭蓋骨は関係なく、むしろ内側で弾丸を跳ねさせた。火薬の炸裂で熱を帯びた鉛玉が脳を引き裂きながら焼いていく。
いかに不死身と称えられた怪物も、それは既に過去の話。脳を焼きながら潰せば死ぬのだと、現代の人間には周知されていた。
耳から銃身を引き抜き、アリサが猫の様な軽やかさで着地する。同時に、耳から絶えず血を流すトロールの巨体が地響きをあげて倒れ伏した。
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛!!』
その頃になって、脚を繋げ合わせた残り一体のトロールが立ち上がる。
「やあやあ。まぁだおねんねできない悪い子がいるようだ」
金髪のポニーテールをなびかせ、颯爽と歩く少女。彼女は落ちていたカウボーイハットを拾い上げ、その小さな頭にかぶり直す。
そして、ショットガンの銃口をトロールに向けた。
「さあ、もう一曲いってみようか」
細身の少女と、三メートルを超える巨躯を持つ不死身の怪物。
一見すれば勝敗の明らかな状況に、知能を捨てたトロールは咆哮を上げて挑む。
彼らに、トロールに知能が必要なかったのは過去の話。
もしも人とまでは言わずとも、クマや狼程度の脳があったのならこの個体は逃亡を選択していただろう。そうすればあるいは生き残れたかもしれない。
勝利の雄叫びをあげたのは怪物の巨大な口ではなく、人の指が入る程度の銃口。
不死身と呼ばれた存在は、今やその様に呼ばれる事はなくなったのだ。
* * *
サイド シュミット
トロール数体が多少動いても足りる空間。そこに待ち構えていた金髪のトロールが話しかけてくる。
『ヨモヤ、ソンナ武器デワダジノ元ヘダドリヅクトハ……サゾヤ名ノアル騎士ノ家系ドオ見受ゲイダズ』
聞き取りづらいその声に耳を傾けるでもなく、周囲を目だけ動かして確認。ランタンの明かりしか光源がないためわかりづらいが、他に何か仕掛けがある様には見えない。最も、あったとしても見てわかる様には配置していないだろうが。
『ダガ、ダガナァ』
ならば、進むしかあるまい。魔法使いの手札はわからないが、それでも時間は相手の味方かもしれないのだ。少なくとも自分の味方ではないのなら、踏み込むまで。
開けた空間へと駆けだす。
『魔導ノナンダルカモ知ラヌ猿ガ、チョウジニ乗ルナヨ』
瞬間、心臓に冷たい手が触れた様な感覚を覚えた。続いて全身に走る怖気。体の芯から凍り付く様な冷気に、酷い倦怠感。
視線の先で、金髪のトロールがニタリと口元を歪める。
『剣ニ固執シダノガ間違イダッダナッ!ソノ間合イデハ』
「うるさい」
『ハ?』
ふらつきそうになった足を強引に動かし、強く地面を踏みしめる。
覚悟はしていたが、二度目でもきついものがあるな。魔法と言うやつは。
『バ、バガナ゛!?』
動揺する金髪のトロール。そんな奴とは裏腹に、機械的な動きでスケルトン共が得物を手に襲いかかってくる。
先ほどまでの洞窟と違い数の利を活かしやすい地形。だが、獲るべき首は一つで十分。
剣を肩に担ぐようにして、駆ける。つき出された槍は首を捻って回避しながら剥き出しの腰骨をへし斬り、振るわれた棍棒を前転する様に避けてまた走った。
『ア、アリエナァイ゛!!』
驚くのもわかる。自分は確かに、つい先ほどまでは黒魔法への対抗手段を持ち合わせていなかったのだから。
しかし、今は違う。
アリサさんに白魔法をかけてもらった時、技能のロックが外れた。それは『聖術耐性』。内容を確認すれば、白魔法の類に対しての耐性を得るもの。
そのうちアンデッドにでもなるならいざ知れず、今の自分には無意味な力だ。だが、魔法を受ければその耐性技能のロックが解除されるのならば。
あの磔にされた者達の周囲にあった結界。内側に入っても直ちに命に関わるものではない魔法は、自分にとって『鍵』でしかなかった。
『呪術耐性』
金髪のトロールが髪を振り乱し、その黄金の眼を輝かせる。視線がかち合い、直後何かに殴られた様な感覚を覚えた。なるほど、これが『レジスト』の衝撃。であれはアレが邪眼か。
一瞬だけのけぞるも、背後から振るわれた棍棒に対し体を横回転させスケルトンの腕ごと斬り飛ばす。
続けてこちらを囲もうと動くスケルトン達を置き去りに、更に加速。道を阻む者だけを斬り伏せ、前へ。
明らかに動揺し杖で殴りかかってくるトロール。黒魔法が通用しないと切り替えたのか、あるいはただの本能か。
どちらにせよ、拙い。中途半端に理性の残った技量のない一撃は獣のそれに劣る。
振り下ろされた杖の先を前に跳んで回避。そのまま木製のそれを踏みつけて再度の跳躍。
眼の前に来たトロールの首に全力の斬撃を叩き込んだ。
『ガ、ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
血飛沫をあげて仰け反る金髪のトロール。浅かったか。傷のわりに派手に飛び散る血を空中で見ながら、腰の後ろに提げていた瓶を取る。
たった一本だけ持ってきた、火炎瓶。それに押し込まれた布にランタンの火を灯し、トロールの頭目掛けて投げつけた。
ガラスが割れ、油が散らばる。あっという間にトロールの頭が炎に包まれた。
『ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛───ッ!!??』
苦しみ悶えるトロールの足がスケルトンを踏み潰し、がむしゃらに振るわれた杖が辺りを叩き壊す。
止めを刺すために踏み出した自分と、奴の目があった。
『グ、グルナ゛ァアアア!!』
横薙ぎに振るわれた杖。それを潜り抜ける様にして回避し、懐に飛び込む。
駆けた勢いそのままに体を横回転させ、遠心力を刀身に乗せる。全力の一刀を緑色の巨木めいた足に叩き込んだ。
「雄々(おお)ッ!」
分厚い皮を引き裂いて、肉を斬り裂き、膝関節の隙間に刃を滑り込ませる。我ながら綺麗な軌跡を残し、ドワーフ製の刃は怪物の足を切断した。
『ギィ……!?』
片足を失いバランスを崩すトロールの体を二歩で上り、燃え盛る頭に剣を突き込む。顔を燃やす油を押し込む様にして切っ先が金色の瞳を貫き、脳まで届く。そのまま体ごと剣を捻った。
脳を掻きまわしながら刀身を引き抜いてトロールの巨体から跳び下り、剣を軽く振るう。刀身についた血と油を払って柄を握り直した。
重々しい音と共に倒れる金髪のトロール。そして、その周囲でバラバラと元の骨へと戻るスケルトン達。
それらを見て、念のためトロールの体に飛び乗り心臓あたりに剣を突き立てながら反応を見る。
「……死んだか」
最後は意外な程あっけないものだった。やはり、後出しで対抗策を出せるのは『反則』と呼べるだろう。
剣をトロールの胸から引き抜き一応周囲の警戒をしていると、爪先に硬い物がぶつかった。
視線を向ければ、それは一冊の本だった。金髪のトロールが首から提げていた物だったが、燃えずに残ったらしい。
有益な情報があるかもしれないと手を伸ばすと、バチリと何かを弾いた様な感触があった。どうやら黒魔法がかかっていたらしい。
それでも今の自分には通用しないので紐を引きちぎり本を拾い上げる。軽く中を見てみたが、何を書いてあるのかさっぱりわからん。
だがまあ、後で文字が読める様になった時にでも改めて調べればいいか。
幸い……と言っていいのかわからないが、『呪術耐性』に要した経験値でライカンスロープの分は消えたものの、この金髪のトロールを討った事で消費分を上回る経験が手に入った。トロール達との交戦分の経験も、殺した程ではないが入っている。
魔法と文字……どちらを取るか迷うな。だが、今はアリサさんと合流する事を優先しよう。
本は背嚢にしまい、一応の討伐証明にトロールの指を一本切り落として肩にかついだ。
「行くかぁ……」
未だ全身で感じる倦怠感。あいにくと、これはレジストされない。なんせただの疲労なので。
ボロ布で軽く拭った剣を鞘に納め、えっちらおっちらと村に向かって走り出した。
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