第百三十八話 闇の中
第百三十八話 闇の中
「痛い……!痛いぃ……!」
「だ、誰か!誰か来てくれ!血が、血が止まらないんだ!」
「くそっ、敵はどこだ!どこに行きやがった!」
「足が……俺の足がぁぁ……!」
「お前達はあっちを探せ!これ以上あの化け物を好きにさせるな!」
帝城『グレムリン』の一角。兵士達や秘密警察から隠れる様に物陰で壁に背を預けながら、仮面を外してため息をつく。
いやぁ……死ぬかと思った。
城門周辺での戦いでは『一切の余裕がなかった』。目についた敵はとにかく斬り殺したが、内部に侵入してからは多少マシになったので、今は混乱を起こそうと負傷者を作り続けている。
我ながら、少々無茶な作戦だったとは思う。だがやむを得なかった。
───出会い頭にハチの巣にされないため、『ノック』で接近を気づかせる。
───セルエルセスの名前と、己の噂で敵指揮官の冷静さを削る。
───小回りの利く鉄砲隊は、堂々と行く事で伏兵を警戒させ別方向を警戒させる。
───挑発して、数が少なく『与しやすい』大砲を使わせる。
───相手が呆けた一瞬の隙に間合いをつめ、乱戦に持ち込む。
一つでも失敗したら、そのまま銃撃に晒される可能性があった。もしもそうなったら、プランBに移行したが。
なお、プランBは持っていた煙幕でその場から即時撤退。パルチザンと合流して、彼らにレッドカーペットを敷いてもらう予定であった。
まともな攻城戦ができるとは思えないので、多大な被害が敵味方に出ていただろう。何より不確実だ。
最初は飛行魔法で門を飛び越えようかと思ったが、相手はヴィーヴルも仮想敵にしている。自分の不慣れな飛行では、複数の方向から銃撃されて避けきれるかわからない。
返り血で真っ赤になった仮面を懐にしまい、耳を澄ませて周囲の気配を探る。雪を踏みしめる音がするおかげで、足音がわかりやすい。
五人組の秘密警察が来たので、物陰から強襲する。
「『ターン・アンデット』」
「なっ!?」
開幕で白魔法をぶつければ、グールだったらしく三人が糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。
続けて、他二人が強い光に怯んだ隙をついて銃を構える前に首を裂いた。仕留めたのをそれぞれ確認した後、死体を全員物陰へと引きずり込みついでに血の跡も軽く雪で隠す。
雪はいい。今も降っているから、時間が経てば引きずった跡も誤魔化してくれるのだから。
比較的恰幅のいい秘密警察からコートを奪い、ボディアーマーの上から着こむ。剣は背中に隠した。こういう時、余計な装飾のない武器は便利である。
最後に仮面を拝借して被り……ちょっとだけ臭いがきつかったので、雪と布で軽く拭ってから装着した。
後は、ひたすら混乱を広げながら上を目指す。途中で看破されるだろうが、問題ない。
「そちらは頼みますよ、軍曹」
城門は破られ、負傷者だらけの城。更に外ではパルチザンによる行進と、中央街での火災が発生中。帝都でパニックになっていない場所など、恐らくない。
彼ならば容易く忍び込めるだろうと、小さく独り言を呟いた。
* * *
サイド なし
「どうなっている、城門では何が起きているんだ!」
「そ、それが生き残りはとても会話ができる状態ではなく……」
「薬でもなんでも打って喋らせろ!それか、死体にしてアンデットに変えておけ!」
『秘密情報室』
ローレシア帝国にて三十年前に作られた、皇帝直轄の組織である。その歴史は比較的浅いが、保有している権力は極めて強い。それこそ、彼らが怪しいと判断すれば貴族ですら帝城に連行されるのだから。
皇帝の力が異様に強い帝国とは言え、ここ十年は特に影響力が高まっている。
その組織の実質的なトップである神経質そうな男。名前は誰にも明かされる事はなく、ただ『中佐』とだけ呼ばれる存在だった。
彼は護衛のアンデット達と『ウェンディゴ隊の生き残り』に囲まれながら、眼鏡の位置を直す。
「……とにかく、ここと陛下がおられる上層を守れればなんでもいい。そこに警備を集中させろ。逆賊の始末はその後だ」
「はっ!」
「それと、『剣士』がいたら注意しろ」
「剣士、ですか?まさか王国の……」
「顔は隠しているだろうがな。奴は王国が生み出した生物兵器だ。最低でも十人以上の兵士で対処しろ。絶対に近づかせるな」
「はっ!」
伝令役が走っていく。無線もないこの世界では、情報の伝達だけで一苦労だった。
また眼鏡の位置を直しながら、中佐は懐の小箱を確認する。
「……ここが突破されるはずがない。大丈夫だ」
そう呟く声音は、蛇の様な彼の表情からは想像もつかない程に温もりがあった。
───秘密情報室は、帝城地下にある。
その出入りは物理的、魔術的な防御で管理されている。合言葉や錠前は頻繁に更新され、帝国で一、二を争う厳重さを持っていた。
そこに、一人の男が侵入する。
普段使われているルートではない。『廃棄物』を処理する為の穴を、ほふく前進で五十時間かけて進んできたのだ。
そうして出てきた場所は、部屋を数室分つなげ合わせた様な空間。壁に沿うようにして、見るからに頑丈そうな檻もあれば、大人なら両手で運べそうなゲージもある。
「……変わってねぇなぁ。ここは」
道中にいたアンデット達は、全て持ち込んだシュミット作の聖水で片付けてきた。最高位の白魔法使いが手掛けただけあって、その効果は術者に報告がいく前に下級のアンデットを溶かす程である。
それでも普段なら秘密警察達も侵入に気づけただろうが、今は非常事態だ。分厚い壁で囲われた『廃棄前の失敗作』が置かれている場所など、重要度が低いとされ警備は薄くなる。
ライフルすらなく、最低限の装備のみで忍び込んだ軍曹。彼は、眼前にある檻を見て呟いた。
「本当に、変わらねぇや」
『ギャァ!ギャァ!』
『ぎ、え……ぎぎ……』
『ごろ、じ……でぇベべべべ』
『ぎひ!ぎひひひひひ!!』
ゴブリン、ライカンスロープ、コボルト、名前もわからぬ熊ほどもあるタコや、ガラスの板が張り付けられた檻にはスライムもいる。
多種多様な魔物達。一見共通点など無いように思えるが、しかしその全てに『人の顔』があった。
一人分か、二人分か。あるいはもっと。魔物の頭や胸、腹などに人の顔があり、眼をギョロギョロとさせて口をパクパクと動かすのだ。時折、人語に近いものを発する事もある。
「……魔物は食いもんじゃねぇな。やっぱ」
そんな光景を見て、軍曹はそう呟くだけだった。複数の顔が浮かんでは消えていくスライムを見ても、多少顔をしかめるだけ。
なんせ、『慣れている』。慣れて、しまった。
帝国は二百年前の戦争からずっと、セルエルセスの影におびえ続けてきた。
『いつ、また奴の様な怪物が生まれてくるかわからない』
『未知の敵ゆえに、未知の生物ゆえに、どこから出てきてもおかしくない』
『知らなければ。作れなければ。殺せなければ。あの怪物を作り、使役し、殺処分する術を手に入れなくては』
そう、帝国は思い続けた。その結果が、これだ。
魔物の力を人間の理性を残したまま取り込み、自由に使いこなしたセルエルセス。
その未知の脅威に対し、しかし帝国は『実在するのなら、作れるはずだ』と考えた。人類の英知と技術があれば、不可能などないと。
その思想のもと、かの王を再現しようと人と魔物との融合実験を、二百年もの間繰り返してきたのである。
罪人を、捕虜を、時には自国の民や貴族の子弟までをも使って。この狂った研究は行われ続けた。
やがて、黒魔法にまで手を出して。それでも人の技術では未だにセルエルセスには、神が手ずから作り上げた存在には届いていなかった。
この部屋にあるのも、実験過程でうまれた失敗作のほんの一部。帝都以外の研究所もあるため、総数など軍曹でも想像ができなかった。
そんな思考を隅に追いやり、彼は持ってきた荷物から爆薬と導火線を取り出す。
布の袋で小分けにして、各檻の錠に設置。ただし、一定より小さいものやスライムは除外する。
そして最後に、壁を軽く叩いていって、記憶通りの箇所を見つけると彼は一番大きな爆弾を張り付けた。
「さて……上手くいってくれるといいんだがな」
爆弾をつけなかった檻。特にスライムの檻は壁から遠ざけて、軍曹は自分が入ってきた穴へと身を隠す。僅かな下り坂には汚水が溜まっており、言い方を選ばなければ、水洗トイレの配管に近い形の穴だった。
その状況でも顔色一つ変えず作戦を続ける彼は、プロという他にない。
この部屋は、黒魔法使いにしか出入りできない。人体を使って作られた扉は、鍵やノブなど存在しない。彼らの呪文でしか開閉しないのだ。
だが、壊せないわけではない。『混ぜ物』のせいで拳銃どころかライフルやショットガンでも貫通しない扉だが……ダイナマイトをべったりと張りつけられればどうなるか。
軍曹が、穴まで伸ばした導火線に火をつける。
炎が走っていき、やがて枝分かれして各爆弾へと迫る。
更に奥へと下がった彼の耳に、複数の爆音が届いた。続けて、解放された魔物達の絶叫とも雄叫びともつかぬ声も。
五分ほど待ってから、軍曹は壁に肩や頭の先を擦りながらゆっくりとほふく前進で例の部屋へと戻る。
穴から顔を覗かせ室内を見れば、そこには壊れて何もいなくなった檻と、多少煤はついたが中身が残っている檻の二種類だけがあった。
そして、
「な、なんだこいつら!」
「や、やめ、やめろぉ!!」
「ぎゃぁぁぁ!!」
秘密警察や、この地の研究員達の悲鳴が開かれた扉から聞こえてくる。
爆薬が足りなかったのか最初にできた穴は小さかったものの、魔物達が更に壊した事で大柄な軍曹でも通れそうなほどに出入り口が広げられていた。
ここの魔物達は、失敗作の中でも利用方法がないとされた者達。その理由は、黒魔法でも制御できない程に、人間への……この世界の生物への殺意が高まり過ぎたからに他ならない。
あの魔物達は自分達以外見境なく襲うし、なんなら自らが息絶えるまで暴れ続けるだろう。
それを軍曹は経験から知っていた。
穴から体を這いだし、彼は水平二連のソードオフショットガンに聖別済みの弾丸を込める。
「さて……出しそびれた退職届を、出しに行くとしよう」
阿鼻叫喚の地獄と化した帝城の地下。
その内部が日の光に照らされる事は、永遠にない。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも本当にありがとうございます。創作の励みとなりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。