第百三十四話 小鬼の追撃
第百三十四話 小鬼の追撃
『ギギィェェェエエエエ!!』
鳥の羽や獣の毛皮で装飾したゴブリンが、他のゴブリン達を鼓舞する様に吠える。
そして、左右後方のトロッコから次々と矢が放たれた。飛来する矢に対し自分は籠手で、ジョナサン神父は拳銃の銃身で防御を行う。
「『チャージ』……!」
強化魔法を付与し、ピックを投擲する。豪速で放たれたそれは後方から迫るトロッコの車輪に直撃。甲高い音をたて車輪が破損し、勢いよく横転した。
更に左右のトロッコへと、それぞれ軍曹とクリスさんが銃で攻撃を加える。
だが不安定な足場で動く標的は難しいらしく、クリスさんの銃撃は外れてしまった。軍曹の方はボルトを動かし、一体ずつ胴体を撃ち抜いていく。
「流石にきっついなぁ!」
クリスさんがグリップ近くにある『ラッチ』を親指で引きながら、勢いよく手首を横に振ると弾倉が左側に解放。突き出されたイジェクターロッドで空薬莢を一度に排莢する。
カラカラと薬莢を足元で鳴らしながら、懐から取り出したスピードローダーで装填。まだ慣れていない銃だろうに、ものの四秒で六発の弾丸を込めてみせた。
アーサーさんから支給された最新式の『ダブルアクション拳銃』。ドワーフのハンドメイド品であるそれを両手でしっかりと構え、クリスさんは重い撃鉄を上げるなり連射する。
下手な、というには腕がいいが、数を撃てば当たる。ジョナサン神父と二人がかりで矢を叩き落としながら、どうにか迎撃に成功した。
だが、トロッコが走る音はまだ止んでいない。別のレールが合流する箇所も通ったので、恐らく後方からもまた来るだろう。
「いっ、ちょ、後頭部が痛いんですけど」
「神父。俺の方も構えづれぇ」
「すみません。これ以上は体を小さくできないので……」
流石にトロッコに四人も乗るのは窮屈なうえ、うち二人は二メートル越えの巨漢だ。筋肉の密度が凄い。
ただ、そうしてわちゃわちゃするだけでトロッコが揺れるので、いつ横転するかと恐怖心が湧いてくる。あまり暴れられそうにない。
そうして走って行けば、何やらやたら開けた空間にでてきた。
「なんじゃこりゃぁ!?」
クリスさんの声が廃坑内に反響する。左右後方だけでなく、斜め上にまでレールが敷かれた道が見えるのだ。そうも言いたくなる。
「言っただろう、帝国は掘るしかなかったと!結果大抵の鉱山の中はぐちゃぐちゃだ!」
「そこまでは聞いてない!」
「次、来ますよ!」
軍曹とクリスさんの声に負けじと怒鳴る様に自分が伝えたのと、ほぼ同時。ガタゴトと振動しながら、ゴブリン達が乗ったトロッコが走ってくる。
見えるだけでも数は七台。一台に八体以上のゴブリンが乗っているので、かなりの数だ。
そいつらが弓を構え、バラバラに自分達目掛けて矢を放ってきた。精度はよくないものの、こちらこそ『下手な鉄砲も』と言ったところか、何本も直撃コースが出てくる。
「皆さん、伏せてください!」
トロッコの中でジョナサン神父が立ち上がり、両手の拳銃を鈍器の様に振り回す。鋼と銀で作られた銃身が奴らの手製と思しき矢を弾き飛ばしていく。
「神父さん、守ってくれるのはありがたいけど、その銃で反撃してくれないかなぁ!?」
「残念ながらこの銃は対ヴァンパイア用でして」
「つまり!?」
「反動で横転するかと」
「よし、絶対に引き金に指をかけないでね!」
迷惑記者と神父さんの会話を聞きながら、チラリと前方に視線をやる。
さっと、血の気が引いた。
「軍曹、前!」
「っ、ちぃ!」
自分達の向かう先。暗くて見えづらいが、自分の眼にはレールの先がなくなっているのが見えた。崩落か何かで、岩が塞いでいるのだ。
軍曹がトロッコから身を乗り出し、引き金を引く。するとレールの切り換え装置で火花が散ったかと思えば進路が変わり、岩を回避できた。
「すごっ、映画みたいな事しますね!?」
「エイガってなんだ!?」
「すみません気にしないでください!」
あれを生で見る事になるとは。凄いな軍曹。
何やら脳内でお馬鹿様が『はぁぁん?私もできるんだが???』と吠えている気がしたが、無視する。
「おい、カーブだ!体を右に傾けろ!」
「はい!」
トンネルの様な箇所に入り、全員で右に重心を動かす。片輪が一瞬浮くも、ガタガタと音をたててどうにか戻った。お世辞にも乗り心地が良いとは言えないなか、後方に向かってピックを投擲。
派手に転がるゴブリン達をしり目に、再び開けた空間に。
「迎撃だ迎撃!」
「動かないでほしいなぁ!当たらないから!」
ジョナサン神父が両腕をブンブンと動かし矢を叩き落とす中、軍曹とクリスさんが窮屈な姿勢で迎撃する。
だが、自分は腕を振りかぶらなければいけない関係上、この体勢だと攻撃に参加できない。それを歯がゆく思いながら、周囲に視線を張り巡らせる。
今、自分にできる事は……。
「軍曹!五時の方向にいる、とんがり帽子のゴブリンを狙えますか!?」
「なに!?」
「敵指揮官です!殺せば多少は攻撃がマシになるかも!」
暗くて分かりづらいが、ゴブリン達もトロッコに乗ってからは松明を使っている。その中で、周囲にギャイギャイと叫びながら杖を持っているとんがり帽子の個体がいた。
ゴブリンの生態には詳しくないが、獣の世界でああいう事をしているのは大抵群れのボスだ。
「任せろ!シュミット、お前はクリス側に体を寄せておけ!」
「はい!」
自分が左側に重心を移動したぶん、軍曹が右側から身を乗り出した。
今にも落ちそうな体勢で、しかし彼は狙撃を敢行する。銃撃の反動で軍曹の上体が僅かに揺れた。
結果は、見事とんがり帽子のゴブリンをトロッコから叩き落とす事に成功。ボルトを引きながら体をトロッコに戻す彼を見ながら、自分も元の位置へ。
『ギ、ギィ!?』
『ギャ、ギャ!!』
ゴブリン達の矢が僅かに止まる。その間に二人がリロードを行う中、一台のトロッコがこちらに寄ってきた。
『ギギギギィ!』
「クリスさん、伏せて!」
「はいよ!」
身をかがめた記者の上で腕を振り、ピックを投擲する。一撃で車輪を欠けさせ、トロッコを脱線させた。
だが、うち三体がバランスを崩すトロッコから跳躍。二体はそのまま地面に落ちるも、一体がこちらに飛び移ってきた。
「クリスさん!」
「へ?」
咄嗟にクリスさんの頭を押さえて、ゴブリンの視界から隠す。
ゴブリンと言えば女性を襲うもの。本人の性自認はともかく、この人が狙われ───。
「うおおおおおおお!?」
『ゲギャギャギャ!!』
下卑た笑いを浮かべながら、ゴブリンがジョナサン神父に跳びかかった。
……あ、そう言えばこの世界のゴブリン、全部雌だっけ。
軍曹から聞いたゴブリンの繁殖方法を思い出し、遠い目をする。
「やめなさい!この身は神に捧げた身!魔物だろうと異性が……!」
『ギヒヒ……!』
「ぬぅん!?」
神父服の前が強引に開かれ、その下に着こまれた胸甲の隙間からゴブリンが手を突っ込もうとする。
何を見せられているんだ、僕は。
そう思いながらナイフでゴブリンの首を貫き、トロッコから放り捨てる。
「大丈夫ですか、ジョナサン神父」
「ええ。助かりました、シュミット卿……!」
恥じらうように神父服を閉じるジョナサン神父。いやだから何見せられてんだ僕。
真顔で自問自答していると、軍曹の声に現実へ引き戻される。
「次のカーブだ!左に移動しろ!」
「はっ、て、また来ます!」
「こんな時にかよ!?」
今度は右のレールがこちらに接近し、ゴブリン達が寄ってきた。
すぐさまピックを放とうとするも、軍曹の体がでかすぎて上手く狙えない。
『ギギギ!!』
「このっ」
軍曹が発砲するも、ライフルでは一度に一体しか仕留められない。近寄ってきたゴブリン達が槍を突きだしてくる。
それをライフルで受ける彼に、ゴブリンの一体が武器を捨て跳びかかった。
『ゲキャァァ!!』
「よ、よるんじゃねぇ!」
「させません!」
だが、復活したジョナサン神父が拳銃のスパイクで迎撃。跳んできたゴブリンを殴り飛ばす。
「ちょ、二人とも速く体を!」
クリスさんが叫べば、既にカーブに入っていた。重心の移動が間に合わず、トロッコの片輪が浮いて───。
───ガオン!!
轟音。ジョナサン神父の発砲により、強引にトロッコが戻された。ギャリギャリと車輪とレールで嫌な音が鳴りながらも、横転は阻止される。
「破廉恥な魔物どもよ!女神の加護がある限り、この身は汝らの思い通りにはならん!」
きっ、とゴブリン達を睨むジョナサン神父。
……よそう。フラグ臭いとか思ってはいけない。前世で嗜んだエロゲの思い出が改変されそうになる。
と、その時。ガタンとトロッコが突然減速した。
「なっ」
「石が挟まった!」
車輪とレールの間に挟まった石のせいで減速した所に、猛スピードで後方からゴブリン達のトロッコがやってくる。
咄嗟にピックを振りかぶり、迎撃しようとした。
むにん、と、肘に柔らかな感触が伝わり自分の動きが止まる。
「んっ……!」
「す、すみませ」
クリスさんに謝ろうとして、強い衝撃がトロッコを襲う。後ろから来たトロッコがぶつかったのだ。
その拍子で挟まっていた石は取れたが、密着したトロッコからゴブリンが取り込もうとしてくる。
「この!」
咄嗟に持ったままのピックを先頭のゴブリンへとねじ込み、喉を潰す。だがその個体を踏み台にして、別の個体が飛び移ってきた。
「ぬわぁぁあ!?」
何故かまたジョナサン神父に。
なんなの?こいつらの性癖なの?
顔面に体全体でしがみ付かれたジョナサン神父が悲鳴をあげる。それに対し、クリスさんが拳銃を構えた。
「動かないでよ、神父さん!」
発砲。彼に組み付いていたゴブリンが脇から心臓を撃ち抜かれた。
「伏せてください!」
クリスさんにそう言い、身を乗り出して先の個体に続こうとしたゴブリンの肩を蹴り、奴らのトロッコごと後ろへ追いやる。
反動でトロッコの中で尻もちをついた自分に覆いかぶさる様にして、クリスさんが後ろに身を乗り出した。目の前に推定Dカップの胸が迫る。
ちょ、顔に!?
「こいつを食らいな!」
───ダダダァン!!
続けざまに放たれる弾丸。音からして三連射された弾丸が、あのトロッコのゴブリンを片付けたらしい。
顔面に押し付けられていた美乳がどき、ニヤリと笑うクリスさんの顔が見える。
「やったなブラザー!ナイスキック!」
この人にしては屈託のない笑顔。他意のないそれに、謎の罪悪感で自分の頬が引きつる。
「ど、どうも……」
とりあえず内心でクリスさんとジョナサン神父に謝りながら、姿勢を戻す。
ゴブリン達の攻勢を防ぎながら、はたしてどれだけ経ったのか。
五分か、十分か。体感ではかなり長く感じた道も、遂に終わりが近付いてくる。
「もう少しのはずだ!耐え抜け!」
「オレもう腕が痛くなってきたんだけど!?」
「イオ!君の愛が、私を守る!」
「ジョナサン神父、落ち着いてください!」
先ほど顔面にゴブリンがしがみついたせいか、少し錯乱している神父さんを宥めつつ、進行方向に視線を向けた。
「……軍曹」
「なんだ!最後まで油断するなよ!お前も周囲を」
「前、道がなくないですか?」
「ふぇ?」
軍曹が気の抜けた声を出しながら前を向けば、そこには足場ごとレールが崩れてなくなった地面と、暗い闇が広がっていた。
「ブレェェェキッ!!」
「よしきたぁ!」
彼の声にクリスさんがブレーキを力いっぱい引く。
バキッ!
「「「「………」」」」
幻聴が聞こえた。幻聴のはずである。
そっとクリスさんに視線を向けると、迷惑記者はニヒルに笑いながら『謎の棒きれ』を手に肩をすくめた。
「とれちゃった」
その言葉に、揃って天を仰ぐ。当然ながら、岩の天井しか見えない。
他のレールが離れていき、後方から追ってくるゴブリン達のみとなる。そちらからは赤い火花が散っており、ブレーキをかけているのだろう事がわかった。
とりあえずイラついたのでピックを投擲。ボーリングのピンの様に飛んでいくゴブリン達を背後に、自分達も飛んだ。
「うおおおおおお!?」
「アメリア、ごめんね……」
「イオ。先に逝きます」
やってくる浮遊感。歯を食いしばり、覚悟を決める。この窮地に、迷っている暇などない。
結局まともな練習すらできなかった魔法。ぶっつけ本番だが、やるしかない!
「全員、捕まってください!」
言いながら軍曹とジョナサン神父の襟首を掴めば、三人もこちらの体に反射か信頼かは知らないがしがみついてくる。
腕に軍曹とジョナサン神父、胴体にクリスさん。その状態で、トロッコの底を蹴り、聖女が自分に託した呪文を唱える。
「『ウイング・ブーツ』!!」
両足首の外側から、魔力で構成された長さ一メートル程の翼が展開される。
青い魔力のそれが暗闇を照らし、四人分の体重を宙に浮かせた。落下していく金属製のトロッコが十数秒後に岩の地面に落下し、砕ける音が響いてくる。
「ぐ、ぉぉぉ……!」
ギシギシと、軍曹とジョナサン神父がしがみついている両腕が異音を発し、激痛が肩と肘を襲う。
確実に体重が百キロを超えている二人に、人の身は壮絶な悲鳴をあげていた。
「と、飛んでるぅ!?」
「どうなってんだこりゃぁ!?」
「シュミット卿、これは……」
「説明、は、あと、でぇ……!」
フラフラと歪な軌道でゆっくり降下しながら、視線を必死に動かす。
重量オーバーもあるが、魔力の消費が早い。すぐに足場を見つけなければ……!
「シュミット!あっちだ!あっちへ向かえ!」
軍曹が指し示す方向にどうにか飛んでいき、半分落下する様に着陸する。
「おっと」
「ぬぅ」
「ぐぇぇ」
「くっ……!」
綺麗に着地する軍曹とジョナサン神父。立ち位置的に、クリスさんが自分の下敷きになって蛙が潰れたみたいな声を出した。
「すみません、今、どきます……」
「おう、それより大丈夫かよブラザー。腕が両方ともぶらぶらしているけど」
足でどうにか立ち上がるも、あぶら汗を搔きながら座り込んだ。魔力はたった十数秒の飛行で三割近くもっていかれ、肩は揃って脱臼している。
「すみません、誰か肩を嵌めてもらっていいですか」
「お任せを」
ジョナサン神父がこちらの肩と肘をもつと、一息に押し込んでくる。外れた時以上の激痛がくるも、痛覚の許容範囲は広げてある。歯を食いしばってどうにか耐えた。
両腕を嵌めてもらった後、関節に白魔法をかける。これで、一応どうにかなった。
「……出口は近い。どうにかここまで来られたな」
軍曹が周囲を警戒しながら、汗を拭う。
「しかしシュミット卿。先ほどの魔法はいったい?人間が空を飛ぶなど、聞いた事がありませんが……」
ジョナサン神父が不思議そうにこちらを見てくる。
肩の具合を確かめながら、どう答えるか少しだけ迷った。死んだはずの聖女から教わったなど、教会にどう見られるかわからない。
正直聖人認定とやらだけでも持て余しているのに、ここから更に盛られたらたまったものではない。
「あー……とあるお方から、最期に託された魔法ですよ。どういう人だったかは秘密です」
「では、聞けませんね。ただ、その方に感謝を捧げるのみです」
ニッコリと優し気に笑いながら、陽光十字を握るジョナサン神父。
そんな彼をよそに、迷惑記者がこちらの背中をつついてくる。
「そう言わずにさブラザー。ちょっとオレにだけ教えてくれない?オレ達の仲じゃぁん。ね?ね?」
「断固拒否します」
「えー?いい店紹介するからさぁ。ボインのチャンネーが沢山いる店!」
「マジでアメリアさんに言いつけますよ……」
「先へ進むぞブラザー!帝都でオレ達の使命を果たすんだ!」
この迷惑記者、いっぺんはっ倒してやろうか。さっき抱いた罪悪感を返せ。
調子のいいことを言いながらカウボーイハットを被り直す人物に、白い目を向ける。
だが、迷惑記者の言い分ももっともだ。ゴブリン達が別ルートで追ってくる可能性もあるので、とっとと先に進むとしよう。
そうして、ようやく自分達は帝都の地下へと到着した。
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