第百三十二話 切り開く道
第百三十二話 切り開く道
地獄を終え、汽車で東部戦線へ向かった。
他三名が汽車の旅の最中『エンジン音恐怖症』を発症していたものの、さしたる問題ではないので割愛。
王国軍が占拠した塹壕群も超え、シュナイゼル准将率いる部隊が包囲している要塞───を、迂回する様に山へと入る。
当然ながら、要塞から一つ二つ離れただけの山が手入れなどされているはずもない。なんせ、こうして敵に使われるのだから。
故に自分が先頭に立ち、あらかじめ受け取っていた地図と睨めっこをしながら道なき道を切り開いていく。補助にかつてこの山を通った事がある軍曹がいるので、迷う事もない。
「あ、クリスさん」
「うん?」
他三名の様子を確認しようと振り返り、クリスさんの登り方を見て声をかけた。
「爪先だけで登るのは危ないですので、足裏全体を斜面に着けた方がいいです」
「おや、そうなのかい?」
街の中を進む様に後ろ足で蹴る登り方は、山だと滑ってしまう可能性がある。一応比較的進みやすい場所を探ってはいるが、こういう場所に慣れていないあの人には少し厳しいかもしれない。
「軍曹、一応、時々見てもらえますか?」
「おう。任せろ」
上り順は自分、クリスさん、軍曹、ジョナサン神父である。神父さんが最後尾な理由は、端的に言って殿だ。後ろから敵が来たら、彼に対応してもらう。
「おや、そうなのですか?」
きょとんと自分の足元を見るジョナサン神父。彼が登った後には、くっきりと足跡が残っていた。
……装備もあるとはいえ、体重何キロなんだろう、この人。というか踏み込む力が強い。
「えー……ジョナサン神父はそのままでも大丈夫です」
「ふむ。よくわかりませんが、シュミット卿がそうおっしゃるのなら」
何というか、あの人だけ登り方が雪の積もった山に対するそれなのだけれど、自分の直感が彼の場合はそれが正しいと告げている。
そっと神父さんの足元は見なかった事にし、山へと向き直った。
そこで、鹿が通ったであろう道を見つける。
道と言っても、当然獣道だ。しかし、そこに違和感を覚える。これは……。
立ち止まり停止する様ジェスチャーで示して、周囲に耳を澄ませた。
───ズルル……。
聞こえてきた微かな木と鱗の擦れる音。ノールックで抜き打ちのピックを放つ。
続けて抜剣しながら、その辺の木を足場に三角飛びの要領で跳躍。跳んだ先には、予測通り一匹の大蛇がいた。太さは成人男性の太ももほどもあり、長さにいたっては五メートル以上。
そんな蛇が、まるでカメレオンの様に姿を景色に同化させていたのだ。
ピックが刺さって眼玉から血を流すそいつの首を切断し、仕留める。のたうつ体が地面におちて木々にぶつかり音をたて、続いて頭が足首までの草の中へと落下した。
布で軽く刀身を拭いながら、残心。周囲に他の気配はなしと判断し、剣をおさめる。
「びっくりしました。まさかこんな蛇がいるとは」
「いやびっくりしたのはオレの方なんだけど?」
頬を引きつらせるクリスさんに、冷や汗を流す軍曹。何となく言いたい事はわかるが、慣れてもらわないと困る。帝都には怪物がわんさかいるのだ。
大蛇の頭からピックを回収し、体の方に。
「それより、これも魔物ですよね。迷彩で隠れていましたが、この辺りで鹿やウサギなどを襲っていた様です。動きから、たぶん人間も襲うタイプでしょう」
「こいつぁ『ジャイアントボア』だな。大きいのは十メートル以上になる蛇の魔物だ。俺がここを通った時には、こんな奴いなかったんだが……」
軍曹が渋い顔で己の顎を撫でる。
「毒はありますか?」
「いや、ない。そんなものこいつらには必要ないからな」
「そうですか。それは良かった」
ナイフを取り出し、三人に振り返る。
「少し、周囲の警戒をお願いします。これを今日の食料にしましょう」
「え゛」
「あいよー」
「わかりました」
頷いて索敵を始めてくれた二人に反し、軍曹がぎょっとした顔でこちらを見てきた。
「え、食うのか?」
「?毒はないんですよね?」
「そうだが……いや、魔物だぞ?」
「僕の勘が言っています。この蛇は、美味いと」
刃をたてた時の、筋肉質で引き締まった肉ながら『ぷりっ』とした感覚。間違いない。この蛇は焼いて食べると美味である。
ドン引きした様子の軍曹。意外といいとこの出なのだろうか。
いや、ジョナサン神父も貴族の出身だが普通に受け入れている様子なので、そうとも限らないか。
自分達だけが食べる分を回収し、後は山に残していく。布で蛇の肉を包み、荷物を背負いなおした。
「お待たせしました。行きましょう」
「OK。それより美味しいって本当かい?オレ蛇は食べるの初めてなんだけど」
「恐らく。後で焼いてみましょう」
「……お前、抵抗ないのか。蛇の前に魔物だぞ」
「いんや。毒さえなければ糞尿以外大抵のものは食えるよ。美味しいのなら迷う理由はないね!」
「……そうか」
軍曹的には『魔物』というのが気になるらしい。
元特殊部隊で現冒険者の彼が、そこまで食にこだわる事に少しだけ疑問をもつ。
「軍曹。魔物料理は苦手ですか?」
「いや、普通魔物は食わねぇよ」
「そうなんですか?」
「普通の蛇なら俺も食った事あるが、魔物は通常の生物とは違う。呪われた生き物だ」
「おや、それは違いますよ?」
ニッコリとジョナサン神父が笑みを浮かべる。
「この世に呪われて生まれてきた生物などおりません。魔物も含め、全ての命は我らが女神から祝福を受けています。アンデットと黒魔法使いの様に、後天的に呪いを振りまく存在はいますが」
「そういうもんかい」
「あ、ジョナサン神父。教会戦士ってお肉は大丈夫ですか?」
「はい。積極的に食べる為の狩りはしませんが、出されたのなら特に戒律で決められておりません。命に感謝しながら頂いております」
それなら安心である。
「軍曹。もしも無理なら乾パンやその辺で採った山菜もあるので、それだけでも大丈夫ですから」
「お前、偶に何か採ってると思っていたら……。いいや、気にしないでくれ。俺もそこまでデリケートじゃねぇさ」
頭を振って、先へ進むよう促す軍曹に、自分もそれに頷き山を登っていく。
そうして進んで行けば、日も暮れてきた。予定していたペースよりも順調であるし、今日は休む事に。
葉っぱの多い手ごろな木を見つけ、その根元で根っこを避けた場所に穴を掘る。その横にも空気が通る用の穴を掘り、中で拾ってきた枝を燃やし始めた。湿気も少なく、よく燃える。
……そう言えば、アリサさんと初めて仕事した時もこうして焚火をしたな。煙が葉で散らされて、賊の類から見つかりづらいと。
それでも夜中に盗賊が来たので、二人で対処したものである。その時、自分が転生者ではないのかと尋ねられたのだ。
そんな事を考えていれば、軍曹主導でテキパキと野営の準備が行われていく。
やはり元軍属だけあって、その手際はいい。魔物食以外は慣れた様子だ。
そんな彼をよそに、薄く切った蛇肉に串を刺して焼いていく。形だけはかば焼きに近いが、タレがないので塩と胡椒で味付けした。
前に街で売っていた本によると、ゲイロンド王国始まりの島より更に東に、小さな島国があるらしい。独自の文化が花開いているその島……ワンチャン、大昔の日本みたいな場所だったりしないだろうか。それなら醤油が手に入るかもしれないのだが。
ついでに山菜と干し肉、軽く砕いた乾パンを入れたコンソメスープも用意して、食事にする。
「いただきます」
「おお、美味いねこれ。店に出せるんじゃない?」
「本当ですね。シュミット卿にこんな特技があったとは……」
クリスさんとジョナサン神父の感触は良い。
チラリと軍曹を見れば、彼は固い面持ちでゆっくりと蛇肉のかば焼きに口を近づけている。
何となく三人でそれを眺めていると、強面の彼は遂に肉厚なそれにかぶりついた。
「………っ!?」
目を見開き、口を動かす軍曹。しっかりと味わってから飲み込み、ぽつりと呟いた。
「美味い……」
「でしょう?」
何となくそう返してから、少しだけ自分が相棒みたいな口調になっていた事に気づく。我ながら柄にもない。
幸いそれに気づかれる事もなく、和やかに食事は進んだ。特にコンソメスープが人気で、クリスさんにレシピを強請られたほどである。
もっとも、個人用ならともかく店とかで出したらコンソメを秘伝扱いしている料理人さん達が殺しにくるかもしれないので、断固拒否したが。
この世界、前世日本以上にその辺りの技術に関して厳しいのである。飯のタネは誰にとっても命綱だ。そう答えれば、流石にクリスさんも追及はしなかった。
そんなこんなで就寝となったのだが……。
「近づいていますね」
「マジか」
夜、交代で見張りをしていれば自分達に近づく足音に気が付いた。
「クリスさん、二人を起こしてください」
「いや、その必要はねぇよ」
「私達も目が覚めた所です」
ゴキリと小さく首を鳴らしながら軍曹が枝葉で偽装したテントから顔を出し、続いて銃を手にしたジョナサン神父も現れた。
気配から確実にさっきまで眠っていたのに、何とも頼もしい面々である。
「数は十。足音から肉球がありますが、内九体が二足歩行の小型から中型。残り一体は四足の大型です。一塊になって接近中」
「とんでもねぇ耳してんな、シュミット。お前が敵でなくてよかったよ」
ライフルを取り出しながら、軍曹が苦笑する。
「それはお互い様ですよ。では、やりましょうか」
「あ、オレは荒事とか苦手なんで、そこんとこよろしく」
「了解」
ピースサインで言ってくるクリスさんを残し、三人で迎撃に動く。
音がする方向に向かえば、鬱蒼とした木々の中に黒に近い灰色の体毛を生やした魔物達が姿を現した。
二足歩行の犬めいた姿をし、手の様な前足には棍棒を持った魔物。『コボルト』
そして、そいつらを先行させながらゆっくりと進む人面の獅子。
体高が二メートルほどもあり、尾を抜いた体長は三メートルほどの巨体。赤黒い体毛で覆われた鬣に囲われて、サメの様に鋭い歯が並んだ口から涎を垂らしている。
だが、最も注目するべきは蠍の様な尻尾だろう。赤い外骨格に覆われたそれの先端には、モーニングスターの様に棘が何本も外に向かって伸びていた。
たしか、『マンティコア』。強靭な肉体と毒を併せ持つ、攻撃的な魔物である。
「坊主。一応言うが」
「アレは食べませんよ」
「ならいい」
それだけ言って、軍曹が自分達から少し離れた位置に身を隠す。それにジョナサン神父と頷き合い、互いの得物を抜いた。
そして、合図もなしに突っ込む。
『ッ!バウ、バウ!』
風下から近づいたが、ここまで来れば気づいたらしい。先頭のコボルトが犬歯をむき出しにして吠える。
それぞれ武器を構える魔物達だが、一切を無視。自分は木々を足場に跳躍を繰り返し、マンティコアへと接近する。
一瞬だけ振り返れば、コボルトの群れへとジョナサン神父が二丁拳銃を手に突撃する所だった。
「ぬぅぅぅんんん!!」
『ギャッ!?』
突き出された銃口。その周りに並んだ『牙』に容易くコボルトの頭蓋は砕かれ、頭部が血肉をまき散らし吹き飛ばされる。
続けて左手の銃床がもう一体のコボルトの首をへし折り、棍棒を手に殴りかかった三体目が腹を蹴り潰されていた。
前世の自分が彼を見ても、絶対に聖職者とは受け入れられないだろうな。
そんな思考をよそに、マンティコアへと跳びかかる。
『ガァァア!!』
雄叫びをあげながら、マンティコアが尻尾をぐるりと勢いよく回した。すると、尾の先端に生えていた棘が一本こちらへと放たれる。その攻撃は、前に本で見た。
毒の塗られたそれを籠手で殴り飛ばし、右手一本で握った剣を落下の勢いものせて振り下ろす。
浅い。右目を潰すも、脳天はかち割れなかった。
『ギィィィ!!』
人間の様な悲鳴をあげながらマンティコアが前足を振るってくる。牙や毒針だけではない。奴の四肢もまた、一撃が必殺となる剛力をもつのだから。
しかし、当たらなければ意味はない。
紙一重で姿勢を低くして回避したこちらに、マンティコアの眼が見開かれる。
獅子の体に相応しく夜行性らしいが、あいにくと夜目がきくのは自分も同じだ。
奴の真横を駆け抜け様に剣を振るい、脇腹を引き裂く。派手に血飛沫が舞い、再びマンティコアが悲鳴をあげた。
同時に、無茶苦茶に振り回される尻尾。咄嗟に距離をとって避ければ、尾の先が地面に当たって土煙があがり、木に当たれば樹皮が弾けた。鉄槌のごとき破壊力である。
こちらとの間合いが開いた事に気づいたマンティコアが踵を返そうとした、その時。
「むんっ!」
飛び出してきた軍曹の銃剣が、マンティコアの首を抉る。体重をのせた一撃は、深々と突き刺さった。
自分が潰した右目側からの奇襲に、奴が声なき悲鳴をあげる。びくりと体を痙攣させている所に、反対側から刃を振るう。
鬣もろとも、その太い首を両断した。
「加勢は不要だったか」
「いえ、ありがとうございました。軍曹」
お世辞抜きでありがたい。こういう獣は執念深いのだ。逃がすと後で復讐にくるかもしれない。
そう言いながらジョナサン神父の方を振り返れば、ちょうど彼も最後のコボルトの頭を粉砕した所だった。
全員無傷な事を確認し、周囲を警戒しながら魔物の死体を見下ろす。
「軍曹」
「ああ。マンティコアなんて魔物もこの山にはいないはずだったんだがな。少なくとも俺がいた頃は」
七、八年もあれば、確かに森の様子も変わるものだ。
しかし、ジャイアントボアといいマンティコアといい、こうも大型の魔物が……生態系の上位にたつ魔物が近い距離を住処にする事に違和感がある。
血を拭った剣をおさめながら、小さくため息をはいた。
「スマートな潜入には、ならなさそうですね」
「気づかれてなきゃいいがな」
ここまでの道中、スピード優先で痕跡を残す事を厭わなかった。
では、ここからは隠密に専念するか?
否。
「可能な範囲で静かに。でも、いざとなれば」
帝都がある方向を睨みつける。
「立ちはだかる一切合切を、斬って捨てて進むとしましょう」
読んでいただきありがとうございます。
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Q.なんでコボルトがマンティコアと一緒にいたの?
A.
コボルト
「俺たちゃ強い奴の味方だぜ!へへ、マンティコアの旦那は最強だ!人間?あいつら牙も爪も大した事ないじゃん」
マンティコア
「もしも罠とか強い敵がいたら奴らを突っ込ませて確認しよ」