第十四話 作戦開始
第十四話 作戦開始
サイド ???
『グ、ァァ……』
頭痛を堪えながら水晶玉を覗き込む。
思考が纏まらない。これだから昼間は駄目なんだ。昼夜逆転なんぞ昔もやっていたが、常にではなかった。だが『この体』になってからは昼間に起きているだけで凄まじい苦痛が脳を蝕む。
しかし、それだけならまだよかったのかもしれない。
───……ラ、ハラ、へッ……。
『ウブルルルル……!!』
声が、聞こえるのだ。
脳の内側に響く雑音を払いのける様に首を振った後、改めて水晶玉を覗く。
そこには使い魔であるカラスの視界を通じ、村の様子を上空から見た光景が広がっていた。
明らかに商人の類ではない。ましては農民やただの冒険者では手が出せない上等な馬車でやってきた者達。たった二人しかいないのが気になるが、きっとこの地の貴族が送ったに違いない。
そいつらは今、磔にした村人達の所へと近づいていた。
黒髪の男とも女ともとれる美しい人間が、一度深呼吸をしてから村人の死体に触れようとする。
直後、その動きが止まり頭を押さえてよろめいた。
あそこには『衰弱』の効果を持つ結界を張ってある。私自身がいない故に出力は低いが、村人十人の魂を使った事もあって常人を退かせるには容易い。
ふらついた黒髪の人間を、金髪の女が肩を貸し死体から距離を取らせた。そして、その右手を光らせる。
『ヌゥ……!?』
あれはまさか、白魔法か?随分と魔力を小出しにしているが、練度は高い様に見える。
白魔法は教会の貴族派……貴族の次男三男で構成された派閥で脈々と受け継がれている技術。多少貴族の血が入っている程度の商人では学ぶ事すら許されない。
やはり奴らはただの冒険者でも通りすがりでもないのだ。貴族からの先兵に違いない。
『クソッ!』
水晶を置いている木の台を感情のままに殴る。粗末な作りだった事もあり、たったそれだけで壊れてしまった。
『ガ、ァァ……!』
そして力んだせいか、また頭痛が酷くなってきた。
ああ、畜生……!やはり一カ月近く村を占拠するのは無理だったのだ。街道沿いのソレが長期間音信不通となれば不審に思われる。
しかし、もはや『人間だった頃』の自我も限界がきつつある。次第に頭の中で響く『トロールとしての自分』の声が大きくなり、意識が途絶えている事も増えてきた。
今すぐ、ここから逃げ……。
────ハラ、ヘッタ。
『ハッ!?』
いつの間にか、洞窟の奥深くに。『村の者達の肉』を塩漬けにして保存食にしていた場所に来ていた。
そして、眼の前には食い散らかされた熟成しきっていない肉の食べ残し。それらをしまおうと置いてあった麻袋も、乱暴に漁られたのか引き裂かれている。
『ア、アアアアア!!』
怒りのまま岩の壁を殴りつけた。緑色の拳を忌々しく眺め、唸る。
まただ。また、この体に飲み込まれる。その度に計画が無茶苦茶になるのだ。
首にぶら下げた大きな手帳を開く。そこには半年前のまだ理性の残っていた自分の字が残っていた。
そこに炭で必死に字を書いていく。もはや自分の脳は信用できない。こうして記録に残す事でしか、『逃亡計画』を進められなかった。
せっかく、あそこから逃げて来たのだ。実験体だったトロール共をつれて、森に隠れ移動してきた。それが、トロールと自分の混ざった人格のせいで滅茶苦茶になっている。
自分はただ黒魔法を極め、無限の力を得たかっただけなのに……どうしてこんな目にあわねばならんのだ。
一通り書きなぐり、水晶玉のある部屋までよろよろと戻る。そこを覗き込めば、黒髪と金髪の人間たちが村の端で何かを話している様子だった。
村人たちが教会の周りに集まり、何やら口論をしているがもはやどうでもいい。ここに留まるのはもう無理だ。
問題は黒髪と金髪の奴ら。村人の証言など、その精査だけでかなりの時間がかかる。だが貴族お抱えの兵士なら別。奴らの証言一つで領主は動くだろう。
是が非でもあの二人は殺す。そうする事で少しでも自分の足跡を消すのだ。
二人には既にトロール共を向かわせている。知能が低い分上下関係で縛り易かったあれらを使えば、殺せる……はずだ。
懸念があるとしたら、あの白魔法を使うショットガンを持った女。奴が私の方へと来た場合だ。
万が一もありえる。そうそう負ける事はないが、それでも絶対はない。あの女は確実に自分の元へ近づけさせてはならない。
そう思いながら使い魔でトロール共を誘導し村へと攻め込ませた。対峙する二人。そして、奴らは予想外の行動に出た。
二人そろって油の入った瓶を投げてくるのはいい。だが、黒髪の方が直後に森の中へと走り出したのだ。
咄嗟に阻もうとしたトロールの腕を避け、駆け抜け様に脛を斬り裂いていく。痛みに怯んだ個体の脇を通り抜け、そしてそのまま森の中に入ってしまった。
上からでは木々が邪魔で視え辛いが、確かにどんどん奥へと進んで行く。
残された女の方はその事に動揺するでもなく、ショットガンでトロール共を攻撃し始めた。まるで村人たちから遠ざける様に、つかず離れずの距離で。
……これは、なんたる僥倖。
村人を見捨てる事無く、二手に分かれ片方が私を殺しに来る。それだけでもやりやすくなったのに、私の方に来るのが時代遅れの剣士だとは。
教会の殺し屋集団である『教会戦士』ならともかく、あの程度の結界で動けなくなる輩など幾らでも迎えうてる。
何かしらの秘策は持っているかもしれないが、甘い。先の結界の反応から、術は正常に奴へと効果を発揮していた。あの反応は演技ではない。
勝てる。聖水を投げてこようが、爆弾を隠し持っていようが。目に見える武器が剣だけの戦士など私の敵ではない。ライフルやショットガンは脅威だが、剣などと……。いかんな、あまりの幸運に笑ってすらしてしまいそうだ。
古い貴族の中には銃を毛嫌いする輩もいるとか。きっとあの黒髪もその類なのだろう。
奴らを殺し、この地を離れる。南へ、もっと南へ。とにかく遠くに。
『ガァア゛ア゛ア゛ア゛!!』
感情の高ぶりから出た咆哮が洞窟を揺らす。
こんな所で死んでなるものか!どれだけの生贄を消費しようとも、私は生きて魔法の深淵にたどり着くのだ!!
* * *
サイド シュミット
森の中を駆けながら、瞳を動かし続けた。
トロール共が普段通る道を見つけなくてはならない。この辺りにもはや他の動物たちは近づいていないだろう。であれば、森の中にある大型の痕跡は奴らの物に他ならない。
クマや狼より遥かに頭の悪いトロール共は、自分達の足跡に頓着していない様だ。これなら奴らのねぐらまでたどり着ける。そこからそう遠くない位置に親玉がいるはずだ。
問題は……。
木々の隙間から、森の上空を飛ぶ一羽のカラスに視線を向ける。
例の少女が逃げられて、他の大人達が逃げられなかった理由。トロール共に大した追跡能力がないのなら、どうやって逃げる村人を察知しているのか。
臭いなら、大人と子供の体格差など大して関係ない。音ならばなおの事。むしろ子供の方が忍び歩きする大人より騒がしい事もある。
魔力だの魔法だのの追跡であれば、アリサさんから臭い以上に子供だけ逃げられた理由がわからないと言われた。
であれば『視覚』。それも村全体をカバーする為に上から見ているのだと考えたが、ビンゴだったらしい。死体に近づく自分をじっと見ていたかと思えば、追いかける様に森の方までたった一羽でやって来た。魔法使いの『使い魔』というやつだろう。
その追跡は、森のおかげである程度誤魔化せている様だ。カラスは時折あらぬ方向に飛んでいく。たぶん、今も見失っているのだろう。
相手の戦力を把握しきれていない今、短期決戦で片をつけたい。逃亡を選ぶにしてもその判断を早くする為に速度が重要だ。
腰の剣の感触を確かめ、脚を動かす。アリサさんからも『使い魔はそう遠くまでは飛ばせない』と言われているから、アレが飛んでいるという事はねぐらは近い。
……アリサさん、大丈夫だろうな。
色々と隠し事の多い人ではあるが恩人であり、頼れる仕事仲間。そのうえこちらの事情を知った上で知識をくれる貴重な人だ。死なせたくない。
彼女の安否だけが、後ろ髪を引いていた。
* * *
サイド なし
村の中央付近。そこでは神父が説得に失敗し、村人たちの間で意見の対立が起きていた。
そんな彼らの声もトロール達の雄叫びが聞こえてくればピタリと止み、次の瞬間には我先にと逃げ出していく。
更に、怪物共の咆哮には銃声も加わっていた。
「そぉい!」
ショットガンを放ちながら、距離を取ろうと後退する金髪の少女。アリサ。
彼女が放った二発の弾丸の内、一発はトロールの脇腹に、二発目は民家の壁に着弾した。
「うん、やっぱ当たらん!!」
無駄に元気よく吠える彼女。使い慣れない銃を持ってくるにあたり、命中率を少しでも上げようと最初は散弾を持って来ていた。
しかしそれでは効果が薄いとわかり、スラッグ弾……散らばるのではなく、ライフル弾や拳銃弾と同じく一塊の弾を使う様に切り替えたのだ。
だが、そのせいか命中率は大きく低下している。立ち止まって撃つのならともかく、動く標的を走りながらではそうそう当たらない。
その事に苦笑する彼女に、三体のトロールが雄叫びを上げながら襲いかかった。
森の近くの民家はトロール達の脅迫や見せしめに破壊されどれもボロボロであり、走る怪物達の体を阻む事はできずに更に崩れるだけ。一切の減速はない。
それでもアリサはその隙間を走り、少しでも追いつかれる可能性を減らす。
幸いな事に彼女の足はかなり速い。馬とまではいかずとも、獣に匹敵する俊敏性をもった健脚だった。
時折振り返っては銃弾を放つ彼女。それを追うトロール達の足並みは、徐々に崩れていく。
当たり前だが、全員が全員同じ足の速さでもなければ、アリサが右へ左へと動き回るので余計に互いのペースは違ってくるのだ。その上、通常は群れない種であるトロール達の頭に連携という概念はない。
やがて、一体だけが突出する形になった。
「ヘイヘーイ、こっちだよっと!」
頬を弾丸で抉られ、その個体が吠える。
怒りのまま直進したそのトロールの体が崩れかけの民家にぶつかった。
直後、逃げ腰だったアリサが反転。その民家に接近し、弾を込めなおして散弾を木製の壁に二発続けて撃ち込んだ。かと思えば、彼女は道に放置されていた荷車を飛び越えて地面に伏せる。
そして、轟音が村中に鳴り響いた。
銃声とは比べ物にならないそれは爆炎を纏い、同時にばら撒かれた油に引火する。
それらを浴びたトロールに、生き残る術などなかった。
『ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛────ッ!!??』
絶叫をあげて転がるトロール。その全身には細かな鉄球まで食い込んでいる。普段ならすぐさま再生するそれも、焼け爛れた体では肉を抉り血管を引き裂いたままだった。
「うひゃぁ……シュミット君もえげつない事考えるなぁ」
地面から跳ね起きて民家の陰に隠れながらアリサがぼやく。
『どうせ村人の避難など簡単にはいきません。ですがトロールが来る森からは少なくとも離れるはず。なら、そこで罠の一つもしかけましょう』
そう淡々と言い出した彼は『火炎瓶にするにしても瓶は足りないし散弾も大した威力がないのなら、いっそ全部纏めてしまいましょう』と散弾の実包と油を住民のいない民家にアリサと共に運び込んだのである。使い魔で見られていたとしても、細かい指示をトロール達には出せまいと。
そして、手ごろな金属片も置いて外から残り少なくなった散弾を撃ち込んで火花を散らせ、油に引火させたわけだ。
「さて、と」
アリサは紐でショットガンを背中にかけるなり、軽々と民家の屋根に上ってみせた。
そうして、視点の近くなった残り二体のトロールを見据える。
「どーもー。一曲、私と踊ってくれないかな?」
ショットガンを折り排莢。新たにスラッグ弾を込め、アリサは笑う。
「ちょっとばかし、物騒な曲になってしまうけどね!」
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!』
咆哮をあげるトロール達に、不敵な笑みを浮かべたまま少女はショットガンの薬室をガチャリと音をたてて閉める。
村人たちの悲鳴とトロールたちの咆哮。そして少女の笑い声と銃声が村に響き渡った。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.魔法まだまだ強いじゃん!
A.部分的には魔法の方が強い所もありますが、習得難易度と才能の格差。あと大抵が狙撃されたらまずい身分なので前に出せないという事もあり、『もう銃と爆弾でよくね?』な世界です。
ついでに、単純な射程と威力でライフルやショットガンに勝てる魔法は人間だとちょっと……。一応、軍部で多少は魔法使いもいる感じ?