第百二十六話 戦場の狂騒曲
第百二十六話 戦場の狂騒曲
月すら見えない雨の夜。街灯と車のライトだけが照らす道を、一台の車が疾走する。
訂正。
「イィヤッフゥゥゥゥゥゥ!!」
爆走していた。
公爵家の人間は優秀な代わりに頭のネジが外れていないといけない決まりでもあるのか、例にもれずこの運転手さんもまた色々とおかしかった。
何度目かの曲がり角。碌な減速もせず、雨で濡れた道路で街灯にぶつかるスレスレを曲がっていく車。
一度目はぶつかると思い跳び下りようかと迷ったものの、こうも連続でやられれば慣れてくる。雨水さえ利用して車体を滑らせる異様な動きをされても、振り落とされる心配をしなくなっていた。
この人の運転技術は間違いなく素晴らしい。だが。
「俺のドラテク見せてやんよぉ!!」
何回ドラテク言うんだよ……。
直線で猛加速する車にしがみ付きながら、心の中で愚痴る。もうやだこの人。
「ん?」
雨で視界が悪いながらも、万一敵の奇襲があっては危険だ。そう思い視線を動かしていると、気づく。
前方にかなりの急カーブがある事に。
「ちょ、待って!減速してください!」
───ブォォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!
「ブレーキなんざ人生にはいらねぇ。漢は黙ってアクセルべた踏みよぉ!」
駄目だ、聞いていない!
さすがにこの加速であのカーブは無理だ。横転する瞬間、車から離脱する。どうにかその際、この人を連れて行けるか……!?
そう思考する時間さえ与えてくれず、車は突き進む。
やば……!?
「これが俺の、ドラテクだぁああああ!!」
がこん、と一瞬車が揺れた。
「溝に!?」
道路の横に掘られた、雨水を流す為の溝。そこにタイヤが挟まっている。
いいや、違う!『挟んだ』のだ!!
車は一切減速せずにカーブを曲がり切り、駅への直線ルートに入った。
「ハーハッハッハァ!見たかぁ、坊主!これが俺の実力ぅ!そしてこの車の性能ってわけよぉ!」
「そ、そうですね……聞こえてたんじゃないですか貴方!?」
「うるせぇ!客の声が聞こえねぇ運転手なんざいるかよぉ!!」
じゃあ減速しろよ!せめて中に入れろ!純粋に危ないんですよこの位置!
その様な文句を言う暇もない。眼前に見えた駅からは雨でも消えぬほどの火の手が上がっていたのだから。
「運転手さん!」
「ブレーキは捨てたぁ!このまま突っ込む!」
もうツッコまんぞ。
屋根の上で立膝の状態になり、戦闘に備える。当然先ほどよりも揺れがもろにきて体が不安定になるが……。
「腕自慢なら、上手くやってくださいよ」
「俺を試すかぁ!?面白い!」
更に加速する車。駅の改札を破壊し、ホームへと乗り込んだ。
ギャリギャリと騒音をタイヤで鳴らしながら入ってきた車に、ほんの一瞬だけそこにいた全ての視線が集まる。
兵士、グール、そして───謎の武装集団。
状況から瞬時にグールと武装集団を敵と認定。車の屋根から跳躍する。
「こいつぁおまけだぁ!!」
直後、回転して背中を見せる車から爆ぜる様な音がしたかと思えば、トランクから十数個の缶の様な物が放物線を描いて射出された。
それらが、地面につくなり煙幕……否、『聖水』を散布。一瞬でホームを白で染め上げる。
「あぁばぁよぉ!!」
反転して駅の外へ去っていく車に不本意ながら感謝し、前へ。
霧の中に飛び込めば当然視覚など使い物にならない。視界不慮で僅かに膠着した戦場で、ただ耳と鼻、そして魔力感知だけを頼りに吶喊を行う。
兵士に貫こうとしていた槍使いの胴を薙ぎ、藻掻く崩れかけのグールを蹴り飛ばし、サーベルを持った男の胸に剣を突き立てる。
「がっ!?」
薄れていく霧の中、男と目が合った。
限界まで開かれる瞳。そいつが何かを言うより速く、刃を振るう。
一息で四分割された男の血飛沫を舞わせながら、残心を持ちつつ周囲を見渡す。
見られていた。全ての瞳が、自分に集中している。
「『剣爛』だ……」
「あの話は本当だった……!」
わなわなと震える謎の武装集団。だが、その隙を見逃すほど公爵軍は甘くない。
「おらぁ!」
「死に晒せぇ!」
至近距離でライフルを叩き込み、あるいは銃床で殴り飛ばす。
そして再び乱戦に戻った駅のホームで、自分もまた剣を構え手近な男へと斬りかかった。
「『剣爛』!俺はあんたの───」
何か喋ろうとしているが、関係ない。殺す。
自分に何の用かは知らないが、グールと共に公爵軍を襲い───こちらに対して濃密な殺意を向けてくる存在を生かしておく道理などない。
サーベルを二刀流にした男が、こちらの唐竹の一撃を交差させた剣で防ぐ。
強い。だが、自分が今まで戦った剣士たちよりは、弱い。
防がれた直後に刃が触れた箇所を起点として、勢いそのまま柄頭を男の顔面へと叩き込んだ。
骨が砕ける感触。そのまま男の膝を横から蹴り飛ばし、体勢が崩れた瞬間に首を刎ねる。
続けて、背後から斧を振るってきた猪獣人の一撃を屈んで回避。低い姿勢のまま振り向き様に奴の太ももを一閃。
派手に血飛沫をあげて跪く獣人の頭を、刃で叩き割る。
───なんだ、こいつらは。
猛烈な違和感を覚えながらも、立ち止まる暇はない。横から突き出された槍を避ければ、息をつかせぬ三連撃が襲ってくる。
首狙いの突きを回避、胸狙いのものを鍔で弾き、その影響で僅かに鈍った三撃目を左の籠手で受け流した。
そのまま踏み込み、槍の内側へ。相対する男はそれを読んでいたかの様に左手でダガーを抜き、逆手でこちらの首を狙ってくる。
だが、読めていたのはこちらも同じ。柄頭で殴る様にダガーを弾き上げ、体を強引に捻り袈裟懸けに男の体を引き裂いた。
そして互いの体が交差した直後、反転し刃を閃かせる。男が放った石突きを斬り飛ばす為に。
無防備な背中が見える。相手が即座にこちらへ向き残って槍の穂先を振るってくるが───先に自分の剣が奴の首を裂いた。
骨まで斬った感触に仕留めた確信を得れば、ちょうど男の体から力が抜け膝をつく。
そして、男は、
「こ、ひゅぅぅぅ………!!」
裂かれた喉から意味のない音を出して、『笑っていた』。それも、まるで迷子が家へ続く道見つけたかの様な顔で、嬉しそうに。
その笑みに、そして銃の類を持たぬ戦闘スタイルに、確信を抱く。
同じだ。こいつは、こいつらは『ルーデウス』と同じなのだ。
銃の時代に適応できず、磨き上げた己の武芸が、アイデンティティが否定された事を認められなかった者達。己の人生を費やした技は、自分を表現できるものは無価値と断じられた亡者ども。
もはや誇りも大儀も捨て去り、どうして強くなろうとしたのかも忘れてしまった、死にぞこない。あるいは、最初からこれしかなかった生粋の狂戦士。
あの鉄血傭兵が死に際に浮かべたのと同じ顔を、この男達はしていた。
「……ふぅぅ」
自分を落ち着かせるため、息を吐き出す。同時に、背後から飛んできたナイフを剣で叩き落としお返しとピックを投擲した。
感傷など不要。あの傭兵と彼らは別人であり、紛れもない敵だ。何より……もはや『終わらせてやる』のがこの者達にとって一番の弔いとなる。
ならば、自分がやるべきは決まっていた。
相手の目的がわかり、状況も大まかにだが把握できた。
曲刀を手に斬りかかってきた犬獣人を両断しながら、兵士達に視線を向ける。
……いた。獅子奮迅とばかりにレバーアクションライフルと左手の銃剣で戦っている、中尉の階級章をつけた男。
彼の背後から迫るダークエルフを斬り捨て、背中合わせとなり話しかける。
「シュミット准尉です。貴方が小隊長ですか」
「そうだ。貴官は援護に来てくれたと考えていいのか?」
「ええ。あの武装集団の狙いは自分です。どうにか引き付けますから」
「その間に我らは態勢を立て直す」
「お願いします」
「任せろ」
彼の言葉を聞くや否や駆け出し、進路にいたグールを縦に割ってその間を走り抜ける。
そして、ホームから線路へと跳び下りた。
───白魔法でグールどもを一掃するには奴らが邪魔だ。先にあの戦士共を片付ける。
これだけの事をやらかした者達の望みを叶えるのは複雑だが、そうも言っていられない。白兵戦においてグール以上の脅威なのは事実なのだ。
線路に降り立ち、燃えている列車から離れる様に走れば、誘蛾灯に引き寄せられた虫の様に槍と剣で武装した者達が追いかけてきた。
皆一様に目をギラギラと輝かせ、得物を手に追走してくる。
ある程度兵士達から引きはがせた所で、反転。剣を構え奴らと相対した。
「『剣爛』……!」
「我らの敵。我らの最期……」
「ああ、ああ……どれほどこの時を待ちわびたか……!」
人間、獣人、ダークエルフ。
それぞれの人種が、年齢もバラバラな者達が一様に同じ表情を浮かべているというのは、何とも異様に思えた。
それは、彼らの瞳のせいかもしれない。
己が死に場所を探し続けて、ようやく辿り着いたものの瞳。
……いいだろう。死にたいのならば殺してやる。
こちらも殺意を剝き出しにすれば、彼らの笑みは一層深まった。そして、我先にと襲い掛かってくる。
銃声が響き、砲声がここまで轟くなか。
剣戟の音が、鳴り始める。
* * *
サイド なし
領都に幾つもの音が響いている。
悲鳴が、怒号が、絶叫が、狂笑が。
砲声が、銃声が、打撃音が、剣を打ち合う音が。
死人と狂人を相手に兵士と剣士が戦う音が、強い雨音の中で奏でられて。そして、段々と雷の音まで混ざり始めた。
故に、誰も彼も気づかない。
地の底で響く、破砕音に。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。創作の励みとさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。