第十三話 情報整理
第十三話 情報整理
トロールとの交戦から十分ほど。馬車を走らせていれば件の村が見えてきた。
「これは……」
だが、視界に飛び込んで来た光景に思わずアリサさんも言葉を失う。それ程に酷い有り様が広がっていたのだ。
村を囲う柵はあっちこっちが壊され、門にいたっては完全になくなっている。見張りの類もおらず、あっさりと馬車が素通りし中に。
そして村の中の様子も酷い状態だった。無事な家の方が少ない程に屋根や壁が砕かれた物ばかり。入口から全てを見渡せるわけではないが、しかしこの有り様では家畜や畑も無事ではないだろう。
だが、何よりも目を引くものがあった。可能なら、視たくないものが。
人……だった物が串刺しになっている。
自分も直視はしたくない有り様だ。四肢と腸を失った『食べ残し』が、鋤や槍に刺されて門の近くにある家に縫い付けされている。
「……降ろしてあげよう」
「罠かもしれません。情報収集の後にしましょう」
「……ごめん。それでも放っておけない」
「わかりました。なら手早く終わらせましょう」
自分とて何も思わないわけではない。馬車から降り、周囲を警戒しながら遺体に近づく。
すると、少し遠くでガタリと音がした気がした。
咄嗟にアリサさんの首根っこを掴んで馬車の影に移動する。
「その死体に近づいては駄目だ……!」
精一杯小声にしながら、しかし半ば怒鳴る様な声。
いったい誰がと思いそっと顔を出せば、声のした方角には村の中で比較的大きな建物。教会があった。
その窓から自分達に向かって必死に手招きしている人物がいる。
あれは……神父さん?
彼は厳しい顔で自分達を見ながら、何度もこっちに来るように手を動かしていた。
* * *
教会の前まで行き、できるだけ自然体を装いながら耳を澄ませる。
扉近くに二人。それ以外にも五、六人は中にいるな。しかし火薬の臭いはしない……気がする。まだ確証はもてないが。
アリサさんと小さく目配せし、自分から扉を開ける。
「急いで入って!」
すると、神父さんに腕を掴まれて扉の内側に引っ張られた。振りほどこうと思えばすぐに引き剝がせる力だったので特に逆らわず身を任せる。そうしながら軽く中を見回した。
教会の中にはいたのは怪我人ばかりだった。それも重傷者ばかり。
自分の後に続いてアリサさんが入ると、もう一人扉近くにいた者が焦った様子で鍵をかけた。
「君達はいったい何者なんだ?どうやってこの村に」
「どうも。私達イチイバルの冒険者です」
ずいっと前に出ながらアリサさんが冒険者バッジを見せる。
「この村の住民だって言う女の子がギルドに助けを求めてきました。彼女からトロールがやってきて略奪をしている、と聞いたのですが」
「なんと!?あの子は無事に村を出られたのですか!?」
神父さんは目を見開き、そして安堵した様に胸を撫で下ろした。
「失礼。彼女のご両親が酷く心配していたので、やっと良い報告ができると思いつい大声が」
「いえ、構いません。それより、この村で何が起きているのかをお聞きしても?」
「……わかりました。こちらへ」
そう言って神父さんが奥の部屋へと案内してくれる。
罠……ではないと思いたいが。念のため周囲を警戒しながら続く。
歩きながら怪我人たちの様子を見れば、誰も彼もが憔悴しきった顔でこちらを視ようともしない。血の滲んだ包帯をまいて、俯くばかりだった。敵意はない。それどころか、生きる気力すらも。
「すみません。何も出せませんが」
「いえ、お気になさらず」
「どうぞ、お座りください」
「失礼します」
椅子と机、そして食器棚があるだけの部屋に通され、そこで向かい合う様に席につく。
「あれは、およそ一カ月前の事でした。突然村に『金髪のトロール』がやってきたのです」
「金髪の?」
襲ってきた三体にそんな個体はいなかった。つまり、四体目がいるという事か?
……もはや、本当にトロールなのかも怪しくなってきた。似ているだけの新種とかないだろうな。
「そのトロールはなんと人語を話したのです」
「……それで?」
「奴はこう言いました。『三日に一度牛か馬をよこせ。さもなくば村人を一人差し出せ』と。当然最初はそれを拒否し、村の男達で武器をとり戦いました。しかし……」
ごくりと、神父さんは硬い唾を飲み込む。
「奴が使う魔法によって狩人も村長も殺されてしまい、逆らう事もできず……」
「え?」
アリサさんが思わずと言った様子で声を上げる。
彼女は眉をよせ、首を傾げた。
「人語を喋るトロールも初耳ですけど、魔法ですか?本当に?」
「本当です!私はこの眼で見ました!見てしまったのです!」
がたりと音をたてて立ち上がり神父さんは叫ぶと、その顔に大量の汗を掻き明らかに冷静ではない状態で言葉を続ける。
それはもはやこちらに語り掛けるものではなく、壊れたレコードの様に口を動かしているだけに思えた。
「見なければよかった……なんとおぞましい光景だったか。ある者は腹の内側から木の枝が突き破り、ある者は視線を合わせただけで穴と言う穴から血を流して死んだ……!あんな魔法、見た事がない……いいや、見るべきではなかった……!」
「落ち着いてください。この場にトロールはいません」
これはまずいと判断し、神父さんの肩を抱いて語り掛けながらゆっくりと椅子に座らせた。
「失礼、しました……人があの様に死ぬなど、未だに信じられず……あなた方が近付いた遺体にも魔法がかけられています。彼らは最初にトロール達へ挑み、ああして見せしめに。家族が降ろしてやろうとした瞬間、皆倒れてしまって。暫くしたら意識を取り戻したのですが……例の金髪のトロールに嬲られ、大怪我を。今はここで匿っています。家族の死体が磔にされた家には帰れないと」
「そんな事が」
近づくのはかなりまずかったらしい。背中に冷や汗が流れる。
「……『黒魔法』」
ぼそりと、アリサさんが呟く。
「黒魔法?なんですか、それは」
「白魔法と対をなす魔法でね。邪法と呼ばれているよ。研究する事も詳しい内容を他者に教える事も禁止されているから、普通見かける事なんてないんだけど……」
アリサさんがカウボーイハットを傾けて小さくため息をつく。
「神父さんの話が本当なら、かなりまずいね。一応一通りの対策は学んでいるけども、実践する事態になったのは初めてさ」
……ふむ。
「アリサさん」
「なにかな、シュミット君」
「何やら難しい話が始まりそうなので、最初に『何をするか』をハッキリさせましょう」
「うん……うん?」
アリサさんが『何言ってんだこいつ』という目を向けてくる。
「いや、それは話し合いをして情報を整理してから決めるものじゃない?」
「そうですが、それにしても大まかな筋道は必要です。酷くシンプルなものでいいですから」
あいにくと、魔法の事はさっぱりだ。知らなければと思う度に面倒ごとが起きて後回しになっているので。
だから、先に決めておきたい事がある。
「トロール共を殺すか、この村から撤退するか。この二択です」
最初にその辺りを決めてから考えなければいけない。
何故なら、神父さんの話が本当なら相手には人間並みの知能を持った奴がいる。先の戦闘で自分達が来た事も村に入った事も知られているだろう。
悠長に考えている暇はない。
「た、戦ってはなりません!勝てるわけがない!奴らは銃弾を浴びようと向かってくる不死身の怪物です!」
「……決まっているよ、シュミット君」
帽子をかぶり直しながら、アリサさんが立ち上がる。
どうやら少しはいつもの調子が戻ってきたらしい。彼女は無駄に整った顔に不敵な笑みをうかべ、碧眼を爛々と輝かせていた。
「私達が受けた『依頼』はこの村をトロールの手から救う事。つまり」
クルクルと、アリサさんはいつの間にか抜いていたピストルを指で回す。その回転を止め、カウボーイハットのつばを銃口で押し上げた。
「殲滅だ。奴らには焚火の薪になってもらう」
「……?今回の件は依頼として受理されていませんし、焚火の薪にするにはトロールは向いていませんよ?」
「言葉の綾だよシュミットくぅん!」
頬を膨らませる彼女に、適当に「そうですか」とだけ答えた。
それはさておき、そっと神父さんの後ろに回る。
「いけません!そんなこ」
「お静かに」
「むごぉ!?」
どうせ騒ぐだろうなと思ったので、背後から羽交い絞めにして口を塞いだ。この人の説得をする時間すら惜しい。
ジタバタと暴れる彼の耳元で部屋の外に聞こえない様そっと囁く。
「ご心配、ありがとうございます。ですが我々も限界を感じたらその瞬間に撤退をします。そして、その行動がトロール共の怒りを買い余計に村への被害が出るという心配ならば、こうお考え下さい。『利用してやろう』と」
「む、むご?」
「あの少女が小柄だからという理由で逃げる事ができた……であれば、奴らの注意が僕たちに向いている間は皆さんも逃げられるのではないですか?」
「……!?」
暴れるのをやめた様なので、そっと拘束を解く。
「そ、そんなこと……」
「一人でも多く生き残る。それを考えるべきです。先ほどのお話から、既にここの村長は亡くなっているご様子。であれば、村人たちをまとめ上げられるのは貴方しかおりません」
「それは……ですが、あなた方を囮になんて」
「そこの所は気にしないで、神父さん。私達は元々、トロールと戦うつもりでこの村に来た命知らずの冒険者」
ピストルをホルスターに納めながら、アリサさんが神父さんに笑いかける。
「自分の命をチップに賭けをする。それを生きがいにするロクデナシこそ私達なのさ」
一緒にしないでもらえます???
しかしここで口を挟んで話がこじれたら面倒なので、お口にチャックである。
「命懸けで助けを呼びにきた少女の願いを無駄にしない為にも、あの怪物どもから村を護ってみせるとも」
「……わかり、ました」
神父さんの中でどういう風に天秤が動いたのかは知らないが、納得はしてくれたらしい。
「今から村人たちにできるだけこっそりと伝えて回ります。成功するかはわかりませんが……」
「このままだったら全員死ぬ。それは神父さんもわかっているんでしょ?」
ニッコリと笑うアリサさんに、彼は頷いて返した。
「はい。あなた方もどうかお気をつけて。この村は奴らに監視されているのかもしれないのです。逃亡を図る者は全員、トロール達に捕らえられ胃の中に……」
「ご忠告、感謝します」
「あなた方に神のご加護がありますように……」
そう言って部屋を出ようとした神父さんの背に、一つだけ問かける。
「そうだ、神父さん。最後にお聞きしたい事が」
「はい、なんでしょうか?」
「金髪のトロールが村に来た時、夜でしたか?昼でしたか?」
この問いに一瞬訝し気にした後、彼はこう答えた。
「夜でした。トロールが夜に行動する事は有名ですが、しかし奴らは昼でも……」
「そうですね。忘れてください」
「はぁ……?」
説明が面倒だったのでそう返し、今度こそ部屋を出た神父さんを見送る。
「それで、どうするよシュミット君」
「その前に、申し訳ありませんが傷薬を塗るのを手伝ってくれませんか?手当しながら作戦会議といきましょう」
アリサさんにそう告げ、背嚢をおろし中から自作の傷薬を取り出した。
次いで革鎧と上着を脱ぎ棄て、上半身裸になる。
「わ、わ、脱ぐなら先に言ってよシュミット君!?」
「すみません。ですが、時間もないので」
傷薬と包帯を机の上に置き、背中をアリサさんに向ける。
すると頬を赤らめて手で目元を覆いながらも指の間からこちらを見ていた彼女の顔から、さっと血の気がひいた。
「ちょ、この怪我大丈夫なの……!?」
たぶん、自分の背にはかなりの痣ができているのだろう。
「問題ありません。チートのおかげで痛みにも怪我にも強い体です。見た目は派手ですが、骨にも内臓にも直ちに異常はありません」
「それにしたってなんであんな平然と……あ、もしかして痛覚がないとか?チートで」
「いいえ。痛覚自体は普通にありますよ。ただ、その許容範囲を広くしているだけです」
痛みは体が受けたダメージを教えてくれる重要なセンサーだ。これが無ければ、何度開拓村で毒虫に殺されていたか。
しかし過ぎた痛みは動きを鈍らせ、意識を失う事もある。そこで『痛覚耐性』なんて技能が役に立つのである。
これは『痛覚への耐性』。ようは、痛みで動きが鈍ったり気絶したりするまでの許容量が増えるのだ。たったそれだけの技能。痛覚が消えるわけでも、鈍化するわけでもない。
普通なら気絶するだけの傷を負おうと動き、逃げる事も戦う事もできる。開拓村での暮らしでは意外と重宝したものだ。
「うーん……私が白魔法かけようか?」
「……え、アリサさん水や火を出す魔法以外も使えたんですか?」
驚いて振り返れば、ちょうど彼女の指先が背中に触れた所だった。
ひんやりとした指先で傷を触れられ、小さく肩を跳ねさせる。やはり、痛いものは痛い。
「前にも言ったけど、魔力を大量に使う様な魔法は使えないけどね。『ヒール』」
白い光が数秒だけ僅かに部屋を照らしたかと思うと、背中の痛みが格段に減っていた。
「凄いですね、魔法って」
「まぁね。他の魔法が需要を失っていくなか、白魔法だけは軍以外でも変わらず人気なんだよ。使える人はあんまりいないけど」
そう言えば、教会の『貴族派』なる者達が白魔法で治療を行っているとか聞いた事があるような。
「……その魔法、教会とかで独占されていたりしないんですか?」
「……うん。この話は後にしよっか!」
「あ、はい」
露骨な話題の逸らし方は気になるが、確かに今話す事でもない。上着を着ながら頷く。
ふと、技能のロックが一つ外れた気がした。だがそれの確認も後回しにする。
「とりあえず情報を整理しましょう。トロールは現在確認できているだけで『四体』。少なくともうち『三体は日光を浴びても活動できる』」
「そして『金髪のトロールは魔法を使う』、だね。しかも『何らかの方法で村を監視している可能性がある』と」
ふむ……。
「やっぱ逃げません?」
「逃げるのもきつくない?」
「……そうですね」
やっぱり殺しに行った方がマシかもしれん。
生きている奴は何をしてくるかわからないが、死ねば自分みたいな例以外は大抵なんとかなる。
「そう言えば、黒魔術についてどれぐらい知っていますか?」
「一概にどういう魔法かって言われてもねぇ……誰かを呪ったり、死体を動かしたり、人を病気にしやすくしたり。そういう魔法だって聞いているけど」
「なるほど。では、その対策は?」
「白魔法や聖水による防御と解呪。あとは術者を殺せば全ての魔法の効果が消える事かな。あ、言っておくけど私の魔法じゃ防御も解呪も気休め程度しか無理だよ?」
「ふむ……金髪のトロールが一番厄介かもしれませんね」
「だね。たしかそいつだけ夜に行動していたんだっけ?」
「ええ。もしかしたら、その個体だけ『日光が苦手なまま』なのではないでしょうか?」
「……根拠は?」
「半分勘です。しかし、わざわざ脅迫に来る時に夜を選んだ事。そして先の戦闘では一度も姿を見せなかった事。それが気になります」
「ふむふむなるほど」
胸の下で腕を組みうんうんと頷いた後、彼女はニッコリと笑った。
「結局どうしたらいいのかわからん!」
「とりあえず全部殺せばいいかと」
「それだ!」
脳筋?冒険者は基本そんなもんである。
「魔法の事はわかりませんが、金髪のトロールは隠れている可能性があります。この辺りで隠れるとなれば森の中でしょうし、僕が仕留めます。三体をそちらにお任せする事になりますが……」
「私はいいけど、魔法使いのトロールだよ?やれるのシュミット君」
「ええ」
革鎧を装着しながら、深く頷く。
本来ならもっと準備をしたいし、村人たちからも奴らについて少しでも情報を聞き出したい。
だが、これは前世で読んでいた漫画でもアニメでもないのだ。
都合よく相手がこちらを待ってはくれないし、ピンチに駆けつけてくれるヒーローもいない。情報を探れば敵の弱点が明確になるかもわからない。
限られた時間の中、割り振られた手札でやるしかないのだ。
────ただし。僕の場合は手札について少々『後出し』という反則ができるが。
「たぶん、もうすぐ村に三体のトロールが来ます。その前に、アリサさんにお頼みしたい事が」
「うん、なにかな」
アリサさんの眼をしっかりと見て、告げる。
「今から門の前の死体を降ろすので、それを見ていてください」
「……んんん?」
何ってんだこいつ。そんな視線の彼女に、あえて不敵な笑みを向けてみせた。
読んで頂きありがとうございます。
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