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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第五章 戦火の剣
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第百二十四話 兵士と、死者と

第百二十四話 兵士と、死者と




サイド なし



 ポツポツと弱かった雨は、日が落ちる頃にはかなり強くなっていった。風はないものの、地面や壁に雨がぶつかる音が響いている。夜の闇は非常に深かった。


 いいや。正確には領都との外は、と言うべきだろう。


 他の貴族が持つ領都の二倍近い面積のこの街は、ぐるりと分厚い壁に覆われている。そして、その各所からライトで周囲が照らされていた。


 また、街の中も街頭に明かりが灯り、一部の店は今からが本番だと看板を出している。


 だが帝国との戦争中な事と雨が降っている事も相まって、街に普段ほどの活気はない。それでも並みの街ぐらいはある賑わいだが。


 そんな中、城壁の上では兵士達が外を監視している。


 ラインバレル公爵家の兵士達は士気が高く優秀な事で有名だ。時折雨の日に当番である事の愚痴を同僚へこぼす程度で、仕事はきっちりとこなしている。


 だから、気づけた。


「ん?」


 雨合羽を着た城壁の兵士が、夜の闇に動くものを見つける。


 同僚に合図しライトでそちらを照らしてもらえば、その『動くもの』の正体が顕わとなった。


 噛み千切られた様な傷痕がある、青白い肌の人型。よたよたと不安定な足取りで濡れた地面を歩き、街へ向かってきている。一歩進むごとに、その傷口から肉の潰れる嫌な音をさせながら。


 白濁とした瞳に意味のないうめき声をあげる、動く死体───『グール』。


「敵襲!敵襲ぅぅぅ!!」


 警報が鳴り響き、城壁に詰めていた兵士達が一斉に戦闘態勢に入った。


 城壁の一部から突き出されたガトリングガンに、新型のライフル。そして大砲。機関銃こそ前線に送っている為配備されていないが、その武装は領都を守るのに十分なほど用意してあった。


「照明弾、撃てっ!」


 上げられた数発の照明弾がグール共を照らし出す。兵士の一人が、その数に思わず唾を飲み込んだ。


 いったいどこからこれ程湧いてきたというのか。その数は千を軽く超え、五千に届くかもしれない。


 領都に残っている兵士の人数は、城壁以外を警戒している者を含めても約二百人。


 冒険者を招集しても三百にも届かない。圧倒的人数差だ。


 ───これを仕掛けた黒魔法使いは、入念な準備を行ってきた。


 これだけの人数を王国内で『現地調達』するのは難しい。故に、西にある『魔の森』をグール共に通らせる事で公爵領への侵入を成功させたのだ。あの森の獣や魔物でも、通り過ぎる腐臭を漂わせた死肉に食いつくほど間抜けではなかった。



 そこから領都まで運んだ方法を、知る者はこの場にいない。



『ガァァ……!』


「頭を狙う必要はない!体のどこかに中てれば動きは止まる!撃てぇぇぇ!!」


 指揮官の号令に従い放たれる、鉛の豪雨。雨水を吹き飛ばし、グール共の体に風穴を開けていく。


 ライフル弾が骨を砕き、ガトリングガンがミンチをつくり、大砲がポップコーンの様に血飛沫と肉片を弾けさせた。


それでもグール共の歩みを止めきる事はできない。死など恐れぬ屍たちは、その行進を続行する。


 遂に一部が城壁近くに到達。壁や門を叩き始めた。


 人間の膂力で壊せるような強度はしていない。だが、リミッターの外れた死人の腕力は侮れなかった。


「聖水、用意!」


 その場にいた小隊長が叫べば、兵士達がガラス瓶を手に整列する。


「投擲、はじめ!」


 彼らはグールが集まっている箇所目掛けて、瓶を投げ始めた。ぐるりと包む様に巻かれたロープの端を掴みグルグルと回して、遠心力をつけて投擲していく。


 そして瓶が地面やグールの頭にぶつかり割れると、中に入っていた聖水が一瞬で気化。周囲のグール共を襲った。


 屋外である為その場には留まらずすぐに霧散してしまうものの、密集した奴らには効果てきめんだった。


『ガァァ……!?」


『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!』


 腐敗した肉を溶かし、露出した骨が限界を迎えたかのようにへし折れていく。死人たちでも、魔の森を走破してくるのは厳しい道のりだったのだ。


「撃てぇぇ!」


「投擲を続けよ!」


 歩むグールはひき肉へと変わり、近づいた個体は骨へと変わる。


 数で圧倒されていたものの、公爵軍が圧倒的に有利な戦況。それに兵士達は安堵するものの、指揮官は雨とは別のものを頬に伝わせた。


 彼の眼が必死に動かされ、そうしながら近くにいた兵士に声をかける。


「周囲の警戒を厳にさせろ。他の箇所を警備している者達にもそう言え」


「はっ!」


 兵士が走っていくのを横目に、指揮官は雨合羽のフードを被り直す。


 彼の胸中に嫌なざわめきが渦巻いていた。


 これだけのグールを揃えるのは、いかに黒魔法使いとはいえ厳しいはず。それ程の事をやっておきながら、実行したのは無策での突撃。


 あまりにもちぐはぐだった。黒魔法使いの大半は錯乱している様子で、狂人としか評せない言動をするものの……今回の敵もそうであると楽観する事はできない。


 そして、そんな彼の直感はすぐに正解であった事が判明する。


 遠くから、凄まじい轟音が響いてきたのだ。



*    *    *



 領都にある駅近く。そこの線路には巨大な鋼鉄の扉が設置されていた。


 運行時間を過ぎれば、どこの街でもこの様に扉が閉められる。線路を伝って野盗や魔物が街へ侵入してこない為だ。


 その扉がある城壁の上に立っていた見張りが、雨の中僅かに聞こえてきた音に首を傾げる。


「んん……?おい、ちょっと線路のもっと向こうを照らしてみてくれ」


 その言葉にライトが動き、手前を照らしていた光が遠くへと向けられた。


 それでも何も見えず、ただの気のせいだったかと見張りはもう一度首を傾げて。


 ───ポオオオオオ!!


 聞こえてきた蒸気の音に、目を見開いた。


 ほぼ同時にライトの光で照らされた場所へ、猛スピードで走る汽車が姿を現す。


 脱線の危険性を考え、通常出さない様な速度。それで突っ走る汽車の運転席には、駅員の恰好をしたグールがいた。運転手がグール化され、操縦させられていたのだ。


「レールを変えろ!急げぇ!!」


 領都に繋がる線路が動かされ、暴走する汽車の進路はこれで変わる。


 だが、線路の状況などお構いなしに汽車は走り続けた。一切減速をせず、一直線に突き進んでいる。


「っ……!ライフル砲構え!あの汽車を撃て!線路を壊しても構わん!!」


 その場にいた小隊長の声に砲弾が詰められ、大砲が三門放たれた。


 だが、遅い。焦りもあってか二発は至近弾で終わり車体を揺らしただけ。残り一発が着弾するも、停止させるのは至らなかった。


 着弾の衝撃で汽車全体が跳ね、脱線。その巨体を二度ほどバウンドさせて、勢いそのまま扉へと突っ込んだ。


 ぶつけられた大質量に鋼鉄の扉もこじ開けられ、炎上する汽車が侵入。爆発こそ起きなかったものの、周囲に破壊をまき散らした。


「うわあああ!?」


「くっ……!」


 衝撃で落ちそうになった部下をひっつかみながら、小隊長が歯を食いしばる。


「お前は応援を呼べ!クリスとマッドはここで見張りを継続!他は私と一緒に駅のホームに向かう!敵襲だ!気を引き締めろ!」


「了解!」


 城壁に引き戻した部下を背後に、小隊長が走り出す。すぐに到着した駅のホームには、既にグール達が蠢いていた。


 無事な個体などいないものの、数が数だ。なんせ見えているだけで百体はいる。


 しかしそれに怯むような公爵軍ではない。


 何故、彼らが王国最強の軍隊だと言われているのか。


 莫大な資金力からくる装備の充実さと、兵士達の質か?


 歴代当主が築いた技術力からくる、武装の性能故か?


 どれも正解であるが、一番の理由は別にある。


「訓練通りにやればいい!落ち着いてやれば勝てる!!」



 彼らの訓練には、『教会戦士』が協力しているのである。



 教会に納められた多大な寄付金。そして教会戦士に供与される新型の武器。


 これらの理由から、上層部も現場も公爵家には頭が上がらない。そして求められたのが教会戦士仕込みの戦闘術となれば、答えない理由はなかった。


 流石に教会戦士ほどの信仰心はないものの、公爵軍の兵士達は黒魔法使いとの戦闘も想定にいれた訓練を積んでいる。グール相手だろうと、動きに淀みはない。


『ガァァァ!!』


「聖水散布!!」


 投擲される聖水の入ったガラス瓶。砕けて広がった聖水が、気化してホームを霧で包む。


「構えぇ!狙わなくていい!霧の向こうに撃てぇ!」


 続けて、小隊長の号令の下兵士達が発砲。霧で見えない中、それでもお構いなしに撃っていく。


「弾薬を渋るな!近寄らせてはならん!」


 グールは動きが遅く、五感も鈍い。だがその膂力は人間だった頃とは比べ物にならない程に強力であり、痛覚もないせいで牽制に怯む事がない。


 乱戦となれば公爵軍といえども不利。だが、逆を言えばこうして中距離を維持できればどうという事はない。


 ───そう。グール相手ならば。


「かへっ」


 風切り音と共に、三つの何かが聖水の霧から飛び出してきた。


 それらが三人の兵士に直撃し、その身を貫く。


「なっ……!?」


 それは、槍だった。一メートル半ほどの黒塗りの槍が兵士の体を穿ち、勢い余ってその身体を持ち上げ床や壁へ磔にしたのだ。


 小隊長が私物であるレバーアクション式のライフルを手に、冷や汗を掻いた。


 彼の脳裏に、『ヴァンパイア』という単語が浮かぶ。


「聖水の壁を絶やすな!交代で制圧射撃を行いながら下がるぞ!アンデッドならばいかに吸血鬼と言えど聖水は」


 その言葉が終わる前に、霧から続々と飛び出してくる影。


 銃撃を浴び全身から血を流しながら突っ込んで来たその者達が、兵士達に襲い掛かる。


「ぎゃっ!」


「ぐわっ」


 剣が、槍が、斧が。兵士達の体を斬り裂いた。


「はははっ!一番槍だ!」


 そう笑った男の顔が、小隊長の放った弾丸で吹き飛ばされる。そして、再生する事はない。


「人間だと……!?」


 撃った張本人が動揺している間に、次々と聖水の霧を抜けて斬りかかってくる集団。


 霧で視界が悪くなっていた事が災いし、奴らは生きて銃の間合いから剣の間合いへと飛び越えめてしまったのだ。


「着けぇ剣!!」


 兵士達が即座に銃剣を装着し、ライフルを槍の様にして迎撃する。


 だが、その槍衾があっさりと突破されていった。


「邪魔だ!どけぇ!」


「銃を使う者になど!」


「この距離で戦えるかぁ!?」


 吠えながらそれぞれ獲物を振るう謎の戦士達。


 彼らは全員が全員、どこかしら負傷していた。銃撃だけが原因ではない。なんせあの汽車の中にいたのだ。グールをクッションにしたとは言え、無事で済むはずもない。


 だが外れた肩を嵌め直し、折れた骨を固定して、あるいは自前の魔法で治療して。彼らは動ける様になり次第突撃を行っている。


『ガァァ!』


「いかん……!」


 そして、銃撃と聖水による壁が消えた事でグール共まで兵士達に接近してきていた。


 血と腐臭に満ちた乱戦が始まる。


「おおお!」


 サーベルで斬りかかってきた男の攻撃を引き抜いた銃剣で受け止め、小隊長が至近距離でライフルを発砲。どてっ腹に大穴を開ける。


 続けて槍を手に踏み込んできた別の男の顔面に膝を叩き込み、追加で回し蹴りを放って首の骨をへし折った。


 その間にライフルをぐるりと回し、排莢と装填。斧を持った獣人の頭蓋を吹き飛ばす。


「ぬぅ……!」


 だが、小隊長の腹部にナイフが突き立った。少し離れた位置から短槍を持った男が投擲してきたのだ。


 わき腹に激痛を感じながらも、彼は踏ん張って左から来た男の斬撃を銃剣で受け流すなり頭突きで鼻の骨を折り、できた隙間に足をねじ込んで蹴り飛ばした。


「舐めるなぁ!総員、この場を死守せよ!」


「おおおおおおお!」


 公爵軍が混乱から回復し、銃剣が謎の男達の首やグールの胸に突き立てられる。


 領都守備隊の士気は元々高い。彼らはこの街に住んでいるのだ。いる年数にこそバラツキはあるものの、皆この地を失うまいと気炎を上げる。


 それに対し、男達は笑みを浮かべた。銃剣を受け死ぬ者も、羽交い締めにされ窒息する者も。


 だが、銃弾で死ぬ者だけはこれでは駄目だと悲壮な顔を浮かべて、倒れていく。


 死人が出すうめき声が、兵士が上げる雄叫びが、狂人の発した笑い声が。駅のホームへと響いていく。


 雨の夜は、まだ終わらない。





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の励みとなりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] ゾンビパニック再び。 大戦中、バンザイ突撃を機銃で薙ぎ払う米兵も、こんな世界を見ていたんでしょうねぇ。そりゃ精神も壊すでしょう。
[良い点] 数で押す。低級アンデッドの基本的過ぎる運用、案の定というべきか陽動策。 本命は交通網を逆手に取った破城槌兼輸送係。母艦級かよと。 [一言] 教会戦士の薫陶を受けているならそりゃあ頼もしい。…
[一言] アリサさんの出番だな 銃で殺されることを拒否する連中を銃殺しまくるしか これは銃の使い方を理解できないシュミット君にはできない仕事だ
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