第百二十二話 前兆
第百二十二話 前兆
「というか……質問良いでしょうか」
「なになに?私とシュミットの仲じゃない。じゃんじゃん聞いてよね」
相変わらず前世基準でも露出の多い服装をしたリリーシャ様。少し目のやり場に困る。
胸を張ってそう言う彼女に、少し迷いながらも問いかけた。
「なんでまだいるんですか?」
「お、泣くよ?そういう事言われると泣いちゃうよ、私は」
「ああ、いえ。他意はないんです」
だから瞳から光をなくすのは勘弁してほしい。怖いので。
「『龍殺しの剣』の素材を持って来てくださった事に関しては心より感謝しています。しかし、何故御身が王国に留まっているのですか?現在帝国と王国は戦争中であり、いかに公爵家と言えど安全とは言い切れないかと……」
「いやぁ。今の公爵家以上に安全な場所とか早々ないと思うけど……でもエルフ族の公人としてその質問に答えるのなら、『帰るに帰れないから』ってとこかな」
「帰れない?」
アリサさんも話に加わり、首を傾げる。
「そ。まずねぇ。国境で私の護衛でついてくるはずの戦士達が、全員王国への立ち入りを拒否されちゃったんだ」
「……一応お聞きしますが、その護衛の方々の服装は」
「ちゃんと皆頑張って『前』は隠していたんだけどねー。後ろも隠せって迎えに来ていた公爵軍の隊長が頭を抱えていたよ」
「あぁ……」
遠い目をするアリサさん。恐らく想像してしまったのだろう。自分は全力でその時の光景を浮かべない様にしていた。
だって、その戦士達の性別は十中八九……。
「それで、私に同行してくれているのは護衛と教育係を兼任している女性が一人だけなんだよね。その人も隊長さん曰く『シャバにいられるギリギリの状態』扱いでかなり厚着をさせられて、ここにつく頃には体調を崩しちゃったんだ」
「そ、そうですか……」
取りあえず迎えに行った隊長さんが心配だ。その人も体調不良を起こしていないといいが。
たぶんだけどかなり疲れている。主に心労で。
「しばらく全裸で過ごせば治ると思うから、今は公爵に人目のない場所を貸してもらって静養している所だよ。彼女が回復したら、帰れるかなって所だね」
「……そういう事情でしたら、自分からは何も言える事はないですね。不躾な質問、失礼いたしました」
「だからぁ、無理に畏まらないでってばぁ。私とシュミットとアリサちゃんしかいないんだし、前みたいにフレンドリーに行こうぜ☆」
星マークでも出そうなウインクをしてくるリリーシャ様。
「ではお馬鹿様二号」
「フレンドリー飛び越えて言葉で殴りかかってきたね君!?」
すみません、ウインクがちょっとうざかったので。
「へい。相棒。一応言うけど私はまだお馬鹿様呼びを受け入れていないからね?一号になった覚えはないからね?」
「アリサさん。僕の中で貴女の一号表記はもう殿堂入り間近です」
「リリーシャ様。この不敬者二人でぼこりましょう」
「OK」
咄嗟に身構えるも、左右から頬を引っ張られただけなので甘んじて受け入れた。
少し痛いものの、彼女らの指の温もりが伝わってきて変な気分になる。
「うぉ……ほっぺプニプニだし肌も綺麗……シュミット、洗顔に何使ってるの?」
「ふぇっけんふぇす」
「リリーシャ様。こいつ化粧品の類とか一切持ってないですよ。なんなら水で顔を洗って済ませる方が多いです。体と髪も石鹸ですよ」
「世の女性に喧嘩売ってるねシュミット」
「ふぃりまふぇん」
文句なら女神様に言ってほしい。
というか二人とも十分以上に綺麗だし顔立ちも整っているのだから、その辺を気にする必要はないと思う。
しかしこれを言うと今度は拳が飛んできそうなので、思うだけにしておいた。
「はぁぁ。にしてもシュミット、なんか魔力の洗練具合また上がってない?」
頬が解放されたので、少し痛む両頬を撫でながら答える。
「はい。魔力制御の習熟度が上がったので」
「ぶっちゃけ、エルフから見ても凄い魔法使いだよ、君。近衛としてうちに就職する気はない?エルフの森でなら引く手あまただよ」
「全裸はちょっと……」
エルフ女性の全裸が見たくないと言えば嘘になる。乳が小さくとも、美女の美乳には価値がある。
だがセットで男の全裸のついてくるので勘弁願いたい。ついでに自分まで全裸で過ごせというのは、流石に無理だ。開拓村時代ならともかく今は裸になる事への羞恥心も戻ってきているので。
「えー。私からしたら服を着ている事の方が意味わからないんだけどなぁ」
そう言って肩紐を引っ張って唇を尖らせるリリーシャ様。慎ましいながらも白く綺麗な乳房の先端が上からだとチラリと見えてしまい、すぐさま顔を背ける。
背けた先にアリサさんの顔があった。凄くいい笑顔だった。そして彼女の掌には何故か胡桃が二つ握られている。わざわざ見えやすい様に、軽く掲げてさえいた。
ぐしゃりと、胡桃が潰れるのを見せつけられる。血の気が引いて冷静になってきた。
『お前変な事したらガチで国際問題だからな?』
そう言外に伝えてくる公爵令嬢に、何度も頷いて返す。
だからポケットから追加の胡桃を取り出すのはやめて頂きたい。
「あ、そうだシュミット」
「ハイ、ナンデショウカ」
冷や汗をだらだらと流しながら、リリーシャ様の方へと振り返る。
彼女は落ち着かない様子で、視線を彷徨わせ頬をほんのりと赤くさせていた。
「その……さ。シュミットって婚約者は今何人いるの?」
「え……っと。婚約者というか、そういう方向で話が進んでいる相手でしたら、ハンナさんとゲレルさん……牛獣人の氏族長のお孫さんと、あとはイチイバル男爵の娘さんがいます」
実際口に出すと多いな、三人って。
なんだか自分がとんでもない色情魔に思えてくる。性欲が高めという自覚はあるが、節操なしというつもりはないのだが。少なくとも、結婚相手が複数いる事に対して強い違和感を覚える程度には倫理観があるつもりである。
これがゲームとかなら『ハーレムだぁ』と素直に喜べたが、冷静に考えて将来が凄く大変そうだ。
「ふぅーん……ハンナと男爵令嬢はいいとして、氏族長の孫かぁ。なるほどねぇ」
眉間に少しだけ皺を寄せ、リリーシャ様が呟く。
「ねえシュミット。エルフ族の族長の娘と、獣人の氏族長の孫。どっちの地位が高いと思う?」
「は、はい?」
「いやぁ。こういう時の『配慮』って難しいなって」
意味がよくわからず首を傾げる自分とは違い、何かを察した様子でアリサさんが口を開いた。
「基本的には同格ですが、『娘』と『孫娘』でしたら王国の価値観に従って考えた場合娘さん……リリーシャ様の方が立場は上ですね」
「そっかそっか。なら後から首を突っ込んでも問題ないねー」
ニッコリとほほ笑むリリーシャ様に、ようやく思考が追い付いてきた。
まさか……。
「あの、リリーシャ様。その、勘違いなら愚か者と罵って下さって構わないのですが、もしや……」
「もしやも何も、私の気持ちは護衛してもらった時に言っていないっけ?」
悪戯っぽく微笑む彼女の顔を、直視できない。己の耳が熱くなるのを自覚する。
「あれは、麻疹の様なものだと言ったではないですか……!」
「たとえそうでも、エルフと人間じゃ時間の感覚が違う事を考えてほしいなぁ」
リリーシャ様がそう言って、一歩自分に踏み出してくる。
腰を軽く曲げこちらを覗き込んでくる翡翠色の瞳が、強く輝いて見えた。
「人間が一年二年患う様な感覚を、エルフは十年二十年感じるんだよ?それはもう、君達の尺度で言うのなら麻疹の様なものと言えないと思うなぁ」
「な……なぁ……!?」
たじろぐこちらの肩を、後ろからアリサさんが掴んできた。相変わらず……いいや、なんなら普段以上の膂力で掴まれては抵抗のしようがなく、これ以上下がる事ができない。
どういうつもりだと彼女の方を見れば、相棒はニンマリとチェシャ猫の様に笑っていた。
「いやぁ、モテモテですなぁ。シュミット卿」
「ちょ、他人事だからって……!」
「ノンノン!私もただ楽しんでいるだけじゃぁないぜぇ、相棒。公爵家の人間として、最近手柄を上げ続けている名誉騎士の恋愛模様を把握しておく義務があるってだけさぁ」
気障ったらしく首を振るお馬鹿様に、頬が引きつる。
正論ではある。正論ではあるが、今それを言うか……!?
「私、『亜竜殺し』の英雄が人間とドワーフ、そして獣人からしか相手を貰わないって政治的にバランスが悪いと思うの。帝国との戦争もあって、王国と亜人間での絆を強固にしないといけないわけだしさぁ」
「その通りですねリリーシャ様。お爺様には後で私も伝えておきましょう」
悪だくみでもしている様な顔で話す一号と二号に、そっと天を仰ぐ。
これは……自分ではどうにもならんな。
無論、嫌ではない。リリーシャ様は美人だし、性格も良い。だが、戸惑ってしまう。
前世でも開拓村でも、こういった話には縁のなかった身だ。好き嫌い以前に、どうしていいのかわからない。
「それはそうとアリサちゃん」
「はい?」
「ちょっとお話があります。お姉さんの部屋に来なさい」
「はぁ……?」
困惑した様子のアリサさんの手を取り、リリーシャ様が歩き出す。
「じゃ、君の愛しの彼女は借りていくぜぇシュミット!」
「誰が愛しの彼女ですか。相棒ですよ、アリサさんは」
「そうですよリリーシャ様。流石にその冗談は公爵家的に良くないというか」
「はーん、黙れジャリ共。お姉さんの言う事を聞きなさいまったく。へい運転手さん!公爵邸までおねがーい!」
「はっ。かしこまりました」
眉を八の字にしたアリサさんを車に詰め込むリリーシャ様。エルフのお姫様相手に本気で抵抗はできないと、アリサさんは素直に従った。
なんなら『どなどな~』とか口ずさんでいる。普通に余裕あったわ。
そうして走っていく車を見送ってから、倉庫の前を確認する。
うん。やはり車はもうなかった。戦車があるだけである。そして、公爵邸……というか城は、その巨大さ故この位置からでも見えるものの近いとは言えない距離だった。
……歩くか。
剣も今は手元になく、警備は公爵軍がしている。特に変な気配もないし、のんびりと公爵邸に足を進め始めた。
「ん……?」
臭いの変化に顔を上げ、空を見上げる。
「……一雨くるな」
周囲の木々や城を囲う壁でよく見えないが……しかし風にのって鼻に届いた臭いは間違いなく雨の前兆だ。
空の様子からすぐに降り始める事はないが……今夜あたり、強い雨が降るかもしれない。
それも、雷を伴った大きな雨雲が近付いている気がした。
* * *
サイド なし
───ある『募集の張り紙』が、人を集めた。
表には出されていない、裏社会でのみ出回ったその文書。当然、集まるのもまた裏に生きる者ばかり。
だが、裏社会にいる者でも大半はその文に見向きもしなかった。
金銭の報酬はなし。何かのコネが得られるわけでもない。むしろ、これを受ければ己が命を含めて全てを失うだろう話。
そんなものに食いつくものなど、余程タガの外れた者だけだ。
それこそ───戦う事にこそ意味を見出す様な、社会から外れた者達ぐらい。
『剣爛は公爵邸にいる。彼の者と戦い、その刃で死にたい者はこの汽車に乗れ。硝煙の香りに抱かれてではなく、安らかなベッドで眠る為でもなく、鉄の臭いにまみれて死ぬために』
社会から……銃が当たり前となった社会から、外れてしまった者達が乗り込んでいく。
死出の片道切符を、大切に握りしめながら。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。創作の原動力とさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。