第百二十一話 職人たち
第百二十一話 職人たち
龍殺しの剣を打てる職人、ハンナさん。
その素材を持って来てくれたエルフの姫、リリーシャ様。
龍を殺す為の新兵器、列車砲。
どれ一つでも防衛に失敗すればこの国の未来はない。正直それほど愛国心はないが、これだけ己の名が売れた後だ。滅びてしまえば後で非常に困る。
ついでに言えば、前者二人に関しては個人的な感情でも死んでほしくない。どうにか守らないと……。アリサさんと違って、あの二人はそこまで戦闘力がないのだ。
気合を入れ直し、三人の方へと視線を向ける。さて、そろそろ現実を見て喧嘩の仲裁を───。
「「………」」
「ふっー……!ふっー……!」
「 」
ま、守れなかった……!?
頭部にたんこぶを作って沈黙するドワーフとエルフに、その傍に立ち肩で息をする公爵令嬢。
彼女の剛腕が叩き込まれた事は、想像に難くなかった。
「し、死んでる……!」
「殺してないわい!!」
くわっと振り返るお馬鹿様一号。
そっと彼女から目を逸らし両者に視線を向けると、ちゃんと呼吸している事がわかった。
「信じていましたよ、アリサさん……!」
「おう表出ろや相棒」
メンチを切ってくるアリサさん。お嬢様がしていい顔じゃない。
その様子に、公爵が己の髭を撫でる。
「うむ。皆仲良しそうで何より」
公爵閣下……目が……。
「では、儂は仕事に戻る。戦時中だが、いいや。戦時中だからこそ領内に目を光らせねばならん」
「……お疲れ様です、閣下」
真面目な話、彼の言うとおりである。
東部戦線は切り崩し、西部戦線は膠着状態。王国に多少の余裕はできたものの、決して良い状況ではない。
ここで後方が揺るげば、本当に戦争で負ける。帝国と王国ではそもそも動かせる人員の数が違うのだ。
公爵家は常備兵の八割を戦場に送り、今も応援を送る準備をしながら龍の迎撃準備をしている。それを統括している彼が、楽な立場のはずがない。
自分達に軽く手をあげて去っていく公爵の背を、王国式の礼をして見送る。
「それはそうとアリサ。昔の様に『じぃじ、がんばぇー』と言ってくれんか」
「はよ行ってこいお爺様」
「ぴえん」
辛辣な孫娘の言葉に、相変わらずの見た目だけは威厳満載な顔でとぼとぼと歩いていく公爵閣下。
……見なかった事にしよう。
そうして目を逸らすと、ちょうどハンナさんとお馬鹿様二号が立ち上がる所だった。
「うっ……アタシは、なにを?」
「うーん……なんか妙に頭が痛い……」
「あ、二人とも。よっかったぁ、無事だったんですね。揃って仲良く転ぶから、心配しました」
「そうですね。驚きました」
秒で嘘を言い始めたアリサさんに乗っかる。
これが、政治……貴族になるとはこういう事か……。
なんか違う気がするが、知らん。だって僕平民出だし。
「そう、なのか……?」
「頭にたんこぶできてる……治しとこ」
「あ、じゃあハンナさんのは私が」
「すまん」
そんなこんなで復帰した二人。
リリーシャ様が、チラリと視線を列車砲に向けた。
「それにしても、凄く大きな大砲だね。前にアリサちゃんが運んでいたやつの何倍だろ」
「アレは魔物用の比較的軽量なものでしたからねー。正直比較できないかと」
「そっかー。人間って、ほんと火薬を使う武器が好きだねー」
眉を八の字にするリリーシャ様。やはり、エルフである彼女には大砲の類はあまり気分の良いものではないらしい。
その隣で、ハンナさんが小さく鼻を鳴らす。
「武器の種類に良し悪しなんてない。この武器を作った奴らは悪くない腕だ。だが、使い手はちゃんとしているのか。それが問題だな」
「お爺様の言葉を信じるなら、大丈夫ではありますね。ただ、弾頭の方が問題らしいですけど」
「それはそうだろう。なんせ───」
「銀を大量に使えと言われたが、アレはライフリングと相性が悪いのでな」
ハンナさんの声を遮り、倉庫に数人のドワーフが入ってきた。
全員『これぞドワーフ』といった容姿をした人間目線で四十から六十歳程の男性達で、ずんぐりとした体は筋骨隆々。その厳めしい顔の大半を隠す豊かな髭。
服装は皆ツナギの袖を腰で巻いたタンクトップか、オーバーオール姿だ。
「あなた達は……」
「その列車砲づくりと並行して、小娘が剣を打つのを手伝っている者だ」
ずんずんとこちらに来た彼らに、ハンナさんが眉間に皺をよせる。
「誰が小娘だ」
「小娘を小娘と言って何が悪い。俺からすれば貴様などまだガキだ」
「あ゛?」
「お゛ぉん?」
速攻でメンチを切り始めたドワーフ達。ここはどこの不良学校だ。
「えっと、彼女の剣を使っている身としては、ハンナさんの腕は信じるに値すると思っているのですが……」
取りあえずフォローに入ると、ドワーフ達の視線が一斉にこちらを向いた。
「……その剥製にしたい程の美貌。よもや、貴様が『剣爛』か?」
「確かに『剣爛』と呼ばれてはいますが……。申し遅れました。ラインバレル公爵家に仕える名誉騎士、シュミットと申します」
その前に出てきた言葉は肯定したくない。なんだそのサイコパスじみた発想は。
名乗った途端、ドワーフ達の視線が自分の頭の天辺から爪先までを何度も往復し始めた。それこそ、他の一切から興味が失せたとばかりの集中ぐあいで。
「なるほど……これは……」
「重心にぶれがない。腰の剣の重さを完璧に理解した立ち方じゃな……」
「両腕の筋肉も均整がとれておる。全身の骨格にも歪みがない。まるで神が作り出した人形じゃ……」
「一番得意なのは両手持ち……次に片手持ちか。だが投擲に関してもかなりの腕がありそうじゃわい」
「人間にしては膂力に優れているのに、相手の力を利用する事を意識しておる……最近余程の剛腕を相手に戦ったか?それこそ亜竜以上の……」
一斉にブツブツと呟きだし、じっとこちらを見つめてくる彼ら。
それに若干の恐怖を覚え半歩下がろうとすれば、何故か距離を詰められた。
「お前、ちょっと俺が打った剣を振ってみないか?」
「いいや、ここは儂の作ったツーハンデッドソードを……」
「うちのツヴァイヘンダーの方がこやつには良いのではないか?」
「曲刀を持たせても良さそうじゃのう……」
「二刀流とか興味ないか?」
「えっ、いや、えぇ……?」
聖徳太子ではないので、一斉に喋らないでほしい。というか、圧が凄い。
全員ドワーフらしく背は低いのだが、厚みが違う。押し寄せてくる肉肉しいオッサン達に、思わずたじろいだ。
すると、それを見ていたハンナさんが声を荒げる。
「おい、じじい共。そいつはアタシの使い手だ。勝手に他の武器を持たせるな……!」
殺意さえ込められた視線に、しかしドワーフ達は動じない。
「なんだけち臭い」
「これほどの剣士を独り占めして申し訳ないと思わんのか?」
「かぁーっ、これだから最近の若者は」
「鍛冶師としては一人前じゃが、器が小さいのう」
「ちょっとだけじゃから。ちょっと握ってもらうだけじゃから」
「……じじい共」
ドワーフ達の反論に、ハンナさんの瞳が更につり上げられる。
「もし自分の剣士が他人の剣を無理やり握らされたらどうする」
「「「「「相手の職人を殺す」」」」」
一糸乱れぬ即答だった。え、こわ……。
「じゃあ引けや……!」
「それはそれ!」
「これはこれ!!」
「クソじじい共が……!!」
……よくわからないが、自分も言わせてもらうか。
「あの」
「なんだ。俺の剣が握りたくなったのか」
「いえ」
ハンナさんの隣に移動し、ドワーフ達を見る。
「自分は、彼女の打った剣を信頼しています」
「シュミット……」
「皆さんの方がハンナさんより槌を持って長いのかもしれません。しかし、僕は彼女の剣で戦ってきました」
正直、ドワーフ相手にこういう事を言うのは『そういう意味』になりそうで恥ずかしいのだが……。
ここで流されるままなのは、たぶん駄目だろう。
「僕にとって、名剣とは彼女が打った剣です。申し訳ありませんが、そうそう乗り換えるつもりはありません」
言い切った。言い切った結果。
「っ……!!」
「いっ」
バシリと腰を叩かれた。
「ちょ、痛いですハンナさん」
「っ……!っ……!!」
耳まで髪の色同様真っ赤にした彼女が、無言のままこちらを叩いてくる。
ドワーフ相手にこれは『愛の告白』でしかないとは思うが、そもそも最初にキスしてきたのはハンナさんの方だ。これぐらいの発言は受け止めてもらいたい。
そして、おじさんドワーフ達は───。
「お、おう」
「そ、そこまでかぁ」
「その……お幸せに?」
「あの剣士スケベ過ぎんか……?」
「スケベというか卑猥じゃろ……」
なんか引かれていた。
解せぬ。
「だが、待てよ」
最初に自分の剣を使えとか言ってきたドワーフがハンナさんを見る。
「小娘」
「なんだよ……!なんか文句あるのかよ……!」
「この剣士は幾つだ?人間の年齢は見た目じゃわからん」
「………」
ピシリと、ハンナさんが硬直する。
どうしたのかと首を傾げながら、特に変な質問でもないので自分が答えた。
「僕は今年で十五ですが」
そう答えると、ドワーフ達が一斉にハンナさんへと視線を向ける。
そして、彼女は全力で明後日の方に顔を背けた。大量の冷や汗を流しながら。
「おま……おまえ……」
「に、人間とドワーフは寿命が違うんだから、別にいいだろ……」
「ダークエルフみたいな言い訳をするな、小娘」
「っ………!!」
がっくりと項垂れるハンナさん。
まあ、理由は流石にわかる。彼女の年齢は確か六十四歳で、ドワーフ基準で二十歳前後。年齢差を気にしているのだと察しはつく。
しかし、自分としてはお互い成人しているのなら歳の差など関係ないと思うのだ。この世界では人間の成人は十五だったはず。
「ハンナさん。僕は気にしていません。むしろ、貴女の鍛冶師としての腕がそれだけ磨かれているのだと安心すらします」
「シュミット君。ストップ。流石にストップ」
レフェリーみたいな動きで止めに来たお馬鹿様一号。どうしたいったい。
「なんというか、そのね?細かいニュアンスというか、文化の違いを認識するにはちゃんとした教師がいるというか……私に教えられる範囲に問題があったと、今後悔しているよ」
「……もしかして、やっちゃいましたか」
こちらの問いに、アリサさんが神妙な面持ちで頷く。
なお、視界の端で何故かリリーシャ様が蹲り『わ、私はダークエルフとは違うし……。と、歳の差って言ってもエルフと人間の基準は別だし……』と己に言い聞かせていた。
「その……なんだ。剣爛の」
「あ、はい」
先頭のドワーフが気まずそうに髭を撫でながら話しかけてきた。
「話は変わるがな。その腰の剣、何千……いいや万に近い数を斬ったのだろう。かなりくたびれているな」
彼が指さす先。自分の左腰の剣は、確かにかなり消耗している。
どんな名剣も、使う以上は消耗品だ。刃こぼれもするし削れもする。
自分で最低限の研ぎはしたが、やはり熟練の鍛冶師からすれば鞘に納められていてもわかるらしい。
「小娘。お前が虜にした剣士だ。ちゃんと責任をとれ」
「……わかってる」
ハンナさんが手を突きだしてきたので、剣帯から鞘を外した。
しかし気がかりもある。彼女には現在、別の仕事を頼んでいるのだ。
「ですが、いいのですか?『龍殺しの剣』を打っている最中では───」
「馬鹿野郎」
遮る様に答えたのは、先ほどのドワーフだった。
「俺達は確かにここ最近銃だの大砲だのばかりで、剣から離れていた。だが、小娘の補助ぐらいは完璧以上にこなしてやる」
仏頂面を浮かべた彼らが、髭を撫でながら続ける。
「ドワーフの職人を舐めるなよ、剣爛。てめぇが生きた五倍以上の時間、槌握ってんだ。やってやれねぇわけがねぇだろ」
「ついでに言えば……まあ。そこの小娘も剣に限れば多少見込みのある腕をしているでな。本人がやれると言うのだ。できるだろう」
こちらを射貫く彼らの瞳に、なるほどと納得する。
公爵が『信じている』と言ったのは、この人達か。『龍殺しの剣』を打つハンナさんの手伝いをしながら、列車砲の弾頭作成までやっていると言う。二足の草鞋ながら、その瞳に迷いはない。
確かに、この眼をする人を信じないわけにはいかないな。
獣になるのでもなく、理性をもったまま命を懸ける人達の眼をしているのだから。
「わかりました。お願いします」
頷き、今度こそハンナさんに剣を預けた。
彼女は両手で受け取ると、鞘から少しだけ剣を抜き眉間に皺を寄せた。
「……どんだけ斬ったんだ、お前」
「えぇっと……そちらの方が言った通り、たぶん一万に届くかどうかぐらいかと」
塹壕で斬りまくったのと、敵陣に忍び込んで斬ったのを合わせるとたぶんそれぐらいだ。九千後半か、一万にギリギリ届くかぐらいだと思う。
それだけ斬って折れず曲がらず歪んでいないのだから、やはりハンナさんの剣は凄い。普通の剣なら半分もいかぬうちに折れているだろう。
だが、彼女は軽く頬を引き攣らせ後ろのドワーフ達は眼をギラギラとさせていた。
「やはり俺の剣を使ってみないか?」
「いやいやここは儂の」
「全ての財をやるから儂の剣を振ってくれんかのう」
「やはりあの剣士スケベでは?」
「ああ。ハード系なスケベ本から出てきた様な剣士だ……」
「黙れじじい共!!」
遂にキレたらしくドワーフ達の尻を蹴飛ばし始めたハンナさんと、それから逃げるおじさんドワーフ達。
その追いかけっこを見送りながら、彼女の背中に声をかける。
「すぐに使うかもしれないので、すみませんが早めにお願いしまーす!!」
「……おう!」
一瞬だけ立ち止まり、こちらを見ずに左手をあげるハンナさん。
そして、彼女はまたのしのしと歩いて行った。
「シュミット」
「はい?」
突然肩を叩かれたので振り返ると、リリーシャ様が真面目な顔で立っている。
「私はダークエルフじゃないからね……!」
「見ればわかりますが?」
なに言ってんだこの人。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。創作の原動力とさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.シュミット君が卑猥扱いされたのはどういう事?
A.彼の発言のせいです。
シュミット君目線
「僕は彼女の剣を信頼しています。他の剣に乗り換える気はありません」
※ドワーフ基準で愛の告白だろうな程度の認識。
ドワーフ目線
「んほぉぉぉぉおおお♡もうこの人の『剣』しか考えられないのぉ♡他の『剣』なんていらないぃ♡僕の体ぁ、この人専用にされちゃったのぉおおおお♡」
※どう聞いても薄い本の台詞。
って感じです。なお、彼らは名乗りませんでしたが全員五つに分かれているドワーフ族の里の、各里長の親族や本人です。つまりVIPですね。職人であり、為政者でもあります。
そんな人達の前でシュミット君は先の発言をしてしまいました。卑猥ですね。
まあ、彼らも相手が人間だから『そういう意味で言ったのではないのだろう』と理解していますし、何より専属鍛冶師のいる剣士に声をかけたのは自分達が先だから特に問題にはしないと思います。
彼らのハンナさんに対する『かつての仲間の忘れ形見であり、鍛えがいのある職人』という認識に、『ド変態ショタコン調教師』が付け足されただけで。