第百二十話 公爵からの依頼
第百二十話 公爵からの依頼
「いや、え!?置物!?こんな凄い大砲が!?というか秘密兵器って感じで紹介しといて!?」
荒ぶるアリサさんを手で宥める。
「どうどうどう」
「シュミット卿。人の孫娘をそんな暴れ馬の様に」
「ふしゅるるる……ふぅ」
「落ち着いちゃった」
深呼吸をして冷静になったアリサさんが、軽く髪の毛を掻き上げる。
深呼吸の際に揺れた胸からは、全力で視線を逸らした。なんだあの乳、大艦巨砲主義にも程があんだろ……。
「それで。いったいどういう事なんですか、お爺様」
「勘違いしないでほしいのだが、『現代』ではこの列車砲は凄まじい兵器である。これ以上の射程と破壊力を持つ兵器はない」
「まあ、でしょうね。これだけの大砲、陸で使えると思っていませんでしたし」
アリサさんの言葉に、公爵が重々しく頷く。
「うむ。戦艦に載せるのならともかく、陸で使うには線路四本を使った列車が必要だ。そのうえ、一度分解して発射する地点で組み直す必要があるゆえ、現地では大型重機用の線路も必要となる」
「……なるほど。つまり、そのうち先ほど見た戦車の様な兵器が続々現れる事で時代遅れになると」
「半分正解だな、アリサ」
そう答え、公爵がこちらに視線を向けてきた。
自分もそれほど詳しいわけではないのだが……。
「……列車砲が時代遅れになるのは、『戦闘機』や『ミサイル』と言った別の兵器が現れるからです。ただ、それができるのはまだ先ですので……」
「せんとうき?みさいる?……ミサイルは、投擲武器?投げるの?」
「いえ。火を噴いて飛びます」
「???」
宇宙を見た猫みたいな顔になっているアリサさんに、小さく咳ばらいをする。
「まあ、現代の技術だとたぶん作れないので考えなくて大丈夫です」
「お、おう。なんかとんでもない話を聞いた気がするけど、今は忘れるね」
「ですので、あの列車砲の話の続きをさせて頂くとですね。あの兵器自体は問題なく使える状態らしいです」
「うむ。幾度も試射を重ね、『決められた場所』に撃つ事は問題ない程に仕上がった」
「……なるほど。なら、ドラゴンに『当てる為の手段』と、『確実にダメージを与える手段』が問題なんだ」
アリサさんの言葉に頷いて返す。
ここまで話したのだ。当事者である彼女には、自分の知る範囲を伝えておきたい。
これまで不要な期待をさせたくないと思っていたが……奴が魔の森を移動している今、龍との戦いは王国の存亡をかけたものになっている。
その最前線に自分は立つのだ。であれば、相棒であるこの人も同じである。呪い以前に正真正銘の当事者だ。
「弾頭の方はドラゴンの到達に辛うじて間に合う。……そう報告を受けておる」
公爵の言葉に、アリサさんは表情を動かさなかった。
こういった計画で予定より遅れるのが普通である。むしろ、それを想定して動かなければならない。
更に言えば、たとえ間に合っても実質ぶっつけ本番だ。ハッキリ言って、使い物になるとは思えない。
だが、公爵の表情もまた変わっていなかった。威厳と自信に満ち溢れた、最高位の貴族家当主の姿がそこにある。
「疑うのも無理はない。だが、我が家の職人達ならやり遂げる。個人としても、ラインバレル家当主としても信用しておるよ」
「……では、当てる方法は?」
アリサさんの言葉に、公爵の目が再びこちらに向けられた。
先のいきなり説明しろという視線ではない。こちらは既に『覚悟』をしている故に、堂々と頷いた。
「『龍殺しの剣』を持った僕がいます」
「……?……え、待ってまさか」
「そのまさかです。『僕がいる場所を、龍は狙うはずです』」
龍は、悪魔の端末である。
であればある程度は記憶……いいや記録を共有しているはずだ。それこそ、同種を殺した武器と技も。
ならば、その両方を持つ聖女と瓜二つの剣士がいれば……それこそ、ヴィーヴルですら見間違う者がいたとしたら。
そして……それが聖女よりも明らかに魔力も肉体も弱い、自分だった時。
はたして、龍はどう思うのか。
「危険すぎる。君は───」
「危険なのはどこも同じですよ」
眦を上げた彼女の言葉を遮る。
「国も、世界も、どちらも放っておいたら危険なんです。まったく実感を持てませんが、それは事実でしょう」
「………」
「前も後ろも変わりません。だったら、少しでも勝率を上げなければ」
真っすぐにアリサさんの瞳を見つめる。
彼女もまた、逸らす事なく正面から視線を受け止めた。
「言ったはずです。僕は僕の為に命を懸ける。逆を言えば、生きる為なら命だって懸けてやりますよ」
「……一つだけ、確認させて」
アリサさんが、そっと瞳を閉じた。
声こそ穏やかで、優し気でさえある。だが……下手な事を言えば、彼女は銃を抜くだろうという確信があった。
「私は、君にとってなに?」
「相棒です」
───なんだ。いったいどんな質問をするのかと思ったら、そんな事か。
即答をして、言葉を重ねる。
「僕は公的な場であれば貴女を公爵家のお嬢様として扱いますが、鉄火場では別です。まだ死にたくないので、援護をしてください。龍が目の前に来たとしても、いつも通り背中を任せますから、そのつもりでいてくださいね」
死ぬからな、僕単騎だと。
こっちはまだまだ生きていたいのである。お馬鹿様だけ安全地帯とかマジで許さんからな。
「……オーライッ。人使いの荒い奴だね、君は」
降参とばかりに両手をあげて、アリサさんが半笑いで首を横に振った。
なんとなくこの人が怒る台詞は思いつく。先の問いに、もしも『守りたい人』などと答えていれば実弾が飛んできたのは間違いない。
だがそもそもの話、このお馬鹿様をお姫様扱いで守るとか無理だ。それこそ昔のおとぎ話みたいに悪い魔女に攫われでもしたら、この人は自力で魔女を叩きのめして帰ってくるだろう。
それはもういい笑顔を浮かべて。間違いない。
「……こほん」
公爵が口で咳払いみたいな声を出す。
「アリサ」
「はい、お爺様」
「結婚式には必ず出るゆえ、日取りを教えてくれ」
「やっぱボケてたか爺」
「ひどい」
アリサさんの言い方は酷いが、残当である。
「閣下。自分と彼女はそういう関係ではありません。命を預け合う相棒です。鉄火場で、仕事仲間として背中を預け合う相手に恋愛感情を抱くのは命取りですので」
「恋愛感情かは知らぬが、しかしシュミット卿はアリサを女性として見ているだろう。」
「いえ、そんな───」
「特に胸」
「ふっ……誠に申し訳ございません。すみません違うんです信じてください」
腰を九十度に曲げて頭をさげた。王国に土下座文化がもう少し浸透していたら敢行していた勢いである。
いやだ……死にたくない……!公爵令嬢に邪な目を向けていた罪で死にたくない……!
「怒っておらんから頭を上げよ。色情卿」
「そうだよシュミット君。君が変質者じみた視線を普段からしていても、私は気にしないよ」
あ、どうしよう。死にたくなってきた。
「話を戻すが、列車砲その物は完成済みである。ただし、帝国との戦争に使用するつもりはない。手の内はギリギリまで隠さねば、対応してくる可能性がある。帝国相手に勝てても、ドラゴンを討てなければ意味がない故に」
「で、ドラゴンを倒す為に壊されても困る。だから私達で守らないとって事ね。OK、把握しましたよお爺様」
「じぃじと呼んで」
「具体的にはどういう風な警備態勢を?ここに留まるのか、それとも外で動いてウェンディゴ隊を探すのか」
「基本的には、我が城にて待機してもらう。探し回るのはアーサーが新しく雇った子飼い達にやらせておるので、二人は奴らが来た時の備えとなれ」
「了解」
「わかりました」
「それからじぃじと呼んでくれ」
「それは冒険者としての仕事に含まれないので」
「くぅん」
厳めしい顔のまま寂しそうに犬の鳴き声を出す公爵閣下と、それを冷めた目で見ている公爵令嬢。
うん、見なかった事にしよう。
「あの、話は変わるのですが」
「うむ。なんだ」
「『龍殺しの剣』についてなのですが───」
「それならアタシが今打ち直している」
倉庫の扉から聞こえてきた、不機嫌そうな声。
聞き覚えのあるそれに振り返れば、仏頂面を浮かべた女性ドワーフがツナギ姿で立っていた。
「ハンナさん!」
「おう」
「私もいるぞぉー!」
相変わらずの三白眼でこちらを見る彼女の後ろから、もう一人姿を現す。
金色の髪を斜めお姫様カットにし、翡翠色の瞳を活発そうに輝かせるエルフの少女。
華奢ながら健康的な白い手足を惜しげもなく出したこの人物を、自分は知っている。
「え、リリーシャ様……?」
「ちょっとちょっとぉ、反応薄いよシュミットぉ」
ハンナさんの背後でリリーシャ様がやれやれと首を横に振った。
「せっかく『龍殺しの剣』の材料を持って来てあげたのに。もっと劇的な感じで喜んでくれなきゃ」
「いやぁ、それはシュミット君には難しいと思いますよリリーシャ様」
「やっぱり?でも絶対シュミットにはそういうリアクション似合うと思うんだけどなぁ」
ナチュラルに会話をするアリサさんに、ギロリと視線を向ける。
リアクションと言うのなら、この流れ。さては……。
「サプライズ、ってね!!」
バチコーンとウインクするお馬鹿様一号。
こ、このお馬鹿様……!知っていて黙っていたな?この人達が公爵家の領都にいると……!
普段なら別にいい。いやエルフのお姫様と突然お会いする状況は良くないのだが、そうではなく、今この街は……!
「……おい」
「ん?」
「何故ずっとアタシの背後に立っている……?」
ジロリとリリーシャ様を見上げるハンナさんに、エルフのお姫様はない胸を張った。
「こうすると私の背が大きくなった気がするから!!」
「殴る」
「待ってハンナさん!?その人エルフのお姫様だから!国際問題になっちゃうから!」
「むむ。失礼だなアリサちゃん。私はこういう喧嘩を地位でどうにかはしないよ。純粋に魔法と拳でやり返すだけで!!」
「それはそれで問題なんですが!?」
「どけ、雌牛」
「誰が雌牛だドチビぃ!?」
「あ゛ぁ?」
「アリサちゃん。流石にその発言は公爵令嬢としてどうかと思うよ」
「え、これ私が怒られる流れなの……?」
「というわけで三人で殴り合おうか!こういうのも青春だってこの前読んだ人間の本で書いてあった!!」
「上等だ。全員叩きのめす……!」
「リリーシャ様、それは状況というか立場が違う!あとハンナさんは冷静になって!?」
三人集まれば何とやら。
ぎゃいぎゃいと騒ぎ出し珍しくアリサさんがツッコミ役に回る光景を前にして、公爵閣下が僕の肩を叩いた。
「列車砲の防衛もあるが……頼んだぞ。色々と」
……この場所、帝国の特殊部隊が襲ってくるかもしれないんですよね?
守る対象が一カ所にいた方が守り易い?それは一回の敗北で致命傷という意味では?
無駄に威厳のある顔と声でこっちに頷いてくる公爵閣下の顔面に、全力の拳を叩き込みたいと思った自分は不敬なのだろうか。
それを聞きたいので、誰か他の騎士の人を連れてきてほしい。ついでに色々押し付けるから。
「シュミット君!相棒!ヘルプ!!へェルゥプッッッ!!」
龍殺しの剣を打っているドワーフと、エルフ族のお姫様の頭をそれぞれ掴んで押しとどめている公爵令嬢が何か叫んでいるが、取りあえず無視した。
ああ、うん……。
就職先、間違えたかなぁ……?
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。創作の原動力とさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。