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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第五章 戦火の剣
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第百十八話 輝かしい未来と

第百十八話 輝かしい未来と




 ラインバレル公爵領。


 ゲイロンド王国の南西にあり、エルフの森と隣接している。また、海と『魔の森』とも面しており、領内に鉱山もあって資源に事欠かない大領地だ。唯一欠点と言えるのは、王都との間にいくつも山がありアクセスが悪い事程度。


 そんな公爵家の領都に自分達は来たわけだが……。


「これは……」


 駅のホームから出て目にした光景に、思わず絶句する。


 アスファルトで舗装された道路。建ち並ぶ近代的な見た目をした背の高い建築物。街中に張り巡らされているのかと思える電線。ガスの臭いがしない、推定電灯が並ぶ道。


 更には道路を『自動車』が走っていくのが見えた。それも一台ではない。複数台が当たり前の様にすれ違っている。その光景に、道行く人々はこれが日常だと気にも留めない。


 まるで、ここだけ二十世紀の街が現れた様だった。


 呆然とする自分の隣で、アリサさんが街の様子をしげしげと眺める。


「おー、この辺も随分変わったねぇ。私がここを出た時は、まだ馬車が主流だったんだけどなぁ」


「……随分、発展していますね」


「そりゃあ勿論。私の実家だよ?」


 パチリとウインクしてくる彼女に、どうにか頷いて返す。


 前世の価値観を引っ張り出せば古風とさえ言える街並みだが、今生におけるこれまで見て来た物と違い過ぎて息を飲むしかない。


 大都会と感じられた王都ですらかすむ程に発展している。公爵家とは……。


 そんな事を考えていると、周囲の視線がこちらに集まっている事にようやく気付いた。


 お上りさんな田舎者を見る、生暖かいものや馬鹿にした様な視線ではない。こちらの全身を何度も視線が上下する、興味津々といった瞳だった。


「おい、あれって……」


「スゲー美人。ていうか、なんで剣?」


「まさか、『剣爛』……?」


「間違いねぇって!俺写真持ってるもん!」


「家中に写真が飾ってある俺が言うんだから間違いない。あの人はほんもんだ……!」


 ……自分も有名人になったのだなぁ。


 開拓村を出てから半年が過ぎた程度の身で、よもや既に王国中で顔が知られているとは。過去の自分に言っても信じられなかっただろう。


 そんな風に感慨深く思う事もできるのは、視線こそ集れど人の波が押し寄せてくる事はなかったからだが。


「というか、隣のお方は……」


「やべぇ、目を合わせるな……!」


「新興のギャングを素手で壊滅させた、あの……!?」


「アリサ様だ……アリサ様が帰ってきた……!」


「さわが……賑やかになるなぁ……ほんとになぁ……」


 遠い目をしたり早足になったりする住民たち。


 そっとアリサさんに目を向けると、彼女は明後日の方向に顔を向けた。


「アリサさん?」


「いやぁ……昔はよくこの辺でも遊んだなぁ……」


「具体的には?」


「そのぉ……盗んだお父様の馬で街を爆走したり、その辺のチンピラ集団に喧嘩を売って全滅させたり……」


「うわぁ……」


 ノリが不良漫画のキャラクターだった。マジかこいつ。


 街への感動から、お馬鹿様のお馬鹿様らしい行動に現実に引き戻された。


「ちょっ、ちゃんと殺してないからね!?それに、その時のチンピラ達だって余所から来て街の女の子達に酷い事をしようとしていたんだから、正義はこっちにあったよ!何より堅気には手を出していないもん、私!」


「シュナイゼル子爵の馬を盗んだ事に関しては?」


「……ちゃ、ちゃんと朝には返したし謝ったから」


 目を見て喋れ、お馬鹿様。


 お手本の様にその紺碧の瞳を泳がせた後、お馬鹿様が何かに気づいた様にこちらの手を引っ張ってくる。


「そ、そうだ!迎えの車があるはずだから、そっちに行こう!待たせても悪いし!ね!?」


「……ええ、そうですね」


 こちらの質問を振り切る様に歩く彼女に、これ以上黒歴史については触れなかった。


 決して突然握られた手の柔らかい感触に思考が停止したわけではない。


 アリサさんに連れられて向かったのは、車が何台も停車しているエリア。そこに停まる車の中でも特に大きく立派な黒い車の傍で、燕尾服を着た初老の男性が立っていた。


「お待ちしておりました、アリサ様。シュミット様」


「うん、お待たせ!家までお願いします!」


「はい。かしこまりました」


 若干焦りを残したままのアリサさんに、初老の男性が穏やかに笑う。


 その際、握られた自分達の手に視線を向け、彼は感慨深げに頷いていた。


 ……何か誤解をされている気がする。だがここで指摘したらまるで自分が意識している様なので、ぐっと堪えた。


 運転手の男性が開けてくれたドアから車内に入る。革張りの座席に若干緊張しながら、姿勢を正した。


 小さく音をたてて発進した車。前世では珍しくもなかったそれが、今生では目新しく思える。


 いいや、事実この世界では新しいものなのだ。自動車という乗り物は。


「公爵家では、既に自動車が普及しているんですね……」


「らしいねぇ。たしか、半年ぐらい前から量産が本格化しだしたんだったっけ?」


「量産が……」


「と言っても、まだ一家庭に一台とまではいっていないけどね。それでも『タクシー』とかいう、貸し馬車みたいなのもあるってお父様からの手紙に書いてあったよ」


 タクシーまで……。


「すみません、アリサさん」


「なにかなシュミット君」


「道路が全てアスファルトですし、車がこれだけ走っているわけですが……油はどこから?」


「たしか、お父様が管理している地方で『油田』?とか言うのが掘られているらしいよ。私も詳しくないけど、王国の民全員が車を持っても供給できる量だとかなんとか。ま、そもそも王国中に車が広がっていくってのが、私には想像できないけどねぇ」


 ケラケラと呑気に笑う彼女の横で、自分の頬に汗が流れた。


 そっかぁ。油田も確保してるのか、公爵家。


「アリサ様」


「なんで様づけ?」


「僕、公爵家に就職します」


「既にしているでしょシュミット卿」


 そうだった。よくやった、自分。


 電気どころかガスもない。ついでに教育とモラルと食料もない開拓村に転生して十五年。よもやこの様な『あがり』にたどり着けるとは……。


「……ですが、これだけ発展していると王家から危険視されないのですか?」


「いきなりぶっこむね、君」


 正直、王都よりも発展している都市があるというのは王侯貴族が治める国としてかなりまずい様に思える。


 そう言う場合、どうにかして力を削ごうと攻撃されるものだ。王家からも、それに近い家々からも。何なら関係ない、ただ土地や財を奪いたいだけの無関係の家にまで。


「まあ君が言いたい事もわかるよ。でもほら。公爵家には王家を含めて、他の貴族達は色々配慮してくれるからね。余計な口出しはしないのさ」


「そう、ですか」


 龍の呪い。その生贄役の一族に対する負い目。


 そしてその負い目を誤魔化す為の『敬意』と『尊敬』。公爵家がそれに応え続けているのもあって、ここまで力をつけても大きく問題視はされなかったのだろう。


 だが───龍を討った後はどうなるのだろうか?


 時間が経てば、王家や他の貴族との関係も変わってくるのではないか。そう思える。


 まあ、自分が考える事ではないな。少なくとも今は関係ない。そもそも、こういうのは公爵閣下やシュナイゼル子爵が考えるべき事である。名誉騎士であり、正式な爵位ももらったとしても精々男爵とかの自分がどうこう言う範囲は越えた話だ。


 取りあえず今は、のんびりと車の窓から街の景色でも眺めるとしよう。


 今生で見たどの景色よりも前世を思い起こさせる街並みに、お馬鹿様の奇行以外で興奮が冷める事はなかった。



*    *      *



サイド なし



 公爵家領内、領都から数十キロ離れた位置の森。


 そこには昔こそ猟師などに使われていたが、現在では誰も管理していない小屋がある。


 廃屋と言っていいその小屋の中で、四人の男がランタンを囲んでいた。


「本日付けでウェンディゴ隊に入隊します、レフ・フォン・イワノフ少尉であります!よろしくお願いします!」


 金髪を短く借り上げた青年の声に、三人の男達が苦笑か困惑を浮かべた。


「おいおい……追加の人員ってこんなガキかよ」


「お偉いさんはいったい何を考えてんだかねぇ」


「とりあえず声を落とせ。……お前、歳は?」


「はっ。二十四であります」


 レフ少尉の答えに、白髪交じりの男は顎髭を撫でた。


「そうか……少尉、なんで自分がこの隊に送られたか聞いているか?」


「はい」


 声こそ抑えられながらも、レフ少尉が自信満々といった様子で頷く。


 そんな彼に、他三人は既に辟易とした顔をしていた。


 彼らはプロである。だからこそ一目でわかるのだが……この青年。ただの軍人だ。


 立ち姿や歩き方から隙こそ少ないものの、経験豊富には見えないし何より潜入任務に向いているとも思えない。


 三人には、レフ少尉が送られてきたのは何かの間違いではないのかと疑問でならなかった。なんなら、彼が王国軍に捕捉されなかったのもただの運だとも思っている。


 まあ、レフ少尉がここまでたどり着けたのは帝国との戦争で公爵家が常備兵の八割を出していて、なおかつ元々のウェンディゴ隊の捜索で忙しかったからなので的外れな予想ではなかったが。


「ここに、王国のコインがあります」


 そう言って彼が取り出したのは、三枚の五ドルト硬貨。


 レフ少尉の事を胡乱な眼で見ていた三人の前で、彼はその硬貨を宙に放る。


 そして、次の瞬間。


 目にも止まらぬスピードで彼は腰のサーベルを引き抜くなり、空中のコイン弾いたのだ。


 いいや、正確には弾き続けている。


 三枚のコインは彼から見て三方向にあるというのに、一切床に落ちる事がない。見事な剣閃でもって、重力に逆らい続けているのだ。


 三人が感心した様に見ていると、レフ少尉はこれでフィニッシュとその場で横に一回転。


 彼が突き出したサーベルの切っ先には、三枚のコインが縦に乗せられていた。


「ほぉ、こりゃあ凄いもんだ」


「いいもん見れたわ」


「………」


 おざなりに拍手をする比較的若い二人に、無言で顎髭を撫でるもう一人。


 その反応に手ごたえを感じた様子で、レフ少尉は剣を一振りしてコインを左手でキャッチした。


「ここに来る前、帝都で中佐殿に命じられたのです。王国には『剣爛』なる凄腕の剣士がいる。それをイワノフ家の宝剣で斬れと」


「……なあ、レフ少尉」


「はっ」


 顎髭を撫でていた隊員が、じろりと少尉を睨みつけた。


「お前は、大道芸を見せる為にここへ来たのか?」


「え、いえ!そんな事は」


「『ソードマン』を斬った相手に、お前が勝てるわけがないだろう。……嫌な予感がしてきたぞ、少尉」


 顎髭の隊員は、今度は額を押さえ髪を掻き上げる様に手を後ろにやった。


「中佐殿から他に何を命じられた?言ってみろ」


「は、はい。先行しているウェンディゴ隊の皆様と合流したら、すぐに隊長殿に会いに行けと。それで、その、隊長殿は今どちらに?」


 彼の言葉に、半笑いを浮かべていた他二人の顔から感情が消え失せた。


 突如小屋の中に広がる重苦しい空気に、レフ少尉が困惑する。


「あ、あの……」


「……隊長は今、近くの村で二名の隊員と仕事中だ。邪魔になるから、挨拶は後にしろ」


「は、はい」


「それとだ新入り」


 顎髭の隊員が立ち上がり、レフ少尉を見下ろす。


「ウェンディゴ隊に入るのなら家名は捨てろ。お前は今後、ただのレフだ。俺はヴァジム。そこのバンダナつけた奴がユーリー。腹の出ている奴はオレグ。階級は全員中尉だ」


「はっ。わかりました」


「ではレフ少尉。お前にウェンディゴ隊最初の任務を授ける」


「はい……!」


 小声ながらも随分と気合の入った返事をするレフ少尉の肩を、ヴァジム中尉が叩いた。


「何か食える物を探してこい」


「はい?」


「兎でも鳥でも構わん。しかし、『絶対に村の方には近づくな』。途中で誰かに見つかる事も許さん」


「え、いや、缶詰や乾パンなら持って」


「これはお前がちゃんと使える奴かを確かめる試験でもある。ウェンディゴ隊でやっていくのなら、剣の腕以外も見せてみろ」


「っ……はい!」


 ヴァジム中尉の言葉に、レフ少尉は瞳を輝かせて敬礼をする。


 そして、『行ってきます』と言って小屋から出て行った。その背中を見送ったヴァジム中尉に、赤いバンダナのユーリー中尉が話しかける。


「いいんですかい。たぶん、中佐がこの場にいたらすぐに隊長の所へ行けって言いましたよ」


「知らんな。帝都には暫く帰っていないから、中佐殿がどの様に考えているのか俺にはわからんよ」


「それもそうですね、ヴァジム中尉」


 大きなお腹をゆすって、オレグ中尉が笑う。


「あいつも、家に居場所がなかった口ですかね。目を見ればなんとなくわかりやすが」


「だろうな。そもそも、まともに愛情を持っている家なら息子をこの隊に入れようと思わん」


「命令で仕方なくって場合もありますけどね」


 ユーリー中尉が、ナイフを磨きながら苦笑する。


「そう、命令は絶対だ。レフ少尉は隊長に会わせはするが……一人では会わせん。必ず俺達の中の誰かがついておく」


「意味があるとは思えないっすけどねぇ」


「ならあの哀れな若者を一人で差し出すか?」


「さて。そいつぁそん時の気分でさぁ。ただ、まぁ……」


 ユーリー中尉が、ランタンの火に照らされたナイフを眺める。


「俺が命令できる奴がいなくなるのは、寂しいっすね。俺がこんなかじゃ一番若いですし」


「そうか」


 ほんの少しだけ、小屋の中に沈黙が流れる。


「ヴァジム中尉。今回の作戦、成功すると思いますか?」


「………」


「公爵領に入る段階で、あの『狂鳥』に襲われちまった。隊の生き残りも、俺達───」


「命令は絶対だと言ったぞ、ユーリー中尉」


「……その通りですね、ヴァジム中尉」


 ナイフを鞘にしまい、ユーリー中尉が頭の後ろで腕を組んで壁に背中を預ける。


「……何としても任務は完遂する。俺達の手で、な」


 ヴァジム中尉が、最も長い時間ウェンディゴ隊で戦ってきた男が、拳を強く握る。


「そうだ……俺達の手で」


 近くに村があるはずの、森の中。


 夜だからか……動物と虫の声以外、何の音も響く事はなかった。





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力にさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 偶にあるビルみたいな冒険者ギルドのような不自然さはないが、場違いに感じるくらい凄い発展具合だ。 そしてアリサ様は随分とヤンチャされたようでw [一言] 一方のウェンディゴ隊。 こんな部隊だ…
[一言] あれ、彼ら既にエピローグもーど!?
[一言] ラインバレル公爵領がエロフ文化の最先端を突っ走るのか 木炭車なのか石炭車なのか未知の動力源なのか
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