第百十六話 功を焦った者達
第百十六話 功を焦った者達
────時は僅かに遡る。
雨がだんだんと強くなってきて、自分は一度准将閣下がいた建物まで戻された。
突撃から暫くして救護所で治療の手伝いをしていたら、襟首を掴まれて馬車に放り込まれたのである。
与えられた部屋で取りあえず剣の手入れをしていると、扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
「おっじゃまー」
能天気な声と共に、軍服姿で入ってきたアリサさん。彼女の服にはあちらこちら泥と血がついていた。
「どうしたんですか、その恰好」
「いやぁ。川の向こうにある帝国から君らが奪った塹壕あるじゃん?あそこから敵兵の死体をどかさないと後で大変だよなぁって手伝っていたんだよ。そしたらお父様に『お前も休みなさい』って叱られちゃった」
「ああ……」
雨の臭いに混ざって死臭がすると思ったら、そういう事か。
あっけらかんと笑う彼女に軽く肩をすくめる。
「それは怒られますよ。ただでさえ戦場に若い女性がいたら面倒な事が起きやすいのに、死体の処理までさせていたら准将が困ります」
「うーん。私も言われてから気づいたよ。何かやらなきゃって焦っていたかもねぇ」
刀身を部屋に吊るされたランタンの明かりで眺める。
ハンナさんの打った剣は、本当に頑丈だ。あれだけ斬って歪みもヒビもないのだから。
それでも刃こぼれは酷い。自分の技量不足を痛感する。
「でぇ。シュミット君は何していたのさ」
「見ての通り、剣の手入れを」
「その前だよその前」
「救護所で重傷の人達の治療を手伝っていました」
王国は先の一戦で比較的少ない被害で敵の塹壕を奪えたものの、それでも百人近い死者が出た。負傷者は倍以上である。
体力はともかく魔力はまだ余裕があったので、少しでも戦線に復帰してもらおうと白魔法を使っていたのだ。
そう答えると、アリサさんが半笑いを浮かべる。
「おいおい。また牛獣人の時みたいに信者を量産する気かい?」
「人聞きの悪い事を言わないでください。こんな状況でなければ、僕だってやりませんよ」
そう、状況は未だ良くない。
龍への対策はまだ完了していないというのに、帝国軍は未だ健在だ。五万の敵兵を討とうとも、残りが十五万もいる。
対してこの東部戦線の王国軍は現在一万七千弱。後から味方が来てくれるが、それは相手も同じ事。
一刻も早く、王国側が有利な状況を作る必要があった。さもなければ国どころか世界がやばい。
「へい相棒」
「え?」
彼女がこちらに近づいてきて、手を差し出してくる。
意図はわからないが、剣を置き椅子に座ったままアリサさんの手をとろうと腕をあげた。
そこで、気づく。
「………」
己の腕が、震えている。
「そぉい!」
「いっ……!?」
勢いよくハイタッチでもするかの様に、こちらの掌に彼女の手がぶつけられた。
手をがっしりと掴んだまま、アリサさんが笑う。
「気負い過ぎんなよ、シュミット君。まずは落ち着いて、ゆっくり考えなって」
「……そうですね」
まさか、自分が戦場に立ってこれほど動揺するとは思っていなかった。
絶え間なく響く銃声と砲声。そして絶叫と怒号。聞き慣れたと思った音が、大音量で全方位から聞こえてくる。
それも、濃密な死を纏って。
ほんの少し運が悪ければ、きっと自分は死んでいた。そんな環境は初めてではないはずなのに、しかしあの場所はこの身をただの矮小な一人の人間として怯えさせる。
そのうえ、殺した敵兵の顔はハッキリ覚えているおまけつき。塹壕内でやり合ったのだ。否応なく目は合うし声も聞こえる。
彼らの必死の形相と、断末魔の声。それらを、はたして自分はどれだけ覚えているのだろう。
……これも『人間』である事の証明と思えば、悪い気がしないのは良い事なのか否か。
「そうですね。ゆっくり考えます」
「応とも。ついでにご飯を食べて、眠りたまえよ。私はそうする!」
自信満々に言う彼女に、小さく笑う。
そうだ。何か食べて、眠るのがいいだろう。魔力も救護所で枯渇寸前まで使い、体力の方は言わずもがな。
戦果はあげた。やり過ぎなぐらいに。であればもう休んでもいいだろう。
「んじゃ!私は休むよ。君もしっかり休めよぉ」
「ええ。ですが気を抜き過ぎないでくださいよ」
「おや、心配?」
「当たり前です」
「なら、私も君に『気を付けて』と言っておくよ。お互い適度に休もうね~」
ヒラヒラと手を振って部屋を出た相棒の背中に軽く肩をすくめて、剣を鞘に納める。
だが、さて……取りあえずご飯を食べるとして、どうしたものか。
はっきり言って、横になっても眠れる気がしない。戦闘の興奮もあるが、すぐ近くに敵がいて味方が戦っている中で眠るという経験が今までないのである。
眠る前に敵は殲滅するものだ。開拓村ではそうだった。
……ふむ。
椅子から立ち上がって剣帯に鞘を固定し、部屋を出る。
兵士達に鉄製のヘルメットを支給してほしい旨を具申すると共に、一つ提案もしてみるか。
駄目と言われたらそれまで。のんびりとした足取りで、准将閣下のもとへと向かった。
* * *
そんなわけで、現在帝国軍の陣地にいる。
ものは試しに雨と夜闇に紛れて帝国の方に潜入してみようかと提案したら、准将閣下が『……できるのかね』とガチトーンで食いついたので頷いた。焦っているのは自分だけではなかったらしい。
そんなわけで、夜になるまでに体力を回復し、准将閣下の許可のもと実行に移した。
この場所は川があり、近くには森と山もある。見慣れぬ土地だろうが、自分にとっては街中より動きやすい。
経験値もかなり入ったので、少々追加で各技能に割り振ってみればあっさりと成功した。どうも、自分が思っていた以上に帝国軍は混乱している様だ。
兵達の中に紛れ込んだ後、少ししてコッソリと集団から抜ける。
一日中雨で時間感覚が狂いそうになるも、時計を見ればもうすぐ日暮れだとわかった。
雨はまだ続いているが、恐らく明日の朝頃には止むだろう。
それまでに、帝国軍の手足を切り落としていくとしようか。
雨でぐしょぬれの一般兵とは違い、士官たちは天幕や元々国境警備用にあった小屋を利用している。
好都合だ。兵士達が忙しなく前線で動いている状況も、悪くない。
水たまりを避け、最小限の音と動きで兵士達の死角から死角へと移動。士官たちのいる天幕の傍で耳を澄ます。
中にいるのは三人。うち一人が『用をたしてくる』と言って、天幕から出て行った。
茂みに入っていく彼の背中を追い、水音をたて始めた所で首を一太刀で落とす。
そのまま、死体は木々の中に隠した。
───この世界において、兵士は貴族の財産である。
かつて、アメリカの独立戦争の際行われた戦法。それは酷く単純なもので、敵の指揮官である貴族を狙撃していくというものだった。
当時ヨーロッパでもこの世界と同じように貴族が兵士達の指揮をしていた事もあり、他の誰かが代わりに指揮を執るというのはかなり難しかった。前世における近代の軍隊とは、そもそもの形態が違う。
それと同じだ。指揮を引き継げる人間は、とても限られている。
軍隊があり、階級があり、士官学校もある世界。しかし、帝国も王国も、王侯貴族が治める国だ。
トイレに行った仲間が戻ってこない事を心配したのか、もう一人天幕の外に出てきた。
辺りは既に暗い。音もなく近づいて、そいつの口を押さえながら剣で心臓を抉る。
「っ……!?」
目を見開きながら絶命する彼を天幕の中へ押し込み、残り一人が反応する前にピックを投擲。喉を貫く。
もがいて暴れられても困るので、もう一投で眼球から脳を破壊した。あとは、二人の死体を眠っているかの様に偽装するだけ。
流石に血の跡はあちらこちらに残るが……適当に泥を上から塗って誤魔化しておく。
さて、次だ。
───音と気配を頼りに、外から天幕の布ごと心臓を貫く。
───愚痴を言いながら歩く二人組の首を、背後から纏めて落とす。
───士官用の食事に遅効性の毒を仕込む。
───小屋の中に押し入って、何か叫ばれる前に中の者達を斬り捨てる。
色々やった。そうとしか言えん。
流石にこれ以上はリスクがあり過ぎる。兵達がやけに士官たちのいる場所に近寄らないからまだ露見していないので、もう少しいける気もしたが……『まだいけるはもうここまで』なんて聞いた事がある。
欲張りすぎてはならないと自制し、ゆっくりと夜の闇に姿を紛れ込ませた。
* * *
サイド なし
「なんだ……なんだこれは……!!」
早朝。コルサコフ大佐が肩を震わせて発した言葉は、この場にいる全員の気持ちを代弁していた。
少尉から大尉までの士官五十七名が死亡。更に七十八名が毒物により重体。そのうえ、行方不明の者が二十六名。
東部戦線に陣を敷く帝国軍の手足は、一夜にしてもぎ取られていた。
「何が起こった!いったいどうしたと言うのだ!」
怒鳴りつけられた下士官が、冷や汗を流しながらも答える。
「はっ!亡くなった方々の御遺体から、何者かに『斬り殺された』と推測されます!」
「きり……」
『斬り殺された死体』
その言葉に将校達が固まる。
この前、王国軍に塹壕を奪われた際に受けた報告。それと頭の中で繋がってしまったのである。
もしや、本当にセルエルセス王の再来が王国に現れたのではないか?その様な想像までしてしまい、彼らの顔は真っ青になる。
「……他殺だと言うのなら、目撃者はいないのか」
「そうだ!見張りの兵士達は何をしていた!?」
「居眠りでもしていたのか、そやつらは!」
大佐の言葉を皮切りに、己の不安を少しでも拭おうと叫ぶ佐官たちに下士官は唇を閉じた。
流石に『お前らの八つ当たりが恐くて、一般兵は将校達に近づけなかったんだよ』とは言えなかったのである。
塹壕が奪われた理由を正直に報告した士官が、その日の内に虚偽の報告をしたと最前列に立たされた事が影響したのだ。
責任のなすりつけに動き出した他の佐官たちを、大佐が机を殴って黙らせる。
「とにかく、被害の確認だ。それと下手人は……どうせ既に逃げているか。ならば今は一刻も早く王国軍に攻撃をしかけるぞ」
「えっ」
口を閉じていた下士官も、流石に声がもれた。
そんな彼を、大佐が睨みつける。
「雨は止んだ。今攻め込まなければ、奴らは川の向こうから補給を行い万全の状態で塹壕に籠るだろう。奴らの準備ができる前に攻めねばならんのだ」
「……そうだ。大佐殿の言う通りだ」
「それしか我らに未来はない……!」
他の佐官たちも彼の言葉に賛同していく。
塹壕を一日で三つ奪われた。圧倒的に兵力で勝っており、そのうえ『ただ睨み合っていればいい』と指示を受けていたのに。
あげく、今度は敵の侵入を許して士官たちを……貴族達をむざむざ殺されてしまった。
そんな報告が帝都に上げられれば、どう足掻いても将校達の家は終わる。この様な失態、あってはならないのだ。故に、彼らごとなかった事にされる。
もはやなりふり構っていられない。最低でも最初の状態に戻さなければ、全将校の家名は消えてしまう。
「お、お言葉ながら大佐殿。士官なしで攻撃など連携が」
「ただ前に進めばいい。兵士達にはそう伝えろ。連携など不要。数で圧倒的に勝り、敵は準備不足。十分に轢き殺せる」
ギラギラと瞳を輝かせる大佐に、下士官は『了解』以外の言葉を言えなかった。
そんな彼が天幕を出ていくなり、他の下士官たちが報告の為雪崩れ込んでいく。
「大佐殿!亡くなった方々の名簿が───」
「食糧倉庫にも侵入があった痕跡があり───」
「先の戦いでの負傷者についてなのですが───」
「偵察兵から王国軍の塹壕の様子が───」
「こちらに向かっている味方の隊から伝令が───」
士官が一度に減った事で、膨大な報告と仕事が数人の佐官の元へと押し寄せてくる。
それらを、大佐が一括で黙らせた。
「今は全て後回しだ!兵達に突撃の準備をさせろ!この好機を逃せば、本当に我らは終わるぞ!!」
この時、コルサコフ大佐は冷静ではなかった。
続けざまに届く嫌な報告に、セルエルセス王の再来がいるかもしれない恐怖。
何より、皇帝の怒りを買う事が最も恐ろしかったのだ。
今の帝都は、皇帝が放った猟犬共に監視されている。ほんの僅かでも皇帝への忠誠が疑われようものなら、長く皇室に仕えていた一族すら簡単に処分されてしまうのだ。
『皇帝陛下はお変わりになられた』
皇帝に長く仕えていた侍従長が、最期に遺した言葉である。彼の子供らも、教会に逃げ込もうとして捕らえられ処刑されたとか。
これらの事情が、大佐達の視野は酷く狭くしていた。何か戦果を、結果を残さねば後がないと。たとえ自分達が罰せられ様とも、家名だけは残さねばと。
功を焦る彼らに忠言できる人間などいない。親戚である生き残りの士官たちはそれどころではなく、下士官達は佐官に意見するなどという自殺行為は普通しないのだ。
故に、この結末は必然だったのかもしれない。
大佐は思い違いをしていた。『これだけ慣れた様子で暗殺をした敵が、未だ陣地に残っているわけがない』と。
無論、彼らのいる指揮所には外に十五人、内に十五人の計三十人の兵士達による護衛がついている。警備は十分だった。食事にも、士官用の物に毒が盛られていたと気付いてからは注意していた。
ただし。
「がっ……」
「え?」
暗殺をしかけた輩が未だ陣地に残っていて、銃を持った三十人の護衛では不足である可能性を大佐は考慮していなかったのである。
音もなく、五人の兵士の首が落とされた。飛んできた血飛沫に顔を向けた兵士の喉にはピックが突き刺さり、彼らの死に周囲が気づく頃には追加で何人もの首が落とされている。
「て、敵襲!」
そう声が発せられた時には、護衛は内側にしか残っていなかった。
同時に、襲撃者は火のついたダイナマイトを指揮所に投げ込む。それに対処をする暇もなく爆発が起き、中の人間は全員壁や床に叩きつけられ動けなくなった。
黒煙の中、襲撃者が指揮所に入っていく。彼は倒れた者達のうち佐官にのみ止めを刺していった。
「おま、え……はぁ……!」
血と唾液の混ざった物を吐きながら、銃を抜こうとするコルサコフ大佐。しかし彼の首に剣が突き立てられ、拳銃が抜かれる事はなかった。
襲撃者は顔を覆った布を煩わしそうにしながらも、淀みなく指揮所に油を撒いて火をつける。ついでに余ったダイナマイトも置いていった。
爆音で他の兵士達が駆け付けた時には、そこに生きている者は誰もいない。
───悪夢は、士官達だけに振りかかるものではなかった。
最前線。銃撃と砲撃に支援されながら、帝国兵達がひたすらに突撃を行う。
散発的で少ない王国の迎撃に、僅かに残っていた士官は歓喜した。これで結果を出せると。
そうして我先にと第一の塹壕へと兵士達を跳びこませていって───爆発した。
降り注ぐ土砂と肉片。塹壕近くまで来ていた者は爆風で転げながら、それを頭から浴びて恐慌状態に陥る。
王国は雨に備える為だけに布を張ったのではない。細工を気づかせぬ為に、雨が止んだ後も布を張っていたのだ。第一の塹壕は既に無人である。
王国貴族による土魔法で、第一の塹壕には濡れない様に『地雷』が埋められていたのだ。埋めた張本人たちと兵士は、第二の塹壕に魔法で繋げた穴で撤退。その穴も既に塞がっている。
対岸での宴会による騒がしさと、第一塹壕に貼られたままの布。そして、雨。
挙句の果てには士官不足により起きる混乱。これにより、帝国軍は罠に気づく事はできなかった。
第二と第三の塹壕から覗く銃口が帝国兵に向けられる。更には帝国から鹵獲した大砲までもが火を噴いた。
それでも、地雷の被害は思った程はない。通常時ならここからでも立ち直れたかもしれない帝国軍だが……ここでやはり、士官不足が響いてしまった。なまじ数が多い故に、指揮が届かない。
「う、うわあああ!」
「待て!逃げるな!進め!」
「ふざけんな、お前が行けよ!」
「おい、下がるな!潰れる!」
最前列の兵士達と後続で衝突し、動けなくなったのである。ぬかるんだ地面で前にも後ろにも進めなくなった彼らに、容赦なく鉛の雨が降り注ぐ。
そこへ、指揮所壊滅の報がどこからともなく響いてきた。誰かが後方に目をやってしまえば、それでお終い。必死に指揮をしていた士官達の心が、折れてしまう。雨が止んで晴天となった空にのぼる黒煙が、ハッキリと見えてしまっていた。
軍隊という一つの生物の、手足と脳が纏めて切り離される。烏合の衆となった帝国兵に勝ち目などなかった。
『帝国兵に告げる。私はラインバレル公爵家の嫡男、シュナイゼル・フォン・ラインバレル准将である』
戦闘開始から一時間後。ズタボロにされた帝国軍に、拡声魔法で増幅された声が届いた。
『直ちに武装を解除し、降伏せよ。さもなければ我々は諸君らを皆殺しにする。帝国ではセルエルセス王を悪魔の様に扱っていると聞いたよ。もしも諸君らが望むのであれば……私は、その血筋の者に相応しい行いを各々の村で行おう』
泥と血にまみれた帝国兵達が、互いの顔を見あう。
その表情は呆けたものから、ゆっくりと青ざめたものへと変わっていった。
セルエルセス王の血筋に相応しい行い。その言葉を、帝国人である彼らの想像力が最悪の光景として出力させる。
『選びたまえ。諸君らの故郷に私が行くか、それとも帝都まで私を通すか。前者を選んだ場合、私には『覚悟と準備がある』とだけ言っておこう』
帝国軍、八万。王国軍、一万六千。
これだけ策を巡らせても五倍の人数差がある中で、しかし東部戦線の帝国軍は降伏した。
兵士達が武器を捨てるのを止められる者が、もういなかった故に。
* * *
サイド シュミット
「ふぅ」
王国側の士官用の宿舎に戻り、与えられた部屋で一息つく。
流石に疲れた。もう二度とやりたくない。
全身が鉛の様に重く、回復していた魔力もまた底が見えていた。
しかし、やった甲斐はあったらしい。遠くから歓声が聞こえ、笑みを浮かべた士官達があちらこちら走り回っている。
これでようやく安眠できそうだ。
士官相手に闇討ちした事に、不思議なほど罪悪感がわかない。もしかして自分には、龍が攻めてくる状況で戦争を始めた帝国貴族に自覚している以上の怒りがあったのか。
……割とあり得る話だ。その辺りを自制が出来る様に気を付けねば。
何せ今回の自分の行いは、リスクを別にしても決して誉れあるものではない。将来を考えると何度もしていい事ではないのである。
功績ならあの突撃で十分に稼いだというのもあった。以降の公的な活躍は不要だったからというのもある。
故に、あの襲撃の記録は准将閣下と自分の胸にだけ残るものだ。敵の指揮官たちは、皆『戦場での事故死』で処理されるはずである。
自分への報酬は、准将閣下から後で払われるだろう『心づけ』で十分だ。
お湯で濡らしたタオルで体も拭いたし、眠るとしよう。そう思った所で、扉がノックされた。
「はい?」
答えるや否や開かれた扉。足音から察していたが、そこにはアリサさんが立っていた。
彼女はニッコリと笑みを浮かべ、スカートを翻しながら部屋に入ってくる。
……何故だろうか。令嬢らしい華やかな笑みだというのに、悪寒が止まらない。
ガチャリと、彼女が戸の鍵を閉めた。
「あ、アリサさん……?」
「ねえ相棒。君、どこに行っていたのかな?」
それは世間話の様な内容と、声音。
だというのに、自分の肩が否応なしに跳ねる。
「は、はい。ブリュースター卿達と剣術の談義でもと」
「ブリュースター卿なら、もう後方の補給部隊と合流しているよ」
「え、な、でも」
「うん。本当ならもっと後になるはずだったよね。でも、私が荷物を運ぶのを手伝ったから、早めに終わったんだ」
さぁっと、血の気が引いていく。
「相棒。君が何をしていたか、教えてくれないかな?」
「こ、これはですね。非常に高度かつ柔軟性をもった秘密の作戦がですね」
「私、言ったよね?休めって。ゆっくりしろって。もしかして───私のいない場所で、私が知らない間に危ない事をしたの?相棒である、私に秘密で?私を連れて行かずに?」
気が付けば、自分は正座をしていた。
この後、シュナイゼル准将閣下も兵への指示を終えた後に正座する事となり、彼は娘からまともに口をきいてもらえない事に涙する事となる。
なお、自分は疲れているだろうからとお説教は短めに終わった。
ふっ……後が、とっても恐い。
砲声弾雨に怯えずに済んだというのに、自分はベッドの中で震えて眠る事になった。
読んでいただきありがとうございます。
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