第百十五話 勇者達の奇跡の後は
Q.シュミット達は何をしたの?
A.
1.全員の腰をロープで一列につなげます。
2.後ろ四人がシュミットにバフを盛ります。
3.シュミットが全力疾走して四人を牽引して走ります。電車ごっこ状態。
4.普段より強化された肉体で纏った重装甲で敵の攻撃を防ぎます。
5.敵の塹壕に跳びこんでひたすら斬ります。
以上です。描写不足で申し訳ございません。
第百十五話 勇者達の奇跡の後は
「うおおおおおおおおおおっ!!」
「勇者たちだ!勇者たちが帰ってきたぞ!」
夕方。戦闘も一度止まり、両軍が警戒と負傷者の回収をしている最中、自分達は王国側の川岸まで戻ってきていた。
士官や後詰の兵士達が、拍手喝采で迎え入れてくれる。その光景に少し尻込みしてしまった自分の背を、ブリュースター卿が軽く押した。
「どうした剣爛殿。砲弾を殴り飛ばした貴殿が、味方の歓声に怯むのか」
「ブリュースター卿……いえ、こういうのはあまり経験が」
「ならばしっかりと勝利の美酒を浴びるといい。これほど気分の良いものはないぞ」
ニッカリと笑うブリュースター卿の顔は、しかし少し老けて見えていた。
他の七人も同じく、満足気な笑顔ながらも好々爺然とした雰囲気を纏っている。狂気じみた戦いをした勇者達とは思えない姿だ。
……きっと、満足してしまったのだろう。剣の時代の終わりに立ち会えた事で。
何となく取り残された様な感じはするものの、今の自分は熱に中てられているだけだ。普段ならばそれほど剣に拘りがあるわけでもない。
それよりも、彼の言う通り味わうとしよう。勝利の美酒というものを。
喝采をあげる兵士達の間を通って行けば、准将閣下を始め将校たちが待ち構えていた。
慌てて王国式の礼をする自分達に、准将閣下が軽く手を挙げる。
「楽にしてくれ。畏まらなくてはならないのは私の方だよ、『シュミット卿』」
「い、いえ。自分は一介の名誉騎士に過ぎず……」
「ただの一介の名誉騎士に、この様な戦果を挙げられるものか」
准将閣下がこちらの肩を叩き、微笑む。
その際に気づいたのだが、彼の傍にアリサさんがニコニコと笑みを浮かべて立っていた。それも軍服ではなく落ち着いた様子のスカート姿で。
あの人、『先に戻る』と言っていたが……勇者勇者と囲まれるのを避けたな?まあ立場を考えるとしょうがないだろうけど。
「シュミット卿、ブリュースター卿、ウォンバット卿、オルドリン卿……」
自分を含め九人の名を准将閣下が朗々と呼んでいく。
それぞれと固い握手をしていき、最後に彼は自分の前に戻ってきた。
「この戦果を、我々は忘れない。貴君らが起こした『奇跡』に公爵家は必ずや答えよう。そして、王国の勝利を約束する。共に、帝国を打ち払い祖国を護ろう!!」
「はっ!」
全員で准将閣下に答えれば、アリサさんを皮切りに拍手が周囲を包み込んだ。
奇跡……確かに、奇跡と評されるべき戦果であった。
その様に表現しなければ、『我も我も』とやらかす馬鹿が出てきかねない。あんなやり方が通じるのは一日限りで、奇策と呼ぶのもおこがましい蛮行である。
ついでに言えば、塹壕の幅も重要となる。今回は二百年近く小競り合いをするだけの場所だったから、両軍とも四メートル近くも幅を作る余裕があった。
だが基本的に塹壕の幅は二メートルもない。剣を振るうには厳しい細さだ。
それを理解しているからこそ、後ろの八人も自分達の役目は終わったと年齢以上に老け込んでいるのだろう。自分などより、余程『戦争』というものを知っている方々なのだから。
拍手を浴びながらそんな事を考えていれば、頭に雫が落ちてきた。
顔を上げると、ポツリポツリと雨が降ってくる。
塹壕に水たまりを作る程の、雨が。
* * *
サイド なし
「衛生兵!えいせいへーい!!」
「被害状況を確認しろ!隊員が丸ごといない?ふざけるな!探せ!」
「残っている物資を纏めろ。無駄な放出はできない。厳しく管理するんだ」
ローレシア帝国軍、本陣。
雨が降る中、陣幕の中も外も怒号が飛び交っていた。
「何なんだ……何なんだこれは……!」
陣幕の中にある机の上座に立つ男、『コルサコフ大佐』が広げられた地図を前にわなわなと肩を震わせていた。
無理からぬことである。開戦から数日間にらみ合いを続けていたかと思えば、突如たった一日で塹壕を三つ奪われたのだから。
他に類を見ない歴史的大敗北。この事が帝都に伝われば本人どころか家族までもが皇帝の怒りに触れ、お家の取り潰しもありえる。
それだけではない。後世の歴史書に『度し難い無能ども』と書かれるかもしれないのだ。それは家の名誉も含めて、貴族にとって最も不名誉な事である。
彼を始め、本陣にいる将校達は皆暗い顔をしていた。
「……前線にいた士官の言を信じるのなら、鎧を着た男達が突撃を行い、塹壕を瞬く間に制圧していったと」
「そんな事がありえるか!狂った馬鹿の寝言か、そうでなければスパイの戯言に過ぎん!その士官は後方に……いいや、最前列に立たせておけ!」
「そうだ。きっとこれは王国軍が何か秘密兵器を使ったに違いない」
「普段なら一笑に付すが、今回ばかりはありえるな」
「特殊な火炎放射器を使った可能性は?それを振るう様が剣を振り回した様に見えたとか」
「もしそうなどしても、どうやって対策する?具体的に何が起きたかを知らねば、何も」
喧々諤々と持論を語り始めた将校達の中で、一人の佐官がぼそりと呟いた。
「セルエルセス……」
ピタリと彼らの口が閉じられ、全員の頬に汗が流れた。
『セルエルセス・フォン・ゲイロンド』
ゲイロンド王国では紙幣にされる程の人気を誇る英雄王であり───ローレシア帝国においては、邪悪の化身として恐れられる存在。
当時は路傍の石同然であったゲイロンド王国を、地図の色塗り程度の感覚で帝国は攻め込んだ。
両国の戦力差は軽く十倍以上離れており、帝国は戦争慣れした指揮官や兵ばかり。ともすれば半年かからずに戦争は終わると、帝国臣民は思っていた。
それが、ひっくり返されたのだ。たった一人の王に。
優れた知見を持っていたわけではない。有能な将軍たちを囲っていたわけでもない。
ただ純粋に、ありえない程に、強かっただけ。
一個人の武勇で戦争の趨勢が決まるなど、何百年も前の話だった。そんな神話の中でしか聞かない様な奇跡を、あの男は成したのである。
以来、帝国ではセルエルセス王を人間ではなく怪物として扱っていた。それでも二百年近くの時が経ち、世代も変わって『おとぎ話』『当時の無能共の世迷言』と彼らもその伝説を信じていなかった。
だが、今日起きた事は───。
「それを、どう帝都に報告するつもりだ」
沈黙の中、コルサコフ大佐がドスのきいた声で言う。
「そんな言葉が皇帝陛下の耳に入ってみろ。我らの一族は貴族の歴史から消えるぞ。言葉には気を付けるんだな」
「は、はっ!」
呟いた佐官が背筋を伸ばしながら答える。
「……『緒戦で痛手を受けた』のは、戦死した少将閣下が楽観的な陣形を考えたからだ。彼の無能さが敵の味方となったに違いない」
「そ、そうですな!その通りです!」
「然り!彼はあまりにも戦争を甘く見ていた」
「少将閣下とその側近たちが『どこかから飛んできた謎の鉄塊』で死んだのは、きっと天罰だったのでしょう」
本来軍隊では上下関係は絶対であり、更に言うとこの世界では階級と身分が比例する場合が多い。
だと言うのに彼らは戦死した少将に全ての責任を押し付けた。当然これで自分達が安泰とは思っていないものの、少しでも家を守る為に必死なのである。
なお、少将達の死因は『剣で突撃してきた愚か者』が砲弾を殴り飛ばした時、偶然弾いた方向にいた事が原因であった。楽観的と評されても無理がないぐらい、彼は前に出ていたのである。
その理由も、仇敵である王国との勝ち戦で目立てば帝都での立場が更に良くなると判断しての事だったので、批判されても反論できないのは確かであった。彼の戦死で余計に被害が広がったのは事実であるので。
一応ながら責任を押し付ける先ができた事で、帝国将校達も僅かながらに冷静さを取り戻す。
「とにかく、今は防御を固めろ。我々の任務はあくまで王国軍をこの地に足止めする事だ。後は、『ドラゴン』がやってくれる」
帝国の将校達には、秘密情報部から王国に龍が向かっている事が既に知らされていた。
この事から、龍が王国を焼いてくれるのを待っていればいいと軍上層部は結論を出したのである。皇帝陛下もこの案を強く勧めていた。
龍の不自然な行動に対する疑問や、王国の後は帝国に牙を剥くのではという不安もある。
だが、その様な事を発言する事は帝都で許されていない。誰も彼もが、皇帝陛下の言葉に頷くしかないのだ。
「しかし、王国の財を奪えぬのが悔やまれますな」
「欲をかくな。凍らぬ港と豊かで安全な大地さえ手に入れば、帝国は大陸を統一できる。それまでの辛抱だ。何より、新しい領土で得た税収も期待できる」
緩み始めた空気が、大佐の咳払いで打ち切られる。
「被害の確認を急げ。第六の塹壕を兵達に掘らせながら、守りを固めるのだ」
「はっ!」
帝国式の礼をする将校達。彼らが出て行った後、大佐は天幕の側面にある穴の様な窓から外を見た。
今は小雨程度ながら、止む気配のない雨に彼は眉間に皺を寄せる。
塹壕にとって雨は地獄だ。水を逃がす事ができない。
先の戦闘で帝国側には少なくない負傷者が出ており、その傷口から流れ出た血が塹壕を汚していた。
既にこと切れた者達の体から流れ出た汚物も含めて、塹壕内は酷い有り様である。感染症が広がる可能性がかなり高い。
加えて、『屋根』がないのだ。
当たり前の事ながら、塹壕に屋根などついていない。物資や状況に余裕があるのなら、布を斜めに張って屋根代わりにするのである。
そう、物資と状況に余裕さえあれば。
東部戦線の帝国軍に現在その様な余裕はない。塹壕を三本も獲られたのだ。そこにあった物資も当然置いていくしかなく、状況に関してはまたあの奇妙な攻撃があるかもと兵士達の目を前以外に向ける余裕がない。
結果、将校達のいる場所以外は雨ざらしである。仲間の血と臓物。そして死体に囲まれながら、雨が溜まっていく塹壕で兵士達は立ち続けるのだ。
唯一幸いなのが、気温はそれほど低くない事だろう。濡れたブーツの中で指が壊死する可能性は高くない。代わりに、死体に蛆がわく速度が上がるが。
対して、王国軍は余裕を見せていた。
まるで最初から川の向こうを奪取するのを読んでいたかの様な手際で物資を運び込み、雨が降り出すや否や帝国から奪った塹壕に籠った兵士達が屋根を作る始末。塹壕内にあった死体は、帝国が逃げている間に外へ出していた。
流石に最前列の兵士達は警戒を見せながらも、川の向こう側では祝宴さえ上げていると偵察兵からの報告もあがっている。
大佐は舌打ちし、曇天を見上げた。
この世界の創造主たる女神が真に見守ってくれているのなら、一刻も早く晴天を見せてくれと、彼は祈る。
コルサコフ大佐は信じていたのだ。この戦いは、帝国こそ正義であると。そう教育されてきたが故に。
しかし、彼の願いは届かない。次の日も雨は止まず、むしろ勢いを増したのだから。
その事にコルサコフ大佐を始め将校達は肩を落とすも、良い報告もあった。川が増水し、こちら側の王国軍へ対岸から支援が送れないと予測が出たのである。
これならば雨が止み次第川のこちら側が奪い返せる。戦況を最初の状態に戻せるのだ。
兵力差は未だ大きい。東部戦線の帝国軍は負傷者を除いてもまだ十三万近くが残っており、更に後ろから数万の援軍がくる予定なのだ。
この雨はむしろ恵みの雨だったと、コルサコフ大佐は天に感謝をささげた。
───降りしきる雨により、誰も気づかない。
帝国兵の一部が敵を警戒する為近くの森に入り、巡回をしている。
その際、一人分のくぐもった悲鳴があったが雨音で消えてしまった。それ故に、森に入った時と出た時で人数が同じ事を気にするはずもない。
うち一人。一番後ろを歩く兵士の顔が、泥で塗りたくられている。
元の顔がわからない程に汚れているが、そんな奴は今の帝国軍にはいくらでもいた。
そのうえ、帝国軍の人数は多く先の戦闘もあって隊の再編が行われており、互いの顔を知らぬ者ばかりである。最後尾の彼の事を気にする者など、一人としていない。
背筋が棒でも入っている様にピンと伸びたその兵士が、十三万人の中に埋もれていく。
塹壕が一日の内に三本も獲られるという、帝国軍にとって悪夢としか形容できない日。
しかし、その翌日もまた───悪夢は襲ってくるのだ。
彼らに安息など与えぬと、その刃を黒く塗りながら。
読んでいただきありがとうございます。
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