第十二話 トロール
第十二話 トロール
『ヒヒィィィィィィン!!』
「ヒャッハー!」
ガタガタと揺れる馬車の中から、御者台にいる彼女に顔を引き攣らせながら問いかける。
「いったいどうやってこんな物借りてきたんですか!?」
現在自分達が乗っている物、それは四頭立ての幌馬車だった。
立派な鬣をした馬が四頭も牽く馬車もこれまたがっしりとした車輪を持っており、自分がイチイバルに向かう為乗り込んだ物とは明らかに別物とわかる。
馬を用意するとは聞いていたが、こんな立派な馬車とは思っていなかった。
正直、これの値段を知りたくない。
「お金で買えない物はたくさんあるけど、お金で買える物はもっと沢山あるんだぜ相棒!!まあ、買ったんじゃなくって借りたんだけどね!信用って大事!!」
「ごもっともですが、少しイラっと来ました」
「けどこれが一番速く着くでしょ?」
ニヤリと笑って振り返る彼女に、小さく肩をすくめる。
「そういう君だって中々の大荷物を抱えて来たじゃないか!馬車じゃなきゃ厳しかったんじゃなぁい?」
「……ノーコメントで」
「HAHAHA!金より命なのはお互い様だね相棒!」
「いえ、これらのツケはアリサさん名義ですが」
「マジか!?いやいいけども図太い神経してるね君!?」
「じゃなきゃ冒険者なんてやっていませんよ」
「それもそうだった!」
人の名前でツケるのは倫理的にどうかって?ちょっと僕田舎者なのでわかんないです。
自分の横でガタガタと馬車の振動で揺れる物に視線を向ける。
アリサさんのツケで急遽ライラさんに集めてもらったコレ、役に立つといいのだが。というか到着前に『割れてしまわないか』心配である。
「……ライラさんから聞いたのですが、トロールは夜にしか行動しないそうです」
「夜行性って意味?」
「いいえ。奴らは日光を極端に苦手としているそうです。それこそ、日光を浴びると体が石の様に固まって動けないとか」
「へー、それは知らなかったや。……あれ、それだとおかしくない?」
「はい」
なにも、単純に強敵が相手だから人の名前でツケなんて不義理をしたわけではない。
「あの少女の村は二週間もトロールの略奪を受けている。逆を言えば、それだけの猶予があった」
「その間に、日光が出ている時間帯で救援を呼びに行けたはず。そういう事だね」
「ええ。それに、件の村からイチイバルまで駅馬車で十日。逃げる時間はもっとあったはず。トロールの追跡能力はそこまで高くないはずなのに、です」
やり方次第だが、村人全員で一時避難すら可能な時間だ。無論その間の生活や残した財産の事を考えれば不可能に近いが、それでも逃げられたのがあの少女だけなのはおかしい。
残念ながら、あの少女は心身ともに限界がきていたらしく詳しい話は聞けないそうだ。あの後、ギルドの奥で少しだけライラさんが会話したらしいがすぐに体調の変化が出てしまったと言う。
「つまり、もしかしたらこの先にいるのはトロールじゃないかもしれないし、そうだったとしても突然変異とか何かしらの不測の事態がありえると」
「引き返しますか?」
「おいおい冗談きついぜシュミット君」
カウボーイハットの位置を直しながら、彼女は叫ぶ。
「逆に胸躍るじゃないか!これぞ『冒険』だぜぇ!」
「そう答えると思っていました」
自分としても、そういう存在が野放しになる方が怖いので最悪でも『どういう生物か』は知っておきたいので行くが。可能なら仕留めておきたい。
「それで、この道であってんの?」
「はい。このまま道なりに行けば明日の朝には到着する予定です」
「でも、街道を走って行けばトロールと遭遇するね。日が出ていても動けるのなら、だけど」
「そうなります。ですが、好都合では?」
どうせこの先には敵のテリトリーが待っているのだ。通常のトロールでないのなら、どう忍び込んでいいかもわからない。そもそもトロールですらない可能性もある。であれば出迎えてもらうとしよう。
ひた走るこの馬車が怪物へのドアノッカーだ。
少し驚いた顔でこちらを見た後、アリサさんが笑う。
「良い答えだ、相棒!」
「それはどうも」
さて、お出迎えを受けるのならこちらも用意をしなければ。こうも揺れてはどれだけ準備ができるかわからないが、手先の器用さには自信がある。チートのおかげだけど。
このチート、技能を習得する事でそれに合った体に少しだが変わる傾向がある。剣士の技能を取れば、体が少し筋肉質になる様に。
そして、自分は狩人系の技能と薬師の技能も多少ながら取っている。ついでに投擲も。
であれば、必然的にその指先は極めて繊細かつ自在に動くものだ。前世の自分とは比べ物にならない程に。
「むしろ、アリサさんはピストルだけでトロールと戦えるんですか?」
「街のガンショップで『ショットガン』を買ったよ。愛用のは修理中でねー。ちゃんと当てられるかちょっと不安」
「僕の背中に当たらないのならそれだけで十分です」
「それは酷くないかい相棒!?」
チラリと、馬車の荷台に置いてある木箱を見る。なるほど、アレにショットガンが入っているのか。
たしか『水平二連式』だったか?自分が前世のテレビで見たのはポンプアクションとやらで何発も弾が入ったらしいから、二発しか装填できないのは頼りなく思えてしまうのだが。
「……時にアリサさん。トロールって足が遅いとかあります?」
「うーん、別にそんな事はないよ?歩幅は広いし、機敏ではないけど鈍間でもない」
「なるほど。馬車が使えなくなったら森に逃げます」
「今から逃げる算段だとぅ!?」
「はい」
「言い切られた!?」
ヤバくなったら自分は逃げるので、そこの所は覚えていてほしい。
金より命。それは僕の場合アリサさんと違って間に『自分の』が入るだけである。
* * *
四頭立ての馬車だけあってか、通常の駅馬車で十日かかる距離をたった五日で到着した。
馬たちにも無理をさせたかなりの強行軍故に、本来なら僕もアリサさんもまともに戦える状態ではないのが普通。チートで多少の無理はできる自分はともかく、彼女は疲労困憊のはずなのだが……。
「よっしゃー!もうすぐだねシュミット君!」
「はい」
なんかめっちゃ元気だった。主にアリサさんが。
自分はまともに御者ができないので夜間の見張りに専念していたので、彼女は夜ぐっすり眠れていた。しかし逆を言えば昼間はずっと馬車の操縦をしていたという事。ついでに、何かしらの魔法を馬たちにかけていた様にも思える。
馬の事は全然だが、それでこうも元気なのは人としておかしい。
「アリサさん、今回の件が終わって時間があったら魔法について教えてください」
「おん?いいともー!まあ私に教えられる範囲なんてたかが知れているけどね!いや、君の場合初歩の初歩だけでも十分なのかな?」
「はい。それだけでも問題ありません」
ロックさえ解除されれば、後は経験値を割り振るだけである。チート、正に反則だ。
彼女のこの異様な体力。その理由は正直よくわからないし、なんとなく聞きづらい。だが魔法とやらについて知っておかなくてはならないのだ。
……ライラさんの使った睡眠の魔法。ああいうのを見ると、予定もないのに対策したくなってしまうのが人のさがという物。ついでにアリサさんの体力の秘密を知る事ができて自分の持久力が増せば最上だ。
しかし雑念はそこまで。左右を森に挟まれた街道を馬車で走っていれば、自分の鼻が猛烈な悪臭を伝えてきた。
それは、ギルドで聞いた『奴』が近くにいる時の特徴そのまま。
────まだ昼間だというのに、これか。やはり『何かがおかしい』。
「アリサさん!」
「OK!!」
荷台から彼女にショットガンを渡す。
直後、馬車の正面に一体の異形が現れた。
三メートルはあろう巨体。まだ少し距離があるのに鼻がねじ曲がりそうな臭い。緑色の肌と黒い剛毛、そして分厚い肉に覆われたその怪物。
『トロール』
ぎょろりと白く濁った眼をこちらに向け、化け物は威嚇する様に両手を広げ咆哮をあげる。
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
「ゥウェルカァァァムッ!!」
だが、その雄叫びは銃声によって遮られた。
馬の頭を飛び越え叩きつけられた無数の鉄球。それに顔面を潰され、トロールが怯んだのである。
続けて放たれたもう一発が胸の中央に飛来し、血飛沫と肉片を散らせた。
『ヒヒィィィィィィン!?』
「おっとっと」
突然目の前に現れた怪物に、銃声には慣れているだろう馬達も慄いて足を止めた。それを慌てて宥めるアリサさんをよそに、自分が馬車の荷台から飛び出す。
『ゴ、ブボボボ……!?』
血まみれの顔を押さえ、トロールが憤怒の視線を向けてくる。
ショットガンの直撃を顔面と胸に受け、なおも怪物は倒れない。それどころか怒りが戦意に上乗せされていた。
捻じれた大きな鼻を失い、左目も恐らく失明している。だが、顔にめり込んでいた散弾の鉄球は再生する肉に押し出され地面に落ちていく所だった。
なるほど、不死身と言われるわけだ。ショットガン故に多少は傷口が熱せられ再生が遅れているだろうに、それでもコレなのだから。
では、『こいつ』はどうかな?
馬車から降りる直前にマッチで火をつけた物をトロールの巨体に投擲する。
パリンと、ガラスのビンが奴の体に当たって砕けた。そして、中に入っていた『油』に炎が引火する。
『ギ、ギャァアアアアア!!??』
火炎瓶。前世の創作物では定番中の定番である炎の武器だ。
森の中で使う事には気が引けるが、街道であれば多少なら問題ない。村からあの少女以外出られなかった事から、こうして目の前に現れる事は予測できていた。
「アリサさん!」
「おうよ!」
馬車から放たれたもう一個の火炎瓶。それは炎で悶えるトロールの体に直撃し、更に油をぶちまけた。
腰の剣を引き抜く。傷口を焼けば再生が遅れるのなら──燃やしながら斬ればどうなるか。
がむしゃらにこちらの脳天目掛けて振り下ろされた左拳。腕の力だけで放たれたそれは、しかし人間の頭蓋など容易く砕く力が籠められている。
だが、当たらなければどうという事はない。
『ギ、ァアアアア!?』
剣閃が走る。半歩だけ横にずれながらカウンターで振るった刃がトロールの手首に食い込み、相手の力も利用してその丸太の様な腕を切り飛ばした。
やはり、この剣は素晴らしい。重く、硬く、されど鋭い。分厚い肉も皮も容易く斬り裂ける。
傷口を押さえ後退したトロールの顔面にまた散弾が打ち付けられた。肉が弾けその中に牙も混じって地面に散らばる。
『ブボ、ボボボボボ………!?』
血の泡を口端から出しながら、トロールは体を反転させ走り出した。その先は、森。
「ちっ!」
当然と言えば当然か。手負いの獣がする事など、理性を失って狂戦士の如く暴れるか、研ぎ澄まされた本能で全力逃走するかのどちらかである。
だが逃がさん。ここで殺しきる。
続けて響いた轟音は、しかし逃げるトロールの足ではなく地面を抉るだけだった。
「ごめん、外した!」
「自分が!」
歩幅が広いから直線ではあちらが上だが、木々が邪魔となる森の中なら別の事。
トロールの後を追い森の中に跳び込む。あの悪臭と燃えている臭いを逃す事などありえない。真っすぐ走ったので今は視界の中にいないが、あれ程の巨体で直線に走れる場所など森の中にどれだけあるか。
奴が水場にたどり着く前に、あの首を落とす。不死身でないのなら、死ぬまで斬れば殺せるはずだ。
木々の隙間を一切減速する事なく疾走。トロールの臭いも強くなってきた。もうすぐ追いつく!
───その時、自分の鼻が違和感を伝えてきた。
考えての行動ではない。ただの反射でその場を飛び退く。
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』
「なっ」
横合いから、木々をへし折って飛び出してきた『無傷』のトロール。
その白濁とした目をこちらに向け、剛腕を横薙ぎに振るってきた。回避が間に合わない……!
「っ……!!」
剣腹を左腕で支えながら、斜めに受ける。既に飛び退いていた分も合わせて衝撃はかなり逃せたはずなのに、自分の体は軽々と吹き飛んだ。
背中から木の幹に叩きつけられ、それでも勢いは殺せず地面に叩きつけられる。
一瞬意識が遠のき、すぐには立ち上がれない。その間にトロールが追撃のため接近してくるのが気配でわかった。
だが、その足音が銃声で遮られる。
「シュミット君!!」
「っ、ぁあ!」
体を地面に這わせる様な体勢のまま、獣の様に左手と両脚を動かして接近。トロールの右足首を斬り裂く。
『ガ、ァア゛ア゛ア゛ア゛!?』
切断とはいかずともバランスを崩した奴から、全力で距離をとる。
「一端逃げるよ!」
「りょう、かい……!」
二発目を撃ち装填を始めた彼女に答え馬車に向かう。
その時、馬の嘶きが聞こえた。
「なっ」
そこには、馬車を背後から襲おうとするトロールがいた。その光景に足を速めるも、ズキリと全身が痛む。
「くっ」
斬りかかるのは間に合わないと、ナイフを左手で引き抜きざまに投擲。トロールの右目に突き刺さる。
『ギャァ!?』
「アリサさん!」
「よっしゃ乗れぃ!」
御者台に飛び乗った彼女と、荷台の後ろに跳び込んだ自分。それをお互い確認する間もなく、馬車は走り出す。背後を塞がれているために、進む先は件の村以外にない。
「はぁ……はぁ……」
「無事!?シュミット君!」
「ええ、なんとか」
骨は折れていない。内臓も……たぶん大丈夫。
剣を鞘に納めながら、こちらを睨みつけているトロールを見る。奴は、追いかけるでもなくただ憎しみの滲んだ両目を自分達に向けていた。
「アリサさん。一応聞きます」
「なにかな」
「『トロールは群れない』。そう、ライラさんから聞いたのですが、地方によっては異なりますか?」
「私も詳しくないけど、群れないって聞いた覚えがあるなぁ」
「そうですか」
日中に動き回り、なおかつ『三体』で群れをつくり狩りをする。
これはまた、とんでもない場所に来てしまったらしい。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。