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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第五章 戦火の剣
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第百十二話 この戦場で、自分ができる事は

第百十二話 この戦場で、自分ができる事は





 アーサーさんと別れ、ハンナさんの金物屋へと向かった。


 相変わらずその道中やたら視線を感じるが、やはり無視。いっそ、『これより出陣』とでも旗を背負うか。


 そんな馬鹿な事を考えながら、彼女の店に入る。


「こんにちは、ハンナさん」


「おう」


 いつも通りの仏頂面に三白眼。変わらない彼女のリアクションに少し安心しながら、カウンターに歩み寄る。


 そして、台の上に『龍殺しの剣』が入っている箱を置いた。


「これが例の?」


「はい」


 ハンナさんが眼鏡をはずし、慎重に蓋を開ける。


「これは……」


 中にある砕けた剣。それを目にして彼女は数秒ほど硬直し、恐る恐るといった様子で砕けた刀身の一欠片をつまみ上げた。


 白銀の中に薄っすらと金色も混ざって見える刃。それをじっくりと眺めた後、ハンナさんは大きなため息を吐いて箱に戻した。


「……確かに。これならおとぎ話のドラゴンだろうと殺せるな」


 カウンターに頬杖をついて、彼女はもう一度ため息をつく。


「当時最高の職人が六人も力を合わせて、普通なら手に入らない素材を使って鍛え上げたんだ。これに勝る剣なんて、この世に存在しないだろうよ」


「……直せませんか?」


 いつになく弱気な彼女の発言にそう尋ねれば、返ってきたのは不敵な笑みだった。


「直す?ふざけるなよ」


 それは、獲物に食らいつく前の獣の様に獰猛で、瞳には燃え上がるような気迫が籠められていた。


「新しく打ってやる。アタシが、この剣を超える物をな」


「ええ。頼りにしています」


「……ふん」


 だがそんな笑みも一瞬だけで、すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまった。


「まあ、そもそも作り方も、『次があるならこうする』って爺ちゃんのメモと親父の改良案も指南書には書き込まれていたんだ。アタシの腕だけの話じゃない」


「それでも、です。僕は貴女の腕を信じていますから」


「……お前、わかって言っているだろ」


「はい。ですが本心でもあります」


「……いつの間にジゴロになったんだ、このクソガキ」


 その言葉に軽く肩をすくめて返す。


 ついでに後ろで、『ジゴロ……?誰が……?』と訝し気にしているお馬鹿様を睨んでおいた。


 今生の僕はモテるし伊達男なのだ。異論は認めん。


「んんッ!それと、そっちも見せろ」


「はい」


 剣帯から鞘を外し、剣をハンナさんに渡す。


 彼女は剣を抜いてじっくりと色んな方向から刀身を眺めた後、柄側から切っ先にかけてを見つめる。


「……お前、今度は何を斬った」


「ゲイザーを少々。仕留めたのはヴィーヴルの守備隊でしたが」


「ヴィーヴル?いや、それはいい。だが……本当にそれだけか?」


 三白眼がジロリと向けられる。だが、睨んでいるというより困惑しているといった感じだった。


「というと?」


「……確かにこの剣についた跡は、ゲイザーかもしれん。他には特にない。だが、さっき剣を渡す時みせたお前の握り方が少し変わっている。……『この剣を使わずに、この剣で斬った』のか?」


「……!?」


 問いかけると言うよりは独り言でも呟くように言った彼女に、限界まで目を見開く。


 腕の良い鍛冶師だとは思っていた。『龍殺しの剣』を打った職人の一族な事も知っている。


 だが、これほどか。たった一目で、そんな事まで見抜いてしまうというのか。


「……いや、変な事を言った。そんな意味不明な事起きるはずもない、か」


「いえ、まあ……そうと言えばそうというか」


「なに?」


 眉間に皺を寄せた彼女に、聖女の試練についてを話す。


 口を半開きにしてそれを聞き終えた後、ハンナさんはゆっくりと唇を動かした。


「お前……どういう腕してるんだよ。本当に人間か?」


「この体験をあっさり見抜いた貴女に言われたくありません」


 まさか剣を渡す時の仕草で気づかれるとは思っていなかった。


 しかし、これは喜ばしい話である。彼女の腕がいいという事はつまり、そのまま自分の生存率が上がるという事なのだから。


「いやぁ……聖女様の片目を奪うとか、何気に凄く罰当たりな事しているよねシュミット君」


「相手もそれぐらいの反撃を望んでいましたし。何より正当防衛です」


 なんなら斬られた後爆笑していたぞ、あの聖女様。


 若干アリサさんが引いているが、僕だって好きで斬ったわけではない。斬らないと殺されていたからだ。


 ……相手は好きで斬っていそうなのが、余計に不気味であるが。聖女と狂人がごっちゃになった人物だったと、改めて思う。


「まあ、いいさ。お前は聖女とやらにも認められた剣士だってだけだ。アタシの目に狂いはなかったらしい」


「お、のろけかな?」


「いたのか、雌牛」


「そのあだ名やめろやチビ牛ぃ!」


「あ゛あ゛?」


「やんのかごらぁん!」


「あの、二人とも。牛とかそういうのは……」


 罵倒みたいにその言葉を使うのは、色々と外交的に問題があるというか。


 あと二人の胸元に視線がいってしまうのでそういう発言は控えてほしい。


「ちっ……シュミット」


「あ、はい」


「お前のボディアーマーだが、まだ出来上がっていない。もう少し待て。剣の方は軽く研ぐだけだからすぐ終わる」


「……いえ。もう行かないといけません。本日は剣だけ受け取っていきます」


「あん?……北に行くのか」


「ええ」


 ハンナさんが口を閉じ、眉間に皺を深く寄せる。


 向けられた赤銅色の瞳に少し困ってしまい、苦笑を返すしかなかった。


「すみません。でも、行かないといけないんです」


「……止めはしない。だが、それでも一応言っておく」


「はい」


「──現代の戦場で、剣は役に立たんぞ」


「そうかも、しれません」


 苦々しく吐き出された言葉に、頷いて返す。


 銃弾が飛び交う戦場で、剣を振るってどうしろと言うのか。あるいは、まだ吸血鬼や亜竜の方がライフルを構えた敵兵の集団より与しやすいかもしれない。


 ライフルの射程と比べて、剣の間合いのなんと狭い事か。聖女の様に音速を駆ける事ができ、一刀で城壁だろうと斬り捨てるならいざ知らず。所詮人の域を出た動きなどできない自分に、何ができる。


 だが。


「行きます。行かないといけない理由ができました」


 ハンナさんの瞳を正面から見つめる。


「王国に龍が近付いています」


「っ……!?」


「帝国との戦争を長引かせるわけにはいきません。僕に何ができるかわかりませんが、それでもじっとはしていられないんです。だから……」


「……そうか」


 静かにそう言って、彼女は軽く指を動かす。


 屈めという意味かと腰を曲げれば、ハンナさんの顔が近付いてきた。


 ──チュ。


 頬に触れた柔らかく湿った感触。少しだけ煤の臭いをさせた彼女は、すぐに身を引いてしまった。


「人間は大切な奴が戦場に行く時、こうするんだとお隣の奥さんが言っていた」


 ぶっきらぼうに言う彼女だが、その頬は髪の色に負けず劣らず赤くなっていた。


「その……帰ってきたいと、思えたか?」


「……ええ。とても」


 その姿に自分も頬が赤くなるのが自覚できる。


 何とも言えない沈黙が店内を包み、それに耐えきれないとばかりにハンナさんがずんずんと奥に行ってしまった。


「剣を、研いでくる。三十分だけ待っていろ」


「は、はい」


 少し噛みそうになりながら答えたが、こちらの返事などお構いなしに彼女は既に扉を勢いよく閉めてしまっていた。


 衝撃で僅かに震える木製の扉をポカンと見つめていると、肩を人差し指で叩かれる。


「自称ジゴロ殿。顔が真っ赤ですよ~?」


 振り返ると、滅茶苦茶ニヤニヤしている馬鹿面……お馬鹿様がいた。


「……はぁ」


「え、なにその反応」


「貴女は本当に残念ですね」


「にゃんだとぅ。どういう意味かねシュミット君」


「いえ、相変わらず馬鹿面だなと」


「ストレートに悪口!?この童貞言うに事欠いてこの今世紀一の美少女フェイスに何を言うのかね!!」


「ど、童貞は今関係ないでしょう!そ、それに貴女は僕が前世持ちだと知っていますよね。今生はともかく、前世まで童貞とは限らないではないですか!」


「いや童貞だよ。間違いなく童貞だよ君は。普段の行動でわかるって」


「な、ぐぅ……!そ、そういう貴女だって、その、な、ないでしょう!」


「いやないけどさ。男女じゃその辺の価値って言うの?違うからね?あと女の子にそういう事言うのさいてー」


「うっ……す、すみませ」


「そんなだから君は童貞なんだよ」


「怒りました。今のは怒りましたよ本当に」


「上等だよきみぃ。決着を付けようじゃないか。選ばせてあげるよ。チェス?トランプ?」


「三十分以内ですので、トランプで」


「いいぜぇ。また吠え面かかせてやんよぉ」


「いつまでも勝てると、調子にのらない方がいいですよ」


 その後、普通に負けた。



*  *    *



 支度を済ませ、十二日ほど汽車に揺られながら北に向かう。


 大半の機関車が兵士の運搬に使われているものの、金持ち用の車両だけはぎゅうぎゅう詰めの他の車両と違ってかなりスペースがあった。


 どうも、貴族の子弟などの士官もこうやって移動するらしい。途中、後ろの車両に普通の兵士より肩や首元に色々つけた軍服の青年たちが乗るのが見えた。


 若干の罪悪感を抱きながらも、汽車は問題なく目的地に到着する。


「ここが……」


 駅のホームから出れば、幾つもの馬車がピストン輸送を繰り返している。載せているのは勿論、戦争の為の物資と兵隊だ。


 だが、そこを出て少し移動すればやけに小奇麗な馬車の停車スペースがある。そちらに行くと、公爵家の紋章が入った馬車がこちらを待っていた。


 御者と思しき人物がこちらに恭しく一礼する。


「お待ちしておりました、アリサ様。シュミット卿」


「うん。お父様の所にお願い」


「かしこまりました」


 早速馬車に乗り込み、十分。レンガ造りの建物に到着した。


 かなり大きい。五階建てのそこは何人もの兵士達が警備についており、その厳重さが一目でわかる。


 建物の玄関にいた兵士に御者が何かを話すと、すぐに上の階へと通された。そして案内された先の部屋に、彼がノックをする。


『なんだね』


「『准将閣下』。アリサ様とシュミット卿をお連れいたしました」


『入りたまえ』


「失礼します」


 ガチャリと御者が扉を開けてくれたので、アリサさんに続き自分も入室する。


 公爵家の部屋よりは狭いがそれでも十分な広さをもった一室。調度品は最低限だが、その質の良さが自分でもわかる程綺麗だった。


 執務机に座っている男性が、こちらを見てペンを置いた。


「久しぶり、アリサ。元気にしていたかい?」


「はい。お父様。そちらこそお元気そうで何よりです」


 カーテーシーをするアリサさんに優雅な微笑みを浮かべる男性。『シュナイゼル・フォン・ラインバレル』。


 現ラインバレル公爵の御子息であり、子爵の地位を授かっている人物。見た目こそ三十前半といった感じだが、確か実年齢は四十半ばだったか。


 茶に近い金髪をオールバックに撫でつけ、精悍な顔つきながら切れ長の瞳は穏やかな光を湛えている。その服装は軍服であり、肩の星は『准将』を示していた。


 そんなシュナイゼル子爵の目がこちらに向けられる。


「そして、初めましてだね。シュミット。私がアーサーとアリサの父、シュナイゼルだ」


「はっ。シュミットであります。お会いできて光栄です、閣下」


「アリサがいつも世話になっているね。少々……かなりじゃじゃ馬だから、苦労しているだろう」


「はい、いいえ!こちらこそアリサ様にはお世話になっております」


「そうか……。娘が助けあえる人物と出会えて嬉しく思うよ」


 静かに微笑んだ後、彼は真剣な面持ちで立ち上がり一枚の地図を取り出した。


 そして、部屋の中央にあった大きな机にそれを広げる。


「旅の疲れも取れぬまますまないが、まず状況を知ってほしい。ドラゴンについては?」


「お兄様から魔の森を移動し、王国に向かっていると教えて頂きました」


「よろしい。ではその事をくれぐれも兵士達の前で言わない様に。士官に対しても佐官未満には秘密だ。余計な混乱は避けたい」


「はい」


「それでは、この地図を見てくれ」


 当然と言えば当然だが、地図にはこの辺りの地形が書かれていた。ここに来る直前で通り過ぎた街の名前、『ゴルステッド』があるので間違いない。


「この流れている大きな川、ハンテッド川を挟んでここ東部戦線は睨み合いが続いている。丘等もあって、両軍ともに大規模な部隊を動かしづらい」


 シュナイゼル子爵が地図の上に駒を置いていく。


「西部の戦線は開戦直後、対岸の確保に成功。川の向こう側に陣地を築けている。ただし補給の問題と、目の前にある山脈が壁となっている事でこれ以上踏み込むのは難しい。こちらも睨み合いが続いている」


「それは……」


 アリサさん口元を手で覆い、眉間に皺を寄せる。


 そう、この状況はまずい。平時ならともかく龍が王国に向かっている今、時間は相手の味方だ。


「……現在、この東部戦線での死者は八十二人。負傷者と行方不明は二十八人。相手側も大して変わらんだろうな」


「お父様。私は軍事に詳しくはないのですが……」


「お前の察する通りだ、アリサ。王国が急遽集めた東部戦線の兵士は『一万七千』。そして帝国側は『二十万近く』。我が方に後からやってくる兵士も、『七万』が精々だ。相手の装備は貧弱だが、陸戦は数がものを言う。これだけの兵力差があって、奴らは睨み合いを選択しているのだ」


 ……これは、相手も龍が王国を襲うと確信していると考えて間違いないだろうな。


 というか、なんだ二十万って。それも東部戦線だけでその数だと?帝国の総人口はどうなっているんだ。


 シュナイゼル子爵も言ったが、人数というのはそれだけで力となる。これだけの戦力差、どう覆せと言うのか。


「今は両軍ともに塹壕をせっせと掘っている所だ。元々あったのは三つまで。今は五つ目を掘っている」


「……子爵様。発言よろしいでしょうか」


「構わん。好きに喋りたまえ。しかしこの場で私を呼ぶときは准将殿か閣下と呼ぶように」


「はっ、失礼しました。……その、『例の兵器』は今、使える状態ですか?」


 こちらの問いかけに、子爵は首を横に振った。


「アーサーが君からアドバイスを受けた兵器なら、今回は使えない。公爵領からここまで運ぶのには時間がかかり過ぎる。何より、君の言った『形』にしたおかげで安定こそしたものの、テストもまだな状態だ」


「そう、ですか……」


 アリサさんが『何の話だ』と視線で訴えてくるものの、説明している余裕がないので今は無視する。


 一番大きい所では三百メートルを超える川の幅に、幾重にも掘られた塹壕。有刺鉄線もあるはず。


 水深を考えると、『アレ』を参戦させられたとしても簡単に突破できるものでもないか。


 しかし、どうする。何度も言うが自分は軍学者でも歴史家でもない。前世はただの会社員だった。兵站や兵士の移動速度の計算など、何もわからない。


 広げられた地図を前に、これ以上何か言う事はできなかった。


 ズシリと、腰の剣が重くなった気がする。



 この戦場で、自分ができる事は───。





読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力となっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] おうww1なら航空偵察と間接射撃だろあくしろよ(ミリ脳)
[良い点] 握りの僅かな差異でそこまで見抜くとは、やはりドワーフもとんでもないな。 そりゃあ下手なモノに『浮気』なんてしたら恐ろしいわけだ。 [一言] >「──現代の戦場で、剣は役に立たんぞ」 突撃し…
[良い点] ハンナさん、シュミット君のことを好きすぎません? [気になる点] やっぱり、前線へ行って指揮官狩りですよね。 時間稼ぎにもなるし。 [一言] にゃ~ん♪  ∧∧ (・∀・) c( ∪∪…
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