第四章 エピローグ
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第四章 エピローグ
サイド なし
ゲイロンド王国から見て南側。そこにある巨大な森にはエルフ達が住んでいる。
人よりも妖精に近いのではないのかと言われる彼ら。その容姿は満開の華の様に美しく、しかし不用意に近づいた者は容赦なくその圧倒的魔力で強化された矢で貫かれる。
まさに美しい華には棘があるという言葉を体現した様な種族。そんなエルフ達が住まう森は、三つの名家によって支配されていた。
と言っても、彼ら彼女らは良くも悪くもマイペースであり、長命種特有の時間感覚が特に色濃い事もあって積極的に争う事はない。平穏な統治が行われている。
エルフの戦士達が守る境界線を越え、森の奥に入ればエルフ族の生活が見て取れた。
この森の木々はどれも非常に背が高く、太い。そしてそんな木には縄が掛けられ、白い布が張られていた。
木々の間に渡された縄を骨組みに、布で住居が作られている。人間からすれば一見頼りなく見える家も、しかしエルフが作り出した縄と布。その強度は見かけによらず、レンガ造りの家に匹敵するほどだ。
エルフの布と縄は魔力を帯びており、見た目通りの軽さでありながら非常に頑強である。その為、他種族との間で非常に高額な値段で取引が行われていた。
そんなエルフだが、彼ら自身の取引は基本的に物々交換である。
採ってきた木の実や狩った獣。あるいは織った布などを取引しているのだ。ただ、一応取引相手であるゲイロンド王国の紙幣が一部では使われてきてはいるので、百年二百年もすれば変わってくるかもしれない。
のんびりとして、刺激とは無縁の彼らの生活。
しかし、人間から見ると彼らの社会は刺激的過ぎる。
「あら、そのネックレスってもしかして王国の?」
「そうなのよ~。この前夫がお土産にくれたの」
井戸端会議とでも言えばいいのか。エルフの婦人同士が仲良く話している。
全裸で。
見た目の年齢は二十前後の美女が二人して、真昼間に全裸で過ごしている。その美乳の先端にある肌色に近い薄ピンク色どころか、股間の秘部すらも隠していないのだ。スレンダーな美しい肢体が惜しげもなく木漏れ日に照らされている。
その事をお互い気にした様子もなく身に着けたネックレスや髪飾りについて話し合っている姿は、かなり奇妙な光景だった。
別の所に目を向ければ、全裸の男達が弓の訓練をしている。
腰に巻いた細い紐で急所が動いても揺れない様固定した、変態的な格好。そんな状態で彼らは真剣な表情で的に弓を射っている。無論、教官をしている初老のエルフも同じ格好だ。
更に、その隣では同じような格好で組手まで行われていた。紐一本つけただけの男達が投げ技や寝技の訓練をしている。
別の場所ではエルフの子供たちが全裸で駆けまわり、また別の所では全裸の少女たちが楽し気に水遊びをしていた。
念のため言っておこう。彼ら彼女らは変態ではない。
本来、衣服とは気温を始めとした外的要因から肉体を保護する為のものだ。
逆説的に言うと、それが必要ない種族の文化に衣服という物が生まれないのは当然なのである。
……当然なのである!!
エルフは子供でも人間の一流魔法使いに匹敵する魔力と魔力制御能力をもっており、魔法の発動に杖や指輪などの発動機は必要ない。
そのため、常に体表に薄い結界を張る事で気温やそれ以外の危険から肉体を護っているのである。
普通のエルフでも集中すれば革製の鎧を着たに等しい防御力を得る事ができ、一部のエリートは重厚な金属鎧なみの結界を体表に展開可能なのだ。
だから、衣服が必要ない。
その上、エルフは高い魔力感知能力を有する。それは全身で魔力を感じているからであり、衣服を着ると逆に感度が鈍る。それこそ、人間と同じような服を着たら目と耳を塞がれている様な感覚に陥るのだ。
それ故、エルフにとって服を着ろと言うのは『拘束具をつけろ』と言われているに等しい。昔、人間との会談の際無理やり衣服を着させられた事で戦争が発生しかけたのは有名な話だ。
閑話休題。今はエルフが何故全裸なのかを語る時ではない。そして他種族からその事を理解してもらえず、『変態裸族』と呼ばれている事について嘆く場でもない。
エルフ族を治める三つの名家。その一角であるリーゼロッテ家。
一際大きな布の屋敷があり、その窓際で優雅にお茶を飲む少女がいる。
リリーシャ・リラ・リーゼロッテ。リーゼロッテ家の令嬢である。御年五十歳と、エルフの中ではまだ子供と言っていい年齢だ。人間なら十四歳ぐらいである。
そんな彼女だが、名門の娘だけあって外交官としての教育もされている。そう、エルフの文化に理解が足りない人間を相手にするため、着衣の訓練をしているのだ。
……なお、彼女の現在の恰好を見た場合『剣爛』の二つ名を持つ人間は『外国のビーチでしか見ない様な水着』と評するだろう。具体的に言うとスリングショットに細い横紐をつけただけだ。
木の板を床に使い調度品も含めて人間の生活に近づけられた部屋で、彼女は優雅にお茶を飲む。
「流石ですリリーシャ様……!その様な『厚着』をしてなお、王国式の作法を完璧に……!」
「これも貴女の教育あってこそよ、ありがとう」
「勿体なきお言葉……!」
感極まった様子で涙を拭う、キリッとした二十代後半の見た目をしたエルフの女性。なお、彼女は所謂『紐ビキニ』に近い恰好をしている。しかもかなりのミニ。
肌色がゲシュタルト崩壊していた。
「ん……?」
そこに、無言でやってきたエルフの少女。女官である事を示すリボンネクタイだけの彼女が、黙礼と共に差し出してきた手紙を教育係のエルフが受け取った。
それを軽く確認した後、教育係はリリーシャに渡す。
「王国のアリサ様からお手紙です、リリーシャ様」
「え、アリサちゃんから!?」
パッと満開の笑みを浮かべて手紙を受け取り、リリーシャが読み始める。
「ふんふん……シュミットが亜竜を討伐したお話だね~」
「ええ。まさか私が生きているうちにその様な話を聞く事になるとは、思ってもおりませんでした。王国が以前リリーシャ様の護衛にたった二人しかつけなかった時は正気を疑いましたが、『あの』ラインバレル家の令嬢と後の『剣爛』となれば文句のつけようがありません」
色んな意味で伝説を残すラインバレル家であったが、今やそれと並ぶ程にシュミットの知名度は高まっていた。
元々『ソードマン』を討ち取った事で銃を苦手とする者達から強い注目が集まっていたと言うのに、今回亜竜まで斬り伏せたのだから。
しかも王国としては獣人への援軍が滞っていた事を隠す為に、より派手な記事を各新聞社に求めた。結果、中々にとんでもない内容が書かれていたりする。
例えば亜竜のブレスを受けて無傷だったとか、亜竜を斬った衝撃波で天が割れたとか。そういう本人が聞いたら『どこの聖女ですか』と言いたくなる内容である。
流石に読んだ者達も一から十までは信じていないものの、後発で情報が出てくるたびに彼が亜竜を討ったという事実は信じられるようになっていた。
「ほーほー、あー、牛獣人のお酒はきついよねー」
「はい。彼らにとっては常識ですが、他の種族にとっては変態的ですからね。あの変態種族には困ったものです」
モノクルの位置を直しながら頷く教育係。もう一度言うが、彼女の恰好はマイクロ紐ビキニである。
「ん……?え、待って」
「どうかなさいましたか?」
「ここ……私の目が変になったのかな。シュミットが牛獣人の氏族長の孫娘と結婚するかもとか書いてあるんだけど」
「リリーシャ様の王国語に対する教養は完璧です。私にもそう読めましたよ」
キッパリと答える教育係に、リリーシャの頬が引きつる。
「な、なんで!?なんでそうなってんの!?」
「何でも何も。強さを殿方の価値基準にする彼らの文化を考えれば当然かと。それに、亜竜殺しの英雄など牛獣人でなくとも縁を確保したいですよ」
当たり前の事をどうしたと言う態度の教育係をよそに、エルフの姫は頭を抱えた。
「そうだけどさー!そうなんだけどさー!ビッグになるとは思っていたけどやり過ぎだよシュミットー!!」
「ふむ。ですがリリーシャ様。これはチャンスでは?」
「え?どゆこと?」
「亜竜殺しほどの英雄が牛獣人からしか妻を取らない……それは、政治的によろしくない事ですよね?」
「はっ!」
モノクルを輝かせながら言う教育係に、リリーシャが椅子から立ち上がる。
「そうだね!ここはエルフからも誰か出さなきゃだよね!!」
「ええ。というわけでリリーシャ様」
「うん!」
「その手紙にあった『族長の髪の毛』とやらと一緒に、アリサ様経由で『剣爛』殿にお手紙を出すのがよろしいかと」
「私お父様の髪の毛全部むしってくる!!」
「必要な量が不明でしたからね、仕方がありません」
この教育係。実はリリーシャがまだ赤子の頃から傍に仕えている。
つまり、わりと親バカに近い脳みそをしていた。今宵、リーゼロッテ家当主にして交代制の現族長が涙を流す事になる。
エルフの魔法は人間のそれよりも多彩かつ強力である。だが、できない事は存在していた。
髪の毛が必要な事情が事情だけに族長の禿が確定したその時、慌てた様子でさっきとは別の女官が入ってくる。
彼女が差し出してきた手紙を教育係が受け取り、軽く確認する。
さっきと同じ、特に珍しくもない光景だった。しかし、ここからは違う。
「なっ!?」
「どうしたの?」
「……リリーシャ様。本日のお勉強はここまでです」
神妙な表情の教育係に、リリーシャも背筋を伸ばす。
「ゲイロンド王国に対し、ローレシア帝国が宣戦布告を行いました」
それは、開戦の狼煙を告げるものであった。
* * *
サイド シュミット
ガタゴトと揺れる汽車の個室で、何度目かになるため息を吐く。
「はぁ……」
「どうしたのさ、相棒。あんまりため息ばかりついていると幸せが逃げるぜー」
娯楽小説を読んでいたアリサさんが顔をあげ、こちらを覗き込んでくる。
「いえ……今の所結果だけ見たら順調すぎて、現実味がないというか」
倒す手段が思いつかなかった龍を殺す為の武器がわかった。
その武器の作り方を知っている、腕の良い職人と強い縁があった。
入手困難であったはずの材料が、立て続けに手に入っている。
世界の後押しがあるとは言え、こうもとんとん拍子で問題がクリアされていくと逆に不安になってくるものだ。
どこかでとんでもない落とし穴があるのではないか……何より、世界とはこんなにも優しいものだったか。
開拓村での経験がある分、少し心配症になっているかもしれない。だが、この胸の疼きも無視できる気がしなかった。
そう悩む自分に、アリサさんがパタリと本を閉じる。
「……ね、シュミット君」
「何でしょうか」
本を脇にどけて、彼女は真っすぐこちらを見つめてくる。その表情はどこか優し気で、いつになく落ち着いたものだった。
いったい何を言うのかと、少し身構える。
「君がドラゴンに挑むのは、自分自身の為だって言うのは私も納得したよ」
「ええ。当たり前です。僕の命は自分の為に使うと決めていますから」
「うん。それでいい。それでいいんだ。だから、ね」
一度目を伏せた後、相変わらず優しい笑みを浮かべたまま、彼女は唇を動かした。
「ドラゴンと戦っちゃだめだよ、シュミット君」
「は……?」
今更何をと眉間に皺を寄せる自分に、しかし彼女は怯んだ様子はない。
「確かに勝率は高くないかもしれません。しかし、そもそも世界が滅んだらどの道僕だって死ぬんです。だから」
「違う。違うんだよ。勝ち負けの問題じゃない……!」
こちらの言葉を遮り、アリサさんが続ける。
一瞬だけ血を吐く様に顔を歪ませた彼女に、言いようのない不安感が胸を襲う。
「アリサさん……?」
「勝っても負けても、君は不幸になる。だから……」
ガチャリと、銃口が向けられた。
脅しではない。既に撃鉄の上げられた拳銃が目の前にある。
「ドラゴンと戦わないと誓って。お願いだよ、相棒」
殺意はない。敵意もない。だが───必要ならこちらの手足を奪う意思を籠めて、相棒はこちらを見つめていた。
銃越しに、互いの視線がぶつかって。
彼女はゆっくりと、何故その様な事を考えたのか語りだした。
汽笛の音が、通り過ぎていく。
読んで頂きありがとうございます。
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