第十一話 トラブルは突然に
第十一話 トラブルは突然に
銀行に向かいながら、隣を歩くアリサさんに問いかける。
「そう言えばアリサさん。ハンナさんに装飾の事で注文をした時、気まずい空気が流れましたがあれはいったい……?」
「あー、それね」
珍しく歯切れの悪い調子で彼女は答えた。
「私もそこまで詳しくないんだけど、ドワーフは父親が息子に鍛冶仕事を。母親が細工仕事を教えるものらしいんだ」
「それは……」
「うん。ハンナさんのお父さんが亡くなった事は聞いたけど、お母さんもとは、ね」
なるほど。それは気まずい空気になるわけだ。
彼女が細工関連を継承できていないという事は、母親が教える事の出来ない状態。あの様子から、恐らく亡くなっていると考えるのが妥当だろう。不用意に踏み込んでいい話題ではない。
……自分は、最大の親不孝を前世でしてしまったな。両親は今頃どうしているだろうか。
柄にもなくついしんみりとしてしまう。今生の両親の事はほとんど話した事もないし気にならないが、前世の両親からはしっかりと親の愛という物を感じていた。
「ま!それは一端おいておくとしてだよシュミット君!!」
空気を変えるようにアリサさんが手を叩くと、こちらの顔を覗き込んでくる。
「女の子は男の子の目線に敏感なんだぜぇ、ボーイ」
「……反省しております」
ここはこの話にのるべきだろうと、小さく頷く。
「いやはや。私も偶に君の視線が気になる事はあったけど、あそこまで露骨には見られていないからねぇ。なになに?ああいう人が好み?」
「そういうわけでは……そして視線に関しましては誠に申し訳ございません」
アリサさんが胸の下で腕を組めば、その巨乳が強調される。
この人、所謂『ボンッキュボン』というか……バランスよく肉付きがいい。
「アリサさんやライラさんはきっちり服を着ていますが、ハンナさんは少し胸元が緩めだったので動揺してしまいまして……」
視線を逸らしながら答える。ただでさえ大きいのに、彼女は胸元のボタンを外していた。
誘っているとかそういうのではなく、単純にズボラなのだと思う。だが、身長差もあって上から見下ろす身としてはその深い谷間に視線が吸い寄せられてしまったわけだ。
その点、アリサさんはシャツを一番上までとじリボンタイまで締めている。更にベストとコートを着ているので中々の厚着だ。おかげでそう意識しないでいられている……と、思ったのだが。
残念ながら、自分は自制心の強い方ではなかったらしい。アリサさんにまでつい『そういう目』を向けてしまう。
いけない。この人は命を預ける仲間だ。仲間に色目を使うのは仕事に支障をきたす。その結果やってくるのは、己の死だ。
こういう顔をしているからか、自分に変な眼を向けて来ていた人が狩りの最中に背後から狼に首を噛まれ死んだのを覚えている。同じような死に方はごめんだ。
……生活に余裕がもてたら、娼館に行こう。絶対。
「はー、やれやれ。私が天下一の超絶美少女とは言え、紳士でないといけないよシュミット君。君の反応は正直面白いが、今後の事を考えると自制心を養いたまえ」
「努力します」
「素直でよろしい。頭を撫でてあげよう」
背伸びしたアリサさんが本当に頭を撫でてきた。当然お互いの距離が縮まり、彼女の体で一番突出している箇所。つまりお胸様が触れるか触れないかの距離にやってきた。
くっ、この人わざとだな……!
「それにしても君、髪の毛サラサラだね。もしかして毎日洗ってるの?」
「それは、はい。森の中で水浴びができない時以外は」
なんなら自作の石鹸だって持っている。獣の油と薬草を使った物だ。臭い消しの葉も混ぜてあるので、狩りの前日でも使えるのだ。
開拓村にいた時も、夜中に抜け出しては川で水浴びをしていたものである。
「ほほう。いい心がけだねシュミット君。清潔なのは良い事だよ」
「はい。感染症を始め、衛生面を気に掛ける事で命を繋げられる事は多いので」
「あ、そこ?モテるためとかマナーとかではなく?」
「村では命懸けだったので」
本気である。まともな医者もいない村で重い病気に罹った三男坊とか、殺されて燃やされる。というか、そういう人もいた。
一応チートでその辺の対策もしているが、罹らないに越した事はない。それに風邪であろうと死ぬ時は死ぬのだ。
「お、おう。なんか私が思っていた以上に開拓村ってやばい所?」
「ライカンスロープが十匹生息している森で一年過ごすのと、僕がいた村で一年過ごすの。どっちが危険かと言われて判断に困るぐらいには」
「そんなにかー……」
心なしか頭を撫でる手が激しくなった気がする。少し乱暴だが、正直気持ちいい。
* * *
それはさておき。金がない。
アリサさんから貰った五十セル。そのうち十五セルが装備と宿代、そして絵本に消えた。更に今日三十セルが剣に変わったのである。残りは五セル。
報酬の三セルと野盗の持っていたピストル。ついでにハンナさんに買い取って貰った古い剣。
諸々含めても、合計八セル。まだあの宿に泊まっていられるが、それでも長くはない。
「仕事をください……」
「え、もうですか?」
剣を購入し、店を紹介してくれた事のお礼を言って早々ライラさんに頭を下げた。
「剣を新調したのですが、かなり高くつきまして……」
「ああ。そう言えばドワーフの作った物はどれも良い物である代わりに、高額なのを忘れていました……」
納得した様子で頷くライラさん。
「わかりました。すぐに丁度良い依頼を探します。アリサさんもご一緒するんですか?」
「当然!私は相棒だからね!!」
隣で腰に手を当ててドヤ顔をするアリサさん。正直申し訳ない。
「……あの。まだ森コボルトの依頼を終えて間もないですし、アリサさんは街に残って頂いても」
「はぁぁん?水臭いよぉシュミット君!そんなのつまらな、悲しいじゃないか!私達は相棒なんだぜ☆」
おい今つまらないって言いかけたぞ、この放蕩娘。
無駄に整った顔でウインクしているのが逆に腹立つ。
「私の勘が告げている!君は何かしらトラブルに巻き込まれる星の下に生まれたのだと!」
「縁起でもない」
「それを楽しもうぜ!」
「せめて隠してください。本音を」
神様転生なんて事をしている身としてはシャレにならん。
初依頼で予定以上の強敵が出たという、ラノベのテンプレみたいな事もあった。二度目はごめん被る。
「はは……流石に二度も三度も続けて依頼に変更があるのはギルド側としてもまずいので、あまり期待されるのは困ります」
案の定、ライラさんは苦笑いを浮かべていた。
「ですが、可能な限りアリサさんが気に入りそうな依頼を探しますね!」
「 」
「さっすがライラさんわかってるー!!」
味方ではなかったらしい。
そりゃそうである。自分とアリサさんのパーティー。どう考えてもリーダーはあちらなのだ。そっちが望む依頼を斡旋するのが常識だろう。
それはそれとして、せいぜい森コボルト程度の相手しかいない依頼である事を祈る。
せっかく大枚はたいて購入した剣がすぐに折れるなどという事になったら、泣く自信があるぞ。
「それでは現在入っている依頼から────」
ライラさんの声を遮る様に、大きな音がギルドに響く。
何事かと振り返れば、他の冒険者たちも剣呑な視線を入口に向けていた。そう、ここで荒事はご法度。明らかに穏やかではない入り方に、どこの若造がやらかしたと皆殺気だっているのだ。
しかし、そこにいたのは若造どころではない。
一人の、まだ幼い少女がいたのだ。
「誰か、助けてください!!」
所々ほつれた服に、ボロボロの靴。髪も乱れ顔には焦燥の浮かんだ少女は、自分の今の外見どころか唖然とした冒険者達の視線すらも気にせず叫んだ。
……いいや。きっと、気にする余裕すらもないのだろう。
「私の村が、『トロール』に襲われているんです!!」
眼の端に涙を浮かべ、少女は喉が裂けるのではないかと思う程の大声でそう言い放った。
直後。しんと、ギルド内が静まり返る。
そんな中でアリサさんが凄い勢いでこちらを見てきたので全力で首を横に振った。
僕のチートに厄介ごとを呼び込む力なんてないぞ!?本当に!
「申し訳ありません、少々お待ちを」
「はい」
「私も」
「貴女は駄目です」
「げぼぁ!?」
ライラさんが一礼してカウンターから少女の元へと小走りで向かう。それについて行こうとしたお馬鹿様がいたので、首根っこを掴んで止めておいた。
自称天下一の美少女様が出してはいけない声が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
「なにするんだよぉ、シュミットくぅん」
「状況が分かりません。ライラさんが話を聞いてからでも遅くはないはずです」
秒で突っ込もうとしたこのお馬鹿様は別として、他の冒険者の反応が気になる。
荒事なれした男達が、揃いも揃って気まずそうに目を逸らしているのだ。
それがどういう意味なのか、この世界に無知な自分にはわからない。ただ、こういう空気が流れている時は碌な事じゃないのは確かだ。
「お嬢さん。いったいどうしたの?」
「あ、あの!私の村が、トロールに襲われていて、それで助けを呼ばなくちゃって!でも大人は来られなくって!!」
「落ち着いて。冷静に、ね?ちょっと奥の部屋に行こっか。そこで詳しくお話を聞くから」
膝を曲げ視線を合わせながら優しく話しかけるライラさんだが、少女の焦りは消えていない。
「急がないといけないの!ここ、冒険者ギルドなんでしょ!?だから、誰か助けて!お金は、お金は村にあるから!」
「え、えっとね?トロールに村が襲われているんだよね。それはどういう事なのか、まず知らないといけないの。お話、聞かせてくれないかな?」
少女の声にややたじろぎながらも、褐色の手が少女の小さい手を包み込んだ。
それに少しは落ち着いたのか、少女はポツリポツリと語り始めた。
「あのね……突然村にトロールが来たの。それで牛や馬を食べて、止めようとしたジョンおじさんも……それから、また何度も村に来て酷い事するの」
「それは、どれぐらい前から?」
「二週間……ぐらい」
二週間とは、また随分と長い。
そう思ったのは自分だけではない様で、ピクリとアリサさんの眉がはねた。
「街に助けを呼ぼうとしても、トロールが邪魔して、けど私小さいから見つからなくって、どうにか助けを呼ばなくちゃって、たくさん歩いて、駅馬車のおじさんに乗せてもらって」
「そっか……よく頑張ったね」
やや要領を得ないが、それでも大まかな事情は察せた。
ライラさんが少女の小さな体を抱きしめ、優しく背中を撫でる。
「もう、貴女は十分頑張った。後は大人のお仕事だから、ゆっくり休みなさい」
「助けてくれるの?わたしの村、お父さんとお母さんがいて、もうすぐお姉ちゃんになるの」
「………それは、神様にお祈りしましょう。それしか、私達にはできないから」
「でも────」
何かを言いかけたが、少女は糸が切れた様にライラさんに体を預けて気を失ってしまった。
何事だと思い駆け寄りそうになるも、小さい寝息が聞こえてきたので踏みとどまる。
「眠りの魔法だね。アレなら後遺症はないはずだよ」
「そう、ですか」
少し目を細め、何かを考えている様子のアリサさんの言葉に胸を撫で下ろす。
「では、いくつかお聞きしたい事が」
「なにかな、シュミット君」
子供を抱きかかえ他のギルド職員と何やら焦った様子で話し始めたライラさんに、先ほどまでのやり取りをなかったものとして扱う様にやや大きな声で狩りや酒について話す冒険者達。
どれもこれも、違和感がある。
別に冒険者は騎士でも勇者でもない。だから幼子の助けを呼ぶ声に一々反応しない事は気にならないが、だからと言ってやはりこの空気はおかしい。
ギルド職員達の会話から薄っすらと『軍曹たちがいれば』とも聞こえた。それはつまり、元軍人の彼らが必要な事態ということ。
「まず、トロールとはどういう魔物ですか?」
「不死身……と、何年か前まで言われていた怪物だね」
「不死身ですか。傷の治りが凄まじく速いとか?」
「その通り。もしかして、君が『前』にいた所にもいた?」
「いいえ。聞いた事があるだけです」
「そっか」
ライラさんはおもむろにホルスターからピストルを抜き、弾が込められている事を確認しだした。
それに合わせ、自分も背嚢を降ろし中身を確認していく。仕事を受けられたらすぐに出ようと気が逸っていたのが功を奏した。だいたいの物は入っている。
「でかくて力が強い。そのうえ千切れた腕も瞬く間にくっついちゃう。けど傷口が焼けば治りは遅くなるから、その間に殺しきる事ができる」
「ライカンスロープとどちらが強いですか?」
「個としてなら確実にトロールが上だね。討伐には軍隊が動くものだよ。普通の冒険者じゃ犬死するだけさ」
「では、軍隊が出るとしてどれぐらいかかりますか?」
「事前調査に最低でも一週間。部隊を編成して向かわせるならそれこそ一カ月はかかるんじゃないかな。村との距離にもよるけどね」
「そうですか。では、最後の質問です」
背嚢を背負いなおし、腰の剣を軽く撫でる。
「我々で仕留められますか?」
「勿論。私達ならやれるよ」
ニンマリと答えるアリサさん。それに小さく頷く。
「少し意外だねシュミット君。こういうの、自分から行くんだ」
「今回は例外です」
自分だけなら間違いなく無視している。他人の為に己の命を懸けるのはごめんだ。視線を逸らした冒険者達の輪に加わりたいぐらいである。
だが。
「強い魔物だと言うのなら、よい『経験』になります。何より、貴女はどうせ一人でも突っ込むのでしょう?今死なれては困ります」
呆れたように。否。心の底から呆れながらもそう言うと、アリサさんはチェシャ猫の様な胡散臭い笑みを浮かべた。
「悪くない理由だ、相棒。じゃ、早速動くとしようか」
「僕はライラさんから聞けるだけ情報を聞きます。村の場所も聞かないと」
「なら私はあの女の子を乗せて来た駅馬車の御者と、ついでに移動用の馬を探すよ。流石に徒歩じゃ色々と間に合わない」
「ああ、ならお願いがあります」
「なんだい?」
真剣に、かつ真摯に彼女へと告げる。
「僕、乗馬の経験はありませんし、『今すぐ覚える事もできない』ので。場合によっては後ろに乗せてください」
「……かっこつけた顔で言う事かね」
「事実なので……」
我ながら格好悪いと思うも、言わないわけにもいかないのである。
「OK。そう言う事ならとびきり力強い馬を探すとするよ」
「よろしくお願いします」
もう一度言う。冒険者は騎士でも勇者でもない。まともに働く先のないゴロツキか、真面目に働けない馬鹿野郎のなる職業だ。
だったら、こういう馬鹿な人とそれに付き合う田舎者がいてもいいだろう。だって『冒険者』なのだから。
読んで頂きありがとうございます。
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