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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第四章 浪漫を求めて
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第百六話 再戦

第百六話 再戦





 接敵したゲイザー。その大きさ、その圧迫感は国境の森で見たものとなんら変わらない。


 であれば───。


「っ……!」


 ───殺せる。


 殺到する十本の触手を避け、後方に退避。近くの木々は撥ね飛ばされ舞い上がった土煙と木片、木の葉で互いの姿が見えなくなった。


 だが、相手方は本体こそ土煙で視界を遮られたものの触手にあるその他の眼球はこちらを捉えている。


 好都合だ。如何にして本体の目から逃れるかを考えていた。


 こちらはこの十五年、生きるか死ぬかの生活を続けている。勝てなかった相手など、思考の片隅で『ならばどうやれば勝てる様になるか』を延々と悩むのが習慣となっていた。そうでなければ、次は死ぬから。


 土煙が落ち切る前に木々を壁として『S』字を書く様に後退しながら、詠唱を開始する。


「『アクセル』『チャージ』『プロテクション』……」


 三種の強化魔法は問題なく発動。それを維持している。


 やはりか。あの目は魔法の全てを無力化する魔眼なれど、見えないものにはどうしようもない。


 あの時ヴィーヴル達がどうやって飛行を続け、魔法の槍を放っていたのか気になっていた。そして、空を見上げればすぐに答えがわかる。


 雲だ。彼女らは雲の中に紛れて槍を放っていた。


 その飛行高度と正確な狙撃能力には驚嘆する他ないが、今はどうでもいい。必要なのは、『本体に見られなければ魔法を消されない』というただ一点。


 こちらを追いかける触手の猛攻を、跳ね、転がり、木を身代わりにして回避を続ける。


 その間常に本体の位置と向きを把握し、こちらを追って動く巨眼から逃れ続けなければならない。


 しかも飛び散る石礫や木片まで避けきるのは不可能。ボディアーマーもない身体にそれらが突き刺さり、あちらこちらに裂傷や打撲が刻まれる。


 正直厳しい。だが、耐えられる。


 右から弧を描く様に迫る触手を更に後退して避け、それを飛び超える様に上から噛みつきにくる別の触手はサイドステップで回避。


 タイミングを計る。……今。


「しぃぃ……!」


 引き絞る様に腰を捻りながら、重心を目一杯まで落とす。


 そして、放つのだ。己自身を砲弾として。


 一瞬だけ静止したこちらに向かって迫る三本の触手へ自ら跳びこみ、剣に魔力を流し込む。


 不可視の刃と化した魔力の刀身を三度振るう。各一刀にて斬り捨て、そのまま一切の減速をせずに奴の触手と木々を目隠しにして懐へと跳びこんだ。


『■■■■■■■───ッ!!??』


 相変わらず哄笑とも悲鳴ともつかぬ咆哮。それを間近で聞いて耳奥に激痛を感じながらも、動き続ける。


 滑り込んだのはゲイザーの右側面。そこから逆袈裟の一閃を放つ。


 眼球に負けず劣らず大きな口を支える、強靭な頬肉に赤い線が走った。次の瞬間、間欠泉の様に奴の血潮が噴き出る。


 血煙の中更に咆哮をあげるゲイザー。その懐にて、奴の死角を移動しながらひたすらに剣を振るった。


 一閃、二閃、三閃。四度目の斬撃を放つ寸前で、左右から響く風切り音に飛び退く。


 ゲイザーの触手が、自分のいた位置に幾本も振るわれたのだ。本体の顎肉を抉る自傷覚悟の攻撃は、懐に跳び込んで避けるなどと言う行為を許さない。


 血と土の煙を盾に後退した自分を捉える事もせず、ゲイザーは高度を上げ始める。


 ぶわりと勢いよく上昇を始めた様から、空に上がれば自分に攻撃手段はないと考えた事が察せられた。


 やはりあの怪物は頭がいい。あれでまだ幼体だと言うのだから、生物としての格の違いを実感する。


 だが、それだけだ。逃がさない。ここで、殺しきる。


 近くにあった木を、一息に駆け上がる。魔力で強化された脚力もあって、僅かな凹凸を蹴って瞬く間に数メートルある生木を踏破した。


 だが、これでも高度が足りない。ゲイザーは既に地上から二十メートル近くまで上昇している。


 ならばっ……!


「伸びろ!」


 腰だめに構えた刃の切っ先を木の頂上に向け、魔力を迸らせる。


 魔力の刀身が勢いよく伸び、しかし木を切らぬように調整。その勢いでもって、宙にあった我が身が打ち出される。


 続けてピックを投擲。それに巻き付けた細い糸を引き寄せて、ゲイザーの背後から上へと飛んだ。


『■■■■■■!!』


 奴の雄叫びが大気を揺らす。頑強すぎる肉に刺さっていたピックは押し出され、今度こそ本当に自分は無防備な姿を中空に晒す事になった。


 七本になった触手全ての眼球がこちらを捉える。未だ魔眼に覚醒していなくとも、その顎は人体どころか鉄塊だろうと容易く噛み砕く。


 それらが一斉に放たれた。対して自分もまた、刃を振りかぶる。


 出し惜しみをしている余裕はない。全身全霊でもってこの怪物を落とす。


 迫る一本目の上顎を斬り飛ばし、二本目を足場にしながら回転して切り刻んで、三本目に飛び移りながら両断。


 四本目を正面から斬り捨てて、五本目の顎を左手の裏拳で殴り飛ばし軌道を変え回避。


 続けて六本目を弾かれた勢いそのまま引き裂いて、左右から挟みにきた五本目と七本目に対し全身を横回転。伸びた刃でもって纏めて上顎を斬り飛ばす。


 そして、力を失った触手共を足場に下へ向かって跳ねた。


 上を向き切った本体。その瞳と視線がぶつかり、奴の眼球が暗い輝きを放った。


 瞬間、空気を纏めて抉り飛ばしたかの様な異音。ほぼ同時に強化魔法の術式が乱され強制解除されるのを感じ取る。


 だが、もう遅い。


 ゲイザーが次のアクションに入るよりも速く、自分が奴の眼球目掛けて落下。その勢いも乗せて逆手に持った剣を突き立てた。


『■■■■■■■■■■■■────ッ!!??』


 今度は、誰が聞いてもわかる絶叫。ゲイザーの悲鳴が天に響く。


 そして、肉体は奴の目に捉えられていようとも『体内に入った刃』までは目視されない。


「その脳漿を見せてやる!!」


 角膜を穿った刃が、伸びる。後はその切れ味でもって怪物の肉体を斬り裂くまで。


 この化け物は世界の敵にあらず。故に世界からの後押しはない。亜竜の心臓を抉りだしたあの九連撃の再現は不可能である。ましてや今は身体強化すら切れている。


 だが、あの斬撃の三分の一程度ならば。


「オオオオオオォォォ!!」


 閃く刃がゲイザーの血肉を掻き分け、その巨体をバラバラに切り分けた。


 文字通りの血の雨が降る中を落下しながら、身体強化を掛け直す。


 地上にある木へと足から跳びこみ勢いを軽減。ガサガサと枝葉を体に受けながら、それを抜けた先の地面に受け身を取って着地した。


 全身を汚す怪物の血肉を感じながら、息を吐く。


「はぁぁぁ……こっ、ごふっ……!?」


 溜めこんでいた息を吐き出した直後、思い出した様に喉は震え肺が悲鳴を上げ始めた。


 心臓もはち切れんばかりに高鳴り、血の流れに眩暈すら覚える。


 結果だけ見れば自分は擦り傷と打撲、そして関節各所の鈍痛のみ。圧勝に見えるものの、薄氷を渡るような勝利であった。なんせこちらは相手の一撃をまともに受けたらその段階で死ぬ。


 剣を杖に立ち上がる自分の耳に、拍手が届いた。


『素晴らしい。やはり技量だけなら私では足元にも及びませんね。強化魔法も良い練度です。貴方の異能の正体が、なんとなくわかりました』


 聖女の声だ。視線を軽く巡らせるも姿は見えず、魔力の流れからどこかから俯瞰していて声だけを届かせているのがわかる。


『思いっきりもいい。命を懸ける事への躊躇いも少ない。本当に良い戦士です』


 少しだけ呼吸が整ってきた。文句の一つも言ってやろうと、口を開く。


『では、次に行ってみましょう!』


「……は?」


 出そうになった言葉が引っ込んだ。


 待て。休憩とかはないのか。連戦だと?ゲイザーの直後に?


『私が戦った中で、龍を除けば最も印象深い敵。もしかしたら貴方にも覚えのある相手かもしれません。なにせ、殺し損ねてしまった相手ですから。でも、きっと今を生きる誰かがきちんと止めを刺してくれていると、信じています』


 また景色が切り替わる。


 赤い月が照らす、石造りの城。背後では燃え盛る街があり、バチバチと喝采の様に炎が音を立てる。


 見覚えのない光景。だが、何故だろうか。


 夜空に輝くあの月だけは、妙に既視感がある。


 気が付けば浴びていたはずの血は綺麗に消え去り、炎の熱を帯びた夜風が体を撫でた。


『あの時は純粋種が複数いましたが、流石に今回は一体だけにしておきましょう。生き残ったのもそれだけでしたし』


 かつりと、靴音が響く。


 いつの間にか城側から現れた一人の青年。長い金髪に深紅の瞳は煌々と輝いてこちらを睨みつけ、強い憎悪をぶつけてくる。


 その青い肌と猛る赤黒い魔力は、間違いなく純粋種の吸血鬼。


 彼の顔に、一瞬ジェイソンかと見紛う。だが違う。似ているのは顔だけで、その纏う闘気も魔力もケタ違いだ。


 自分は知っている。目を合わせただけで息がつまるこの感覚を。この怖気の走る本能的な恐怖を!



「『ダミアン』……!」



 ぶわりと赤黒い魔力が奴を覆い、次の瞬間には甲冑へと変わる。


 赤黒い騎士は、いつの間にか手にしていた紅い穂先のバルディッシュを構えた。その刃が、天に輝く月と被る。


『第二回戦です。頑張ってください』


「くそったれ……!」


 悪態をつきながら、剣を構えなおす。同時に、急遽スキルツリーを開く。


 先ほどのゲイザーとの再戦。それによって殺しの経験は上がっていた。元よりこのチートは、自身の内側で完結している。


 例え再現であっても、経験となるらしい。それともあるいは、それだけ聖女の力が凄まじいものだったか。恐らく両方だろう。


 今はそんな事を考察している余裕はない。その経験を変換し、剣術の技能へと流し込む。同時に、亜竜との戦いで得た経験も魔力制御に注ぎ込んだ。


 急速に上がる二種の習熟度。同時に襲ってきた猛烈な吐き気と全身の不快感に耐える為、異音がなるほど歯を食いしばった。


 相手が動き出す前にこの不快感を抑え込まなければ、間違いなく死ぬ。この場には相棒も教会戦士もおらず、この身はあの時ほどでなくとも怪我と疲労を抱えているのだ。


 体にできた傷は癒えておらず、消耗した体力と魔力も戻ってきていない。返り血だけを消した、紛れもない連戦。


『用意は出来たようですね。では───始め』



『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛───ッ!!』



 怨嗟に満ちた雄叫びをあげるヴァンパイアロードとの、『第二回戦』が開始された。





読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力とさせて頂いておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 培ってきた経験と能力は伊達じゃない。 難敵と言えども一度見た相手。不意の遭遇でなければ後れは取らないか。 ・・・って、げえっ ダミアン!? こっちは今回は単独なうえ消耗している。あっちは…
[良い点] シュミット君ごめんよ、なんか要らんフラグを立てたみたいになっちゃった。(;ω;`*) 全盛期ダミアンさんどんだけ強いんだろう? そしてとりに控える聖女様、もうお腹いっぱいなんでご馳走様…
[一言] パワーゲイザー! とか叫びながら地面にゲイザー叩きつければよかったのに
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