第百二話 ヴィーヴルの里
第百二話 ヴィーヴルの里
ゆっくりと降下してくるヴィーヴルの一団。彼女らは自分達の前に着地すると、一番前にいた女性がへその前に両手を揃えて綺麗なお辞儀をしてきた。
この人は、ゲイザーへの止めをさす時に指揮を執るような言動をしていた気がする。
「お初にお目にかかります。アリサ・フォン・ラインバレル嬢。そして『剣爛のシュミット』殿とウォルター神父。私は国境守備隊隊長、サラ・レイベルと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。先ほどは助けて頂き、ありがとうございました」
それに対し、アリサさんもお嬢様モードで応対する。
顔を上げたヴィーヴル……レイベル隊長の宝石が、彼女を見て僅かに光った気がした。
「……いいえ。こちらとしては、対処が遅れてしまった事に謝罪をしなければなりません」
「その事なのですが……何故ここにゲイザーが?この辺りに魔物が出ると聞いた事がありませんが」
「我々も確証はありません。ですが、怪しく思っている存在はいます」
「それは?」
「私の判断ではお答えできません」
「……そうですか」
レイベル隊長の言葉に、アリサさんも深く踏み込む事はせず引き下がる。
王国とヴィーヴルの里は外交関係こそあるものの、友好国というわけではない。この場であれこれ詮索して話し合いそのものをやめられたら、困るのは自分達だ。
それにしても、国境守備隊は全員そうなのか。あるいは戦闘直後だからなのか。ヴィーヴル側は全員無表情である。
眼前にいるレイベル隊長を始めタイプの違う美形揃いだが、目隠しもあってどこか機械的にすら感じた。
「皆さま、お怪我の程は。必要でしたら我々が『この場』で治療しますが」
何となく、レイベル隊長の視線……いや、宝石?がウォルター神父に向いた気がした。
そう言えば彼女らはあの額の宝石で周囲を把握するのだったな。故に『宝石眼』だとか。
「うぅむ。では、お言葉に甘えさせて頂きましょう」
申し訳なさそうに眉を八の字にするウォルター神父にヴィーヴルの一人が近付き、両手をかざした。
すると、詠唱もなしに魔法と思しき物が発動。彼を薄緑色の光が包んだかと思えば、瞬く間に傷が治ってしまった。
あの光の槍といい、彼女らの魔法は人間のそれとは全く別の系統と見た方が良さそうである。軽くスキルツリーを調べるも、人間が習得できるものの一覧には見当たらない。
「では、早速ですが参りましょう。ラインバレル嬢、シュミット殿。馬車の荷物はこちらで回収をしておきます」
「……わかりました」
「ウォルター神父は、我が隊から二人出して王国側にお送りしましょう」
「いえ、それは結構です。私も教会戦士の端くれ。先の様な大物でもなければ、自力で突破してみせますとも」
「……承知しました」
朗らかに笑うウォルター神父に軽く一礼した後、レイベル隊長が背後を振り返る。
そこにちょうど、四人のヴィーヴルが大きな駕籠を支えながら着地する所だった。
……表情にこそ出さなかったが、そのデザインにちょっと面食らう。
人が数人乗れそうな程大きい事と、上に駕籠者が担ぐ棒が通っていない事を除けば、どこからどう見ても時代劇でお偉いさんが乗っていた駕籠そっくりなのだ。
西洋ファンタジー全開の空間にそんな物がある事に、思わず二度見しそうになる。
だがまあ、よく考えれば前世で見聞きする西洋ファンタジーなんて大概『侍』とか『忍者』とか出てくるのだ。そこまで違和感もない。
何より、ヴィーヴルの里には聖女が関わっている。こういう事もあるか。
「……なにか?」
「いえ。見慣れない物だったので、少し驚いていました」
「……そうですか」
じっと、レイベル隊長の宝石がこちらを見ている気がする。まるで観察でもするかの様に。
「搭乗の際、安全の為に扉は外側から鍵を閉めさせて頂きます。我らの飛行ルートを知られない為窓もありませんが、どうか許容して頂きたく……」
「わかりました。道中、よろしくお願いします」
「はい。お任せください」
優雅な一礼をするアリサさんに続き、自分も頭を下げる。
そして駕籠の中に入ったが、外装は時代劇のそれなのに内側は王国の馬車と変わらなかった。
その事に安堵なのか落胆なのか自分でもわからない感情を抱きつつ、席に座る。
「これより離陸します。少し揺れますので、壁にある手すりをお持ちください。それではお閉めします」
駕籠の引き戸を閉じ、鍵がかかる音。そして、数秒後に浮遊感が襲ってきた。
「おっと……」
アリサさんが少しつんのめりそうになり、慌てて手すりを掴む。
その際に揺れた爆乳からそっと視線を逸らし、自分も念のため手すりを掴んだ。
「……アリサさん」
「何かな、シュミット君。悪いけど私はこういう経験は初めてでね。『今は話す余裕がない』んだ」
「……そうですね。失礼しました」
この場ではヴィーヴル達に盗み聞かれるか。
ウインクしてきたアリサさんに頷いて返し、思考を巡らせる。
ヴィーヴル。想像以上に凄まじい戦闘力を持っていた。飛行能力だけでも脅威だと言うのに、あの光の槍。破壊音とゲイザーの様子から小型の大砲クラスの威力があると判断すべきだろう。
飛行可能な高度や速度は不明ながら、制空権を取った者が圧倒的に有利なのが自分の知る戦争だ。平和な日本で民間人が得た程度の知識なので、どこまで正しいのかは知らないけれど。
その上、レイベル隊長が腰に下げていた物を思い出す。あれは拳銃だ。
デザインから恐らく王国産。それを携帯していたという事は、つまり獣人やエルフの様に火薬への忌避感がないという事である。
ヴィーヴルがもしも王国と敵対した場合、上空から爆弾と光の槍を次々降らせてくるわけだ。
その事を脅威に感じる一方、若干だが希望も見える。
彼女らの援軍を得られれば、龍の討伐に成功する可能性がぐっと高まるのではないだろうか。
あの時飛んできた槍の数から、ゲイザー戦に投入された人数は最低でも六十人。もっといたかも知れないが、それだけの戦士がいる。国境守備に全戦力を投じているとは考えられないので、全軍となればどれほどの人数か。
これは、是非とも協力を得たい。問題なのは、あちら側が王国に対して好意的ではない事。そして───。
何故、ゲイザーがあの時あの場所にいたのか。
理由に心当たりがあるとヴィーヴル達は言っていたが、それが何なのかは明かしていない。それが少しだけ怪しく思えてしまう。
そもそも、何故あれほどの怪物の存在に王国とヴィーヴルの国境守備隊は気づけなかったのか。そこも疑問である。定期巡回でもしていれば、森に詳しい者なら異変を察知できたはずだ。
考えれば考える程、不可解な点が多い。彼女らが龍に対して敵対的であるという情報が唯一の救いだが……。
そんな事を考えていると、駕籠が少し揺れた。アリサさんの方を見ない様にしながら、足元の感覚を確かめる。
どうやら到着したらしい。駕籠が安定している。
外から鍵をはずす音も聞こえてきて、間もなく扉が開かれた。
「お待たせしました。里に到着しましたので、足元に注意してお降りください」
聞こえてきたヴィーヴルの声に、先に自分が降りてアリサさんの手を取った方がいいかと駕籠を出ようとする。すると、レイベル隊長が自分に手を差し伸べてきた。
こういう時の作法がわからないので若干困惑しながら、小さくお礼を言ってその手をとる。
「あの、レイベル隊長……?」
駕籠を出て地面に両足を付け立っているこちらの手を、未だ握ったままの彼女に首を傾げる。
「……失礼しました。空を移動する事に慣れていない方は酔ってしまう場合もあるので、支えさせて頂きました。しかし、無用だった様ですね」
手袋越しに彼女の指がこちらの手の感触を確かめる様に動いた気がしたが、気のせいか……?
紺色の髪をボブカットに切りそろえた彼女が、軽く会釈しながら一歩引く。それに疑問符を浮かべるも、特にこちらから言う事はない。
とりあえず、一応名誉騎士予定なのでアリサさんの手を取って駕籠から降りさせてから周囲を軽く見回した。
「これは……」
そこには、すり鉢状に抉れた巨大な穴に作られた街の光景が広がっていた。
家々の様子は王国の物と変わらず、時折服屋やパン屋等が見える。ただし階段らしき物はなく、住民は空を飛んで移動をしている様だった。
そして、ぐるりと一周見渡せば自分がすり鉢状の穴の一番下。そこにある大きな屋敷の庭にいる事がわかる。
「ここに人間の方が入るのは、およそ二百年ぶりとなります。ご不便がありましたら、どうか何なりとお申し付けください」
「ありがとうございます、レイベル隊長」
流石公爵令嬢と言うか、動揺を表には出さず会釈をするアリサさん。それに慌てて自分も姿勢を正す。
そしてレイベル隊長が先導してくれるのだが……改めて見ると、凄い恰好だな。
翼と尻尾を出す為なのだろうが、背中と肩ががっつりと開いている。そのせいで、彼女の意外と華奢な背中ごしに脇乳が……。
いけない。今その様な邪念に囚われている余裕はないはずだ。
だが、視線を逸らそうにも周囲にいる人物全員が巨乳爆乳の持ち主。他のヴィーヴル達もレイベル隊長と同じような服装というおまけつき。
視線を落とそうにも、ヴィーヴル達のお尻は、その……腰の細さに反して非常にボリューミーである。それが乗馬ズボンに押し込められているのだ。察して欲しい。止めとばかりに隣を歩いているのはスケベの権化ことアリサさんである。
……いっそ目隠しを借りて自分も視界を塞ごうかな。
そう思っていた所に、アリサさんが脇腹へと肘をいれてきた。これはしょうがないと、甘んじて受け入れる。
大きな動作ではなかった。歩いていて偶然当たった程度の接触。それでも彼女の膂力だから常人には中々きつい一撃となる。そういう肘打ち。
だったのだが。
「っ!!」
自分達を囲う様に歩いていたヴィーヴルが、一斉に各々武器をとって彼女を睨みつけてきたのである。レイベル隊長まで右手に槍を出現させ、左手をホルスターに向けながら。
反射でこちらも剣の柄に手をかけアリサさんの前に出る。一瞬にして一触即発の空気となり、自分の頬に嫌な汗が流れた。
「……双方、武器から手を離しなさい」
そう言いながら、レイベル隊長が槍を消し脱力する。それに他のヴィーヴル達も倣ったので、自分も剣から指を離した。
「失礼しました。こちらとしても、ここまでお招きした相手は本当に久しぶりですので。少々過剰に反応してしまった様です」
「いえ、こちらこそ誤解される様なやり取りをしてしまい、誠に申し訳ありません。彼女は私の意識が散漫になっている事を察し、渇を入れようとしてくれていただけなのです」
頭を下げてきたレイベル隊長に、自分こそと問題があったと一歩前に出て腰を九十度にし深く頭を下げた。
というか、嘘偽りなく僕が今回一番悪い。次点でアーサーさん、というか公爵家。
まあ、ヴィーヴル側の過剰反応にも思えるが……そもそも両種族が不仲になった原因は王国側にある。警戒されるのは当たり前かもしれない。
「っ……頭をお上げください。先に武器を抜いたのはこちらです。非があるのは我々です」
「いえ、そういうわけには……」
万が一にも開戦となったら目も当てられない。そうでなくとも『龍殺しの剣』の為に、彼女らの協力が必要なのだ。
「……では、先ほどの『誤解』は無かった事にいたしましょう。お互い様という事で」
「そうして頂けるとありがたいです」
答えて二秒経ってから顔を上げる。その時、初めてレイベル隊長の表情が動いた気がした。
これは困惑と……懐かしさ?
だがその変化も一瞬の事で、すぐに無表情に戻ってしまう。
「これから里長のいる屋敷へと入りますが、失礼ながら武器はお預かりする事になります。よろしいですか?」
「はい。勿論です」
そうアリサさんが答え、ガンベルトを外す。それに続き自分も剣帯に手をかけた。
「ああ、いえ。それは、そのままで構いません」
「え?」
何故か自分だけレイベル隊長に静止された。だが、隣では他のヴィーヴルがアリサさんから銃とナイフを預かりボディチェックまでされている。だと言うのに自分の武装はそのまま。隠し武器の確認すらされない。
流石にこれには困惑を隠しきれず眉をひそめるが、レイベル隊長どころか他のヴィーヴルすら反応しなかった。
剣では彼女らにとって脅威足りえない……というわけではないだろう。アリサさんはナイフまで没収されているのだ。
自分の方に要因がある?剣を持っていても敵にならないほど舐められているのか?
いや、それにしては侮った様な態度は見えない。触りたくないほど嫌われているわけでもなさそうだ。では何故?
……自分の顔が聖女に似ていて、彼女の技を再現したから?
馬鹿な。顔については本当にただ似ているだけで血縁関係はないし、技については直接披露したわけでもない。
確かにそれが彼女らと直接交渉する為のカードになるとは思った。だが、ここまでの効果が出るとは思っていない。
この人達には、ヴィーヴルにはいったい何が見えている。
無言のままボディチェックは終わり、アリサさんの傍にいたヴィーヴルが恭しく距離をとった。
「それでは中へご案内します。私の後について来てください」
ヴィーヴル達が屋敷の扉を開く。
正直、わからない事だらけだ。不幸中の幸いとでも言えばいいのか、おかげで浮ついた思考は吹き飛んだが。
一切の油断ができない。気合を入れ直し、屋敷へと足を踏み入れる。
はたして、鬼が出るか蛇が出るか。あるいは、それらを飛び越え別の何かが出てくるのか。
硬い唾を飲み込みながら足を進めた自分の後ろで、重々し音と共に扉が閉められた。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.アーサーさん、シュミット君に夜の街禁止はやり過ぎだったのでは?
A.
アーサーさん
「いや、私個人の命令ではなく公爵家からの命令なんだが……。それと、私は『一夜限りの関係』を駄目と言ったのであって、そうでないのなら別に『そういう行為』を禁じたわけではないんだよ?なんでまだ童貞なの?」
結論。一番悪いのはシュミット君がヘタレなこと。