第十話 鍛冶師
第十話 鍛冶師
「……とりあえず、入ってみようか」
「はい……」
店の前でいくら立ち尽くそうが、看板が『武器屋』に変わるわけもない。
諦めて店のドアを開ければ、上についたベルが耳心地の良い音を出す。
店内の左右の壁には棚が並んでおり、そこにはヤカンや包丁などの家事用品からドアノッカーやランタンを吊るす金具など。様々な物が並んでいた。店の中央にある机には細かいネジや止め金具が入った小箱が並んでいる。
そして、奥。そこにあるカウンターに、人影が一つ。
ベルの音が鳴ったにも関わらず新聞を広げこちらを見ようともしない。その人物はただゆっくりと新聞をめくり、次の記事を読み始めた。
顔や体格は新聞紙とカウンターに隠れて見えない。あの人が件のドワーフなのだろうか?
「あの、少しいいでしょうか」
何にせよ、店内に目当ての物が見当たらないのなら直接聞く他にない。
そう思い声をかければ、思ったよりも高い声が返ってきた。女性らしい。
「あ゛?」
ただし、かなりドスがきいていたが。
「なんだ、見ない顔だな」
そう言って新聞の上半分を折り曲げ、カウンターの人物が鼻から上を見せる。
クルクルと癖のある赤毛のショートボブに、覇気がない赤銅色の瞳。今生では初めて見た眼鏡をかけたその女性は自分達の顔を見比べる。
「冒険者か。飯盒の類なら右の棚の手前。ナイフや鉈なら左の棚の奥だ」
「いえ、そういう道具ではなく」
「じゃあなんだよ。日用品でも買いに来たのか」
「いいえ。剣を。戦いに使う剣を探しています」
「はぁ?」
心底呆れたといった声を出し、その女性は新聞から顔をあげる。
やや幼さを残した顔立ち。十代後半から二十前半といった所だろうか。目つきが怖いが、整った容姿をしている。
「娯楽小説の読み過ぎか、舞台の演目にでも影響を受けたのか知らんが。やめとけ。素人が剣振り回しても自分の足を切るだけだ。そういうのは十を超えたら卒業しろ」
「ぐぅ」
隣でぐうの音が出た。そうですね、貴女はゴリゴリにそういうのからの影響受けた結果ですよね。
「いえ。そういうわけではありません。ただ、コレの振り方以外に戦い方を知らないのです」
そう言って、腰に提げた剣の柄に触れる。
そこでようやく、女性の視線に生気が宿った気がした。
「はーん……だが、何にせよ剣は売ってねぇ」
「冒険者ギルドの受付でこの店を紹介されたのですが……名工がいると」
「それはアタシの死んだ父親だ。十年前に、街の外で野盗に襲われて死んだ」
「……失礼しました。お悔やみ申し上げます」
「そういうのはいらん。帰れ。ガンショップにでも行ってろ」
「売っている剣がないのなら、せめて今使っている剣の整備だけでもお願いできないでしょうか?」
そう言って剣をベルトから外し、鞘ごとカウンターに置く。
「自分で可能な範囲はやっているのですが、この前の仕事で刀身が歪んでしまいまして」
骨には直接当てないつもりだったのだが、ライカンスロープの手首を切った時に横方向から力が入ってしまった様だ。
どうにか自分で直そうとしたが、下手をすれば折れると感じたのでプロに見てもらいたい。刀鍛冶かは不明だが、鉄を扱う職業の人だ。自分よりは詳しいだろう。
「………ちっ」
少しの間を置いて女性は舌打ちし、新聞紙を横に置きひょいっと椅子から降りた。
そして、彼女の首から下が視える様になる。
でっっっっっっっっっっっっ…………!!!!!!
────なるほど。神はいたらしい。
いや転生した時に会ったけども。
それにしても大きい。いや、純粋なサイズならアリサさんの方が大きい様に思えるが、この人の場合小柄だから余計に大きく見えるのだ。
カウンターで胸から下は見えないが、背は百五十前後。子供の様な体躯を白いシャツと紺のオーバーオールで覆っている。しかしその体つきや顔立ちは子供より大人のそれに近い。
なんと言えばいいのか、『女性と言える年齢の人をそのまま縮小した』様に感じる。これがドワーフの女性らしい。
それはそれとして。彼女の巨乳を見下ろす形になるのは、仕方のない事なのだ。だって身長差があるから。必然的にそうなってしまう。これは無罪である。
剣を眺めながら眼鏡をはずし、女性は胸元に弦をひっかけて両手で剣を検めていった。
……巨乳の女性が胸元に眼鏡を挿す姿って、いいよね。
「シュミット君」
ポンと、肩に手を置かれる。
アリサさんが大変生暖かい目をしていた。
「都会の常識を教えてあげよう。その眼は、流石にない」
「はい」
「けど私は君が年頃の男の子らしい反応をしていて少し安心しているよ」
「はい」
そっと天井を見上げる。木目が綺麗だなー。
「おい」
「誠に申し訳ございません」
ドワーフの女性からドスのきいた声をかけられ、すぐさま腰を九十度まで曲げた。
どうか裁判だけは勘弁してもらいたい。この世界に『セクハラ』の概念があるのかは知らないけども。
「何を切った、お前」
あ、そっちか。
姿勢を正し、彼女の胸元から極力視線を逸らしながら答える。
「ライカンスロープと森コボルトを」
流石に野盗とは言え人を切った事については避けた。それに、彼らを殺した時は刃こぼれ一つさせなかったし。
「ライカンスロープ?」
疑わし気に女性がこちらを見てきた。
「本気で言っているのか」
「はい。その剣で仕留めました」
「嘘をつくならもう少し……いや、だがこの歪みは……」
抜き身の刃を色んな角度から眺めたかと思うと、女性はまた大きな舌打ちをした。
「……信じてやる。けどお前人間だろ。歳は」
「十五です」
「人間(お前ら)基準でもまだガキじゃねぇか。どんな環境で育ったんだよ……いや。いい。興味ない」
どんなと言われても、開拓村でとしか答えようがない。それと剣の腕は誰に習ったでもなくチートによる物だから説明できないので、聞かないでくれるのは助かる。
女性はガリガリと乱雑に頭を掻いた後、剣を鞘に納めた。
「この剣はもう駄目だ。溶かして別の物に打ち直すぐらいしかできん」
「えっ」
「刀身の根元にヒビが入ってんだよ。小さいが、致命傷だ。お前が多少腕の立つ剣士だろうと、ただの狼を数匹も切ればバッキリ折れるか、曲がる。刃物としては使い物にならんぐらいにな。あと刃こぼれをどうにかしようと研ぎ過ぎだ」
「そんな……」
頭痛がしてきた。
自分なりに大切に使っていたつもりだったが、無理が祟ったらしい。しかしこの剣が使えないとなると今後に支障が出る。予備は持っていないのだ。
どうする……いっそ、鉈や山刀の類で補うか?使えない事はないが、自分のメインは片手剣と両手剣の技能。短い刃物はそこまでじゃない。
……溜めている経験値を放出する必要が出てきたかもしれん。文字の方に使いたかったが、やむを得ない。
「……さっきも言ったが、親父は死んだ。生前に作った剣は知り合いに大半を売り払っちまったし、残っているのは非売品だ。お前には売れん」
「はい。では、その……他にこの辺りで剣を扱っている所は知りませんか?」
「この店以外でそんなモン扱ってんの、ここ数十年聞いた事がねぇよ」
「そう、ですか」
「ドワーフですら今は『鉄砲』に夢中だ。里の連中も美術品以外で剣は打ってない」
やはり、駄目か。銃が出回っている社会では、剣一本入手するのがここまで難しいとは。
よく知らないが、ドワーフの里とやらですら剣は廃れているらしい。自分の中にある大酒飲みで豪快に笑いながら剣や斧を作る彼らのイメージは、随分と古い物となってしまったようだ。
「だが」
ぼそりと、女性は続ける。
「アタシが打った物で良いのなら売ってやる」
「え!?」
「なんだ、その意外そうな顔は」
不機嫌そうにこちらを睨みつける女性に、慌てて首を横に振る。
「いえ。先ほどの口ぶりからここで剣はもう扱っていないのかと」
「販売はしていない。だが……日課みたいなもんだ」
何か言いたくない事があったらしい。ドワーフの女性は視線を一瞬だけ逸らす。
その事をあえて追及するつもりはない。言いたくない事の十や二十、生きていれば当たり前にできるものだ。そんな事よりも、今は剣が手に入るかどうか。
それも、前世の男であれば一度は夢想した『ドワーフの作った剣』を。
「店の裏に試し切りの丸太がある。来い」
「あ、はい」
「お邪魔しまーす」
カウンターを出て近くのドアを開けると女性はズンズンと進んで行く。
少しだけ進むと、裏庭らしき場所に出た。広さは前世で言うと自動車が二台停まれるかどうかぐらいか。
そこの端には三本の丸太が地面に突き刺さっているのだが、うち二本は中ほどから斜めに両断されている。
剣士としての技能が告げている。あれは、剣で切られた跡だと。
「ちょっと待ってろ」
そう言い残し、ドワーフの女性は再び店の方に向かった。
「……シュミット君、どう思う?」
「どう、とは」
「ぶっちゃけ、任せられそう?彼女。金物屋さんだよ?」
こそこそと体を近づけて言ってくるアリサさん。彼女の巨乳が腕に当たるか当たらないかという距離に、少しドキドキする。
だが、雑念を振り払い丸太の方を見た。
「あの丸太につけられた傷は新しい物に思えます。となれば、彼女が試し切りに使ったはず。かなりの切れ味かと」
「ほほう。そこまでわかるんだ」
「多少はですが。それに、剣を見ただけでライカンスロープを討ち取った事を信じられたのも、彼女の腕を信用できそうな理由になるかと」
「と言うと?」
「僕が赤の他人なら、剣であの化け物を討ち取ったと言われれば疑います。軍曹みたいな人なら、あるいはと思いますが」
この世界、自分が出会った範囲だがアリサさん以外の人で『超人』はいなかった。
前世で見た漫画やアニメで、異世界物だと異常に高い身体能力の人がザラにいたものである。しかし、この世界だと前世と変わらない身体能力の人ばかりだ。
例外は隣の彼女がもつ謎の剛力と持久力ぐらい。そんな中で、自分の様な男が目立った傷もなくライカンスロープを討ち取ったなどと、簡単には信じられない。
前世で例えれば、『そこらの高校生が日本刀一本で冬眠前の若い大きなクマを仕留めた』と言われてどれだけ信じる者がいるかという話だ。
「なるほどねー。達人は達人を知ると」
「僕の場合、達人を名乗っていいか少々疑問ですが」
「なぁに。君が持っているソレも才能と言っていいものさ」
「はぁ」
まあ、チートも才能もどちらも神様からの授かり物という点では同じか……。
「待たせた」
ドワーフの女性がズンズンと戻ってくる。やはり、小さいのに大きい。
「ん」
「ありがとうございます」
無造作につき出された剣を受け取る。
ズシリと重い。革と木でできた鞘越しに、中の分厚い刃が伝わってくる気がした。
「……抜いても?」
「ああ」
許可を得て柄に手をかけゆっくりと引き抜く。
それは、兎にも角にもシンプルな剣だった。
黒と鋼で拵えられた柄に、飾り気のない武骨な鍔。刀身も真っすぐとした諸刃で、今まで使っていた物より肉厚でやや剣幅が広い事以外に語りようがない形状。
しかし、これは……あまりにも手になじむ。
「お前、片手と両手どっちでもいけるだろ。変わってるな」
「っ!?」
何故それを!?
「こいつの柄に、強く力を籠めた時に左手も添えられた跡があった。そこから合った剣を選んだだけだ」
不愛想にそう言いながら、自分が元々持っていた剣を軽く掲げる彼女。
それだけで、わかるものなのか……?
「そこの丸太相手に使ってみろ」
「……失礼します」
鞘をアリサさんに預け、剣を手に丸太の前に。
両手で柄を握る。刃渡りは九十センチ程だが、柄がやや長い。両手でも違和感なく握れるし、片手でも扱えそうだ。バスタードソードというやつか。
通常、『片手半剣』とも呼ばれるこの武器は片手剣や両手剣とは異なる訓練を必要とする。そのうえで、その二つの役割をこなすのだ。
だから、ただの片手剣を扱う者では重心のズレでまともに振るえないが……。
特に力むでもなく、自然体の状態から剣を逆袈裟に振り抜いた。
ただ、それだけ。だというのに丸太はあっさりと両断され、ズルリと上の部分がずり落ちていった。
この身のチートなら、問題なく扱える。それが『名剣』と呼べる物ならなおの事。
「おお……!」
「ふん」
鞘を脇にはさみ拍手を送るアリサさんと、胸の下で腕を組んでつまらなそうに鼻を鳴らすドワーフの女性。
やはり彼女の見た目は多く見積もっても二十前半程度。それで、これほどの剣を打ったというのか。
「……失礼ですが、鍛冶歴はどれぐらいですか?」
振り返って唐突にそう尋ねた自分に、女性は眉を少しだけ寄せる。
「未熟で悪かったな。たった『五十年』しか槌を握った事のない若輩だよ。だが、才はあると自負している」
「いいえ。そういう意味ではありません」
五十年槌を握っても若輩扱い。なるほど、ドワーフが全種族の中で最も鍛冶に優れると言われるわけだ。
「素晴らしい剣です。どうか、これを売ってください」
「……まあ、お前になら売ってもいい。三十セルだ」
「さんっ」
思わず固まる。え、三十……?
「……………ねび」
「知らんかもしれんから言っておく。ドワーフ相手に『作品』の値段交渉は殺し合いの合図だと思え」
口をつぐむ。
「えーと、お金貸そうか?」
気まずそうに言ってくるアリサさんに、小さく首を横に振る。
「いいえ。銀行で下ろしてきます」
「……払えるのか」
「払えないと思ったのに言ったんですか?」
「その剣の価値を客観的に言っただけだ」
「そうですか……」
なんというか、ドワーフの価値観はよくわからない。ただ、かなりの職人気質なのだけは理解できた。
正直、三十セルなどと言う大金をはたいて剣を買う奴など普通いない。芸術品としてなら、わからんでもないが。
だが仕事道具に妥協は極力したくない。自分の命の値段と考えれば……いややっぱ高いな。
……仕事を頑張ろう。それしかない。
「あ、ちょっと待った!それだけ取るなら一個注文!」
「あ゛あ゛?」
ドスのきいた声を出す女性に、アリサさんは気にした様子もなく続ける。
「柄と、鍔が、地味!!!」
「……はぁ?」
思わず気の抜けた声が出た。
「もっとこう、鍔の形を凝るとか!柄頭にライオンとか鷹を彫るとか!なんかあるじゃん!?」
この人、仕事道具に何を求めているのだ。というか、値段交渉の類は殺し合いとかさっき言っていたぞ。
これはドワーフの女性も怒るだろうと思い割って入るつもりで重心を少し落としたが、彼女は悔し気に目を伏せるだけだった。
「悪かったな……そういう細工は、受け継げてねぇんだよ……」
「え、いや……なんかすみません」
「謝るな……」
妙な空気が流れる。よくわからんが、殺し合いはないらしい。だが装飾の関係でドワーフの文化に何かあるのだろうか?
……ふむ。
「個人的には、そういう装飾はいりません」
特に言い繕うでもなく、ハッキリと告げる。
「剣に求めるのはよく切れ、頑丈で、己の命を護れる事。これは間違いなく良い剣です」
値段以外に不満など一切ない。
そう言い切ると、ドワーフの女性はじろりとこちらを見てきた。
「……そうか。だが、過信はするなよ。どんな剣でも、必ず使い手を生きて帰すわけじゃない」
「はい」
アリサさんから鞘を受け取り、刃を納めて女性に剣を返す。
「お金を持ってきますので、予約という形でとっておいてください」
「ああ……」
「僕の名前はシュミットです。よろしくお願いします」
予約なのだからと思い名乗ったのだが、女性は目をパチクリとさせた後ぶっきらぼうに名乗り返してきた。
「ハンナだ。剣の手入れについては代金を持ってきた時に話す」
女性、ハンナさんは、むすっとした顔のまま元々持っていた方の剣を突き出してきた。
それを受け取り、軽くお辞儀をする。
店頭を見た時は不安であったが、どうにか剣を扱っている鍛冶師に出会えたのは僥倖。これで今後も戦える。
高い買い物だったけども。正直未だに『本当にこの買い物をしてよかったのか』と自問自答しているけども。
だが、あの剣を一度振らされたら他の剣をというのも言いづらい。あれほどに振り易かった剣はないのだ。
でもやっぱり三十セルは高いよなぁ……。
ライフルでも一丁二十セルの世の中で、戦闘用の剣一本で三十セル。彼女が金物屋をやっている理由がなんとなくわかった気がした。
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