第九話 剣を求めて
第九話 剣を求めて
「よもや、本当にたった二人で倒してくるとは……」
ライカンスロープの首と森コボルトの耳を持ち帰れば、男衆を集めていた村長は信じられないとばかりに目を見開いた。
それに対しアリサさんが自慢気にカウボーイハットをずらす。
「ふっ、この天才美少女と天才剣士のコンビに恐い物はないんでね」
そう言うがライカンスロープの首から露骨に距離を取っている様だが。そんなに駄目か、生首。
というか今は流石に布でくるんでいるのだから、直接は視えないはずだし。皮を剥いであるので持ちづらいから、適当な布でくるんだのだ。
「なんにしても素晴らしい。ありがとう、お主らは我が村の救世主じゃ……!」
深々と頭をさげる村長に少し照れる。
「そして、夢をありがとう」
「はい?」
「やはり黒髪クール美少女天才剣士は本当におったんじゃ!!もはや夢ではない、これは現実じゃぁ!!」
「いいえ、男です」
「お主がそう言うのならそうなのじゃろうな。しかし、儂の中では違う!!」
無敵かこの爺。
「ちなみに私が天才美少女な事については?」
「ああ、うん。そうじゃな。認める認める」
「離せシュミット君。この爺は殴る」
「どうどうどう」
首を小脇に抱え殴りかかろうとするアリサさんの襟首を掴んで止める。
まあこの人も本気で殴る気はないのか、その力はあまり強くない。だが、村長の頭部に拳骨を落とす人は別にいた。
「村長!村の恩人達になんて事言ってんだ!」
「謝れ!マジで謝れ!」
「おっぱいは正義だろうがこのハゲ!」
「美少年のエロさがわからないこの老害が!!」
「恩を仇で返す気か耄碌爺!」
「ぐわー!!??」
集められていた若者たちである。
怒ってくれるのはいいのだが、二人ほど変なのがいなかっただろうか。いやオッパイが正義なのは部分的に認めるけども。
「は、反乱じゃぁ。村人の反乱じゃぁ。助けておくれ美少女剣士様……」
「男です」
「まだじゃ!まだ儂はお主を男と認めん!!」
「事実です」
それにしても、この村は本当に余裕があるのだな。懐だけでなく精神にも。開拓村で村長にこんな風に逆らったら、後で何をされるかわからない。
「ま、何はともあれ依頼達成だね、相棒!」
アリサさんがカラカラと笑いながらその光景を見た後、拳をこちらにつき出してくる。
その笑みと拳を少しだけ交互に見た後、そっと、自分の拳を合わせた。
「ええ。そうですね」
「テンション低ーい。そこはもっと上げてこうぜぇ、シュミット君!」
「都会の常識には疎いもので」
「ほんとか~?今のは本当にそれだけか~?照れてたりしてー」
「知りません。帰りましょう」
「あ、ちょっとー」
首を抱えズンズンと歩く。
耳が少し熱いが、きっと気のせいだ。
* * *
「初依頼達成、おめでとうございます!」
一晩だけ村長宅に止めてもらい、二日かけてイチイバルへと戻ってきた。
早速報告に冒険者ギルドへ向かい諸々の出来事を伝えれば、ライラさんが笑顔でそう言ってくれた。
「いやぁ、まさかライカンが出るとは思わなかったねぇ」
「それは本当にお気の毒でした。すぐにギルドから保険金の必要性について確認の人員が向かいます。ただ、お二人の報告とライカンスロープの首がある事から確実に保険は下りるでしょう」
そう言って、ライラさんがこちらに視線を向ける。
「それでは報酬なのですが、シュミットさん。銀行と口座についてはご存じですか?」
「はい。アリサさんに案内してもらいました」
「それはよかった。では、こちらを」
ライラさんが封筒をそれぞれ渡してくる。
「森コボルト討伐の分で一人につき三セル。ライカンスロープの分とその毛皮に関しては、査定が済み次第お渡しします。口座への振り込みで構わないでしょうか?」
「私はそれでいいよー」
「自分も、それで」
「かしこまりました」
ライカンスロープの毛皮は破損が酷かったが、いかほどの値段になるやら……できるだけ高値で買ってもらえればいいのだが。
「あ、少しお聞きしたい事が」
「はい、何でしょうか」
せっかくだからと口を開く。
ここは冒険者ギルド。そこの受付嬢ともなれば、いい店を紹介してくれるかもと思ったのだ。
「実は、鍛冶師を紹介してほしいのですが……」
「ガンスミスですね。お任せください。当ギルドでもお世話になっている工房がございます」
「え?」
「え?」
受付のカウンター越しに二人そろって首を傾げる。
「いえ、鉄砲の事ではなく」
「ああ、そうでしたか。失礼しました。初依頼を終えた新人さんが、そのお金で銃器を購入するのが恒例でしたので」
「はぁ……」
なるほど。そう言えばギルドに来たばかりの時遭遇した酔っ払いも、初依頼を終えたばかりで銃を持っていなかった気がする。
彼にあの後鉄砲を買える金があったのかは知らないが。その辺は無法者らしいというか、その日暮らしというか。まあ元より初依頼の報酬では買えて単発銃だろうけども。
そう言えば、後で野盗の頭が持っていたのも買い取りを頼んでみるか。
「ナイフでしょうか、鉈でしょうか?そう言った物を扱う工房も少ないですがご紹介できますよ」
「それも違いまして、剣を作っている所を探しているんです。もしくは、鍛冶師から販売を委託されている所とか」
「……え?」
その端正な顔立ちを少しだけ引きつらせ、ライラさんは頬に一筋の汗をつたわせる。
「えっと……剣から銃に、変えないのですか?」
「今の所、その予定はありません」
ライカンスロープと戦って思ったのだ。剣もまだ捨てた物ではないと。
奴の硬い毛皮や分厚い肉の鎧を打ち破るには、ピストルでは難しい。アリサさんからは本来ライフルを持ち複数人で狩るものだと聞いた。
だが、ライフルは高い。それに付け焼刃では剣を使っている時よりも森の中では弱い可能性もある。
自分は開拓村で過ごした経験値の大半を『剣士』に関する技能の習得と、その習熟につぎ込んだ。
次いで、剣術ほどではないにしろ『狩人』に関する技能にも。弓矢も罠も使えないが、それ以外の技能は実戦で使えるだけとってある。
メインを剣士にサブを狩人系の技能。前世のゲーマーなら王道の組み合わせだ。もっとも、銃の存在を知らなかったせいで少し後悔したが。
ともかく、銃の扱いを新たに覚えるのは効率的ではない。そちらに転向する時もいずれくるかもしれないが、それはある程度経験値が溜まってからだろう。文字の習得を始め色々と入用だから、いつになるかはわからないが。
ついでに、アリサさんとの契約もある。彼女に自分を恨む気がないとは言え、良いとこのお嬢さんのお金を持ち逃げしたというのは後が怖い。
そんなわけで、もう暫くは剣に頼るつもりだ。
以上の理由から鍛冶師について尋ねたのだが、ライラさんは少し目を逸らしてから気まずそうに頭を下げた。
「申し訳ありません」
「えっ」
「当ギルドでご紹介できる『剣を扱う鍛冶師』というのは……存在しないかと」
ポカンと、口をあける。
え、いや、え。武器を持って荒事をこなす組織に、剣を扱う店との交流がない?そんな事があるのか?
……いや。待て。そもそも、今は武器と言ったら『銃』の時代。はたしてその流れに逆らってまで、刀剣を扱う店があるだろうか。
……あったら、たぶん潰れている。
街に来て浮かれていた脳みそがスーッと冷えていくのがわかる。同時に、背中に冷や汗が出てきた。
「えっと、ライラさん。獣人とかが使う剣とか売っている所知りません?」
見かねた様子で問いかけるアリサさんに、ライラさんは首を横に振る。
「いえ。この街には獣人の方々自体そう多くないので需要はあまり……。むしろ、アリサさんこそ紹介してあげられないのでしょうか?」
「いやー。私が知っている所って装飾剣ばっかりで、とても実戦で扱える武器は取り扱っていないんですよねー。分類としては芸術品だから」
そ、そんな事があるのか。
愕然とする自分に、アリサさんが肩に手を乗せる。
「まだ、まだ諦めるのは早いよシュミット君。探し回れば一軒ぐらい変わり者の鍛冶師がいるかもしれない!」
「いえ、そこは諦めて銃を購入した方がいいのでは……?」
「ライラさん、今そういうのじゃないんだ」
「は、はぁ」
困惑した様子のライラさん。安心してください。どう考えても正しいのは貴女です。
だが、アリサさんの契約と自分の強みを考えると洒落にならないのだ。今から自分が銃を持った所で、ライカンスロープどころかコボルトすら倒せるか怪しい。
なんならピストルを撃つよりナイフ投げた方が強い気もする。
「……あ。そう言えば」
ポンと、ライラさんが手を打ち合わせた。
「少し前に剣を扱う高名なドワーフがいると聞きました!しかもこの街に!」
「ほ、本当ですか!?」
思わずカウンターに手をついて前のめりになる。
「はい!ほんの『二十年前』ですので、まだいるかもしれません!」
「に、二十年……」
それは、どうなんだ?ダークエルフならともかく、人間からすると店が潰れてどこかに去ってしまうには十分すぎるほど長い時間だが。
「シュミット君。ダークエルフやドワーフが使う二十年前は人間感覚で四年前ぐらい。相手が人間や獣人ならともかく、その鍛冶師さんもドワーフならチャンスはあるよ!」
「そ、そうなんですか」
「そうなんだよ!」
やや勢いで押し切っている感があるアリサさん。
そう言えば、冒険者をやっている理由を聞いた時にドワーフの寿命についても聞いた気がする。たしか五百年ぐらい生きるとか。
「早速行ってみよう!ライラさん、場所を教えてくれませんか?」
「はい。今簡単にですが地図をお書きします」
ライラさんがメモにスラスラと書き込んでいき、そのページを千切って渡してくれた。
「その場所に行ってください。きっと剣を扱う鍛冶師がいるはずです!」
「ありがとうございます……!」
深く頭を下げながら受け取る。
心の底から、まだその場所に名工とやらがいる事を願って。
* * *
「この辺のはずだけど……」
文字が読めないのでアリサさんに案内を頼んで、一時間ほど。自分達は所謂『下町』と呼べる場所にきていた。
雑多に家々が並び生活音が響く中で、アリサさんがカウボーイハットの位置を直しながら小さくため息をつく。
「刀剣の鍛冶場なんて見当たらないなぁ」
「そう、ですか……」
やはり二十年は長かったのかもしれない。
「あ、そこの奥さーん!ちょっといいですかー?」
「あん?なんだい」
アリサさんが洗濯物を抱えた女性に声をかける。
「この辺に剣を扱っているドワーフがいるって聞いたんですけど、何か知りません?」
「剣を?そんなもん聞いた事がないけど……」
不審そうにしながらも何かを思い出す様に首を傾げる女性。
「けど、ドワーフがやっている店ならあるよ」
「え、本当ですか!?」
「それはどこに!?」
二人して詰め寄ると、女性は少し慌てた様子で答えた。
「本当だよ。この辺の人間は皆世話になってんだから」
「……はい?」
戦いとは無縁そうな人が、お世話になる店?
女性に言われた建物。下町から少し離れ蒸気機関の煙が出る工場らしき場所との中間あたり。その前で、アリサさんが固まる。
「……アリサさん。看板にはなんと」
「えっと、ね」
歯切れ悪く、彼女は看板を読み上げた。
「『金物屋』」
「………」
この辺では珍しいガラスが使われた窓。その向こうに見えるのは、ヤカンにドアノッカー、それに鍋。
どこ……?剣、どこ……?
辺境とかの方がまだ刀剣の鍛冶師が多い罠。なお、そっちはそっちで本職は農家なので腕前はお察し。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。