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前世の私が変態だったばっかりに~ある悪役令嬢の受難~

作者: 浅見
掲載日:2023/07/31


「ティリティア・アルマリエ、君との婚約は破棄する!」


 王宮の大ホールに、王太子殿下の声が響き渡る。

 その瞬間、私は全てを思い出した。

 ここは乙女ゲーム『薔薇の乙女と運命の恋人』の世界で、私はヒロインに嫌がらせをしたあげく国外追放される悪役令嬢ティリティア・アルマリエであると。


『ティリティア』は黄金色の髪に、青い瞳、いかにも高飛車そうな顔つきをしたザ・悪役令嬢だ。

 これはいわゆる、異世界転生。

 よく漫画や小説でみたアレが、どうやら私の身にも起こってしまったみたい。


 正直嫌がらせをした記憶はないのだけれど、これもよくあるあれで、王太子の婚約者である私を差し置いて王子にちょっかいをかけるヒロインに文句をいうぐらいは、確かにした。

 そしていままさに婚約破棄をされている真っ最中なのだけれど……。

 正直、それよりも大きな問題が私の前には起こっていた。

 目の前には、いままさに私に婚約破棄を告げた王太子殿下が冷たく私を睨み付けている。

 彼はゲームではメイン攻略対象だけあって、とても見目麗しい男性だ。

 美しく鮮やかな金色の髪に、透き通るような青色の瞳――それから美しい裸体。


「え……?」


 そう、裸体。

 いままさに私に婚約破棄を告げた王太子殿下が、裸なのだ。

 裸といったら裸。生まれたままの姿。一糸まとわぬ姿。つまり全裸。

 隣には可愛らしいピンクのドレスを纏ったヒロインがいるので、コントラストは目に優しい。


 ……でも、なぜ? 


 ついさっきまで……私が前世の記憶を思い出す瞬間まで、確かに服を着ていたのに。

 私はぽっと赤面してから、サッと青ざめて王太子から目をそらし、それからすーっと薄目で周囲を見渡した。

 いまは栄えある宮廷舞踏会の真っ最中。名だたる貴族たちが私たちを取り囲むようにして、ことの成り行きを見守っている。

 なかにはゲームの攻略対象であったヒーローたちの姿もみえる。そして彼らもみな揃って裸だった。なぜ裸。しかも裸なのは攻略対象者だけで、私を含め、他の人たちは皆服を着ている。


 いったいなぜこんなこんなことに……いえ、すみません。

 心当たり、あります。


 前世の私はこのゲームが大好きだった。

 何度も繰り返しゲームをし、それだけは飽き足らずMOD(ゲームの改造・改変)に手を出してしまったのだ。

 弁明をするならば、そのゲームはMOD導入が容易で、非公式であるもののヒーローたちの着せ替えデータが数多く配布されていた。王太子殿下に騎士服を着せてみたりなどのちょっとした着せ替えはもちろん、ファンタジー世界を生きる攻略対象者たちに現代の色んな制服を着せたり、スーツを着せたり出来る。

 あらゆるMODを導入してゲームを楽しんでいた私は、ある日ふと思いついてしまった。

 前世の私はプログラマーで、その日は十連勤の徹夜明けだった。

 満員電車で体を前から後ろから右から左から押しつぶされながら、思ったのだ。


 服など無粋。

 ヒーローたちの裸が見たい。


 ゲームは全年齢だったから、もちろん裸のMODデータなんて誰も配布していない。

 だが無いなら作ればいいのだ。

 思いついてしまったらダメだった。

 出来ると思ったらダメだった。

 私はその日から寝食を惜しんで、ヒーローたちの裸の着せ替えデータを作り始めた。


 男性の体や、筋肉の本を買いそろえ、男性の肉体についての研究を重ねた。

 自らもまたジムに通って筋肉をつけ、実際の筋肉の付き方、硬さ、質感に触れることも忘れなかった。全てはヒーローたちの裸体のため。裸体ヒーローたちでゲームをプレイするため。

 これも弁明だけれど……神に誓って、データを世間に配布するつもりはなかった。


 個人で楽しむだけのつもりだった。

 股間の大切な場所にもモザイク処理をかけた。


 けれど神は、そんな私の所業――全年齢ゲームのキャラを裸に剥くという行為を許さなかったのだろうと思う。

 天罰としか思えない……裸体のMODデータが完成したタイミングで、私は仕事と趣味の無理がたたり、過労死してしまったのだった。

 パソコンの前に座ってマウスを握り、ゲームのスタートボタンをクリックしようとした時に意識が遠のき――その瞬間に願ったことは今でもはっきりと覚えている。



 死ぬ前に一度でいい、全裸データでゲームをプレイしてみたかった……。



 神の慈悲か、自身の執念か……私は最期の願いを叶え、全裸データを反映させた世界に転生したのではないか。……悪役令嬢だけど。

 夢でも見ているのではないか? とも思う。 

 だけど私には、ティリティア・アルマリエとして十八歳まで生きてきた記憶がある。

 侯爵令嬢として生まれ、未来の王妃として厳しい教育を受け、誇りをもって生きてきた。

 分かるのだ……これは夢なんかじゃなくて、いまの私が生きるべき現実だって。


 私はさっと両手で顔を覆うと、ぱっと両手の指を開いて視界をオープンにした。

 目の前には全裸の王太子殿下。

 私は指の付け根の部分で殿下の股間を隠しつつ、その裸体を観察した。


 王太子という身分でありながら剣の稽古を欠かさない彼の肉体は、細身でありながら程よく筋肉がついている。軽く盛り上がった大胸筋に、綺麗に割れている腹筋。細マッチョとまではいかないけど、バランスの良い体だと思う。


 良い……すごく良い。


 私の妄想ともあまり変わらず、制作していたデータとも大きな相違がない。

 じわじわと胸に感動がこみ上げてくる。


 感無量。

 私は殿下の裸が見られて幸せです。


 転生という幸運に恵まれたことに感謝してから、私はハッとあることに気付いた。

 殿下は突然裸になったわけだけど、本人も周りも何も驚いていないし、恥ずかしがっていないようだ。

 もしかして……殿下たちが裸に見えているのは私だけ?


「あの……失礼ですが」


 私は恐る恐る殿下に話しかけた。


「殿下って、今は服を着てらっしゃいますか?」

「……君は何を言っているんだ、いまの状況が分かっているのか?」


 やはり本人は服を着ているつもりのようだ。

 他の人も「何を言っているんだろう?」という顔で私を見ている。

 どうやら攻略対象者たちが裸に見えるのは私だけみたい。


 つまりこれは『全裸データが反映された世界への転生』ではなくて『攻略対象者が全裸に見えるチート能力を持って転生』なのでは?


 私は目を忙しく左右に動かした。

 殿下たちが裸になったのなら、服を着て貰えばすむ。

 だけど私だけずっと殿下たちが裸に見えてしまうと言うのは……困るのではないだろうか?


 何がって、目のやり場に。


 MODデータは股間にモザイク処理をかけてあったけど、どういうわけかそれは反映されていないようで……手をあと少しでも下にズラせば殿下の殿下が見えてしまう。


 ゲームの攻略対象者を裸にするために無理をして死んだ変態にも、一分の恥じらいというものがある。私は今世はもちろん、前世も処女だった。男性の局部を実際に見た経験は無い。

 彼らだって、私に局部を見られるのは嫌だろう。


 なんとかしなくちゃ……いや、待って。


 私は悪役令嬢ティリティアだ。

 ここで婚約破棄をされた後は国外追放される予定だったはず。

 つまり、もう攻略対象者たちに会うこともない。この場だけ乗り切れば、彼らの局部を見てしまうこともないのでは? 

 前世の記憶が戻るなり目の前に裸の殿下がいたことで、自分のことにまで気が回らなかった。

 私は一度指を閉じて殿下の裸を視界からシャットダウンすると、『ティリティア』の今後についての記憶をたぐり寄せた。


 大丈夫……何度もプレイしたからしっかり覚えている。


 この後『ティリティア』は国外追放になる。さらに盗賊に攫われ、娼館に売られて男たちの慰みものになり、最終的に死んでしまうのだ。ああ……ザマァエンド。

 でも、やり過ぎではないだろうか? 

 そもそも『私』は、ヒロインに対して本当に大した嫌がらせはしていない。

 前世の記憶を思い出す前から、元の小心者の性格を受け継いでいたのかも。

 ゲームでは確かに『ティリティア』はヒロインを集団で虐めたり、階段から突き落とそうとしたり、あげく男達に襲わせようともしていた。そういうことが発覚してこの婚約破棄にいたるワケなんだけど、私が行ったのはせいぜいヒロインに「殿下にあまり近づかないで」と口頭で注意した程度。

 けれどゲームの強制力というものなのか、私はいままさに殿下に婚約破棄をされている。

 何でも私が自分の取り巻きに命じ、ゲームでの嫌がらせと同じことをヒロインにしたことになっているみたい。もちろん、私は人に命じたりもしていないんだけど……。

 つまり、この後もゲームと同じことが起こる可能性が高いのでは?


 殿下たちの裸どころじゃない。

 なんとかしなくては……。

 でもどうやって?


 私はぱっと指を開くと、視界がぼやけるまで薄目セルフモザイクにしてから周囲を見渡した。

 走って逃げる? いや、無理だ。

 会場には警備の兵がたくさんいる。殿下の命令があれば、私なんてあっという間に捕らえられてしまう。

 そもそも会場を逃げ出した所で、駆け込む場所がない。実家であるアルマリエ侯爵家は、王家を敵に回してまで私を庇うことはないだろう。だからこそゲームの『ティリティア』もああなったわけで……ああ、どうすれば!


 なにか打開策は無いかとキョロキョロ薄目を動かしていた私は、周囲の人々の中から一際強い視線を感じ、動きを止めた。この場に集まる貴族たちはみな正装で、裾の長い黒のコートに、赤や白、グレーのベストを着こなし、女性らもまた華やかなドレスを纏っている。まさに色とりどりの装い。赤、黒、紫、青、黒、黄色、白、黒、裸。貴族たちを一人一人見つめて視線の主を探していた私は、そこでハッと息を呑んだ。


 裸だ、裸の人がいる……つまり彼も攻略対象者。


 その彼が、私に強い視線を向けている張本人だ。私は彼が誰かを確かめるため、ゆっくりと瞼を開いた。


 まず目に入ったのは裸体……からさっと視線を上げて、彼の顔面を見つめる。

 この方は――宰相の息子ギプリス・オーゲン様。

 一つに束ねた黒い髪は、まさにカラスの濡れ羽色とでもいうべき艶やかな黒。

 顔つきは非常に整っており、切れ長の双眸には、珍しい銀色の瞳が未明の月のように静かに輝いている。その両目には銀縁の眼鏡がかかっていて、何というか……ザ・インテリという感じ。

 歳は二十五歳。

 オーゲン公爵家の嫡男であり、彼の父は国王の弟で、宰相を務めている。つまり非常に王家と近く、権力を持つ家の息子なのだ。ギプリス様も大変優秀な方で、次期宰相は彼で間違いないと言われている。国王からも信任も厚く、殿下も従兄弟であるギプリス様には容易に逆らえない。

 また顔つきや視線の鋭さから非常に冷たい印象を受けるが、実際にも彼は冷酷な人物だ。

 王家や、オーゲン公爵家の敵には一切の容赦がなく、一度でも牙を剥いた者は徹底的に追い詰め、破滅に導く。ゲームでも超のつくドSキャラ。『ティリティア』の悪事を暴き、国外追放に処したのも彼の仕業だった。その後の悲惨なエンドも彼が意図的に起こしたのではないかと、こちらは公式ではないけど、ファンの間では有名な仮説だった。

 つまり『ティリティア』にとっては天敵と言える人物――だけど。


『私』にとっては最推しのキャラだった……!


 知的でドSな性格が私の性癖のど真ん中にヒットをし、夢中になってグッズを買いあさったりしたものだ。彼は宰相の息子でありなら体を鍛えているという設定があって、私が必死に筋肉の勉強をしたのは、ギプリス様の裸体の再現度を上げるためでもあった。


 私は、ゆっくりと視線を下ろした。

 普段は服の下に隠したいやらし……いえ、逞しい体。

 胸板には硬そうな筋肉がしっかりとついて盛り上がっていて、さらにその下には六つ割れた見事な腹筋が見える。

 夢にまで見たギプリス様の、まさに想像通りの美しい肢体に、私は天に昇るような心地だった。

 目を閉じ、その場に跪いて眼前に手を組む。


 ――ありがとう、神様。


 もうこのままザマァされちゃってもいいかな? そんなことを考え始めた時、脳裏に邪な考えがよぎった。

 どうせ死ぬなら……もうちょっとだけ、ギプリス様の裸体を楽しませて頂いてもよいのでは?

『攻略対象者が全裸に見えるチート能力を持って転生』なんて奇跡が起きたのも、前世の私を哀れんだ神さまのお慈悲に違いない。

 私は神に深く感謝しながら、目を見開いた。ギプリス様の美しい体を死してなおこの瞼に焼き付けておけるように――そして彼の全身を見つめた瞬間、気付いてしまったのだ。


 その股の付け根で、ギプリス様のギプリス様が、雄々しく天を向いていることに。


「……え!?」


 つまり、ギプリス様はいま興奮されているということ?

 いま? こんな状況で?

 しかも彼の視線はまっすぐに私に向けられていて……。


「?」


 自分が見られていることに気付いたギプリス様が、訝しげに首を傾げる。

 その角度すら美しく、一瞬、私は全てを忘れて見とれてしまった。


 ――ギプリス様が、私を見て興奮しておられる。


 それって多少なりとも、私に好意を持っておられるということでは……。


「あの、ギプリス様……」


 気がつけば、私はギプリス様の名前を呼んでいた。

 もちろん、ギプリス様のアレが天を向いていることには、私以外誰も気付いていない。

 他の人には、ギプリス様は服を着て見えている。その場所を凝視すれば分かるのだろうけど、彼にそんな不躾な真似が出来る人はいないだろう。そもそも観衆の視線はこちらに釘付けだ。


「私のことを、た、助けてくださいませんか?」


 叫ぶと、周りがざわっとして、ギプリス様も不思議そうな表情を浮かべた。


「……私が? なぜ君を」


『ギプリス様がアレが反応しておられるので、私のことを好きなら助けてくれるかもしれないと思って』とは言えない。

 私は必死に、この場を切り抜けるための言葉を探した。


「それは……ずっとお慕い申し上げておりましたので……!」


 嘘ではないわ。

 前世の推しキャラだったもの!


「ティリティア! 恥知らずにも程あるぞ!」


 そばで殿下が叫んでいるけれど、私は無視した。

 急に振り返るとセルフモザイクが外れてしまうからだ。


「君が、私を……?」


 ギプリス様が不思議そうに首を傾げる。

 私は涙目になって、こくこくと必死に頷いた。

 ギプリス様の反応も、そう悪いものではないように感じる。 

 畳みかけるならいまだと思った。


「私、ギプリス様のためなら何でもいたします! だから、その! お願いします、助けてください!」

「へぇ?」


 眼鏡の奥で、銀色の双眸が鈍く光る。 


「何でも?」

「ティリティア、いい加減に……」


 殿下が私の腕を掴もうとするのを、前に出てきたギプリス様が間に入って制する。

 私は両手で顔を覆って俯いた。だって二人とも裸だから。


 こんなに近いとセルフモザイクが追いつかない……!


「いいですよ、助けてさしあげましょう」

「ギプリス?」


 驚く殿下を無視して、ギプリス様が私の腕を掴んだ。

 セルフモザイクが外れ、美しい肢体と、天を突くギプリス様のソレを真正面から見てしまい、私は顔を真っ赤に染めた。恥ずかしさのあまり、目に涙が滲む。

 それを見たギプリス様が、小さく舌なめずりをした。


「殿下はもうティリティア様を要らないのでしょう? なら、私が貰っていこうと思います」

「し、しかし! ティリティアは数々の悪事を……!」

「それですが……殿下がいうような悪事をティリティア様が働いたという証拠がないのです」

「え!?」


 ギプリス様の言葉に声をひっくり返したのは私だった。

 だって、ゲームではギプリス様が全ての証拠を揃えてティリティアを追い詰めていたから。


「殿下は、そこの彼女に騙されておられるのでは?」


 さすがはギプリス様。

 その一言で、会場の空気が変わった。

 殿下の『ヒロイン』の顔がさっと青ざめる。

 それを見て……なんとなくだけど、もしかすると彼女も転生者なのかもしれない、と思った。

 だって、おかしいものね。私はゲームの『ティリティア』みたいに悪いことはしていないのに……。

 向こうも何かおかしいと思いながら、シナリオ通りに進めていたのかも。


「ギプリス……何を……」

「まあ、その話はおいおいいたしましょう、殿下」


 ギプリス様はそう言うと、さっと私を横抱きにした。

 実際には服を着ているので、彼の体に触れるときちんと布の感触がある。

 ああ……けれど、近い、大胸筋が近い……!

 一気に動悸が激しくなって、ぎゅっと目を閉じる。

 すると、ギプリス様がくすっと笑うのが気配でわかった。


「では、私たちはこれで」


 ギプリス様はそのまま、私を連れて王宮のホールを後にした。

 それから、オーゲン公爵家の馬車に乗り込む。


「もう大丈夫ですよ」


 優しく座席に下ろされて、私は薄目を開いた。

 私の目に、ギプリスはまだ生まれたままの姿に見えている。

 彼は頬を染めて俯く私の隣に座ると、片手で腰を引き寄せた。

 馬車がゆっくりと動き始める。


「ティリティア様、どうしてわかったのですか? 私がずっと、あなたに想いを寄せていたと」

「え?」


 腰が砕けるような甘い声に、私は思わず目を見開いて彼を見つめ――また床に視線を落とした。


「私は、以前からずっとあなたを欲しいと思っていたんです」

「そ、それは……全く知りませんでした」


 私は生まれてすぐに王太子殿下の婚約者になったので、殿下の兄代わりでもあったギプリス様とも、何かと顔を合わせる機会があった。

 けれど、私にとってギプリス様は、ずっとどこか遠いひとだった。

 ギプリス様はあまりに優秀で、容姿も美しく、近寄りがたかったのだ。

 目が合うのも恥ずかしくて、彼の前でもいつも頬を赤らめて俯いていた。

 それも……いま思えば、前世の自分の影響もあったのかもしれない。

 記憶はなかったけれど、ギプリス様は前世の私が大好きだったひとだもの。

 ゲームのなかの『ティリティア』は、ギプリス様に恥ずかしがることなく、いつも媚びを売っていた気がするし。


「君は、私を見るときいつも顔を赤くして、涙目になっていたでしょう……可愛いなと、私のものにしてもっと虐めたいと、子供の頃からずっと思っていました」

「い、いじめ……?」

「殿下が君を本気で愛しているなら、諦めようと思ったこともありましたが……殿下は突然現れたわけのわからぬ女のほうが良い様子。ならば私が奪ってもよいだろうと、色々と画策したのです」


 薄目で床を見ながら話を聞いていた私は、そこでいよいよ顔を上げた。


「ギプリスさま、あの……いったい何の話を……画策?」

「なんだ、気付いていたわけではなかったのですか? そうですよ。私があの女をけしかけ、あなたを嵌めるように仕向けたのです。愚かな殿下が自らあなたを手放すように」


『ティリティア』は仮にも王太子の婚約者。

 奪い取るには、王太子のほうから捨てさせるしかない。


「しかもあなたの侯爵家は、うちのオーゲン公爵家の敵対勢力ですからね……誰にも邪魔されずに私の物にするには、あなたを侯爵家からも切り離す必要がある。ひとまず実家と縁を切らせて、娼館にでも放り込まれた所を迎えにいこうかと思っていたのですが……」


 未明の月のような美しい銀色の瞳が、語る言葉とはうらはらに、やさしげに私を見つめている。


「あなたが涙目になって私を見つめるものだから、いますぐ抱きたくて我慢できなくなってしまい、攫ってきたというわけです」


 ぞくっと背筋に悪寒が走った。

 座ったまま後ろに逃げようとする私の腰を、ギプリスさまは掴んで離さない。

 笑みの形の、彼の美しい唇の隙間から、赤い舌がちらりと見えた。


「さあ、答えてください……ティリティア。あなたはなぜ、私の想いに気付いたのですか?」


 この状況で言えるはずがない。

 ギプリス様が反応しているのを見たからだ、なんて。

 息を呑む私の耳元に顔を寄せ、ギプリス様が囁く。


「あなた、私の股間を見ていたでしょう?」


 低い声でそう囁かれて、ひっと喉の奥から声が漏れた。

 私はだらだらと冷や汗を流しながら、そっと彼の股間に視線を落とした。

 そこは……さっき舞踏会で見たとき以上にしっかりと反応している。


「気付いたんじゃないですか? 追い詰められて泣きそうなあなたを見て、私が反応しているって」


 ギプリス様が、くいっと私の顎を指で持ち上げる。

 背後の車窓には、丸い月。


「『何でもする』って、言いましたよね?」


 その美しい顔には、輝くような笑顔が浮かんでいた。





 それからギプリス様のお屋敷に連れて行かれ、私は散々愛されることになった。


「これから毎日愛し合って、私にぴったりの体にしてあげますね……馬鹿な女に騙されたと気付いた殿下があなたを取り返しにきても、もう遅いとわからせて差し上げましょう……」


 ――ギプリス様が、ドSキャラだってことは知っていたけど……!


 だけどゲームは全年齢だったから、そういうシーンを見ることはなかった。

 知っていたら『何でもする』なんて言わなかったのに!


 そして翌朝になって目覚めると、私の目にもギプリス様の服が見えるようになっていた。

 だけどほっとしたのもつかの間。

 次にまたゲームのイベントが始まると、また攻略対象者の皆さまの裸が見えるようになってしまった。

 どうやらイベントがあると、その日が終わるまでは裸に見えてしまうようで……。

 しかもそれがギプリス様にバレて、他の男性の裸を見たとを怒られてお仕置きをされてしまったり、ギプリス様のドSぶりが怖くて逃げだそうとしては失敗したりと、まあ、その後も色々とあったのだけど。

「絶対に逃がしませんよ、ティリティア」

 ギプリス様から逃げられるわけもなく。

私はその後もギプリス様に延々と泣かされ続ける羽目になったのだった。

 幸せだけど、彼にベッドで虐められた後はつい考えてしまう。

 いったいなぜこんなことになったのだろう……行き着く答えはいつも一つ。


 ああ……前世の私が、変態だったばっかりに。

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