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6-7 水上蓮はどうしても選べない

 マイプレイスから家まで駆け足で帰った。

 そのまま急いで風呂に入ってしまい、明日の支度もすでに済んでいる。時刻は二十時。食事、風呂、身支度はすべて終わった。あとは悪あがきをするだけだ。

「(まずは自分のスタンスを考えよう)」

 女装した三木とのツーショットが広まってからのことを思い出す。

 真一は友達に隠し事をするなと怒った。

 椋梨は三人の関係を守りたいと涙ながらに懇願した。

 凌さんは自分にとってより大事な方を選べとアドバイスしてくれた。

 みつきは自分にとってより有益な方を選べと言いにくいことを言葉にしてくれた。

 和希はこんな俺のことを最高の友達と言ってくれた。

 店長はダサくてもいいから足掻いてみろと発破をかけてくれた。

 ————————そして三木は自分の本音を隠して、自分を見捨てて和希たちを選ぶようにと、俺の幸福を願った。

 全員の意見は別々で誰かの願いを叶えれば、また別の誰かの思いを踏みにじる。

 幸福と不幸は表裏一体。俺の選択が誰かの幸福であり、誰かの不幸となる。

 すべては俺の選択にかかっている。俺の結論によって誰かの願いを裏切るのなら、俺は誰よりも幸福になる責任があった。

 つまり、俺のスタンスは自身が誰よりも幸福になることだ。

「(次にそれを叶える手段)」

 つまり、俺が考えるべきは、自分が一番幸福になる方法ということになる。

 まずは望む未来を夢想してみる。……これに関してはすぐに答えが出た。俺が望む未来は一つしかない。ではどうやってその未来を掴み取るのか。

 一朝一夕で性格は変わらない。道化に空気を読まない行動をするのは不可能だ。

 取れる行動は自ずと限られてくる。ならどうする、三木と出会ってからの今日までの出来事を思い出す。なにかヒントは転がってないか、他にやりようはないのか。

 ——————————窓から差し込んでくる光が朝の訪れを告げる。

 ちらりと時計を見ると時刻は朝五時。

 いつの間にか朝になっていた。新聞配達をするバイクの音や、小鳥のさえずりがやけにはっきりと聞こえてくる。

 正直言って眠い。だが、ここで眠ってしまったら、今抱えてるものがすべて夢に溶けてしまうのではないかという懸念があった。

 だから眠るわけにはいかない。顔を洗って熱いコーヒーでも飲もう。

 しかし、気分はそれほど悪くはなかった。

「……これでいこう」

 一晩考えて、考えて、考えて、なんとか一つの答えにたどり着いた。

 はっきり言って、全然スマートじゃないし筋の通らない点は数え切れないほどある。

 みっともなく、ダサくて、格好悪すぎる。

 物語の主人公たちには笑われてしまうようなちぐはぐなやり方。

 小説家志望なら、読者をあっと驚かせるような画期的な方法を考えるべきなのだろうけど、俺みたいなちっぽけな人間には、この程度のことしか思いつかない。

 だけど足掻いてよかった。

 上手くいく保証なんてないが、それでもこの選択なら納得できる。

 俺の考えた筋書きがどう転ぶか。あとは神のみぞ知るといったところだ。


 いつもは自転車で川越駅まで移動しているが、今日は時間が有り余っているので歩きで駅まで向かうことにする。自転車に乗っていると、せわしなく余裕のない気持ちになってしまうが、たまにはこんなのんびりとした朝も悪くない。

 そんな風に地元川越の街をゆったりと歩いていると、ポケットに入っているスマホが振動し、着信があることを知らせた。一気に慌ただしい現実に引き戻される。

 画面に表示されている名前を見て、迷うことなく通話に応じた。

『————朝早いな、椋梨』

『レンくん!! どうするつもりなの!?』

 電話の相手は椋梨だった。

 かなり切羽詰まっているようで、挨拶もなくいきなり本題に入ろうとする。

 昨日の夜から何度もラインはきていたのだが、『大丈夫だから』と返信をするだけにとどめていたのだった。

 きっと椋梨と話してしまったら、俺はフラットに考えられなくなる。それを危惧した結果、椋梨に今回の件を相談するということはしなかった。

 しかし、当の椋梨からすれば、気が気ではない時間だったのだろう。

 本当に悪いことをしたと思っている。だから、今から椋梨にどんな愚痴を言われたとしても、黙ってその全てを受け入れようと思っていた。

『決めたよ、答えは出た』

『それはハルちゃんやモモヨにとって、喜ばしいものなのかな……?』

『どうなんだろうな……』

 俺は自分が誰よりも幸せになれるような方法を考えた。

 それが椋梨や三木にとって喜ばしいものなのかはわからない。いや、むしろ俺が取ろうとしている選択は、二人にとって最悪なものかもしれない。

『レンくん!!』

 俺の煮え切らない態度に電話の向こうで椋梨が吠えた。ここまで引っ張っておいてそれはないんじゃないかと、俺を糾弾している。

『……悪い。でも、今ここで自分の答えを椋梨に話すわけにいかない』

『どうして!? ここ数日の日々はレンくんにとって楽しくなかったの!?』

『楽しかった。それは何度も言った通りだよ』

『なら!』

『……でもそれとこれは別なんだ。今、椋梨の意見を聞いたら揺らいでしまうから。俺の道化はそんな簡単に治らないんだ。ここで椋梨が賛成なり反対の意見を口にすれば、自分の答えに自信を持てなくなる。下手すれば、椋梨を言い訳にしてしまうかもしれない。それだけは絶対にダメなんだ。————俺には自分の選択に責任を持つ必要がある』

 高校に入学してからこれまで他者の目を基準に選択をしてきた。

 空気を読み……いや、空気を言い訳にして自分の考えをひた隠しにしたのだ。

 だが、今回ばかりはそんな逃げの一手を打つわけにはいかない。俺の選択で誰かを不幸にするなら、俺が俺の意思で実行しなければダメだ。

『別にレンくんが全ての責任を取る必要はないんだよ? ……ちょっとでも私を頼ってくれてもいいんだよ。私、レンくんのためならどんなことだってできるから』

 椋梨の優しい一言に言葉が詰まりそうになる。生まれてから今日まで、ここまで自分を大切にしてくれる友達——————いや、仲間に出会ったことがなかった。

 三木と出会ってからの数週間。俺は大事なたくさんのものを手に入れていたのだ。

 だからこそ、今俺が口にできるのはこれだけだった。

『ありがとう。——————なぁ、椋梨。その言葉忘れないでくれよ?』

 前方から踏切の警告音が聞こえてきた。

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