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6-2 水上蓮はどうしても選べない

 あのまま店内に残っているわけにもいかず、俺と椋梨は逃げるように店の外に出た。

 そして、あてもなくフラフラと歩いているとベンチのある小さな公園を発見し、どちらからともなくベンチに腰掛けると、今の今まで会話もなく座っていた。

 マンションと道路の間にあるこの細長い公園には、遊具など一切なく等間隔にベンチが設置されているだけで、果たしてこれを公園と表現していいのか甚だ疑問だった。

 しかし、人通りはそこまでなく、ただ顔をうつむかせ黙りこくっている男女がいても、そこまで目立たないのはありがたい。

「……ハルちゃん泣いてたね」

 最初に口を開いたのは椋梨の方だった。その声は明らかに沈んでいて、いつもの明るく無邪気な椋梨から発せられたものとは到底思えない。

「あぁ、いつもはクールぶってるのにな。けしかけたのは俺だけど、あそこまで思いをぶちまけられるとは想像してなかったよ」

 ——————この関係は守りたいけど、それ以上にレンのことも大事だから! 

 三木が言い放った言葉を思い出すと苦しくて胸が痛くなる。もし一人だったら絶対に泣いていたと思う。

「レンくん、答えたくなかったら答えなくてもいいんだけどさ。教えてほしいの、レンくんがどうして周囲の目や空気を異常に気にするのか。今回の件もそれが発端になってると思うんだよね」

 きっと椋梨はずっと気になっていたのだろう、それこそ去年から。

 俺のあらゆる判断は他者の見え方が基になっている。自分がどうしたいかではなく、周囲はどう思うのかを優先してしまう。

 椋梨には今日まで隠していたこと。この間、三木に洗いざらい喋ったこと。自分自身の過去について、俺は椋梨にも簡単に話すことにした。

「それがレンくんの秘密なんだね。そっか、それを聞いたからハルちゃんはレンくんを名前で呼ぶようになったのかぁ」

「椋梨にもちゃんと話したかった。けど、なかなか言い出せなくてさ。こんなカッコ悪いところ女子に見せたくなかったんだ……」

 自分の過去を話したら、今の自分が受け入れてもらえなくなると恐れていた。だから昨日今日まで誰にもこのことを言えないでいたのだ。それは道化の告白に等しいから。自身を嘘偽りの存在だと喧伝するようなものだったから。

 それでも三木と椋梨には話したいと思ったんだ。二人ならこのことを話しても、見捨てないでくれるんじゃないかって。

「どうしてモモヨが一番じゃないのかなーって不満はあるけど、あくまでモモヨを女の子として意識しすぎているから、カッコ悪い自分を見せたくなかったってことなんだね?」

「いや……別にそこまで意識とかは……」

「それでいいんだよね(圧)?」

「はい、間違いないです」

 そういうことにしておかないと大変なことになりそうだ。

「なら仕方ないなー。それに小説家志望って話はモモヨしか知らないんでしょ?」

「そうだな。それは三木にも話していない」

 別に隠しているつもりはないが、あえてそのことを話す機会もなかった。

「やっぱり、レンくんはモモヨLOVEなんだねー。そういうことなら許してあげよう!」

「あはは…………」

 色々と物申したいことはあるけど、ここは曖昧な笑顔を浮かべて場をやり過ごそう。皮肉なことに、道化として培ってきたスキルがこんな風に役立つとは。

「でもさ、レンくん。今の話を聞いてカッコ悪いとは思わなかったよ。……辛い現実に負けないで、幸福な未来を掴み取ろうとした素敵な男の子の話だったよ」

 三木といい、椋梨といい……どうして俺を泣かせるような言葉をスラスラと口にできるんだよ。そんな風に言ってもらえると報われた気分になってしまう。

 しかし、それに甘んじてはダメなんだ。

 この過去を言い訳にして立ち止まりたくない。大事なのは今だから。今、俺は大切なものを失おうとしている。その事実から目をそらしてはいけない。

「……三木はさ。俺が努力して掴み取ったものを壊したくないと言ってくれた。あいつの言う通りなんだよ。たしかにクラスの友人たちも俺にとって大事なんだ」

 和希たちには、三木や椋梨のように過去のことはまだ話せそうにない。

 しかしだからといって、和希たちを信用してないとか、苦手とか、うわべの関係とか、そんな風には思っていない。

 真一や敦はまだ一ヶ月ほどの付き合いだが、いいやつらってことはよくわかるし、相内や恋ヶ窪は気兼ねなく話せる数少ない女友達だし、なにより和希とは一年以上の付き合いで去年からずっと世話になりっぱなしだった。

 みんなに打ち明けられないのは全部俺の問題なんだ。

 だからこそ選べない。どちらかを切り捨てるなんて選択を。

「モモヨはね、レンくん。あくまで今回の件はさ、レンくんが自分で悩んで、悩み抜いて自分で答えを出すことなんだと思ってるよ」

「そうだな……」

 人任せなんかにはできない。あくまで自分の意思で、どちらを選んでも絶対に後悔する、そんなことはわかっている……それでも選ばないといけない。

 その責任と義務が俺にはある。

「でもね、それでもね。わがままを言わせてもらうとねっ! 私はこの関係を続けていたいんだ! 無責任なことを言うけどさ、こんなことで壊れるならレンくんと天沢くんたちの関係はそれまでってことじゃないの!? 私もハルちゃんと同じ気持ちだよ、この数週間は本当に楽しかった! だからこれからも続けたいんだよ!!」

 あんな三木の姿を見て、椋梨が平気のままでいられるわけがなかったのだ。さっきの三木以上に、涙を流しながら必死に想いを訴えてきた。

 ……俺の選択次第で三木と椋梨の思いが踏み躙られる。

 はぁ、はぁ、はぁ……。

 明らかに胸の動悸がはげしくなって、若干過呼吸気味になってしまう。視界もぐにゃぐにゃと揺いで平衡感覚がなくなっていく。

 俺が自分の選択によって人生を変えてしまったのは一度ではない。

 これで二度目なのだ。だからこそ二者択一が恐ろしくて仕方ないのだ。自分の意見を口にすることがたまらなく怖いのだ。

 思い出したくない嫌な記憶が逆流してくる。油断したら吐きそうだった。

「椋梨の気持ちはわかった……俺、ちゃんと決めるからさ……それが椋梨の希望に添えるかは確約できないけど……さ」

 けど、逃げるわけにはいかない。どんなに逃げたっていずれ現実が追いついてくる。

「レンくん大丈夫!? 具合悪そうだよ!?」

「ちゃんと決めるからさ……絶対に……ちゃんと決めるから」

 俺はうわごとのように繰り返しそれを口にしていた。

 隣に座る椋梨はますます心配そうにしている。しかしそれを気にしている余裕はなかった。どんな結論でも自分で決める。それだけを考えていた。

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