6-1 水上蓮はどうしても選べない
「わるいな、急に集まってもらって」
放課後になると、俺はすぐさま三木と椋梨に連絡をした。
そして写真が出回ってしまったからには、校内で不用意に接触するのも危険と判断し、大宮駅から少し離れたところにあるカフェに集まっていた。
要件は簡単にチャットで伝えてある。そのせいか全員の表情は曇っていた。さすがの三木も今日は学ランを着たままだった。
「……ごめんね。モモヨが変な提案をしたばっかりにこんなことになって」
「いや、椋梨は悪くないだろ。……悪いのは俺だ。俺がちゃんとクラスのみんなに説明できればこんなことにはならなかった」
そう、悪いのは全部俺なんだ。
両方のコミュニティを守れるような力が俺にないから。ただ周囲に迎合するような生き方をしてきたツケがここで回ってきたのだ。俺がもっと自分を持っていれば、みんなと対等になろうと努力すれば、こんなことにはならなかった。
だから、椋梨も三木も悪くない。責められるべきは俺だ。
「それを言ったら女装なんかしているボクが一番悪いだろ。けど、今は誰が悪いとか言ってる場合じゃない、これからどうするかだ」
三木の言う通りだった。起きてしまったことを後悔しても仕方ない。
過去は変えられないが未来は変えることができる。
それは俺が身を持って体感したこと、イジメられた過去はもう変えようがない。それでも今と未来だけは自分が努力すれば変えていくことができる。
「だな。これからのことを話そう。……二人の知恵を貸してほしい。どうすればこの状況を切り抜けられる?」
「はいはーい! それならレンくんとモモヨが付き合ってることにするのはどぉー!?」
「いや、それは却下だ!」
「なんだとー! レンくんはモモヨと付き合いたくないのかー! あの時あんなことしたっていうのに……」
「そういうことじゃなくて! 写真が既にあるから椋梨じゃダメなんだよ! それとなんか意味深なこと言うのやめてもらえるかな!?」
「そうだぞ、百々代。レンはどこからどう見ても童貞だ。その嘘には無理がある」
「三木! こんな時まで俺をディスらないでくれる!?」
——————ありがと、椋梨。シリアスになりすぎないように、わざとふざけてくれたんだよな。おかげでちょっとだけ笑えるようになったよ。
「うーん、冗談はさておき、たしかに写真がネックだよねー。女装したハルちゃんが写ってるんだよね?」
「そうなんだよ。だから適当なことを言うわけにもいかなくてさ」
身代わりを立てるにしても、緑ヶ丘学園の女子生徒で和希や真一たちも知らない人物というのが必須条件。それに加えて、女装した三木に負けないような美貌も必要だ。
しかし、そんな人物に心当たりなどあるわけない。
「これは人じゃなくてレンが持参したダッチワイフです、とかじゃダメなのか?」
「ダメに決まってるんだろ! そんなこと言ったら友達いなくなるわ!」
「レンならやりかねないと思ったんだけどな」
その不名誉極まりないイメージは一体どこから湧いてきたんだ。
「ったく、俺を何だと思ってるんだ。というか、だいたい三木だって俺のダッチワイフ扱いされるの嫌だろ?」
「……ぼ、ボクがレンのダッチワイフとか、卑猥なこと言うなよ」
「三木が自分で言い出したことだからな!?」
急に梯子を外すのはやめてほしい。
そこだけ切り取ると、まるで俺が変態みたいじゃないか。俺はちょっと病的なくらい黒タイツが大好きな普通の高校生だ。
「ねーねー、レンくん、ハルちゃん。気になったことが一つあるんだよねー」
「「なんだ、椋梨(百々代)?」」
椋梨には、今の俺と三木のやり取りに引っかかることがあったみたいだ。
正直、何も心当たりがない。何かおかしな点がだっただろうか。
「いつからハルちゃんはレンくんのことを名前で呼んでるの! 前は水上だったのに! いつのまにか、二人が距離をつめていてモモヨはとってもジェラシーです!!」
「い、いや、別に特別なことなんてないよな、三木?」
「あ、あぁ! 水上だと長くて呼びづらかったからな。な、なんとなくだ」
すっかり忘れていたが、昨日から三木に名前で呼ばれるようになったのだ。
しかし、正直なところ俺自身もまだ聞き慣れていないので、あまりこの話題には触れないでほしかったというのが本音である。同じく三木もどこか居心地悪そうにしていた。
「も、もしかして……あのあと二人でラブホに行ったとか!?」
「「行ってないわ!!」」
ただ呼び方を変えただけで、椋梨があさっての方向に妄想を膨らませる。
椋梨の中では、俺と三木が男同士という前提は抜け落ちてしまっているみたいだ。
「ぐぬぬぬ! モモヨもうかうかしてられないね! そうだ、レンくん! このあとちょっと休憩しない?」
「それは男の誘い文句だからな!?」
女性はそういった行為するときにはちょっとした言い訳が必要で、あえて直接的に表現せず迂遠な表現を使ったほうがいいみたいな。
しかし、女の人から男に対して、そのアプローチが発生するとは想像してなかった。
「————やっぱ、楽しいな」
椋梨がボケ、俺がツッコむ。そんなもはや見慣れてきた光景を見て、三木は感慨深そうに言葉を漏らす。それは俺も椋梨も共通して思っていることだった。
「そうだな」
「うん、私もそう思うよ」
こんなにも脆くて、いつ壊れてもおかしくない浮草のような関係性なのに、いつの間にか俺たちにとっては掛け替えのないものになっていた。
だから失くしたくない。俺たち三人の想いは一致している。
「考えようぜ。三人寄れば文殊の知恵っていうしさ。絶対に三人で考えれば見つかるはずだから、全部を守れるような方法がさ」
「レン、そんな都合のいい方法なんてないんだよ」
——————そう思っていた。
「そ、そんなことないだろ!」
「レンだって気がついてるだろ。もうどうしようもない。ボクが女装している事実を隠して、写真の人物を説明するのは不可能だ。だから水上に残された選択は二つだけ。写真の人物が誰なのか正直に答えるか、それとも黙秘するか。つまり、クラスの連中との関係、ボクたちとの関係のどちらかを選ばないといけない」
「違う! その二者択一にしたくないから! こうしてみんなで考えているんじゃないか! それを言ったらおしまいだ!!」
珍しく感情的になってしまう。だって認めたくなかった。
三木の回答はまるで確かめ算のようで、結局のところ残された選択肢はそれしかないと突きつけるものだったから。
「可能性があるとしたら、レンが黙秘するという選択をとった上で、クラスメイトたちと上手くやっていけるなら両方を守ることもできるかもしれない。……けど、レンにはきついだろ? そんな針のむしろみたいな状況がさ。この流れで黙秘なんてしたら、ノリの悪い奴って思われてさ。どうしても気まずくなるだろ」
「それは……」
やはりそこに行き着いてしまうのだ。俺には両方のコミュニティを守る力がない。
だからこそ、選択すること自体を回避する方法を考えようと思っていたが、そんなウルトラCの解決策が簡単に思いつくはずもなかった。
「でもでも! 三人で考えればきっと! モモヨももっと考えるからさ! まだ諦めない方向で考えていこうよ!」
椋梨は必死に食らいつく。まだこの関係を諦めたくないと強く訴えていた。
「……百々代。やっぱり難しいと思うんだ。よしんば今回の件を解決できてもさ、きっとこういったことはこの後も続く。今回の件でレンもより動きづらくなると思うし、遅かれ早かれこのコミュニティは存続の危機を迎える」
「でも、こんなのってさ……!」
三木の言葉が逃げ道をひとつずつ奪っていく。
俺と椋梨は言葉を失って何も言えなくなってしまう。
「そしてさ、もう答えは一つしかないんだよ。……レン、正直に答えろ。ボクのことを包み隠さず全部喋ってしまえ。そうすれば解決する。ボクはこのコミュニティと関わるのが難しくなると思うけどさ、たぶんレンと百々代はそのままだと思うからさ」
「ハルちゃんがいないと何の意味もないよ!!」
椋梨が声を荒げる。俺も全く同じ気持ちだった。
三人でなければ意味がない。誰か一人が欠けてしまったらダメなんだ。
「……仕方ないさ。ボクたちはやっぱり別々の世界の住人だったってことだよ」
三木は言いたいことだけ言うとそそくさと席を立った。
これで話は終わりだと一方的に打ち切るように。
初めて話した日と同じような光景。そう、あんな風にカフェで別れてから、俺たちは時間を積み重ねてきたんだ。放課後に駄弁って、一緒にバイトして、東京に遊びに行って。その全てが水疱に帰そうとしていた。
「ふざけんなよ! 正論ばっか振りかざしてさ! 俺は三木の気持ちを何一つも聞いてない! 三木自身はどうしたいと思ってるんだよ!」
明らかに周囲に迷惑がかかるような声量で俺は叫んでいた。
店内の客が一斉にこちらを見てやれやれといった表情を浮かべている。悪目立ちをしたくない道化には耐えがたい光景だ。
しかしそんな羞恥はどうでもよかった。俺は三木の本音が知りたいのだ。
「——————ボクだって嫌だよ、こんな終わり方! これまで灰色な高校生活だったけど、二人と絡むようになってから変わったんだ! この数週間は本当に楽しかったよ!」
「三木……」
わかっていた、俺たちは三人とも同じ気持ちだったはずだから。
三木は大人の仮面をかぶっていただけに過ぎない。仮面を取っ払えば大人になりきれない子供の顔が姿を表す。三木は瞳に涙を浮かべて思いの丈を吐き出していた。
その言葉が嬉しい反面、同時にどうしようもなく苦しい。
「けどさ、そのボクの一方的な想いで、レンの高校生活を壊すわけにはいかないだろ! 努力して掴み取ったんだろ、今の環境を! それをボクのエゴでどうこうしたくない! この関係は守りたいけど、それ以上にレンのことも大事だから! ……聞きたいことはこれだけか!? じゃあ、ボクはいくからな!!」
今度こそ三木は店の外に飛び出してしまう。
残された俺と椋梨を周囲の客たちは怪訝な目で見ている。ざわざわと何があったのかを各々で考察しているようだった。
しかし、そんな視線が気にならないくらい俺たちは打ちひしがれていた。
特に俺は指一本動かすことが出来ずにいる。
自分が失うかもしれないものの大きさを改めて認識し、もう何もかもを投げ出したくて仕方なくなっていた。逃げたい、誰か助けてほしい。
それでも時間は残酷に流れていく。
先程まで三木がいた席には、飲みかけのカフェオレが残されていた。




