5-7 甘いスイーツ、苦いチョイス
「レーーン!! これはどういうことだぁ!?」
「ひどいよ、レン! 俺たちはいつまでも一緒って約束だろ! 抜け駆けはなしって言ってたじゃんか! ちくしょー、裏切りやがって!」
授業が終わると同時に、真一と敦がこちらにやってくる。
敦に至ってはスマホを没収されたので、このあと反省文を書いて職員室まで提出しに行く必要があるというのに、そんなこと微塵も気にしていなようだった。
「いや、なんというか事情は色々と複雑というか……」
「なーに煮え切らないことを言ってるんだい、水上君! 明音を捨てて別の女を選んだというのに! ハッキリしなされ!」
そこに相変わらずハイテンションな相内も加わってくる。
本来であれば、色々とツッコまないといけない発言が多々あるのだが、それを処理できるほど今の俺には余裕がない。
「いや、なんていうか。みんなが思っているような相手じゃなくて……」
「まさか、レン…………セフレか?」
「うおおおおおおお! レンがどんどん大人の階段を登っていくぅ!」
「水上君、サイテー」
「誓ってそういう関係ではないから!」
真一がとんでもない発言をし、それを純粋な敦が信じて半泣きになり、違うと理解した上であえて相内はその冗談に乗っかってくる。
三人だけでもこんな感じなのに、残りの二人が来たらと思うと————————俺はなんとか誤魔化すことができるだろうか。
「まぁ、たしかに、今は友達なのかもしれないけどさ。けど、さすがに男女二人で仲よさそうに出掛けていたら、勘ぐりたくもなるのはわかるだろ?」
実は相手は男なんです。……なんて口が裂けても言えない。
「真一の言ってることはわかるよ。たしかに、ただの友達って感じではないかな」
三木のことを、ただの友達と表現するのは薄情な気がする。
この発言が余計に勘違いを助長してしまうかもしれないが、できるだけみんなや三木に対して嘘はつきたくなかった。
それは三木と出会ってからの自分を否定することになるから。
やはり俺はどちらとの関係も守りたい。
だから、できるだけお茶を濁して濁し続ければ、なんとかこの話もうやむやになるんじゃないか。そんな淡い期待を胸に抱いていた。
「あ、和希! 咲良!」
「水上! この写真の女は誰なのよ!」
「おいおい、レン。俺に何の相談もなしってのは水臭いぜ?」
しかし、状況はそれを許してくれないようだった。
グループチャットの流れを確認したであろう恋ヶ窪と和希が合流する。
一番避けたかった質問がとうとう出てしまった。しかしまだ諦めきれない俺はなんとか話を逸らそうと画策する。
「いやー、和希ごめんよ。その、相談するって感じでもなくて、本当にまだ友達って感じの関係だからさ。みんなに話すほどでもないかなって」
「なるほどな。けど全く脈なしってわけでもないんだろ、この感じ。いやー、レンにもそろそろ春が来るって思うと嬉しくなるぜ」
「もしそんな感じになりそうだったら、和希にも相談させてもらうよ」
のらりくらりと核心に迫られないように注力する。あくまで女の友達と出かけて関係性はまだ曖昧。もし恋愛に発展しそうならみんなに相談させてもらう。
そんな感じの落とし所にしたかった。
「で、水上。私の質問に答えてもらってないんだけど? 写真に写ってるの緑ヶ丘の子だよね……こんな可愛い子見たことない」
「えーと、そのーなんというか」
そうは問屋が卸さない。恋ヶ窪が追及の手を緩めることはなかった。
「たしかに、緑学生でこんな可愛い子いたっけ?」
「俺が密かに作成している美少女名鑑には載ってないな!」
「……そんなことまでしてたのか、敦。若干、いやかなり引いたぞ」
「うるさい! 俺は真一みたいにモテないんだよー!!」
真一と敦はふざけ合ってはいるものの、話題は写真の子が誰なのか、というものに移行していく。黙秘する訳にはいかない雰囲気が形成されつつあった。
「でも、こんな可愛い子がよく水上君とデートしてくれたよね」
「ほんとだよ。椋梨さんといい……、どうして水上の周りに可愛い子が集まって来るのか訳わからないよ」
「咲良も含めてねー」
「しっ! 水上に聞こえちゃうでしょー!」
相内と恋ヶ窪は二人でなにやら話し合っていた。
男子禁制といった感じの雰囲気なので聞き耳は立てないようにしているが、話題は写真の女子生徒は誰なのかというものだろう。
「レン、大丈夫か?」
「う、うん! 全然大丈夫だけど!」
緊張感や焦りが表情に出てしまっていたのか、和希が心配そうにこちらを見ている。
みんなに洗いざらい話してしまったらどれだけ楽か。だが、それをしてしまったら三木との関係性は……。
女装をする人間という烙印が押されてしまったら、今まで以上に三木との交流は困難になるだろうし、下手をすれば三木に対する嫌がらせなども起きてしまうかもしれない。
和希たちがそんなことをするとは思っていないが、人の口に戸は立てられないだろう。噂は次々に広まってしまい、心無い誰かがそれを実行してしまうのではないか。
「水上。写真に写ってる子のこと話すつもりはある……?」
「…………」
これ以上、話をそらすのも難しいか。恋ヶ窪が知りたいと強く思っているからには、『言う』、『言わない』をハッキリしないことには話が進まない。
しかし、選べない。俺にはどうすればよいのかわからなかった。
このまま黙っていても状況が好転するわけでもない。俺はどうしたいのか、何を守りたいのか、……何を捨てるのか。選ばないといけない。
もう少しだけ時間が欲しかった。覚悟を決める時間を。どんな選択をするにしても、納得して決めたいから。誰かのせいにはしたくなかった。
「レン。別に隠すことじゃないだろ、俺たちの仲じゃんか?」
「そうだそうだー! 童貞同盟を裏切るならそれくらい教えてくれよぉー!」
追い討ちをかけるように真一と敦も恋ヶ窪に続いた。
すでに『早くいいなよ』といった空気が形成されてしまっている。
「あははは、なんというかなぁ……」
「——————レン。いつも言ってるけどさ。その煮え切らない態度やめろよ。レンは秘密主義がすぎるぞ。別件だけど、バイト始めるって話も面接の直前まで知らなかったしさ。友達なんだからコソコソすんなよ」
真一が少しイラつき始めた。
実はこうやって真一とぶつかるのも初めてではない。このクラスになってまだ一カ月程しか経っていないが、すでに二、三回はこういったことが起きている。
真一はまっすぐなやつだから、俺みたいなウジウジしたやつが好きではないのかもしれない。たしかにそれは薄々と感じていた。
「わるい。そんなつもりはなくてさ……」
こうなるともうダメだ。俺みたいな意志の弱い人間にはどうしようもない。
早く全てを話してしまって、すぐに楽になりたかった。
————ごめん。三木、椋梨。
「まぁまぁ、真一も落ち着けって。急なことでレンも戸惑ってるんだって」
「……和希」
和希が助け舟を出してくれた。
俺が明らかに困窮しているのを察してくれたのだろう。その心遣いが本当に、本当にありがたかった。俺も和希のようにスマートな人間になれたらどれだけよかったか。
「別に、誰と一緒に遊んだくらいはすぐに言えるだろ」
「それもほら、なんか色々と事情があるかもしれないじゃんか。な、レン?」
中立でいてくれる和希の存在がありがたかった。
……きっと、和希ならばどちらのコミュニティも守れるはずだ。和希はそういう強さを持っている。羨ましい、俺にもそんな力があれば。
しかし、和希のように持たざる俺は選ばないといけない。そして、何かを見捨てるのであれば、その選択に責任だけは持ちたい。
「真一、それにみんなも。月曜日にはちゃんと話すから。ちょっとだけ待ってくれないかな? どんな形であれ、この件についてはちゃんと報告するからさ」
そう、どんな形であれ。
「……わかったよ、今は話せないってことだな。熱くなって悪かった」
真一はまだ納得いっていないようだが、なんとかこの場は引いてくれるようだ。俺に非があるというのに謝罪までしてくれた。……やはり真一のことは嫌いになれない。
「なんか問い詰める感じでごめん、水上。——————けど私はどうしても知りたい。そうしないと納得できそうにもないから」
なにが、とは聞けなかった。
とにかく、恋ヶ窪がこの件を一番気にしているということは理解した。
「みんな、ほんとごめん。……それに和希。いろいろと気を回してもらって悪い」
「別に大したことはしてないって! とにかく、いい報告期待してるぜ!」
「……そうだな。じゃあ、みんな。週明けにまた」
土日の二日間で俺は決めないといけない。
どんなに苦しくても、辛くても、痛くても、答えを出さないといけない。




