5-5 甘いスイーツ、苦いチョイス
もしかしたら、三木ももうちょっとだけ一緒にいたい……、なんて思ってくれているのかもしれない。だとしたらそれはとても光栄なことだった。
しかし、そこからまた沈黙は続き、話題を振り絞ったが会話に花が咲くことはない。
互いに話したいとは思っているのに空回りしている感じ。
「なぁ、水上」
川越駅の改札を出て少し歩いたところで、そんな均衡を打ち破るように、三木が口を開いた。
三木の方から話しかけてくるのは珍しいので若干驚いている。
「どうした……?」
「ボクはさ、最初は本当に水上のことが嫌いだったんだ」
「さらりと傷つくことを言うな! 結構あの時のこと気にしてるからな、俺!」
けれど、嬉しいことが一つ。
三木が「嫌い」ではなく「嫌いだった」と過去形で表現したこと。
——————俺たちの出会いは最悪だった。面と向かって嫌いと言われたのは久しぶりだったし、何よりも三木が俺を嫌う理由には納得できた。
俺は相手に嫌われないようにすることしか頭になく、相手とぶつかることを避け、本音を隠し、差し障りのない関係を築くことに執着していた。
それは相手のことなど一切顧みない自分本位な考え方で、三木はそういった俺の性根を見抜いていたのだ。
「あのな、水上。ボクも同じなんだよ」
「同じって何がだよ。三木は俺と全然違うだろ。他人に媚びないし、自分の物差しがあるし、なによりも自分を偽ってない」
俺は三木に憧れていたんだと思う。
ピエロとは真逆なオオカミのような生き方に。
「……中学の時はな。クラスの中心人物だったんだ。イベントごとは積極的に仕切ったし、クラスメイトとの交流も積極的にした」
「そうだったのか……。たしかに今の三木のキャラとは全然違って驚いたけど……。でも別にそれって悪いことじゃないだろ?」
意外ではあったが納得はできた。三木は容姿も良いしノリだってそんなに悪くない。
周囲に心を開けば、すぐにクラスの中心人物になれるポテンシャルがある。
「いいや、ボクは偽っていたんだよ。周りを欺いて、皆が求める三木遥を演じていたんだ。求められている三木遥は男らしくて、カッコよくて、誰もが認める人気者だった。……けど知っての通りそれは幻想だ。ボクは可愛いものが好きだし、甘いものだって大好きで、何よりも女装が趣味だった」
「…………」
たしかに、俺の知っている三木はそんな人物だ。
ようやく三木が言っている「ボクも同じなんだよ」の意味がわかりはじめる。
「ボクが大宮の高校に進学したのはさ。新しい環境ならゼロからやり直せると思ったからなんだ。中学時代の自分を誰も知らない場所でさ。そうすれば、等身大の三木遥のままで過ごせるんじゃないかって思ったんだ」
「そうだったのか……」
「水上を毛嫌いしていたのもさ。昔の自分を見ているみたいで嫌だったからなんだ。それに我を通して孤独になってしまった自分が否定されているような気がしてさ。だから、あの時はごめん。水上が悪いやつじゃないってことは、なんとなく理解していたんだ」
ピエロはオオカミに憧れていたが、一方のオオカミはピエロに憧れていた……、なんて喜劇のようなすれ違い。
俺たちは、全く似てないようで案外そっくりなのかもしれないな。
そんな三木の告白を聞いてしまったら、俺も話さない訳にはいかなかった。
「————俺も今と中学時代では全然別人でさ。それこそ今の三木みたいに暗くて……クラスの隅っこにいるようなやつだったんだ」
「おい、事実でも言って良いことと悪いことがあるぞ」
三木は自身の評価に対して不満そうに口を尖らせていたが、ここは一旦スルーさせてもらうこととする。……これから話すことを考えたら、あまり場をあたため過ぎない方が賢明だと判断させてもらった。
「しかも、いわゆるイジメられっ子ってやつでさ。学校に行くだけでそりゃーもう罵詈雑言を浴びせられるわ、物は隠されるわ、時には暴力の嵐って感じで散々だったんだよ。そんなことがあったせいで性格もねじ曲がっちゃってさ。具体的には、相手に嫌われることを恐れて、異常なまでに空気を読みすぎちゃとか」
思い出して喋るだけでも吐きそうになる。
俺の短い人生の中で、一番長く絶望的に苦しかった時間。今でも地元を歩いていると中学の同級生がいないかと不安になるくらいだ。
傷は全く癒えていない。むしろ化膿して、ぐじょぐじょに膿んでしまっている。
これが水上蓮という道化が生み出された原因だった。
「…………」
三木は何も言わずに黙っていた。
それもそうだ。いきなりこんな重い話をぶちまけられたところで、ほとんどの人間がなんと返せばいいか困るだろう。
言った人間ですら、どのような回答が正解なのかわかっていないのだから。
「あははー。いや、いきなりこんな話してごめん。三木が昔の話をしてくれたからさ……つい。意味は全然違うけど、中学の同級生がいない高校に進学したっていう、緑ヶ丘学園の志望理由もまったく同じで、なんか勝手にシンパシー感じちゃって」
また道化の癖がでた。シリアスな空気に耐えられずおどけてみる。
しかし、そもそもこの空気を作ったのは俺だ。空気を読んで、周囲を気遣い、自分を殺してきた人間が柄にもないことをしてしまった。
やはり、何でもかんでも、自分の本音や本心を吐露すればいいってものじゃないな。
こうなってしまうと気まずい。さてここからどう立て直していこうか——————
「ボクは水上のこと嫌いじゃないぞ」
「へ?」
「水上の過去なんて知らないし、興味もないし、どうでもいい。……ただ、ボクは目の前にいる水上蓮っていう人間のことがそんなに嫌いじゃないってだけだ!!」
三木は言うだけ言ってそっぽを向いてしまう。
……不覚にもうるっときてしまった。目頭の奥が熱くなっていくのを感じる。
だけど、そんな格好の悪いところは絶対に見せられない。
本当は嬉しい、ありがとう、という言葉を伝えるべきなんだろうけど、あえてそれは口にしない。それを口にしたら涙のダムが決壊してしまうから。
「そこは『嫌いじゃないぞ』じゃなくて『好き』って言ってくれればいいのになー。三木は言い方が回りくどいなー」
「おい、調子にのるな! なに寝ぼけたことを言っている! ボ、ボクが水上のことを好きなわけがないだろ!」
「ははは、ツンデレってやつかな(笑)?」
「よし、殺す」
三木がムキになって追いかけてくるので必死に逃げる。
なんかいいな、こういうのって。
「————————なぁ、三木。俺さ、今すごく楽しいわ。本当にありがとな」
「ボクは何もしてないぞ。……それに、楽しいのはボクも同じだ」
そこにいたのは等身大の水上蓮と三木遥だった。ここにきてようやく、俺たちは裸のままで会話をすることができたような気がする。
それからもクラスのこと、バイトのこと、放課後の集まりのこと、とりとめもない話をしながら夜の街を歩いた。
しかし、そんな時間も瞬きのようにすぐ過ぎ去ってしまう。
「三木は左だよな、俺はここまっすぐだから」
「そうだな……」
名残惜しくはあるけどここが俺たちの分岐路となる。
明日も学校で会える、そう頭では理解しているのに次の一歩が踏み出せずにいた。
そんな中で、三木はもじもじとなにかを言いたげにしている。
「……どうした、三木。食べ過ぎて腹でも壊したか?」
「ち、ちがう!」
「本当にどうした? なにか困っていることがあるなら俺でよければ力になるぞ」
俺の想像力ではこれ以上は思い至らない。
ハイコンテクスト文化の日本で十何年も暮らしてきたが、さすがにここまでのやりとりで三木の考えていることは読み取れなかった。
「……約束して欲しいんだ。絶対に笑わないと」
「う、うん? なにか三木が面白いことでも言うのか?」
笑うなと念押しされてしまうと、逆に笑ってしまいそうな気がする。
「もし笑ったら絶交だからな!」
「わかったわかった。笑わないから」
こんなに念押しするのだから絶対に笑ってはダメなのだろう。
しかし、ここまで言われるとつい身構えてしまう。一体何を言うつもりなんだ。
「じゃ、じゃあな! れ、れ、レン!」
「お、おう。また明日——————————ん?」
何か強烈な違和感があったような。しかし、違和感の正体を掴み取る前に、三木は逃げるようにこの場を後にしてしまった。
よくわからないけど、心なしか顔が赤かったような気もする。
別に笑うような要素も、恥ずかしがるような要素もなかったような————
「…………レン?」
違和感の正体に気がついてしまった。
三木が俺のことを「水上」ではなく「レン」と呼んだのだ……うん。
うあああああああああああ!! かゆいかゆい、なんか背中がむずがゆい!! なんなのこのドキドキは!? 顔もバカみたいに熱いし!
公共の場じゃなかったら普通に叫んでいた自信がある。友達に名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなにも心臓がバクバクしているんだ。
意味がわからない。本当に意味がわからない。
この理解不能な感情を頭の中から追い出すために、俺もまた全力疾走で自宅までの道を走り出したのだった。




