4-5 好きと嫌いはコインの表裏
「……おいおい、ラーメンって中本のことかよ!?」
三木が足を止めたのは、赤い店構えが特徴的なラーメン屋、激辛ラーメンで有名な蒙古タンメン中本だった。
コンビニでもコラボカップ麺が販売されている人気店で、何度かそのカップ麺を食べたことがあるが、なかなかの辛さに汗、涙、鼻水で顔面を汚したのが記憶に新しい。
しかし、ただ辛いだけではなく旨味もしっかりあるので、また食べたいと思ってしまうような謎の中毒性があるのだ。
「一度、お店で食べてみたかったんだ」
「いや、本当に大丈夫か? 結構辛いぞ。三木って甘党だろ?」
カフェオレにスティックシュガーを四本入れていたのが記憶に新しい。
「男に二言はない」
「その格好で言われてもな」
見た目はどこからどう見ても女子にしか見えない。
だが、ここまで本人が言うのだから、俺がごちゃごちゃ言っても仕方ないな。少なくとも辛い物が食べられない、という訳では無さそうだし。
三木の要望を叶えるため、俺たちは蒙古タンメン中本の店内へと足を踏み入れた。
「さて、どれを選ぶか……」
「三木。あんまり辛いのはやめておけよ」
食券機を前にうーんと悩む三木に念のため忠告をしておく。
中本のメニューにはそれぞれ辛さのレベルが記載されていて、辛さは0~10から選ぶことができる。初心者にオススメされているのは辛さ3の味噌タンメンで、一番有名な(カップ麺にもなった)蒙古タンメンは辛さ5だ。
かくいう俺も初めて来店するのでどれを注文するか迷う。まぁ、比較的辛いものは食べられる方なので、せっかくだし蒙古タンメンを頼んでみることにする。
お店とカップ麺でどれだけ辛さに違いがあるのか。耐えられる辛さなのだろうか。色々と不安は残るが、それと同じくらい楽しみにしている自分がいる。
「よし、これに決めた!」
「ちょ、おま!」
数秒ほど思案した結果、三木は衝撃的な選択をした。
あろうことか三木が選んだのは北極ラーメン。その辛さはなんと9。中本の中でもトップクラスに辛いメニューだ。
初心者が気軽に手を出して良いメニューではない。
「水上も早く選べよ」
「い、いや、本当に大丈夫か?」
「男に二言はない」
だからその見た目で……もう、どうなっても知らんぞ。
俺は想定通り蒙古タンメンを頼み、店員さんに促されるまま席についた。
ラーメンが出てくるまでソワソワが止まらないので、すでにラーメンを食している店内のお客さんを観察する。皆、白い紙エプロンを首から下げ、一心不乱に麺に食いついていた。その顔には玉のような汗が浮かんでいる。
その姿を見るだけで、これから登場するラーメンの辛さが推し量れてしまう。
「わくわくするな」
「三木は余裕そうだな」
店内の様子を見ても三木はケロっとしていた。むしろ、心底楽しそうにニコニコと笑顔を浮かべている。……最近は色々な表情の三木を見ることが出来ているな。
だから、笑っているとさらに可愛いな、なんて余計なことも考えてしまう。
——————そういえば、今の俺たちってどんな風に見えているんだろう。男女二人がデートをしているように見えてしまっているのか。そういえば、さっきから店内にいる男性陣からの視線が、とても痛い気がするんだよな。……気のせいだと思いたい。
俺もこんな可愛い子を連れている男がいたら、嫉妬の一つや二つはしてしまうが、どんなに可愛くても三木は男なのである。許されるなら店内の男性陣に言い訳がしたい。
「お待たせしました~。蒙古タンメンとこちら——————北極ラーメンになります」
「おお!」
「うわ……」
対照的な反応を見せる俺と三木。
いや俺からすれば、三木が何でそんな反応ができるのかわからない。
三木の前に置かれた北極ラーメンは、トッピングのもやし以外の箇所が、冗談みたいに真っ赤に染まっていた。果たしてこれはこの世の光景なのか。
これをちゃんと食べ切ることができるのか、と不安になってしまう。
一方、俺が注文した蒙古タンメンは麻婆が乗っている部分は赤いが、半分以上は美味しそうな味噌スープが顔を出しており、見た目のインパクトは北極ラーメンほどない。
むしろ、麻婆の仄かな刺激臭と、宝石みたいに輝く味噌スープに食欲をそそられる。
「……三木、無理するなよ」
「まったく水上は心配性だな。冷めないうちに食べよう」
当の本人がこんなに余裕そうなら大丈夫か。
三木を心配する前に、俺自身がちゃんと食べきれるのかという不安もあるからな。
「「いただきます」」
恐る恐る、まずはスープを口に運んだ。
————うまい、濃厚な味噌スープが体全体に染み渡っていく。一口、二口と嚥下するたびに脳が感動に打ち震えているのがわかった。
さて、お次はこの真っ赤な麻婆を一緒に流し込んでみる。
「あれ、意外といけるぞ」
たしかに辛い。だが、それも旨辛の範疇を超えない。
これなら余裕で食べ進められそうだ。次に麺を箸ですくい上げ一気に啜る。
「ゲホッゲホッ」
やばい、めちゃくちゃむせた。それに心なしか一口目より辛い気がする。だんだんと体が熱くなっていくのを感じた。……これあれだ、後からくるタイプの辛さだ。
でもうまい、辛いのにうまい。この辛さが癖になる。これこそ中本が人気になる所以といったところか。辛いとわかっているのに箸がどんどんと進む。
「どうだ、三木の方は————え?」
三木の顔はすでに汗だらけで、しかもわりとガチで泣いていた。
備え付けのちり紙で必死に目元をぬぐい、鼻水も止まらないのか鼻をかんでいる。
「水上ぃ、これめっちゃ辛いよぉ……」
「だから言っただろ!」
三木は涙目になり、か細い声で北極ラーメンの辛さを訴える。
先程までの威勢はどこに消えたのか。
「うぅ、すごく美味しいのに、頭では早く食べ進めたいと思っているのに、なかなか手が動かないんだ。水上ぃ」
「が、がんばれ! 上に乗ってるもやしで休憩を入れつつ麺を食べるんだ!」
圧倒的な辛さの前に三木のキャラが変わっていた。なんかちょっとだけ幼児退化しているような気がする。普段とのギャップに驚きを隠すことが出来ない。
……この可愛さは反則すぎる。
俺の中の父性が目覚めてしまいそうだ。なんかもう「パパ」って呼んでほしいもん。
「水上ぃ」
それから三木は、なぜか俺の名前を呼びながら必死に箸を動かしていた。
定期的に「大丈夫、三木ならいける」と励まさないと、涙目でこちらを見てくるので、もうたまったもんじゃないですよ。俺を萌え殺す気ですか。
死因 萌え————とか情けなさすぎる。
しかし、そのサポートもあってか、なんとか三木は北極ラーメンを完食した。
完食の代償として、三木の顔は汗と涙と鼻水でグシャグシャになっていたが……。
「水上ぃ、ボク、全部食べたよ?」
「うん、えらいぞ」
よしよしと俺は三木の頭をなでる。父親が娘をあやすような感じ。
普段なら、こんなことした時点で絶対に殴られると思うが、俺も三木も謎の達成感を覚えていて、もはや普通の状態ではなかった。
「水上ぃ。アイス買ってもいいよな?」
「うんうん、なんでも好きなやつ買ってあげるからな」
色々とハプニングはあったが、三木との初外食は想像以上に楽しかった。
……こういうのも悪くないなと思う。
そうそう、あれからアイスを食べて解散した後、驚くべき連絡がきたのだ。三木からの短いメッセ―ジ、「また北極ラーメンが食べたい」と。
あんなに悶絶していたのにまだ懲りないのかと呆れてしまう。
しかし、その気持ちはなぜか理解できた。俺も次は北極ラーメンを食べてみたいな、と思ってしまっている。
蒙古タンメン中本にリピーターが多い理由が、何となく理解できた。




